いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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黒くて赤い貴方

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 真っ暗な階層に辿り着き、なんとなく…居てはいけない場所だと悟る。逃げなければと思うのに足が竦んで動かない。

『っ…!』

 奥から複数の足音がして慌てて隠れる場所がないか探す。地面を這って移動すると、曲がり角があってそこに留まり身体を丸める。

『ボスたち、帰ってきたって?』

 この声は、白澄…!

 知らない人じゃなくて良かったと思いつつ、なんだかいつもと様子が違う気がして出るに出れなかった。

『はい。全員帰還しています。黒河隊長も向こうの幹部を潰し回って必要のない者は処分次第、帰還予定です』

『あいヨー。しかし拠点が多くて怠いヨ。あんまり捕虜ばっか要らないんだけど…そろそろ独房埋まる? ボスに増築頼むか悩むヨー』

 内容から仕事の話だと勘付き、更に丁寧に自分の気配をすり潰す。

『簡単に口を割るつまんないのはポイしちゃって。…あ、でも半分は取っといてヨ、使うから。判断付かないグレーのは儂がるヨ。

 んじゃ。儂はこれからあるから、後はいつも通りで頼むヨ』

 御意、という部下たちの言葉を聞いてから白澄は鼻歌混じりに違う方角の暗闇に消えて行く。部下たちは各自で分散して、そこには俺一人が残った。

 …もしかしなくても、これ…俺が聞いちゃダメなやつなんじゃ…。

『…どうしよう…』

 気分が、悪い。

 フラフラしながらエレベーターに戻る。優秀なバースデイは何も言わずに扉を閉じてから箱を動かす。自身の判断だろう、辿り着いたのはボスの私室があるフロアだ。

 二度と足を踏み入れないと決めていたそこに入り、玄関でうずくまる。

【宋平様、そこは良くありません。中に入ってお寛ぎを…】

『…ううん。此処で良い、此処で良いんだ…』

 そうだ、とあることに気付いてバースデイを呼ぶ。

『ディーちゃん。監視カメラの映像、消してほしいんだ。お願い…俺が、映ってるとこだけで良いから。出来る?』

【可能です。直ちに処理します】

 お願い、と呟いてから畳に横になる。気分が悪くて仕方ない。あの場の空気に充てられたのか。バランサーである自分でも正せない空気に参ってしまう。

 …息が詰まりそうだ。

『…ディー、ちゃ…?』

 お喋りなバースデイが何も言わなくなり不安を感じていると、いつの間にかエレベーターが閉じて動いている。誰かが使っているのかと思いつつ目を閉じると暫く静寂に包まれて心が休まる。だけど、未だに気分が悪くて仕方ない。

 部屋は少し冷房が効き過ぎているのか、肌寒い。汗をかいた後だから余計にそう感じるのかもしれない。

 ガンッ。

 静寂を破るような音に身体が大袈裟に反応する。エレベーターの内部から聞こえたそれに何事かと怯えると、凄く…ゆっくりと扉が開かれ始め、中にいる人物はその遅さに堪え兼ねたように強引に手を差し込んで力技で開いた。

 …ホラーだ。

『…っくそ、手間掛けさせやがって、ポンコツAIが…!

 宋平! ったく、お前は…!』

『ボス…!』

 中から出て来たボスの姿に身体を起こし、手を伸ばす。すぐに駆け寄って来てくれたボスは素早く俺の身体を抱いてから頬に手を当てる。

『お前、顔が真っ青だぞ…』

 大丈夫だと伝えて俯くと、ボスは自身の胸に俺を押し込んでから背中を優しく摩ってくれた。

『…地下に行ったんだな』

 ビクリ、と反応する身体を丁寧に撫でられる。行っては行けなかった。見てはダメだった。そうわかっているから何度も口から否定の言葉が漏れる。

『行ってない…、見てない』

『宋平』

『行ってないっ。だって…本当のこと言ったら俺のこと、…どうすんの? ヤダ。絶対にヤダよ、何処にもやんないで。

 だから俺っどこにも行ってないもん…』

 しっかりとボスにしがみ付いてそう言えば、背中を撫でていた手が止まって少しだけ離れる。それが悲しくて尚更、隙間を許さないようにギュッと抱き着く。

『やだ…、離れたくないです。一緒にいたい…』

 すぐ近くにあった喉が鳴り、どうしたのかと上を向くと…ボスは目を見張りながら僅かに頬を紅潮させていた。

 あ、あれ?! ボスが赤いぞ?

『ボス…?』

 風邪か?! いや、普通に暑いのかな。ボスにしては珍しく汗もかいてるみたいだし。

 両手で頬に触れれば思っていたよりもずっと熱い。自分のは冷房で冷えてしまったからボスの熱さが心地良いくらいだ。

『ぁー…、クソ…お前にどんどん甘くなる自分に嫌気が差すぜ…。的確な殺し文句まで垂れ流しやがる』

『殺し?!』

 なんだその物騒な単語は?!

『別に怒っちゃいねェ。ただ、お前には不向きだってわかってたから教えなかっただけだ。実際、体調悪くしてんだろ?』

 図星だ。

 でも、俺だって別に…少し驚いたけど、わかってた。だってヤクザの天辺だ。いくらでも後ろ暗い部分や汚い仕事だってあるとわかってる。

 黒河や白澄が怖いわけでもない。だって俺に接する双子は、いつだって頼りになる大好きな二人だ。

 キミチキ!仲間だしな。

『…アジトの全てを教えてやっても良い。お前が勝手にいなくなる、なんてことがなくなるなら安いモンだ。

 どォせ、お前はもう何処へだって行けるんだからな』

 エレベーターがキラッと光るとボスが深い溜め息を漏らす。

『お前から離れねェなら、手放したりしねェよ。…嫌がって怖がるようならどうにかしたがな。

 お前は、そォじゃねェんだろ?』

 しっかりと頷けばボスは上等だと言わんばかりに俺の頭を撫で回してから、身体に手を回して持ち上げる。

 大好きな人に抱き着けるこの瞬間ほど、幸福な時間もない。

『後でいくらでも見せてやる。取り敢えず、今は風呂が先だな…。すっかり冷えてやがる』

『ぁ、うぅ…』

 ボスの言葉に本来の自分の目的を思い出す。結局何も出来ず、むしろボスに心配を掛けるだけに終わってしまった逃走劇に反省する。

 そんな落ち込んだ様子の俺にボスは核心を突く。

『で?

 なんだって一人で出てった。毎回毎回、待ってろってンだろォが。犬でも待て、は出来るんだがなァ』

 ん?

 と今回は甘やかす様子のないボスに俺は悩み抜いた。結果として、何の言い訳も見つからず…もう観念して真実を打ち明けることにした。

『…だって』

『ん?』

『はず、かしい…』

 は? と声を上げるボスに俺は絶対に顔を見られないように半ば叫ぶ感じで真実を言葉にする。

『ボスのっ! は、裸を見るの…恥ずかしいし、自分の見られるのはもっと恥ずかしかったから…!!

 だ、だからっ…早く行って、すぐにお風呂に入って…上がろうと思ったのにっ』

 そうしたら行き先を間違えてこんなことになりました、どーせ俺はバカですよ!!

『…お前、猿石たちとは風呂入ったって』

『っアニキたちは…別に、

 でもボスはダメ…! まだ心の準備が出来てないからダメです!』

 アニキたちはアニキたちだもん。そりゃ別だよ。

 なんて、己の恋心を知らないボスに言っても無駄だろうと思った。だけどボスは優しい声で顔を隠した俺に語りかける。

『…そうか。

 喜べ、宋平。俺たちの利害が一致したぞ』

 俺を横抱きにして部屋の奥へと進むボス。ある扉を開くと、その部屋に設置されたスイッチを押して、次にまた違う部屋へと赴く。

 衣装部屋らしき部屋に入ると薄紫の甚平を持って俺に渡す。そして次に入ったのは、正真正銘ボスの寝床。真っ黒で統一された寝具は一切乱れがないが、そこにある匂いがボスが普段から寝ていることを証明していて思わず身を乗り出してしまう。

 い、良い匂いする…!!

『この部屋の風呂に入れ。その間に俺は大浴場に行って来るから。上がったらコレ着て、今通った道で寝室に行ってろ。迷ったら片っ端から部屋開けな』

『え? で、も…ボスの部屋なのに…』

 構わない、と言ってからボスはタオルとバスソルトをくれる。

『約束したろ? 俺の時間を借りた分、返してもらうだけだ。服の着方はわかるな? 湯冷めしないように寒けりゃベッドの中にでも入ってな』

 ベッドの!? 中?!

『わかったな?』

『わ、わかった…。ちゃんと待ってます』

 釘を刺すように言うもんだから何度も首を振って言葉でも復唱すると、漸くボスは安心したように自分の荷物を持って玄関に向かう。

『出迎えは要らねェから、ちゃんとそこで待ってな。次許可なく消えやがったらお前の首にはリードが付く』

 そう忠告して部屋を出て行ったボス。エレベーターが動き出し完全にいなくなってしまって寂しさを感じつつ、風呂に向かう。

 だが、ここで俺は不思議なことに気付いた。

『…なんで俺が大浴場じゃないんだ? 普通は俺がそっちで、ボスがこっちじゃね?』

 …うーん。

 ボスってば、うっかりさんだなぁ。


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