いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
上 下
82 / 136

君は光

しおりを挟む
Side:猿石

 一番古い記憶は、自分の親父オヤジの背中だ。

 産まれた時から上位アルファとしての力を制御出来ず、異端児として閉じ込められて育った。学校なんて通ったことは殆どないし、マトモな幼少期なんて知る由もない。一般人の生活をテレビで見て、これは全部作りモノなんだと思っていた程だ。

 最低限の知識だけを渡されて、ただ生かされた。

 オレが二十年を過ごしたのは自宅から遠く離れた隔絶された屋敷。そこには巨大な柵が建てられ、オレは逃げるという選択肢すら知らなかった。幼少期は目の障害もあって滅多に外にすら出ない。オレの目を灼く太陽がある外は、恐ろしかった。

 母親は一度もオレを抱くことはなく、

 親父は一度だけ会いに来て何も言わずに去って、以降は顔すら見ていない。

 そんな人間が、マトモに育つはずもなかった。

『テメェが猿石家の最高傑作? 笑わせる。そういうのはな、ご丁寧に自分の家名を貼り付けて一番目立つとこに晒すんだよ。

 真逆じゃねェか』

 二十歳になった自分の前に現れたのは、三つ年下の…自分よりも更に一段上か同レベル位のアルファだった。

 面倒ですぐに威嚇フェロモンをぶつけたのに、そのガキは今までの人間と違って同じ質量の威嚇をぶつけてきた。

 それは、人生で初めてのとなる。

『猿石家との契約の対価に、テメェを預かることになった。戦力の補充に丁度良いかと見に来たが…

 話になンねェな。こりゃあ』

 屋敷に初めて現れた他人。それも二人。だけど、片方はオレよりアルファ性は僅かに劣っていたが肉体の強さは半端ではなかった。

 組み手で負けるのが悔しくて、何度も挑んでは軽くあしらわれる。それを遠くで眺める男を弐条。筋肉バカが、刃斬。

 二人組は頻繁に屋敷に現れ、後にオレは弐条会に引き取られた。人間としては最低レベルだが度胸はあるとボスに言われた。

 男の背中は、知っていた親父のより、うんと小さかった。だけど、アイツよりずっと広く…近くにある。

『二十年の時間をいきなり埋めるのは無理だ。お前はこれから一生を懸けて、自分を学べ。他人を知るなんざ当分は先だ。

 今は先ず、その高過ぎるアルファ性を俺が強引に抑えてやるから自分で制御出来るようにしろ。

 …返事をしろ、このバカ』

 それから六年。弐条と名乗った男をボスと呼ぶことを学び、刃斬には勝てるようにはなったが相変わらず口煩くて敵わない。

 ボス曰く、人間六年生のオレはガキと一緒らしい。

 感謝してる。何も出来なくて、何も知らないオレを拾って育ててくれた。未だに仕事を間違えて叱られたり、つい最近もしょっ引かれて刑務所に入ったけど。

 …それでも、ずっと何かが満たされない。二人や弐条会の奴等はを埋めてはくれなかった。

 二十六年で、それを与えてくれる人間にやっと会うことができる。

 出会った日を今でも鮮明に覚えてる。アイツとの出会いは、特別で大切なもの。

 だから、傷付けたくないのに。

『…なんでオレが…。なんだよ、体育祭って。わざわざそんなもん見る意味ねーよ』

 そんなものは自分とは縁がない。だが、あの双子はどうにも苦手で断り難い。なんせ年齢もかなり離れているから普段は近寄りすらしない。

 アイツらと仲良しのソーヘーは、素直に凄いと思う。アイツらは人間なのに自分たちから人間を捨てに行く変な奴等だ。

『…ソーヘー』

 大好きなソーヘー。小さくて、可愛くて、オレを真っ直ぐに見てから向けてくれる笑顔が世界で一番好き。ずっと見ていたい。隣にいて、あわよくば一生、あのアジトにいてほしい。

 だけど、ダメだ。

 オレの高いアルファ性が、いつアイツに害を為すかわからない。ソーヘーだけは…傷付けたくないのに。誰にもされなかったことをしてくれた、大切な人。

 もしも。

 …もしも、ボスがソーヘーと番にならなければ離れなければならない。ボスを裏切ることは出来ない。あの人への恩は死んでも返せないから。

 だから本当は一秒だって離れたくないのに。

『しかもなんだよ、変装って。オレが一回不法侵入したからか…?』

 双子に押し付けられたのは、いつものサングラスじゃない色付きの変なやつで髪もワックスで掻き上げられてスースーする。

 いつも通り黒いシャツを着てそんな見た目なモンだから普段より更に視線を感じて怠い。

 グラウンドに向かえば騒がしさがより際立つ。どちらかと言うと静かな場所の方が好きだから、この時点で帰りたい。だけどすぐに弐条会の連中がいるのを見つけ、そこに向かって歩き出すと聞き馴染みのある名前が耳に飛び込む。

【さぁ!! 学年別対抗競技、一年生の部は間もなくアンカーへとバトンが渡ります! アンカーはグラウンド一周! トップは青軍せいぐん、後から続くのは白軍はくぐんと赤軍です!

 青軍アンカーが順調に走り出し…その後を…おおっと、赤軍! 華麗なバトンパスでリード! 本日代理アンカーを努める一年三組常春君、見事な走り出しで青軍に食らい付く!】

 常春…、ってソーヘー?!

 今までの怠さなんて吹き飛んで、慌てて人垣の上から競技を見る。そこには数日前まで足を怪我していたソーヘーが、ぐんぐんと走り必死に前を走る奴を追い掛けていた。

 嘘だろ…、だってこの間まで松葉杖使ってたのに?

『いけーっ宋平! 抜けー!!』

『良いぞー坊主、やっちまえ!』

 一番前を陣取る弐条会の面々が大声で声援を送ると、まるで聞こえていたようにソーヘーが更に腕を振って前へと出る。

 …体調、悪くないのか? あんなに走ってるけど…。

『お前やっと来たの? ほれ、もっと前に来いよ。ちゃんと座って後ろの方に迷惑掛けんなよ』

『…犬飼』

 犬飼がわざわざオレを呼びに来ると、前まで連れて行ってくれた。そこには熱心にソーヘーを見守るボスと静かに拳を握って応援する刃斬もいた。

『今日の最後の出場競技だってさ。見てみ。あんなに元気に走り回る子が、お前なんかのアルファ性に左右される訳ないでしょ。

 なんなら借り物競走でも一番よ、あの子』

 後少し。

 もうちょっと。

『そうですね。昔の貴方ならまだしも、今はある程度はフェロモンの管理も出来てるみたいですし。

 宋平を信じて。そして何より、貴方をそこまで育て上げたボスと刃斬さんを信じなさい』

 がんばれ。

 がんばれ、あと…すこし。

『ぁ』

 順調に走っていたのに、何かに躓くように転びそうになるソーヘーの姿がスローモーションのように写る。今にも地面に倒れ込みそうになるソーヘーに向かって、腹から声を出した。

『っ頑張れ!! ソーヘー!!』

 タン、と右手を着いた瞬間力を込めて地面を弾くと横になった身体を捻り、再び足で地面を踏んだと思ったら爆発的な加速で更に走り出す。

 そのままトップスピードを維持して相手を抜き去った瞬間、ソーヘーはゴールテープを切った。

『…勝った…』

 グラウンドが歓声に包まれて、ソーヘーが嬉しそうに両腕を上げている。運営側の人間に一位の旗を渡された彼はパタパタとそれを振ると、オレたちの方を向いてからそれを振りながら笑顔で手を振る。

『やったぁああ!! ボスぅ、見ましたかウチの子がやりましたよ!!』

『見てたっての。…良い走りっぷりだったな』

 犬飼や野郎どもの野太い歓声にソーヘーは暫く旗を振りながら応えて、列へと進む。一年生の見応えのある競技に会場が盛り上がりつつ、次の二年生の部へと移行する。

 胸が熱く、心臓がバクバクと脈打つ。まるで自分が走って勝ったような爽快感。周りは未だにソーヘーの試合を語っている。

『みんなー』

 先程の勢いなど何処へやら、パタパタとゆったり走って来たソーヘーに弐条会の面々はすぐに反応して取り囲む。頭を撫でられたり、抱き上げられたりしたソーヘーがやがてオレの方に来る。

『アニキ!!』

『…ソーヘー…、その』

 駆け寄るソーヘーが手を伸ばす。眩しいくらいの笑顔を向けてから喋り出す声に聴き入った。

『さっき、応援してくれたよね? へへっ…ありがとう。いやぁ弐条会で身体動かしてるせいか反射神経が抜群になっちゃった。

 アニキが見てるって思ったから、最後まで諦めなかったよ。どう? カッコ良かった?』

 どうしてお前は、そんなにオレを大切にしてくれるんだ。世界になかったことにされかけたオレに、なんでこんなにあったかいモンをくれる?

 こんなオレが、光に手を伸ばしても良いのか?

『疲れた! 抱っこしてくれ、アニキ!』

 ああ。

 そうだよな。だって光の方から求められたら無碍むげになんて出来るわけがない。一緒にいればいるだけ、別れは辛く、心には傷が付くのに。

 わかっているのに、この一時の幸福を手放したくない愚かな人間で、ごめんな。

『っソーヘー!!』

『はーい、って…! ぐへぇ』

 大切な大切な宝物。

 オレに未だ、多くを与えてくれる人。どうか…離れないで。

 もう、捨てられるのは御免なんだ。

『カッコ良かった。めちゃくちゃ、凄かった…。来るの遅れてゴメン。でも…最後のは見れて良かった』

『仕方ないですねぇ。応援してくれたから、許してあげましょう!』

 オレたちの大切な宝物。

 …どうしたら盗られないか。

『…やっぱ弐条会の代紋付けて、世の中に晒すのが一番良いよな? 背中オレとお揃いにするか?』

『ごめん、何の話?』

 当時の会話を知るボスと刃斬に思いっきり頭を殴られる。何のことかわからないのに、殴られて笑うオレをソーヘーはなんだか嬉しそうに眺めてから笑ってくれた。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

処理中です...