上 下
85 / 88

全てを君に教えてあげる

しおりを挟む
『着れないって言うか…、これは…』

 現代的な黒で統一された綺麗なお風呂をお借りして、ほくほくで上がった俺がぶつかった問題。それがボスから借りた甚平だ。

 ボスの物だから当然体格が違うし、サイズも違う。でもこれならイケるだろうと思ったのだろう。だがしかし現実は悲しかった。

 ストン、と綺麗に落ちる半ズボンに俺は涙目状態だ。これは限界まで紐を縛ってこの状態である。

『もう良いや…。ていうかパンツもねーし、どーしよっかなぁ…』

 いつまでも素っ裸でいるわけにもいかない。取り敢えず甚平の上だけ借りると良い感じに尻は隠れてくれた。太もも辺りまである丈に、どれだけの差があるか痛感しながら移動する。

 ボスの寝室は、広くて入って真ん中にデカいベッドが設置されていて近くには小さめの本棚に、寝酒を楽しむ為かワインセラーまである。勿論ワイン以外にも日本酒やウイスキーなんかも揃っていて大変お高そうなので手を触れないようにする。

 後は近くに灰皿と煙管。もう用意されている物の全てが大人っぽく、洗練された逸品ばかり。
 
 か、カッコいい~!

 調度品を見ていたら、盛大なクシャミをして部屋にクーラーのスイッチがないか見渡すが見つからない。恐らく違う場所で部屋全体の温度を設定されているのだろう。

『…でも…、俺いまパンツ…ないしなぁ』

 色んな意味でベッドに入りたい。

 …ベッドに入りたい、凄く。

『…ええい! 後でシーツ替えるから許してボス!』

 真っ黒なシーツの中に潜り込むと煙草にボス自身の匂いが混じったものがダイレクトに鼻に届く。仮眠室のベッドよりもずっと強い匂いに身体の芯から甘い痺れが走る。

 …はぁ。仮眠室より、こっちのベッドに羽織り突っ込みたい…。

『何このシーツの肌触り…最高過ぎる。サラサラじゃんかぁ…』

 肌触りの良いシーツに好みの匂い、メロメロになった俺は暫く一人でベッドで好き勝手。枕の位置を調整しつつ足をパタパタと動かして、ご機嫌にキミチキ!の代表曲を口ずさんでいたら…ふとバランサーの五感が働きパッと後ろを振り返る。

 そこには真顔のままこちらを向き、スマホで誰かに電話を掛けるボスの姿が…。

『…俺だ。今すぐ宋平の下着とズボンを持って来い』

 いやぁああああああーっ!!

 俺の絶叫が防音対策抜群のアジトに響く。泣きべそをかきながらベッドに閉じ籠ると、すぐ横にボスが座って笑いながら俺を撫でる。

『バカ! 変態! スケベ!! ちょ、下着要求したってことは…ぁ、あぁあああ~!!』

 こんもりと丸くなった俺を声を上げて笑うボス。

 いや笑えないよ! その辺が恥ずかしいからわざわざ別に入ったのにっ…更に恥ずかしいことしてんじゃねーか!

 ピーンポーン、という呼び鈴が鳴りボスが撫でていた手を止める。

 パンツ来た!!

『あにぎぃいい!!』

『おい。待てこら』

 ベッドから抜け出して玄関まで駆ける。すると、丁度入ってきたばかりの刃斬がいて走って来た俺に仰天して上体を逸らす。

 しかし反射神経の賜物だろうか。咄嗟に手を伸ばした彼に飛び付いてぶら下がる。

『…色々と言いたいことはある、が! 取り敢えずボスに心配を掛けるな。全くお前は本当にジッとしてらんねぇ性分で』

『あうあう』

 ほっぺを摘まれ、痛みで半泣き状態になる。しかし何も言えない立場なので黙ってそれを受け入れることに。刃斬は予想よりも早く俺を許してくれると、そのまま抱えて連れて行かれてボスの寝室へと入る。

『…大変な荒れ様ですね』

『どっかの子猫が興奮しちまってなァ』

『ああ。荒らしたのお前か』

 ベッドの荒れ様に驚く刃斬だがボスの言葉にすぐに納得して俺をベッドに置くとビニール袋から新品のパンツと短めの紺のズボンを取り出した。

『自分で穿けるのに…』

『黙ってろ。また勝手に包帯取りやがって…、今日くらいはちゃんとしろ』

 小さな子どものように刃斬の肩に手を置くと、しゃがんだ彼によって素早くパンツを穿かされる。一体何の拷問かと思っていたら今度はズボンだと足を上げる様に指示を受けた。

『よし、と。…良いな。流石はボスの見立てだ。似合ってるぞ』

『本当ですか?! …ボス!』

 ボスを呼べば当然のように頷く姿に嬉しくて思わず笑みが溢れる。

 刃斬曰く間もなく夕食だが、時間があるらしい。だからボスの計らいでそれまでアジトの本格ツアーをしてくれるらしく、俺のテンションはマックスだ。

 二人と一緒に近場の知らない所を回る。脱走癖を指摘されたせいで、空いてる手を常にボスに繋がれて歩く羽目になった。

『…行くとするか』

 それから俺は知らなかったアジトの中を巡り、改めてこのアジトの凄さを痛感する。普段は溜まり部屋やボスのフロア、地下の大浴場や個人住居区しか知らなかったが実際には様々な設備を兼ねた場所がある。

 防衛システム室に武器庫、金庫に修行場まであるらしい。ジムと違って対人戦闘専用だ。他にもラボや実験場まであった。

 …そうだよな、外から見たらこのアジト、バカでかいし高いビルだもんな…。

『お前が行った地下には捕虜の収容所に尋問部屋がある。まぁ、どっちもセキュリティがガチガチだからな。階層までは楽に行けるが、それ以降は幹部クラスが一緒じゃねぇと入れねェ。または許可を得た奴のみだ。

 …後はテメェの分野だぞ』

 ボスにそう言われたのは刃斬だ。そこからは刃斬の案内である場所に連れて行ってもらう。

 案内されたのは屋上にある、温室だ。専用のコードで開かれた場所には様々な草花や果物、野菜が栽培されていて思わず感嘆の声を漏らした。

 スゲー! さっきの物々しい雰囲気から楽園みたいな空気だ!

『凄い! 刃斬の兄貴が育ててるんですか? わーっ…、あ! トマト! ボス、トマトの方に行きたいです!』

『仰せのままに』

 瑞々みずみずしいプチトマトが沢山実り、キラキラと赤い実を輝かせる。いつも貰うやつかと聞けば、そうだと返事が返ってきて再びプチトマトを見る。

 へー…スゲェ。何種類あるんだコレ。

『此処は刃斬の管轄だ。むしろコイツしか入らねェ』

『そうなんですか。でも兄貴って面倒見が良いから納得です、育てるのも上手なんですね』

 しゃがんで植物を観察していたから、ボスも一緒になってしゃがんでいたので顔が近い。ボスは何か言いたげに刃斬の方を向くので俺も一緒になって見上げる。

 そこには、少し照れたような顔をしてそっぽを向く刃斬がいてボスと一緒になってガン見だ。

『…ちょっと待ってろ』

 席を外す刃斬に照れた? とボスに聞けば、照れたな。という確信を貰う。なんとも言えないこの勝利の悦に浸りながらボスとお喋りをして庭園を回っていたら何やら色々抱えた刃斬が帰って来た。

『やる。帰る時に持ってけ』

『えっ?!』

 ドサッと紙袋に入った野菜や、ブーケにされた花を差し出されて困惑しつつ受け取る。ボスが手伝ってくれて俺の手元には小ぶりな花束が残った。

『あ、兄貴?! 嬉しいけどこれっ、ボスの為に育ててるんじゃ…』

『お前よくわかったな』

 いや普通わかるでしょ。普段からボスの健康や安全に配慮する人が野菜やら育ててるんだから、それは全てボスに安全な食事をしてほしいからだろう。

 当の本人に料理のスキルがあまりなかったのが唯一の欠点ではないだろうか。

『普段は馴染みの料亭なんかに渡してるが、それでも他人の手が加わるから毒味は必須だ。

 …宋平。お前さえ良ければ此処の食材を好きに使ってくれ。ほら、これが入る為のコードだ』 

 スマホにコードとなる数字が送られ、いつでも入れるようになった。とんとん拍子で進む話に待ったをかけるも、刃斬はそれを許さず笑顔を向けた。

『お前が此処の食材を使って、アジトで料理をしてくれたら完璧だろ。頼む、俺ぁ料理だけはイマイチ腕が上がらねぇんだ。

 やってくれるか? お前さえいるなら、荷物持ちに誰かしら連れて来ても良い。…猿は暴れさすなよ』

 どうして、と聞きたかったのに…それは彼の笑顔がもう答えみたいなものだった。たったさっき、迷惑を掛けたばかりだというのにどうしてこんなに大切な部屋の鍵を預けるのか。

 …この人たちの信頼に応えたい、そう心から願った瞬間だった。

『わかりました…。でも見分けとか心配だから、なるべく兄貴が一緒にいて教えて下さいね? 絶対に約束ですよ?』

『わかったわかった。約束するから』

『ボスも! 野菜とか果物の好み、教えて下さい!』

『俺ァお前が作ったモンなら一通り食うが』

 え。何それ嬉し過ぎるんだが?

 それから暫く俺たちは温室で過ごし、下に降りてから皆で夕飯を囲んでから…何故か双子による今日の体育祭の上映会が始まり大盛り上がり。その場にいなかった者も見ていた者も酒を片手に盛り上がり、無駄に良い映像にアップで映る自分の姿に思わず双子を追い掛け回す。

 部下を! 変なことに使わない!!

 しかし意外とボスや刃斬、猿石なんかも出場しているので皆が興味津々で見ていたし本格的な動画編集で無駄がなくスムーズな運びで終わったから満足感も高い。

 弐条会の技術力を変なところで使うの止めてくれないか…。

『普通に楽しんでしまった』

『ああ。中々良かったな』

 猿石なんて最初はいなかったもんだから、スクリーンの真ん前を陣取って離れなかった。

『来年も一緒に出れたら良いね!』

 励ますつもりで言った俺の言葉に、猿石は落ち込んでしまって小さく…小さく頷いた。

 ふふ。さては来年まで待てないな? 来年は兄ちゃんたちが来るかもだし、難しいかなぁ。

 猿石や他のメンバーが違う理由で感傷に浸っているなんて知らない俺は、同じように少し口数の少なくなったボスにソファの上でそっと抱き寄せられるのだった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

試情のΩは番えない

metta
BL
発情時の匂いが強すぎる体質のフィアルカは、オメガであるにもかかわらず、アルファに拒絶され続け「政略婚に使えないオメガはいらない」と家から放逐されることになった。寄る辺のなかったフィアルカは、幼い頃から主治医だった医師に誘われ、その強い匂いを利用して他のアルファとオメガが番になる手助けをしながら暮らしていた。 しかし医師が金を貰って、オメガ達を望まない番にしていたいう罪で捕まり、フィアルカは自分の匂いで望まない番となってしまった者がいるということを知る。 その事実に打ちひしがれるフィアルカに命じられた罰は、病にかかったアルファの青年の世話、そして青年との間に子を設けることだった。 フィアルカは青年に「罪びとのオメガ」だと罵られ拒絶されてしまうが、青年の拒絶は病をフィアルカに移さないためのものだと気づいたフィアルカは献身的に青年に仕え、やがて心を通わせていくがー一 病の青年‪α‬×発情の強すぎるΩ 紆余曲折ありますがハピエンです。 imooo(@imodayosagyo )さんの「再会年下攻め創作BL」の1次創作タグ企画に参加させていただいたツイノベをお話にしたものになります。素敵な表紙絵もimoooさんに描いていただいております。

処理中です...