いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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伝説の紫

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『で? どう落とし前付けてくれるつもりだ?』

 スマホのライトだけが頼りの洞窟で、何故かボスに迫られるこの状況。横抱きにされた俺は胸の前で両手を出し、完全に降伏の意を示す。

『あのっ…俺はどうしたら…』

 何故だ。

 聞いている限り、八つ当たりされたのは完全に俺の方なのに傷付けられたと迫るボスに手も足も出ない。そんなやり取りが続くと少しムッとした表情で話していたボスが段々と口角を上げ始める。

『そうさなァ。先ずは帰ったら俺だけの為に弁当をこさえて来ることだな。なんたって夏休み、なんだろ?』

 え。お弁当…? そんなことで良いのか。

『…出前取れば良いって言ったじゃないですか。それとこれとは別問題です』

 今度ムッとして顔を背けるのは俺の方だった。なかったことになんかしない、と思いつつ相手がどんな反応になるか内心ビクビクしている。

『ああ。俺以外の奴等は出前でも取ってりゃ良い』

 抱き直されて、さっきよりも密着するようにされてしまう。ただでさえ肌と肌がくっ付いて気が気じゃないのにそんな風にされては顔が茹ってしまう。

 こ、こんな顔をしていたら俺の気持ちがバレる…!!

『お前は俺のことだけ考えて、俺の為だけに作れ。最優先事項だ。ちゃんと出来るな?』

『なっ、何言って…?! ぅ、…っ勝手ばかり言って…大体っ! こんなところまで来るなんてバカなんじゃないですか! この先が行き止まりで、後ろから水が迫って来たらどうするんです!

 …俺と違って、貴方の替えは利かないんですよ…』

 助けに来てくれて嬉しかったのに。それと同じくらい怖くなる。だって、一人なら諦められるけど…目の前にいたら失う恐怖が付き纏う。

 貴方は知らないだろう。貴方を襲う何かが迫って来ないように五感をフルで稼働させる大変さも、怖さも。

『恨むなら何遍なんべんも俺を助けてきたお前自身を恨め』

 何処からか、あたたかい風が吹いてきた。

『お前が俺を生かしたんだろォが。それで今度は俺がお前を助けて何が悪ィんだ』

 洞窟の奥に明かりが見える。

 思わず息を呑んだ俺の頬に何かが飛んで来て、張り付いた。取って確認するとそれは薄い…紫色の花弁でなんとも綺麗な色だった。先に向けて薄くなるグラデーションが美しい。

 …え、紫色の花弁って…。

『命くらい、懸けるに決まってンだろ』

 洞窟の先には様々な植物が垂れ下がって出口を覆い隠していたが、そのグリーンカーテンの隙間から太陽の光が惜しみなく降り注ぐ。

 俺は出口にあった巨大な岩に座らされ、ボスが出口の草花を除去するのを見守っていた。

『…綺麗だ…』

 洞窟の先には小さな理想郷があった。所狭しと咲き誇る紫色の美しい花。六枚の花弁を持つ花は、真夏の下でも凛と咲き、風が吹いては花弁を舞わせる。

 …そういえば、とふと思い出す。

 この国でバランサーとして正式に登録された時、固有の名前を貰ったのだった。その名前で呼ばれたことなんて皆無だから忘れていた。偉い人たちが何日も頭を捻って考え、贈られた名前。

 なんだったか…確かは入ってた気がするんだけどな。意外とまんまじゃん、って思ったような…いや忘れたわ。ごめん。

『宋平』

 名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に紫色の花束が差し出される。ふわりと香る匂いは上品でとても良い香りだ。咄嗟に両手でそれを受け取ると貰っても良いものか今更反応に困る。

 だってこれ…つまり幻の花なんじゃ…。

『ウチの土地のモンだ。問題ねェよ』

 それなら、と再び花の香りを楽しんでいると一際強い風が吹いて花弁が舞う。花畑をバックに立つボスは花吹雪の効果もあってか神秘的な姿で目を奪われる。

 きっと神様がいたら、こんな風なんだ…。

『…なるほどな。思わず囲いたくなるのもわかるってモンだ』

 そうだね。めっちゃ綺麗な花だもん。

 うんうん、と頷いていたら何故か心底残念そうな顔をしたボスが思いっきり目の前で溜め息を吐いた。

 なに人の顔見て盛大な溜め息してるんだ! どーせアンタと違ってこっちは冴えない顔だよ、悪いか!

 ふんだ。と花束で顔をガードしてそっぽを向いてやる。そんなに言うほど綺麗なんだから、一生目に焼き付けなよ。

『宋平』

 …もう。さっきからその、やたら甘くて低い声で人の名前を呼ぶの止めてほしい…。

『ぇ?』

 それでも呼ばれたら顔を向けてしまうのが性だ。だけど、それからすぐに顎に手を添えられて軽く上を向くようにされた瞬間、

 ふに、と…唇に何かが重なった。

 ただ、重なっただけ。唇と、唇が…。至近距離にいるボスの顔が綺麗で呼吸すら忘れてしまう。

 え。

 唇と、くちびるが…重なる?

『っ?!』

 キスしてる…? ボスと?

 な、なんで?! 夢かっ。俺もガスにやられてたのか?!

 それだけではない。絶賛ウロウロ、ブルブル震えていた両手はボスによってギュウっと恋人繋ぎみたいにされて花束は膝に落ちてしまう。

 思わず引いてしまいそうになった上体が、繋がれた手によって完全に逃げられなくされる。

『宋平』

 唇が離れて名前を呼ばれても、もう顔を上げることなんて出来ない。自分がどんな顔をしているかわからなくて怖い。それなのに、意地悪なボスは俺を抱き上げて無理矢理その顔を拝む。

『~っ、見ないで!! 見ないで下さい!!』

 紫色の花畑でボスの笑い声が響く。あまりにも笑うものだから両手でボスの目を隠すも、ちっとも効果がない。

『可哀想になァ。俺のとこに来たばっかりに奪われてばっかでよォ』

『ファーストキスか?! ファーストキスのことを言ってるんですか!!』

 奪った自覚があるんですね法廷で会いましょう!!

 兄ちゃんたちでさえ小さい頃から可愛い可愛い言いながらもキスはしませんでしたよ!!

『そもそもっ! 許嫁がいながら何てことするんですか?! 最低ですよ、このファーストキス泥棒!』

『許嫁の段階でギャーギャー言われる筋合いはねェな。なに。最低だ?
 
 はっ。誰に言ってやがる。奴との契約書に許嫁の期間に他の人間にキスをしない、なんて一切記載してねェよ。ヤクザに最低なんざ、犬に散歩ってえのと同レベルの言葉だなァ』

 揚げ足取りッ!!

 なんだこの言い訳のプロみたいな台詞!

『…おい。ンなことより、こっちはまだ一度も問い掛けに答えてもらってねェんだがなァ?』

『こたえ?!』

『一緒に帰るってのにも、謝罪に対する返答も、弁当の件も全部有耶無耶にしやがって』

 隠していたボスの目から手を少しだけ退かすと穴が開きそうなくらい真っ直ぐこちらを見るものだから再び隠す。再び名前を呼ばれるも黙っていたら急に俺を抱いている腕の力を緩めるものだから焦ってボスの首にしがみ付く。

『答えねェならもう一回してやろォか?』

 何を? なんて、すっとぼける訳にはいかない。ズイ、と一瞬で距離を詰めるボスに俺は悲鳴を上げてなんとか逃れようと更に首にしがみ付いて顔を背ける。

『…もうしちゃダメです。っ心臓、壊れちゃう…』

 さっきからずっと、胸が痛い。喜びが限界を突破して…でも。もっと欲しいという貪欲な自分が浅ましく思えて仕方ない。

 これ以上っ、俺の心臓をうるさくさせないでくれ!

『ならどォしろって? 俺は一体全体、何をしたらお前にまた受け入れられるのかねェ』

 受け身でいるくせに完全に面白がっているのが、声でわかる。

 ボスの肩に頬を乗せながら…ずっと話せなかったことを語る。

『…なら。俺からも貴方への問い掛けを』

 そっと肩に顔を埋める俺にボスの揶揄う声は消え去り、静かな風の音と僅かな波の音だけが残る。

『お弁当…渡せなくて、ごめんなさい。俺も…その、食事会が羨ましくて。俺だってまだ数回しか一緒に食べてないのに。もっといっぱい、皆も一緒にご飯食べたかったのにって…。

 あの日だって。食事会じゃなくてお弁当で…、俺だって渡したかった。

 …肉料理…、いっぱい研究して作れるように頑張ってたのに』

 本で研究したり、スマホで新しいレシピを見たり、実際に頼んだり…次に備えて頑張って用意してたのに。

『かなしかった』

 そうだ。あの日、感じたのは…どこか落胆した気持ちと努力の行き場。もしも。これからの料理やお弁当の役割を、彼に取られたらという焦りと、嫉妬。

『…だから生意気にも、言い返してしまいました…俺の方こそ、すみません』

 だから刃斬の分しか用意しなかった。おかずだけでも渡すことは出来た。でも、それはしなかった。

『それでも俺を連れて帰るんですか』

 こんな、仕事に支障をきたすような奴を手元に置くなんてどうかしてるよ。後どのくらい借金があるかはわからないが、こんなに振り回される人間ならいっそ捨て置くのが適切じゃないのか。

『…だからお前、出て来なかったのか…?』

 返答はしなかった。だけどこの場合、無言がつまり肯定ということになる。花束を抱きしめながらボスの身体から離れようとしたのに、それを許さないとばかりに強く…強く、抱きしめられた。

『っお前なァ…』

 答えを聞くのが怖くてビクリと震えた身体を、ボスが丁寧に触れてから何度も優しくさすってくれた。乾いた身体に触れる体温が温かい。此処は土地柄か偶に肌寒いくらいの風が吹くから。

『どォ考えても俺のせいじゃねェか…。あー…ったく、お前はそういう、堅気のくせにどうにも義理堅ェ性格しやがって。

 ああ、よしよし。俺が悪かったから…泣くンじゃねェ。そんな可愛いこと言う奴を一人置いてく訳ねェだろ、…ん? な。迎えに来たから、俺と一緒に帰って弁当作ってくれ。

 寂しい思いさせて悪かった』

 カチリ、と何かが胸の中でピッタリとハマったような気がして思わず再び首に手を伸ばして今度はしっかりと抱き付いた。

『寂しかった…、ん。寂しかったです…』 

『…わかった。教えてくれてありがとな、宋平』

 ワーワー泣く俺をずっと抱きしめながらずっと岩の上に座ってあやすボス。気付けば周りは僅かに赤みが差してきたと気付いたら、上空から何かが降りて来て空中にて停止する。

【おー!! 見つけた見つけた、全員聞け~

 儂らのボスと可愛い弟分がイチャコラしながら生きてるヨー】

 …はい?


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