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組織の土台
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目にするのはこれで二度目。最初の印象と何か違うかと聞かれれば、そうだな。
花が舞う量が違う。
『両家のことを知る為にも、先ずは挨拶が大事だとか。我が月見山は小さな一家ですのでお恥ずかしながら一人だけ連れて来ました。
僕は羽魅です! で、こっちが側近の馬美です。よろしくお願いします!』
ボスのフロアで向かい合うソファに座るのは二人。一つには羽魅、反対側にはボス。その後ろにそれぞれの部下が立っているわけだがあまりにも人数のバランスが悪い。
あちらは一人で、こっちは六人だ。何故か幹部でもないのに呼ばれた俺は端っこでマスクを深く付け直してから気配を消すことに徹する。
…今日は折角ボスがいるのに、喋れないのか。
『ご丁寧にご紹介預かりました。
こっちはウチの連中だ。色々話すこともあるだろォから、まぁ…話す時に自己紹介でもしてくんな。さて、昼食の準備だったな。…お前ら向こうで好きにしてろ。騒ぐなよ』
刃斬以外の皆で同じフロアのもう一つある広いスペースへと移動する。最初は何もなかったんだけど、最近じゃこのスペースにはソファやテレビ、座れるくらい大きなクッションに何故かバランスボールなんかもある。
通称ボスフロアの遊び場となった。
『なんか色々増えたね、此処…』
バランスボールに乗っていると猿石がテレビをコロコロ変えているので一緒になって見る。すると大人組は一緒に移動してきた馬美に挨拶をしていた。
馬美という男はなんというか、こっちの幹部とは違ってかなりお堅い感じがする。ピシッと伸びた背筋に鋭い眼光。黒目黒髪の短い髪とシルバーのピアスが特徴的な男はクールな渋めの硬派な男。
多分三十代前半くらい。
『で、あっちのデカいのが猿石でその隣にいるバランスボールに乗った子は宋平。あの子は未成年だから変なことしないでね』
全員を紹介してる犬飼に呼ばれたので振り返り、軽く会釈をすると同じように返される。猿石はちっとも挨拶をしないもんだから動かそうとするも、テレビに釘付けで動かない。
『気にしないで、普段からあんなんだから』
『彼の噂はよく耳にしているので問題ない』
むしろ、というように俺に目を向けるものだからその鋭い目付きに少し驚いて猿石に飛びつく。
『…何故子どもがこんなところに?』
『それはウチの事情。悪いけど、そこまで開示する気はないよ。それに子どもは子どもでも、それなりに地位のある子だよ』
犬飼がそう言ってくれたのに、馬美は暫く俺の観察を止めなかった。視線が煩わしくてどうにかしたいが猿石はテレビに夢中だ。
かくなる上は…!
『お。来たネ』
『はい、いらっしゃいヨー』
ソファに座る双子の元に駆け寄ると二人の隙間にお邪魔して視線を遮る。大きな身体に挟まれると自分などすっぽりと隠されてしまうので安心感が半端ない。
筋肉は全てを解決するんだ…。
『うう。あの人、ずっと見てくるんだけど』
『まぁ…天下の弐条会の幹部に子どもが紛れてたら、そら気にもなるヨ』
『にしても見過ぎ、失礼な奴だネ』
双子はずっと俺のことを匿ってくれて、自分たちのスマホを取り出してキミチキ! のゲームをさせてくれたりと甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
とてもさっきまでバナナで騒いでいたとは思えない。
『おっとぉ? こーれは…とんでもないネ…』
ソファの背もたれに腕を回す黒河。その視線はボスの方に向いているので俺も目を向ける。
テーブルと椅子のあるスペースにて、ボスに何か箱らしきものを差し出す羽魅と…それを受け取るボスがいた。差し出す方は頬を赤らめ何か緊張した面持ちで、何か色々喋ってはいるが内容まではわからない。
『…お弁当…』
そう。それは間違いなくお弁当だった。手作りなのだろう、その表情で察せられる。
真っ黒な髪は天然パーマなのかフワフワとしていて茶色の大きな瞳と小さな体躯はオメガらしい。昔から続く極道一家の一人息子のオメガとなれば、大切にされてきただろう。今日も明るい色の着物姿でとても似合っている。
…そうだよな。ヤクザの親分であるボスの伴侶…そういう似た組織の良家の坊ちゃんとのお見合いなんて、当然のこと。弐条会という組織としても新たな繋がりを経て更なる土台を強化したいだろう。
それに比べて俺なんて…嘘吐きだらけの何の後ろ盾もないバランサー。悲しいかな、同じ土俵にすら立てなそうだ。
俺は後何回、あの人にお弁当を渡せるかな。
見るのが辛くてソファに座り直す。手元にあるゲームでは、ポロポッチが笑顔で可愛らしい。癒されていると突然何か揉めている気配がして全員がそちらを向く。
馬美は駆け足で主人の元に行くので俺たちも一応足を向けた。そこには、椅子から立ち上がって悲しげな顔をする羽魅がいた。
『っ…どうしても食べてくださらないと? 僕、折角作ったのに』
『ですから、持ち込んだものについては先に私が食べてからと』
『弐条様に作って来たんです! 誰かに食べられるだなんて我慢ならないっ!』
ああ、毒味か…と俺たちは一瞬で理解する。刃斬が幾つか料理を食べて、初めてボスが口にできる。外から持ち込まれた食べ物なら当然だ。
『…それと、大変申し訳ありませんが生ものはお控えください』
夏だしね。わかる。
『許容出来ないのであれば、お持ち帰り下さい。食事はこちらで用意させていただきます』
『…これから夫婦になろうと言うのに、随分な対応ですね。わかりました。こちらは下げます…』
それからすぐに出前が用意されて微妙な空気の中で食事会がスタートする。昼食は当初用意されるはずだった日本料理が出され、とても美味しそうだ。
今日のボスもスーツ姿。紺色のスーツに黒のネクタイをした姿は今日も決まってる。優雅に食べ進めるボスと、慣れない着物なのか、四苦八苦で食事をする羽魅とサポートするように世話を焼く馬美。
『皆は今度は何食べたいですか?』
なんとか食事会が始まり、こっちは身内だけになったので安心して話し出すとすぐに皆ノってくれる。
『我は和食系ですネ。家庭料理が食べたいネ』
『儂は洋食…実はチーズに目がないヨ』
ほうほう、と好みを覚えていると犬飼さんを見る。彼は笑顔で何でも好き、と答えた。和食に洋食…意外と好みは違うんだな。
『家庭料理なら任せて! 洋食とチーズか…チーズの入ったハンバーグとか、グラタンなら出来るよ』
『作ってくれるの?! 宋平くん大好きだヨー!』
どうやら白澄は本当にチーズが好きらしい。嬉しそうに喜ぶものだから今度必ず作ると約束した。
しかしこれだけ騒いでも全く輪に入らないなんて、猿石は何を真剣に見ているのかと不思議に思ってテレビを見る。
そこには、キッチン用品のテレビショッピングが流れていた。
『消して消して! わーっ、こら覚えた番号で電話するなバカアニキー!!』
俺が猿石の頭に飛び付き、犬飼が即座にチャンネルを変える。黒河が手を捻ってスマホを落として白澄がヌッと指を伸ばして通話を切る。
危なかった…、しかし見事な連携プレイだ。
『アーニーキー? 相談するって約束は?』
『むぅ…ごめん、ソーヘー…。喜ぶと思ったから…』
『何か欲しい時はちゃんとアニキに相談するから。ねっ? その時一緒に悩んで、買うもの決めよう。そしたらきっと楽しいから』
買い物の魅力にでも気付いてしまったのか、なんでも買おうとする猿石をしっかりと教育する。散々言い聞かせると懲りたようで約束すると言ってくれた。
『はい、じゃあ約束の指切りね』
『約束破ったら指切り…それ知ってる!!』
違うヤクザのやつじゃない!!
今度は指切りについて懇切丁寧に説明を始めると、何故指を切らないのに指切りなのかと真顔で聞かれる。
やりにくーい。
『わかった。指切りは忘れて』
『あ。そこは諦めるんだ…』
犬飼がボソッと呟くが無視して代替え案を出す。
『約束のハグ!! 守れなかった人はハグ一生無しです!』
『は?! や、ヤダ! 約束するっ、約束するからハグ無しはヤダぞ?!』
ガクッと周囲にいた連中がコケる音がしたが猿石にハグされて何も見えなくなった俺に知る術はない。こういうシンプルなのが一番だよね、と一人頷く。
『凄いネ…。猿とマトモに会話が成り立つ子、初めて見たネ』
『こりゃ刃斬の旦那が呼び出すわけだヨ。めちゃくちゃ扱い易くなるヨ…』
フロアの一室で和気藹々と過ごす俺たちは肝心の二人が全く盛り下がっていることも、その片方が誰にも見えないようテーブルの下で拳を握り…良からぬことを考えてるなんて気付かぬまま、自分たちのボスの帰りを待つのだった。
.
花が舞う量が違う。
『両家のことを知る為にも、先ずは挨拶が大事だとか。我が月見山は小さな一家ですのでお恥ずかしながら一人だけ連れて来ました。
僕は羽魅です! で、こっちが側近の馬美です。よろしくお願いします!』
ボスのフロアで向かい合うソファに座るのは二人。一つには羽魅、反対側にはボス。その後ろにそれぞれの部下が立っているわけだがあまりにも人数のバランスが悪い。
あちらは一人で、こっちは六人だ。何故か幹部でもないのに呼ばれた俺は端っこでマスクを深く付け直してから気配を消すことに徹する。
…今日は折角ボスがいるのに、喋れないのか。
『ご丁寧にご紹介預かりました。
こっちはウチの連中だ。色々話すこともあるだろォから、まぁ…話す時に自己紹介でもしてくんな。さて、昼食の準備だったな。…お前ら向こうで好きにしてろ。騒ぐなよ』
刃斬以外の皆で同じフロアのもう一つある広いスペースへと移動する。最初は何もなかったんだけど、最近じゃこのスペースにはソファやテレビ、座れるくらい大きなクッションに何故かバランスボールなんかもある。
通称ボスフロアの遊び場となった。
『なんか色々増えたね、此処…』
バランスボールに乗っていると猿石がテレビをコロコロ変えているので一緒になって見る。すると大人組は一緒に移動してきた馬美に挨拶をしていた。
馬美という男はなんというか、こっちの幹部とは違ってかなりお堅い感じがする。ピシッと伸びた背筋に鋭い眼光。黒目黒髪の短い髪とシルバーのピアスが特徴的な男はクールな渋めの硬派な男。
多分三十代前半くらい。
『で、あっちのデカいのが猿石でその隣にいるバランスボールに乗った子は宋平。あの子は未成年だから変なことしないでね』
全員を紹介してる犬飼に呼ばれたので振り返り、軽く会釈をすると同じように返される。猿石はちっとも挨拶をしないもんだから動かそうとするも、テレビに釘付けで動かない。
『気にしないで、普段からあんなんだから』
『彼の噂はよく耳にしているので問題ない』
むしろ、というように俺に目を向けるものだからその鋭い目付きに少し驚いて猿石に飛びつく。
『…何故子どもがこんなところに?』
『それはウチの事情。悪いけど、そこまで開示する気はないよ。それに子どもは子どもでも、それなりに地位のある子だよ』
犬飼がそう言ってくれたのに、馬美は暫く俺の観察を止めなかった。視線が煩わしくてどうにかしたいが猿石はテレビに夢中だ。
かくなる上は…!
『お。来たネ』
『はい、いらっしゃいヨー』
ソファに座る双子の元に駆け寄ると二人の隙間にお邪魔して視線を遮る。大きな身体に挟まれると自分などすっぽりと隠されてしまうので安心感が半端ない。
筋肉は全てを解決するんだ…。
『うう。あの人、ずっと見てくるんだけど』
『まぁ…天下の弐条会の幹部に子どもが紛れてたら、そら気にもなるヨ』
『にしても見過ぎ、失礼な奴だネ』
双子はずっと俺のことを匿ってくれて、自分たちのスマホを取り出してキミチキ! のゲームをさせてくれたりと甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
とてもさっきまでバナナで騒いでいたとは思えない。
『おっとぉ? こーれは…とんでもないネ…』
ソファの背もたれに腕を回す黒河。その視線はボスの方に向いているので俺も目を向ける。
テーブルと椅子のあるスペースにて、ボスに何か箱らしきものを差し出す羽魅と…それを受け取るボスがいた。差し出す方は頬を赤らめ何か緊張した面持ちで、何か色々喋ってはいるが内容まではわからない。
『…お弁当…』
そう。それは間違いなくお弁当だった。手作りなのだろう、その表情で察せられる。
真っ黒な髪は天然パーマなのかフワフワとしていて茶色の大きな瞳と小さな体躯はオメガらしい。昔から続く極道一家の一人息子のオメガとなれば、大切にされてきただろう。今日も明るい色の着物姿でとても似合っている。
…そうだよな。ヤクザの親分であるボスの伴侶…そういう似た組織の良家の坊ちゃんとのお見合いなんて、当然のこと。弐条会という組織としても新たな繋がりを経て更なる土台を強化したいだろう。
それに比べて俺なんて…嘘吐きだらけの何の後ろ盾もないバランサー。悲しいかな、同じ土俵にすら立てなそうだ。
俺は後何回、あの人にお弁当を渡せるかな。
見るのが辛くてソファに座り直す。手元にあるゲームでは、ポロポッチが笑顔で可愛らしい。癒されていると突然何か揉めている気配がして全員がそちらを向く。
馬美は駆け足で主人の元に行くので俺たちも一応足を向けた。そこには、椅子から立ち上がって悲しげな顔をする羽魅がいた。
『っ…どうしても食べてくださらないと? 僕、折角作ったのに』
『ですから、持ち込んだものについては先に私が食べてからと』
『弐条様に作って来たんです! 誰かに食べられるだなんて我慢ならないっ!』
ああ、毒味か…と俺たちは一瞬で理解する。刃斬が幾つか料理を食べて、初めてボスが口にできる。外から持ち込まれた食べ物なら当然だ。
『…それと、大変申し訳ありませんが生ものはお控えください』
夏だしね。わかる。
『許容出来ないのであれば、お持ち帰り下さい。食事はこちらで用意させていただきます』
『…これから夫婦になろうと言うのに、随分な対応ですね。わかりました。こちらは下げます…』
それからすぐに出前が用意されて微妙な空気の中で食事会がスタートする。昼食は当初用意されるはずだった日本料理が出され、とても美味しそうだ。
今日のボスもスーツ姿。紺色のスーツに黒のネクタイをした姿は今日も決まってる。優雅に食べ進めるボスと、慣れない着物なのか、四苦八苦で食事をする羽魅とサポートするように世話を焼く馬美。
『皆は今度は何食べたいですか?』
なんとか食事会が始まり、こっちは身内だけになったので安心して話し出すとすぐに皆ノってくれる。
『我は和食系ですネ。家庭料理が食べたいネ』
『儂は洋食…実はチーズに目がないヨ』
ほうほう、と好みを覚えていると犬飼さんを見る。彼は笑顔で何でも好き、と答えた。和食に洋食…意外と好みは違うんだな。
『家庭料理なら任せて! 洋食とチーズか…チーズの入ったハンバーグとか、グラタンなら出来るよ』
『作ってくれるの?! 宋平くん大好きだヨー!』
どうやら白澄は本当にチーズが好きらしい。嬉しそうに喜ぶものだから今度必ず作ると約束した。
しかしこれだけ騒いでも全く輪に入らないなんて、猿石は何を真剣に見ているのかと不思議に思ってテレビを見る。
そこには、キッチン用品のテレビショッピングが流れていた。
『消して消して! わーっ、こら覚えた番号で電話するなバカアニキー!!』
俺が猿石の頭に飛び付き、犬飼が即座にチャンネルを変える。黒河が手を捻ってスマホを落として白澄がヌッと指を伸ばして通話を切る。
危なかった…、しかし見事な連携プレイだ。
『アーニーキー? 相談するって約束は?』
『むぅ…ごめん、ソーヘー…。喜ぶと思ったから…』
『何か欲しい時はちゃんとアニキに相談するから。ねっ? その時一緒に悩んで、買うもの決めよう。そしたらきっと楽しいから』
買い物の魅力にでも気付いてしまったのか、なんでも買おうとする猿石をしっかりと教育する。散々言い聞かせると懲りたようで約束すると言ってくれた。
『はい、じゃあ約束の指切りね』
『約束破ったら指切り…それ知ってる!!』
違うヤクザのやつじゃない!!
今度は指切りについて懇切丁寧に説明を始めると、何故指を切らないのに指切りなのかと真顔で聞かれる。
やりにくーい。
『わかった。指切りは忘れて』
『あ。そこは諦めるんだ…』
犬飼がボソッと呟くが無視して代替え案を出す。
『約束のハグ!! 守れなかった人はハグ一生無しです!』
『は?! や、ヤダ! 約束するっ、約束するからハグ無しはヤダぞ?!』
ガクッと周囲にいた連中がコケる音がしたが猿石にハグされて何も見えなくなった俺に知る術はない。こういうシンプルなのが一番だよね、と一人頷く。
『凄いネ…。猿とマトモに会話が成り立つ子、初めて見たネ』
『こりゃ刃斬の旦那が呼び出すわけだヨ。めちゃくちゃ扱い易くなるヨ…』
フロアの一室で和気藹々と過ごす俺たちは肝心の二人が全く盛り下がっていることも、その片方が誰にも見えないようテーブルの下で拳を握り…良からぬことを考えてるなんて気付かぬまま、自分たちのボスの帰りを待つのだった。
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