上 下
64 / 88

貴方の為のバースデイ

しおりを挟む
 無事に海の日が終わると、車に乗ってからの記憶がない。気絶するように眠ってしまったから何も覚えていないらしい。体力が追い付かなかったようだ。

 目を覚ましたら真っ暗な部屋の中で、一人ベッドに横になっていた。記憶の整理に手間取ったが、ベッドから微かにするボスの匂いに気付く。

『花…』

 枕元に仕事用のスマホはあったが、周囲を照らしても花がない。大切な花束が何処かに行ってしまった。

 探さないと。アレは大事なものなのに。

 時刻は深夜二時。ベッドのすぐ近くに松葉杖があり、足も丁寧に治療されていた。きっと寝ている間に辰見が処置をしてくれたんだろうと胸を撫で下ろす。

 真っ暗な部屋だが、もう構造は理解している。松葉杖を使ってなんとか部屋を出るとボスのフロアはいつもより灯りを一つ落として静かだ。シンとしたフロアには誰もいない。

『花は、…花は何処に…』

 目が熱くなりバランサーの力を遺憾なく発揮した。何としてもでも探し出したい。そんな必死な想いで五感をフル稼働。建物全体にバランサーの力を流し込む。

 …うーん。やっぱりアジトは広い。せめてフロアから出れたら…。

『あ。これって』

 どうしようかとエレベーターの前で悩んでいたら一件のメールが入っていた。刃斬からのそれは、急な仕事が入ったから待っていろとのこと。そして何かあった時の為にと使い捨てのQRコードが添えられていた。

 QRコードを使ってエレベーターに入る。しかし、何処に行ったものかと悩んでいた、その時だ。

【一定時間の滞在を確認。…移動を開始します】

 え?

 階数のボタンと睨めっこしていたら、突然エレベーターが動き出す。まだボタンは何も押していない。

『は?! ちょ、待てこのポンコツ!』

 慌てて他のボタンを押すが、反応はない。それどころか上から下へボタンが光っていて若干の恐怖すら感じる。上に向かっているのか、下りているのかもよくわからない。

 半泣き状態の俺を連れたエレベーターは、とある階で止まるが電子掲示板には何も表示されていない。

【入室には虹彩こうさい認証、指紋認証をお願いします】

 …なに?

【カメラに向かって顔を向けて下さい。ボタンを親指で強く押して下さい】

 言われるがままに顔を向けてから親指で強くボタンを押す。どうせ無駄だろうと投げやりでやっていたが、暫くしてから扉を開錠するような音がしてからエレベーターが静かに開く。

 やべー部屋開いちゃったかもしれない。

『暗いな』

 謎の部屋はボスのフロアとは比べ物にならないレベルで真っ暗だ。外の光とか、太陽光を入れる気はなし。何も見えないからその場に立ち竦むと何か軽快な音が流れる。

【初めまして。貴方の為の。ようこそ、ご要望にお応えして室内を点灯致します】

『は?!』

 突如として響いた機械音にビビるも、それから一斉に部屋の電気が点灯して更にビビる。広々としたそのフロアは今までとは雰囲気が違ってどこかを感じる。壁は全体的に黒なんだけどその中にも金色の模様なんかが入っていて美しい。しかも、よく見れば畳なもんだから慌てて靴を脱ぐ。

【私は人工知能、サポートAI。より良い今日を、より良い明日を。産まれてきたことに感謝を。

 気軽にディーちゃん、と。お呼びください】

『は、初めまして…』

【はい。初めまして、頂きました。どうかお名前もお聞かせ願います】

 なんかホストみたいだな。

 中性的な声なのに、どこかお茶目なAI。何処から俺を認識しているんだろうと天井を見たらカメラらしきものがある。

『俺は常春宋平。よろしくな、ディーちゃん』

【宋平様。不束ふつつかなAIですが、どうぞ宜しくお願いします】

 こちらこそご丁寧に。

 しかし、どうしたものかとフロアを眺める。明らかに引き返した方が良さそうな雰囲気だが…なんということだ。

 このフロアに、俺の探し物があるらしい。

『…ディーちゃん。此処って入っても良いところ?』

【どうぞ、ご遠慮なく。ごゆっくりお過ごしください】

 良いのか…。

 松葉杖を持っていたハンカチで拭いてから、恐る恐る足を踏み入れる。調度品は大体が暗い色で纏められていて和風寄り。高そうな家具や襖など俺の場違い感が激しい。

 そんな中、やっとの思いで俺の花束を見つけることが出来た。容器は立派な花瓶に変わっていたが間違いない。

『ディーちゃん。じゃあ、俺は帰るね』

【お待ちください。…検索中、検索中。

 宋平様。良い部屋がございます。是非、ご覧ください。そちらの大きな鳥の絵がある襖にございます】

『良い部屋? …本当に入っても良いのか?』

 花瓶を一旦置いてからヨタヨタと歩くと、ディーちゃんに誘われるがまま襖の前に行く。鳥とは言っても両翼を広げた尾の長い鳥。現実にいるかはわからないが、もしかしたら架空の伝説の鳥、なんじゃないかと思う。

 ゆっくりと襖を開けてから俺はその向こうにあった光景を目にする。

『此処は…』

 そこはなんてことない、部屋がある。だが普通の部屋ではなく…なんというかに用意されたような部屋。和風の雰囲気を壊さない天蓋付きの大きなベッドに生活に必要な家具や家電の全てが整えられているが、少し可愛らしいという印象を与える家具が多い。

 花や小動物の絵がふんだんに使われ、まるで…誰かがいなくなってそのままにしたような部屋。

 たまにしか掃除をしないせいか、少し埃っぽいのもある。

『…なんだ、この部屋』

 中に入ってみるとベッドの近くにあるサイドチェストの上に壊れた容器があった。蓋が外れて放置されたそれに手を伸ばして蓋を外し、息を呑む。

 そこには、オメガが使うチョーカーが入っていた。オメガの為のチョーカーを扱う老舗しにせのロゴが入っていてデザインも凄くカッコ良くて高級品だと一目でわかる。

 …まさか、これ…。

『…ディーちゃん。一つ、教えてほしいんだけど』

【はい。何なりと】

 声が震えるのは、もう既に確信に近いものを持っているから。

『このフロアは、誰のものなの?』

【このフロアの主人は弐条様です。私の主人もまた、彼です。より良い今日を、より良い明日を。産まれてきたことに感謝を。

 貴方をサポートするAI。何なりとお申し付けください】

 ああ。と…気持ちに蓋をするのを再現するように、チョーカーの蓋を閉めた。零れそうになる涙を拭いながら出口まで足早に向かう。

 花は、持って行けない。

『帰るよ。さようなら、ディーちゃん。俺は多分二度とこの部屋には来ないけどお話できて楽しかった。同じくボスの身を守る者として会えて良かったよ』

【…二度と、来ない…。

 了承。私も、素晴らしい一時でした。お身体にお気を付けて、いってらっしゃいませ】

 何故か少し悲しげだったような気がするけど、恐らくボスのことだ。滅多に他人なんか入れないからバースデイが張り切って接待をしたんだろう。

 だけど、二度と来れないのは事実だ。

『…さようなら』

 自分に言い聞かせるようにエレベーターに乗り込めば、フロアがどんどん消灯されていく光景を眺めつつ扉が閉まる。

 元の仕事用のフロアに戻れば、フラフラしながらベッドへと戻った。

『なんで…っ、バカっ。ボスの大馬鹿…!』

 オメガがいたんだ。今の許嫁ではない、きっとボスが心から愛していたであろうオメガ。それが覚のような死別か、または家柄のせいで引き裂かれたか…だが間違いなく彼には愛する人がいる。

 でなきゃ、あんな部屋は作らない。自分のスペースをわざわざ割いてまで作られた専用の部屋。ずっと前からある、伴侶の部屋。

 ねぇ、ボス…形だけでも貴方の許嫁になった羽魅と、心から愛したオメガがいた貴方の心のどこに、俺はいるのかな。

『っ、そもそも…揶揄からかわれてただけかもな…』

 吐き捨てるようにそう言えば、途端に溢れる思い出の数々。あまりにも新しく、強烈に刻まれたそれらに俺は声を上げて泣きながらベッドにうずくまる。

 どうして、なんで?

 思い浮かぶのはそればかり。こんなに気持ちを大きくしてから、絶望に叩き落とすなんてタチが悪い。

 流石はヤクザ。汚い、あまりにも汚いじゃないか。

『…最低。バカ、泥棒、あんぽんたん、…きらい。大っ嫌いだ…』

 泣き腫らして眠る中

 明け方、一人の男が部屋に入って来たことにも気付かずに寝ていた。

『傷が痛んだのか…?』

 腫れた目元を優しく撫でて、落ちた布団をしっかりと掛けてから男は再び頬を撫でてから触れるだけのキスを瞼に落とす。

『…おやすみ』

 目立つ場所に花を飾ってから部屋を出た男を、俺は一晩中…夢の中で罵倒するのだった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...