いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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体育祭と弐条会

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『…なぁ。なんか、父兄ふけい…多くね?』

『気のせいだよッ!!』

 そう。気のせい! 保護者席になんかやけにイカつい野郎どもがいるのも、やけに凝ったカメラを構えているのも、全部! 気のせい!!

『宋平! 頑張ってー!』

『宋平くーん、ファイト~』

 面の良い弐条会の幹部たちが俺の名前を呼ぶ度にクラスメートの視線が刺さる。他人のフリをしようにも折角来てくれたし、嬉しいっちゃ嬉しい。

 そっと手を振ると、野太い歓声がして顔を押さえて背を向ける。

『なんで皆いるんだよ…!?』

 犬飼と覚はまだわかる。わかるよ、あの二人はまだ良いんだよ。

 だがしかし!!

 ふと来賓席を見て度肝抜かれる。そこには、和装に身を包んだボスが優雅に椅子に座りながらこちらを見ていて傍には残暑でも汗一つかかないスーツ姿の刃斬が立って控えていた。

 アンタもかよ!! ていうか、なんで学校にお呼ばれされてんだ有り得ないだろヤクザは!!

『…もうっ。どうなっても知らないからな』

 一年生の種目は玉入れだ。赤い鉢巻をしっかりと縛り、競技に向かう。赤軍せきぐんの俺たちは赤い玉で音楽のスタートと共に一斉に玉を投げ入れる。練習とかは殆どなかったけど、順調に玉を入れて見事に僅差で勝利できた。

 そこからは個人種目まで出番はないので、応援に徹する。その個人種目である借り物競争も午前の部の最後の種目だからと油断していたら、担任の先生から声を掛けられた。

『リレーの代わり?』

『そうなんだ。アンカーの奴、今日遅刻してたろ? 実は体調が悪くてあの後ですぐに帰ったんだ。何人か声を掛けたんだが…アンカーなんか無理だとか、部活の大会が近いし怪我をしたくないと断られてな。

 常春、走れそうか?』

 そんなこんなで学年別対抗競技、最も盛り上がるリレーに急遽出場が決まってしまう。

 どうしてこんな日に、と思いつつ断れななかったのだから頑張るしかない。足の速さはそこそこだ。アルファにならなければ、特別速いわけでもないから。

『常春! 借り物競争の準備するぞ!』

『今行くー!』

 午前の部の最後の競技。三軍の点数は拮抗し、大きな点差はないが種目毎にたくさん点数が入る競技があり借り物競争やリレーもそれに該当する。

 魚神兄弟から貰ったスニーカーの靴紐をしっかりと結んでから位置に着くと、一際大きな声援が聞こえて振り向く。今日の特別な応援団に笑顔を向けてからピストルの音がして、走り出す。

 百メートルを駆け抜けて、テーブルに並ぶ紙を一枚取ってから内容を確認する。

【(絶世の)イケメン】

 …は?

 絶世は、なに? 要るの? 要らないの?

 紙を見て固まる俺。だけどすぐに頭を切り替えてお題のものを借りなければならない。次々と借りるものを叫んだり、人を探す者が増える中で…俺は一人、ある場所に向かった。

 競技をしている場所のすぐ近くに設置された来賓席。そこで寛ぐ人に駆け寄り、手を伸ばす。

『お、お時間っ、お借りしても良いですか?!』

『…ご指名か。喜んで』

 俺の手を取り、椅子から立ち上がるボス。ゴールの場所を確認すると一緒に走り出す。袴姿に草履を履いたボスは普通に速くて俺の方が置いて行かれそうだった。

『っと。この俺が参加すンのに負けるのはしゃくだな。行くぞ、宋平』

『え。なに、ボス? なんか言っ…ちょおっ?!』

 先行する他軍の生徒の姿を見て、ボスが俺をヒョイと抱き上げて走り出す。片手に持ち上げられて首にしっかり抱き付くと、ぐんぐんスピードを上げて差を縮めてしまい、群衆の歓声を浴びながら見事に一位でゴールした。

 足、速ぁ…。アルファでもこんだけ速いの滅多にいないだろ…。

『すみません、ゴール後にお題を確認します。合格された場合はそのままの順位になりますので』

 未だボスに持たれたまま委員会の人に借りもののメモを見せる。委員会の先輩の男女は、それを見てから次にボスに視線を移して同時に口を開く。

『『…絶世だ』』

 ヒョイとそのメモを奪って確認するボス。慌てて取り返そうとしたら、それはそれは意地悪そうな顔をしてから自分の顔の横にメモを並べた。

『ふーん。イケメン、ねェ?』

『か、返してっ』

 ピッと紙を奪い返すと先輩たちから一番にゴールした証のシールを体操着に貼ってもらう。

 …どっちかっていうと、走ったのはボスだしな。

『はい。どうぞ』

 シールを剥がしてボスの胸元にそれを貼ると、驚いたようにそれを見るボス。

『一番にしてくれてありがとう、ボス』

 我が赤軍への貢献、マジでありがとうございます!

 そんな思いでお礼を言ったのに何故かボスは少し悲しそうな顔をして目を合わせずに頭を撫で、俺を降ろして一人来賓席へと帰ってしまった。

 …どうしたんだ?

 不思議に思いつつ自軍に戻るとクラスメートたちから盛大に迎えられ、一等を褒められまくる。だが中にはボスについてガンガン聞いてくる人もいたので。

『親戚の人。来年結婚するんだって』

 と言えば女子も男子も諦めて去る。

 …そう。来年、結婚するんだよ。

『午前中はこれで終わり。午後に備えて各自、昼食を摂ってしっかり休めよー』

 それぞれ友人同士や保護者の元で昼食を摂る者がいる中、俺は一人保護者席へと走る。そこには既に木陰でシートを広げる弐条会がいて俺の到着に盛大に盛り上がっていた。

『よっ、本日の主役!!』

『いやぁ。良いモン見た。ありゃあ良いモンだ』

 既に酒盛りが始まっているんじゃないかと疑いたくなるが、体育祭に酒類は禁止だ。素面しらふでこれである。

『ただいまー。暑かった…。皆、応援してくれてありがとう! 午後もよろしくお願いします』

 盛大な拍手にペコペコと頭を下げながら移動すると、覚に手を引かれておしぼりを貰い、取皿も持たされる。午後に向けてしっかり食べなさいと次々と皿に料理が盛られて慌てて食べ始めた。

『ねぇねぇ、宋平くん。借り物競争のお題ってなんだったの?』

『ぶっ…!』

 犬飼にそう聞かれると周りも気になっていたのか、そわそわしながら聞き耳を立てる。誤魔化せないと判断してポケットに入れてた、くしゃくしゃになった紙を覚に渡す。

 一気に覚の後ろに大勢が押し寄せ、その内容を見てから多くの者が納得の声を上げる。

『恐らくこの会場で一番だな』

『いやー…でもすぐ近くに刃斬さんもいたし、なんなら保護者席に犬飼さんや覚さんもいたんだぜ? それでボスを選ぶってのは、なぁ?』

 どいつもこいつもニヤニヤしやがって…!

『だから鬼のように速かったんだな、ボス…』

『人一人を抱えてあの速度はヤベーよ。ガチだな』

『つーかボスにとって宋平を抱えるとか、普段からやってるしなんてことねーだろ』

 確かにー、と言いながら馬鹿騒ぎする兄貴たちに俺はもう顔から火を吹きそうだ。しかし騒ぎの声がピタリ、と止むと何事かと顔を上げる。

『お前ら他所の施設だぞ。アジトじゃねぇんだから大人しくしてろ』

 へい、と兄貴たちが声を揃えて返事をしたのは刃斬だ。当然その横にはボスがいて黙ったままシートの上を移動して俺たちの方に来る。

 その胸元には未だ俺があげたシールが貼られていて、捨てられていなかったんだと少し感動した。

『いやぁボス~。中々お似合いですね、その胸元の』

『ああ。正当な報酬だからな』

 俺の隣に座ったボスは、横から刃斬に皿だけ貰うとそれを俺に渡す。

『今日も朝から随分と作ったな』

『…皆が来るなんて知らなかったから。お昼作って~って言うからアジトで食べるかと思えば…おにぎり以外は俺と覚さんで作ったんですよ。はい、責任持って食べてくださいね!』

『ああ。言ってなかったか、そりゃすまねェ。うっかりしてたぜ』

 白々しい嘘を吐くのに、嘘だという証拠はない。

 ぐぬぬ、と耐えながらもボスの取皿に山盛りに唐揚げやウインナー…プチトマトに特製ミートボールを乗せるも、すぐに完食して再び皿を向けられる。

 しょ、食欲の秋…まだ全然秋らしくないけども。

『午後は何に出る?』

『後は応援合戦とリレーだけですよ。代理でアンカーになっちゃったから、応援して下さいね?』

『え?! 宋平くん、リレーも出るの? こうしちゃいられない、良い場所抑えるぞお前ら!!』

 応! と野太い返事をした兄貴たちを連れた犬飼さんによる場所取りをボスと一緒に見届けて、二人で顔を見合わせてから笑い合う。

 なんだ、あの人たち…!

『…宋平。恐らく午後から猿石が来る。留守をさせてるが、今頃帰って来た双子に追い出されてンだろォよ。

 あの臆病者に、お前の姿を見せてやってくれ』

 アニキが?

 ずっと逃げ回る大切なアニキ。何度自分は大丈夫だと伝えても、信じてくれない。ならばもう、行動で示すしかないというのだろう。

 上等だ。その目に焼き付けてくれる。

『一丁やってやりますか!』

 気合いを入れていれば、周りから更なる声援をもらって絶好調。しかしそんな中…トントン、とボスに足を突かれて返事をする。

『ところで、宋平よ』

『ん? なんですか、ボス』

 自分の胸元を指差してからボスはそのイケメンとしか言えない微笑びしょうのまま首を傾げて問い掛ける。

『俺の時間を借りた、ってことは…当然、相応のモンで返してくれるってことだよな?』


 …え?


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