いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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冬の必需品

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『うひゃー! さっぶいですなー!!』

 辿り着いた先は、弐条会のプライベートビーチ。着いて早々から突風に吹かれた犬飼と並んで暖を取ると、横からボスに手を繋がれる。

『ボス! 絶対離しちゃダメだヨ、その子すぐ消えるんだから!』

『海では絶対一人にしちゃダメだネ。これ教訓なり』

 ははは。そう何度も行方不明になって堪るか!

 …いや、結構…なってる?

『宋平』

 秋の終わり。もう冬も目前の海で皆が騒ぐ中、ボスから台紙を受け取ると最後の赤いスタンプを押した。枠の外には以前買った新作の紫を使った花に、スイカや花火のスタンプ。

 第七のチェックポイントは。勿論、正解だ。

『はい! これでスタンプラリーは終わり、無事に完成です! …うーん。もう少しこだわった方が良かったですかね?』

『いや、見事なモンだった。…それ、貰っても良いか?』

 台紙を指差すボスを二度見してから、おずおずと台紙を渡す。こんな手作り感満載のものを欲しがるなんて思わなくて心配だったけど、台紙を受け取ったボスは大切そうにそれを受け取る。

『そ、そうだ! 無事に完成したからご褒美タイムですね。はいこれ、一人一枚引いて下さい』

 ポケットから取り出した巾着の中には学園祭で貰ったくじの内容を少し変更して改めて書いたくじがある。全員が引き終わるとそれぞれ内容を見て微笑んだり、嬉しそうに誰かに見せていた。

『まぁ大したことないけど、使ってね』

『オレのって何、ソーヘー?』

『ああ。それ、なんでもお願い券だよ。一緒にお出掛けとか、仕事を手伝ってほしいとかなんでも有り!』

 そう答えるとキラキラとした目でお願い券を空に掲げる猿石。あれではいつ使ってくれるかわからないな、と苦笑いをしつつ使用期限はないから良いかと思う。

『ボスはなんでした?』

『…お前はちっとばかし俺たちを信用し過ぎじゃねェのか?』

 ペラっと目の前に差し出された一枚の紙。そこに書かれた内容は一番渡ってほしくない一枚だった。

『なんでよりによってお風呂券を引くんですか!? 七分の一なのにっ…!』

 それはネタ切れを起こした俺がやっつけで作ったお風呂券で、お背中流します! の暢気な一言が添えられた謂わばネタ扱いの一枚だ。

 一番引いて欲しくない人に行ったんですけど!!

『交換! 誰かと交換しましょうボス!!』

 ボスの腕を引いてそう提案するも、ボスは嫌だとばかりにお風呂券を懐に仕舞う。

 だ、出せーっ!!

『…嫌だね。これは俺が預かる』

『うえええ?! まぁ…それで良いなら良いんですけど…』

 良いのか?

 それはそうと海風の威力が半端ないので皆で車に戻ると更に賑やかさを増してアジトまで向かう。やって良かったと心から思いつつ、隣に座るボスに寄り掛かれば少し冷えた身体を温めるように腕が回る。

『宋平。こっちに来な』

 アジトに着くと暫くボスのフロアで皆と喋って過ごしていたら、ボスに呼ばれてそちらへ行く。机の上に置かれた少し大きな箱には紫色のリボンが巻かれていて、なんだろう? と思ったらそれを近付けられる。

『…今回の件の詫びと、贈り物へのお返しだ。今年は寒くなるらしいからな』

『でも、ボスはちゃんと約束…果たしてくれたし』

 そう言っても受け入れてはもらえず、更に箱がこちらに寄る。こうなると全くの無駄だから根負けして中を開けて良いか聞くとボスは嬉しそうに頷いた。

『う、わ…スゲーっ! サラサラだ…、なんか凄いオシャレぇ』

 中から出てきたのは白いダッフルコートと紫色のマフラーに白い手袋だった。コートの留め具も淡い紫色で、素材もなんだかモコモコした感じの暖かそうなもの。

 い、やいやいや!? こんな高そうなん貰えねーだろっ流石に! 花やゼリーとはレベルが違う!

『嬉しいけどこれ…流石に受け取れない。だってこんなデザインのコート見たことない、凄い高いやつでしょ…』

『…宋平。それ、オーダーメイドだ』

 は?

『お前の体格に合わせて、若干大きめに作られてる。成長した場合の骨格を想定してな。だからそれは、お前の為だけに作られた一点物だ』

 刃斬の解説に俺はもう涙目だ。

 どうして…!! どうしてウチのボスはこうっ、高いもんをポンポン買うんだ! どーなってんだ弐条会の財源は!

『言い訳は辰見にさせる。だから貰ってくれ、宋平。それに…』

『それに?』

『こんだけ白ェコートだ。お前はさぞ、汚さないよう慎重になるだろォと思い付いちまってなァ。我ながら名案だぜ』

 ニヤリと笑うボスに俺は空いた口が塞がらない。

 だって、俺は…借金を返す為に、此処にいるのに。こんな下手したら何万、いや何十万のコートを贈られるなんて変だ。もしかしたらマイナスかもしれない。

 それなのに、それを惜しげもなく渡してくる。貴方は一体、なんなんだ?

 …俺を、どうしたいんだよ…。

『コートを人質にするなんて酷いです…』

『お前の為だけにあるんだ。貰ってくれるな?』

 頷く以外の選択肢などなかった。

 試着してみろ、と刃斬に言われたので全て身に付けると凄くモコモコして暖かく、寒さを感じる隙がない。近くに寄って来た猿石が抱き付いてくると、どうやら抱きしめた方も気持ち良いらしい。

『宋平モコモコしてる! スゲー気持ちい!』

『本当? えいっ!』

 俺からも抱きしめ返すと猿石がキャッキャ騒いで凄く楽しそうだ。これは本格的な冬が楽しみだとボスの方を振り向く。

『ボス! 凄くあったかいですよ! ありがとうございますっ、多分汚しません!』

『そこは絶対にしろ。ったく…、

 …それ着て体調崩すなよ。これからも、ずっとな』

 ずっと?

 ああ。物が良いから、一生物ってことか。流石はボス、長い目で見てる!

『宋平ちゃん、大変だよ! キミチキ!の映画の日が決まったって配信きてるネ!』

『えっ?! ちょ、待ってすぐ行くから!』

 慌ててコートを脱いで綺麗に畳むと覚が大きめの手提げ袋を持って来て入れてくれた。それを丁寧にソファに置くと遊び場の方にいる双子の元へ駆けて行き、一人用ソファに座ってスマホを見る黒河とその背もたれの後ろからそれをみる白澄のところへ来た。

 そっとスマホを覗き込むと、黒河に抱えられて膝の上に乗せてもらい三人で配信を見る。

『夏だって! 夏公開!!』

『あー。多分、夏休みに合わせるんだネ』

 詳しい日付はまだ未定のようだが、夏休み中なのは濃厚。これは楽しみが増えたと喜んでいると後ろにいる二人を振り返る。

『ねぇ! 絶対一緒に行こうね、約束だよ?!』

 行かないなんて選択肢が二人にあるわけない、そう信じて疑わない俺は二人が返答を言い淀んだことに気付けなかった。

 二回! 絶対に二回は見に行きたいな!

『二人と行くの楽しみ! あーまだ本格的な冬の前だってのに、夏も楽しみだなぁ!』

 早くコートも着たいし、楽しみが多過ぎる!

 再び配信に夢中になる俺はそっと自分の頭を撫でる黒河と、その兄を見る弟がどんな顔をしているか知らない。

 すれ違ってばかりの彼らとの明確な差に気付いたのは、冬に片足を突っ込んだ十一月中旬。

 その日、学校終わりにバイトに来ていた俺は衝撃的な光景を目にする。

『実は今…月見山が来てるんだよ。婚約間近だからな。アジトの中に入って見学だってよ』

 護衛としてアジトまで一緒に来てくれた構成員が表に停まる月見山の外車に気付き、固まる俺にそう教えてくれた。

 羽魅の誕生日は十二月の終わり。そこで十八歳になると同時に婚約に進むらしい。

『そうなんだ。じゃあ、溜まり部屋で時間まで大人しくしてた方が良いですね』

 わかっていたこと。これは、前々から決まっていたことなんだ。

 それでも…いざ現実を突き付けられると、やはり未だ胸は痛む。当然だ。自分はボスを忘れるどころか会う度に好きは更新され何度だって惚れ直してる。

 でも、遂にアジトにまで羽魅がいる。その事実に足取りは重くなるばかりだ。

『宋平! 出るぞ~。今日の指揮官は黒河さんだ。まぁお前は大丈夫だな! 気張っていくぞ』

『はい!』

 仕事の内容は実行部隊の手伝いで、過激派のアジトの一つを潰すのだ。過激派に入って名前だけデカくなった気でいる組織を叩き、戦力を削ぐ。

 地道だが、これが一番確実らしい。

『腕が鳴ります!!』

『おやおや。では、可愛い弟子の成長を見せてもらうとしましょうネ』

 黒河は敵地や見慣れない人の前では口調が固くなり、身内の前では割と砕けた言葉遣いになる。隣にいる人物がどれだけ普段は肩の力を抜いてるかわかるから、一緒に敵地に立つのは好きだ。

『黒河、お疲れ様。敵のアジトは大体探ったけど伏兵もいないし兄貴たちの話じゃ特別重要なものもないって。本当にただの虎の威を借る狐、って感じ』

『だネ。実力も大したことないし、呆気ないネ。撤収撤収、アジト帰るからネー』

 即座に荷物を纏める弐条会に混じると、一緒に歩く黒河が戦いの腕前を褒めてくれた。体幹がしっかりしてきて更に強くなったと。

『…我が教えられること、今のうちに叩き込もうかと思ったけどお前は真面目な子だから不用だったネ』

『何の話?』

『ん?

 なんでもない、なんでもない! さぁ、取り敢えずアジトに戻るとするかネ!』


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