いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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その笑顔が堪らない

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『くやじぃーっ!!

 なんにも言い返せなかった! 兄貴ぃ、俺悔しいよおー!!』

 温室で泣き喚く俺を抱き上げたまま移動する刃斬。その手にはスマホがあり何か連絡があったのか、顰めっ面でそれを見ていたがチラっと俺に目を移すと途端に仕方なさそうに目尻を下げてから抱き直してくれる。

『チキショー!! なんなんだよー、毎回毎回っ! もーっ!!』

『言い返してやりゃあ良いだろ』

『出来なかったんだよぉ、だってボスの部屋にいるとは思わなくて…頭真っ白になっちゃったんだよぉ』

 ガッチガチの筋肉をパシパシと叩きながら項垂れる俺は、災難な一日を送っている。黒河とアジトに帰って移動していたら、エレベーターは止まるし…最寄りの場所で開いたらボスの私室のある階層で、中にはなんと羽魅がいたのだ。

『っ、ぐす…散々煽られるし、アイツっ! ボスの大切な部屋のことバカにしやがって! 普通に可愛いじゃん…俺も見たことあるけど、統一感あるし好きなデザインだけど』

『…お前、あの部屋見たのか…』

 そう。バースデイに導かれるまま入ってしまい、空いている部屋に心優しい人工知能は俺を案内してくれた。それを伝えると刃斬はピタリと立ち止まってしまい何かマズイことを言ってしまったかと焦る。

『そう、か…。お前はあの部屋、どう思う?』

『え? いや普通に可愛いですよ。俺はああいうの好きですし、癒されるから…。

 …やっぱり俺、子どもっぽいですか?』

 普段持っている物は柄とかはないが、自分の部屋にあるものはちょいちょい動物やらカラフルな色合いが多い。兄たちが末っ子だからと若干可愛らしいものを贈ってくるから、自然とそういう嗜好になってしまう。

『は。ガキがガキ臭くて何が悪い。…そうか、お前は気に入ったのか。

 …すまん、痛かったらすぐ言え』

 不意にしっかりと抱きしめられると、お尻と背中をしっかり支えた刃斬が優しく…だけど縋るように抱きしめるものだから訳がわからず、でもなんとなく、悲しんでいるような気配がしたから何も言わずに抱きしめ返した。

 あの部屋や、過去のオメガについてはタブー。昔からボスと共に過ごした刃斬も少しは関わりがあったのかもしれない。

 …もしかしたら、いつかいたオメガの子は俺に少しでも似た面影があるのだろうか。

『うし。悪かったな、急に』

『え? 俺の為にハグしてくれたんでしょ、兄貴は。ハグにはねーストレス軽減の作用があるんですから』

 そう笑顔で言い切ると、刃斬は参ったように額に手を当ててからそのまま髪を掻き上げる。おっとこ前な顔立ちがズイ、と近付き額と額がぶつかった。

『兄貴を立てるとは出来た弟分だ。流石は俺の見込んだ男だな』

『…!

 でしょ! 兄貴の目に狂いはないよ!!』

 鋭い深緑の瞳が、初めて揺れた。

 少し震えた唇を噛み締めてから再び厚い胸板に押し込まれて、どうしたことかと見上げるも俺の頭の上に顎を乗せるものだから何も見えない。

『…さてと。お前のストレス発散の為に、飯でも作ってもらうとするか。夜食の用意、頼んだぞ。

 …あとは、酒のつまみも頼む。多分今夜は死ぬほど飲むぞ、あの人は』

『酒…? なんか良いことあったんですか?』

『世の中にはな、ハグじゃどおしようもねぇストレスがあんだよ。…お前がやれば減るかもしれねぇが、流石に今日は近付けらんねぇな』

 意味がわからないが?

 しかもボスのフロアではなく居住区まで行き、留守の猿石の部屋に放り込まれた。冷蔵庫にはビッシリと食材が揃っていたので仕事を開始。

 …うーん。ウチは家で兄ちゃんたち酒飲まないから、よくわかんないな。居酒屋のメニューでも検索してみるか。

『へー。甘いものも合うのか? お酒にも色々種類あるだろうし、一通り作っておこーっと』

 猿石もお酒はあまり飲まないと言っていたので、冷蔵庫にお茶を作って入れておく。材料もあるからプリンを作ろうと思い立ち、写真を撮っておいたレシピを見ながら挑戦した。
 
 …見てもらいながら一回は作ったし、頑張ろう。

 完成したプリンの粗熱を取っている間に、火にかけておいた料理…おでんの様子を見たりボスの好きなだし巻き玉子、明太子味を作った。

 足りないかと思っていたら、丁度お米が炊き上がる。プリンを冷蔵庫に入れてからおにぎりを作って、ネギ味噌と焼いて、ネギ味噌焼きおにぎりの完成だ。
 
『やば! もうこんな時間だ!』

 すっかり暗くなった外に驚いて帰り支度を済ませる。火の確認や片した道具を見て、料理を全て冷蔵庫に入れてからメモを残して帰ろうとすると何人かに送ってやると声を掛けられ、お礼を言って車に乗せてもらった。

 そして、次の日…放課後になってバイトもないしどうしようかと街にいた時だ。

『大丈夫?』

 具合が悪そうにバス停に座っていた、一人の女子生徒。彼女はクラスメートで学園祭の委員長だった。顔色が良くない彼女は色々と誤魔化してはいたが、それがオメガ特有の抑制剤の副作用だとわかった。

『お家の人が来るまで店に入って待ってよう。寒いし、温かい飲み物でも飲もう?

 勿論断っても良いよ。俺、少し離れた場所で委員長が帰れるの見てるからさ』

 そう言うと彼女は頷いて一緒にカフェに入る。暖房の暖かな風に当たると彼女もホッとしたように肩の力を抜き、バランサーの俺と過ごすだけでどんどん元気を取り戻す。

『私ね、オメガなの。それで婚約者がいてね…好きな人だから卒業したら結婚したいけど、相手は学校は良いのかって聞くの』

『そうなんだ! 俺も兄ちゃ…、んん。兄の紹介でお見合いしたらどうかってさ。偶然だね。婚約者を持つ同級生なんて滅多にいないから…先輩のアドバイス、聞きたいな?』

 共通の話題ということで委員長と色々と喋ることが出来た。話は少し外れて、今の好きな人という女子のトークに火を付けてしまい色々こちらも吐いた。

『ふふ! 常春君、面白いね。…好きな人にもう少しアタックしたら? 押せば行けそうだよ!』

『いやぁ…。向こうは大人だから、俺みたいなのは所詮は弟みたいなもんだよ。俺、四兄弟の末っ子だし』

 ココアを飲む俺を見て、委員長は含み笑いをするものだから思いっきり拗ねてみた。そうしたら彼女は声を上げて笑うものだから、少しは元気になったかな、と嬉しくなる。

『でも常春君、婚約するんでしょう?』

 刹那、何処かで少し大きな物音がした。あまり気にせず外を見るとまだお迎えらしき車はない。

『まだ全然決まってないよ。俺も委員長みたいに良い人と巡り会えたら良いんだけど』

『…常春君なら大丈夫よ。

 でも、私は…あの日。学園祭の日に少し寂しそうにしてた君を見てたから…出来ればあの日、君を笑顔にするはずだった人と結ばれたら良いなって思うな』

 勝手にごめんね、と申し訳なさそうに謝罪する彼女にとんでもないと言ってから…流石に恋する乙女の目は欺けないと苦笑いだ。

『…委員長。もしかしてお迎え、あの車?』

『そう、そうだわ! ありがとうっ本当に…常春君が来てくれてからずっと体調が良いの。多分、安心したのね。君の声ってなんだか優しくて…染み渡るから。

 本当にありがとう! お金置いておくね! また学校で!』

 黒くて長い髪を揺らしながら席を立つ彼女に手を振り返し、残ったココアを飲みながら外に出る彼女に再び手を振る。

 …良かった。あの感じなら休んでれば大丈夫そう。

『ココア飲んだらお腹空いてきたな…』

『あらそう? なら、もっと頼んで良いよ』

 手に取ろうとした伝票が何者かによって奪われ、何事かと上を向くと…そこには柄シャツとスーツ、シルバーアクセサリーを身に付けたインテリ系ヤクザ…犬飼が立っていた。

 な、何故…?!

『…その代わり、コレでちょーっと聞きたいことがあるんだけどなぁ』

 犬飼がピラピラと揺らすのは自ら贈った。まさか自分の首を絞めることになるとは思わず口が塞がらない。

 しかし犬飼はまるで気にする素振りもなく、むしろコーヒーを注文してプラスでホットドッグにココアまで頼んだ。

『はい、お食べ。

 …で? 聞かせてもらおーじゃないの、その婚約者とやら? 聞いてないよそんなん!!』

『だって言ってないし…』

『お黙り! 何処の馬の骨さ、職業年齢出身地学歴家族構成性別、さぁ吐いてもらうよ!』

 怖ぇよ。やっぱりこの人もヤクザなんだなぁ。

『ココア美味しい』

『チッ。可愛いな…、でもダメ~ッ! 許されないよ、そんなんじゃワタシは欺けないんだから!』

 大丈夫かこの人、特に頭。

『断ってるってば。俺まだ十五だよ、オメガだって結婚は十六からだってのに。…でもほら、ウチは両親もいないし早めに相手を見つけてやりたいって兄心じゃないかな。多分…』

 兄たちには心配を掛けているが、向こうも俺が望まない結婚ならいくらでも政府の提案を蹴るつもりだ。正直、そんなことになればむしろ婚約者の相手側の方が不憫だから下手なことは出来ない。

『だからボスや皆には言わないでね?』

『…あー…、言いは…しないけど』

 歯切りの悪い犬飼の様子を不審に思うと、彼はテーブルの下からある物を取り出す。

『…聞いては、いるかな?』

『…は?』

 そこにあったスマホは、意味深な通話の終了を知らせるマークを写すのみだった。


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