いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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抗争の輪郭

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Side:弐条

 急な案件から帰ると、部屋には…否。アジトから宋平がいなくなっていた。

『一泊としか伝えてないから今日は帰ると…。すみません、気付かない間に帰っていたようで』

 何故引き留めなかったのかと暴れ回る猿石を止めつつ、どいつもこいつも思っていることは一緒だ。

 …言い訳くらいさせてくれても良いだろ。

『凄かったんですよ。アイツ、急に来た月見山を言いくるめて帰らせたんです』

『いやぁ、ああ言われたら帰る他ないっスよ。まだ自分より年下の子どもにあんな正論叩き付けられて頭下げられたら』

 そしてあの子どもは、またしても俺たちの知らないところで手柄を上げたらしい。部下たちから聞いた言葉を思い出しながらロビーでの監視カメラの映像を再生して眺める。

『偉い子ネ。ちゃんと留守番も出来るなんてお利口さん~』

『ホントだヨ。いやぁ、堂々としちゃって可愛い姿だヨー』

 冷蔵庫に入っていたのは、約束の菓子だ。賭けの品だが皆で食べろという律儀なメモを残して帰った子どもは本当に義理堅い。

 八等分にされたブルーベリーのタルトを見て、猿石がしおらしく呟く。

『…ソーヘーいたら丁度だったのに』

 二口でタルトを平らげた猿石は、そのままソファに横になって不貞寝をする。甘いものに目がない覚と犬飼は暫くその出来栄えに感動して写真を撮っていた。

 俺の前に出された二切れのタルト。口に入れてみれば甘さもあるが、ブルーベリーの程よい酸味が前に出て食べやすかった。もう一切れは後で食べると再び冷蔵庫に仕舞わせる。

『で? で?! ちょっと忙しくて宋平ちゃんに問い詰められなかったけど、どうなんですかネ、ボス?!』

『何がだ』

 刃斬が淹れた紅茶を飲みながら一息入れていたら、双子の片割れがとんでもないことを言った。

『誤魔化す気ネ? そんなん洞窟での一件に決まってるネ! どこまでいった?! まさか何も手を出してないなんて言わないでネ』

『キャー、ボスってば大胆~!!』

 思わず犬飼たちも撮影する手を止め、ぎこちなくこちらに顔を向ける。猿石に至っては寝ていたはずが、きちんと起き上がって座り直していた。紅茶のおかわりを淹れようとしていた刃斬でさえ、僅かに動きを止める。

 …面倒臭ェ。

『あ! 隠す気だネ?! 黙るって時点でなんかあるネ! 吐くが良い!!』

『宋平くんってば、真っ赤な顔で何回もボスの顔見てたヨー。というか、帰って来てから二人共、距離が近いヨ?』

 あー面倒臭ェ。

 知らぬ顔で紅茶を飲んでいてもしつこさなら随一の双子には効かない。面倒臭いという一心だったが、誰も止めに入らないのは…そういうことだろう。

 コイツら、こういう時は仲良くなりやがって。

『…さァな』

『あー!! ダメだネ、許されないネ! タダ働き良くない、報酬寄越すが良いネ!』

『そーだ、そーだ! どこまで進んだか教えるが良いヨ!!』

 騒がしい双子を放置して、ふと思い出す。そういえば宋平が花束を持って行かなかった。片手が塞がっているから今日は止めたのかと、慎重な姿に思わず笑みが浮かびそうになる。

 双子が騒ぐもんだから、あの時間を思い出す。まるでこの世にたった二人しかいないような錯覚すらした特別な時間。この俺が命を懸けても惜しくないと思う、あの笑顔が見られるのならば。

 …しかし。手元に置いておけないのは、こうも歯痒いものか。

『ギャーギャー騒ぐな。うるせェ』

『『ギャーギャー!!』』

 ビキリ、と額に青筋が浮かぶ気配に覚と犬飼は早々に逃げ出し猿石も不貞寝を再開する。刃斬もそれとなくポットを持って湯を入れに行った。

『プライベートだ。黙ってろ』

『えー。つまんないネ! …まぁ、良いネ。宋平ちゃん嬉しそうだったし』

『ツレないボスだヨ。そうね、精々キスくらいしたって感じだヨ。青春おいしいヨ~』

 あぁ、騒がしい。

 やっと興味が削がれたのか双子はスマホゲームを取り出して二人でワイワイと遊び始める。猿石はそのまま本格的に眠りについたようでソファを占領して寝息まで立てる始末。

 此処は託児所じゃねぇぞ。

 溜まっていた仕事を終わらせるべく、ペンを走らせる。どうにも最近は弐条会のシマだけではなく…この業界自体が騒がしい。こういう時はデカい抗争が始まる前触れだと相場は決まってるもんだ。

『ボス。少し良いですか』

『なんだ』 
  
 暫くすると刃斬が数枚の書類を持って来た。その表情は固く、声にも多少の動揺が含まれている。

『…例のモンの流れた場所か。割り出せたのか』

『はい。やはり下っ端がくすねていたようで、その連中の身元を調べていたんですが…この箇所です』

 ある組織を襲撃した際に回収するはずだった武器やクスリが足らなかった。それらは全て下っ端によって盗まれまた新たな組織に渡っていた。

 比較的まだ若いモンが徒党を組んで結ばれた組織。その組織のメンバーに、の名がある。

『…何番目だ』

『三男です。人付き合いが広いタイプで、大学でも多くの友人がいるようなんですが』

『その中の悪ィお友だちに捕まったってわけか。あの家の兄弟はそういう連中に目をつけられる因果でもあンのか』

 まァ俺が言えた台詞じゃねェが。

 だが、そう思っていたのは刃斬も同じだったようで参ったように目を閉じる。

 問題なのは、これから俺たちがこの連中を縛り上げて尋問する必要があるということ。連中の仲間であれば、どんな情報を持っているかは不明。

 捕まえないわけには、いかねェ。だが、そんなことをすれば…あの兄弟想いの宋平になんと言われるか。

『…面倒だな。取り敢えず、どの程度連中との付き合いがあるかだ。殆ど内容を知らなきゃ良し。深ェ仲なら連中か家族を取るか選ばせる。

 宋平に知らせるのは、その選択次第だ』

『御意。では、三日以内には終わらせます。大学での聞き込みに少々手間取っていまして』

 構わない、と告げてから書類を下げさせた。だが、この時の判断が既に間違っていた。

 すぐに宋平の安否を確認して庇護下に入れるべきだったのに、それを怠った。無くしたくないものから目を離すべきではないと、痛い程に理解していたはずが。

 すぐ側にあるからと安心したツケは、すぐにやって来る。

『…なんだと?』

 それから二日。宋平が夏休みにも関わらず全く姿を現さないと不満を募らせた猿石が文句を重ね、刃斬が宋平にバイトの呼び出しをしようとした時。

 丁度、宋平からの連絡が来たらしい。

『急用で暫く休みたいと。三日程で良いと、申し出ていまして。夏休みですし、親戚との用事などあるかと』

 まァ、確かに。高校生なら友人との交流に、夏休みを利用して親戚との顔合わせなどあっても全く不思議ではない。たった三日。自由な夏休みを与えても良いだろうと気持ちが傾く。

 本来は、俺たちが縛り付けて良いような存在ではないのだから。

『わかった。俺からも許可を出すと伝えろ』

 たったの三日。そうしたら帰って来るのだと自分に言い聞かせるが、これも間違い。俺は間違いだらけの選択をした。宋平のことになると頭がバカになる。

 そう気付いたのは、次の日だった。

 言葉通り三日後に資料を集めて持って来た刃斬が大慌てで部屋に駆け込む。手にした資料とスマホを片手に、服が乱れるのも気にせず俺の前に立った側近は…とんでもない真実を持って来た。

『っ大変です!! 違います、常春蒼二は連中の仲間などではありませんッ。大学にいた連中の仲間たちに迫られ、何度も組織に勧誘されて断っていたんです…それを気に食わなく思った連中が強硬手段に出ていると情報が入りました!

 狙われていたのは、弟の宋平です! 逃げ回る兄の代わりに…夏休みで、今現在っ怪我をしていると知って宋平を攫う計画を立てたんです! 連中の思惑は把握しきれていませんがっ、恐らく…既に敵の手に堕ちているかと…』

 ガタン、と座っていた椅子が倒れるのも構わず宋平のスマホから発信されるGPSを起動するもエラーが起きる。自宅の電話を鳴らすも、不在。勿論宋平のスマホに電話を掛けるも電波が繋がらない。

『っ、巫山戯やがって…。ウチのモンに手ェ出すたァ良い度胸じゃねェかよ。

 殺す。すぐに部隊を編成しろ』

『御意! 至急、魚神と猿石を呼び戻します。犬飼には既に場所を探らせていますので、お待ちを』

 しかし、そこに聞き慣れた着信が入り刃斬がすぐに電話に気付いて出た。

 そして会話から相手が宋平だと気付くと、俺はスマホを奪ってすぐに名前を呼んだ。だが…まるで逃げるように通話が切られ、再び音信不通になる。

『あの野郎っ! 電源切りやがった…』

『ボス、それが…その伝言なのですが…』




【身内の問題なので、自分で何とかします。…弐条会にご迷惑をお掛けするわけにはいきません】

 迷惑? 迷惑も何も、相手は家のターゲットだ。それを知らない宋平はただ俺たちが自分を心配して来るのを阻止しようとしている。

 …あの、クソガキ…。

『っ頑固野郎が。こっちがどんな思いで…』

『ボス…』

 お仕置きだ。

 絶対ェ、泣いて助けを乞わせてやる。


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