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俺様何様バランサー様!
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兄弟喧嘩をした。
そりゃあ、もう…壮絶なやつ。
『宋平。蒼二が全面的に悪いとは思うけど、家の中で兄にフライング・ラリアットを仕掛けちゃいけません』
蒼二の暴言にブチ切れた俺は容赦なく兄と掴み合いの喧嘩を始めて最後には勝利を収めた。何故なら途中からしれっとアルファになって肉体強化してやった。
兄弟喧嘩にルールなんか無用なんだよ!! 使えるものは全部使う! ザマァミロお兄様が!
『いひゃい』
『…はぁ。ほら、次は手の怪我見せて。あのね、こんなの辰見先生に見せたら卒倒して自分が宋平を預かるって言いかねないんだぞ』
切った口の端に絆創膏が貼られ、手には包帯が巻かれていく。心配そうに近付いてきた蒼士兄さんは牛乳の入ったコップを暫く見つめてから台所に行き、ストローを付けて渡してくれた。
因みに現在、朝である。喧嘩して勝利して、蒼二がまた家から出て行ってリビングを片付けたら朝になったのだ。
『…む。口の中、切った…』
『パン粥にしようか。…ああもう、なんでバランサーの宋平が…』
だって仕方ないじゃないか。奴はバランサーの力を嫌うんだから、俺自身の手でコテンパンにしてやったぜ!
そう息巻いていたら兄ちゃんに頭を叩かれる。
『今日バイトなのにそんな顔でどうするんだ。裏で働かせてもらうんだぞ?』
『…平気だよ、マスクするし。これくらい余裕余裕』
なんならマスクの下で地味に治してる。鏡を見れば結構派手に唇を切っているが、マスクをすれば問題ない。少し寝てから支度をする頃には口の中はもう完全に治っている。
良かった、これで味噌汁飲めるぞ。
『お疲れ様です。本日もよろしくお願いします』
『おー宋平来たかー。お疲れさん』
『宋平! こっち手伝ってくれ!』
朝から荷物運びや書類整理、消耗品の検品やら…やることがなくなる度に誰かしらに仕事を貰いにあちこちを移動する。
今は、立ち止まっていたくない。
『飯食って来て良いぞ? 今日は猿石は朝から脱走してていねーんだ』
そうか、脱走…いやお猿さんかよ。
身体もダルいし食欲もない。加えて猿石もいなければご飯を食べる気にもなれないので、再び仕事へ戻る。だが、そんな俺を止めたのは意外な人物だった。
『ちょーっと、待ちなさい…』
『うわ覚さん』
『さっきからチラチラ見てましたけど、君っ休憩してました? してないでしょう! 来なさい全くもう』
ストライプのオシャレなスーツを着た覚さんに捕まると逃げられないように後ろから拘束されてしまう。わーわー騒いでも全く逃してもらえない。
『自分が宋平を預かります、良いですね?』
荷物の搬入を手伝っていたのに覚さんに手を引かれて歩き出す。覚さんの方が立場が上のようで他の兄貴たちも迷わず頭を下げてお見送り。
嗅いだことのない花の香水の匂いと、揺れる髪がズレて彼の首に見えたシール。そしてバランサーの自分にしか感じない少しの違和感。
『中だと落ち着きませんね。丁度良いから外で食事をしましょうか、先に点検に出した車を取りに行きたいので』
覚さんは腕の良い運転手で、その腕前を見込まれて弐条会にいる。オメガとしては異例の出世だと噂で聞いた。犬飼さんとも同期らしくちょくちょく一緒にいるところを見た。
彼は俺にとって物腰の柔らかいスマートな大人って感じ。綺麗だし。
『覚さぁん…。もう逃げないから離してよ、俺恥ずかしいよ…』
『報告書で君の足の速さは織り込み済みです。自分では追い付けないのでもう少し我慢を』
休日のビル街を抜けて落ち着いた静かな道を歩き、とある整備工場らしき場所に入る。車が置いてある場所の鍵を借りていた覚が弐条会の車を確認するとそのまま乗ってランチにでも行こうと誘ってくれた。
『お仕事中なのに…、良いんですか?』
『あのね。君は、休憩取ってないんですよ。いくらヤクザと言えど弟分に満足な休みも与えない兄貴分がいますか。ほら行きますよ。
えーっと…確か鍵は裏の勝手口の…』
覚さんが鍵を返す場所を探すとやっと手を離された。やれやれと周囲を見渡すと、ふと気配を探ってから嫌な予感がして振り返る。
『覚さん。他の従業員の方は?』
『えー? それが、午後からはなんか研修みたいのがあるから出払うって。だからこうして鍵を…』
やれやれとその場にしゃがむと、しっかりと靴紐を結ぶ。ふと側にあった車に目を移すとちゃんと中にキーがある。
…温情か、うっかりか…どっちでも良いか。
『ですよねー』
ポケットから出したスマホは圏外を表示していた。もう一度振り返ればまだ鍵の返し場所を探す人の背中を見て微笑み、足元にあった鉄パイプを撫でてから持ち上げて…握りしめる。
『此処かな? よし、完了っと。お待たせ宋平。ご飯何処に…、
宋平…? なんで鉄パイプなんか…』
僅かに怯えが滲む覚さんに背中を向けてから開けっぱなしのシャッターを睨む。太陽を背にぞろぞろと集まって来た輩。その顔に一つも見覚えなんてない。
だが、彼らの視線が覚さんに向いて…汚い笑顔を向けると遮るように立つ。
『な、…っ宋平! 犬飼に…!』
『無理です。圏外でした』
圏外というか、なんか妨害電波だろうか?
敵襲に比較的落ち着いている俺と圏外の言葉に絶句してから慌てて覚さんは倉庫の裏口を開けようとするも、当然のようにそれは開かない。窓の向こうも既に包囲済み。
さて。目的は…なんだ?
俺がこの場にいるのは事故みたいなもの。つまりバランサーである俺ではない。逆にこの場所に来るのが約束されていたのは覚さん。そして都合良くいない従業員たち。
土地の地形を把握した上での包囲…まぁ、つまり。連中の狙いは覚さんか、或いは弐条会の幹部。…または性別か。
『下がって、覚さん。結構人数いるみたい。多分二人じゃどうにもなんないかな』
『っ…残念です。此処は弐条会お抱えだったんですけどね。油断してすみません、宋平…巻き込んでしまいました』
男たちが持つものが花束でもあれば笑顔で対応出来るが、持っているのがナイフやら棒だと無表情にもなるというもの。
『覚さん。俺が奴等の気を引くから、車で突破しちゃって。鍵掛かったまんまだよ』
『はぁ?! き、君は一体何をっ…どういうことかわかってるんですか! というか置いて行くなんてそんなこと絶対に』
『貴方いまフェロモンバランス崩れて、ヒートが来るのが滅茶苦茶になってるでしょ。まだ抑制剤も飲んでないみたいだし。
…ごめんなさい。オメガだからって理由を使って。でもダメだよ。この場に貴方を置いていたら確実によくないことが起きて、最悪過ぎる未来が待ってることくらい子どもでもわかる。
そんなことになったらボスや皆に顔向け出来ない。お願い、俺を助けると思って逃げてくれ』
覚さんは現在、ヒートになりかけている。
オメガのヒートは三ヶ月に一度。だが彼は前回のヒートからまだ二ヶ月しか経っていない。身体の異常でオメガはたまにヒート周期を崩す。
それが今起きているんだ。彼自身も気付いていなかったんだろう、なんとなく起こる異変がヒートによるものだと。
『俺は平気だから。さっき覚さんが言ったでしょ。逃げ足なら敵わないってさ』
肘で彼の背中を押すとずっと黙っていた彼が真っ赤な顔で俺を見る。瞳に涙の膜を貼って震える姿に安心させるように笑ってから鉄パイプを構えた。
『一番最初に電話するならアニキです。この近くってご飯屋さんが多いでしょ? お昼ならその辺りに行ってると思うんですよね。そろそろからあげ、食べたくなってる頃合いだから。今日俺が来るって知らないだろうし』
増援は任せます、と言ってから歩き出す。
敵の総勢は三十ほど。ザッと見渡した感じではアルファは二人くらいで他はベータ。上位は…なしか。
ちぇっ。俺がいても関係ないってナメてやがんな。どうなっても知らないから。
『ガキは構うな! 奥の奴を引き摺り出せ!』
その言葉を合図に襲い掛かる連中。背後では車のドアを開ける音がしたので俺も走り出して鉄パイプを横に伸ばして一気にフルスピード。
一番前に出たアルファらしき二人が威嚇を放つのを見極め、バランサーの力でそれを相殺して力の限り鉄パイプを振り被る。
『ばーか』
グッと両手で握りしめた鉄パイプをフルスイングすると二人纏めて壁に叩き付けた。敵のボス的な立ち位置だったらしい二人のアルファが地面に沈んだのを見て後に続いていた連中はあまりのことに足を止めてそれを見る。
その隙を突いて駆け出した車は容赦なく道を阻もうとした者に体当たりしつつ、直進して倉庫から無事に抜け出した。
異様な雰囲気の中でただ一人になった俺は、小さく笑いながら鉄パイプを肩に担ぐ。
『ああ』
『漸くやりやすくなった』
.
そりゃあ、もう…壮絶なやつ。
『宋平。蒼二が全面的に悪いとは思うけど、家の中で兄にフライング・ラリアットを仕掛けちゃいけません』
蒼二の暴言にブチ切れた俺は容赦なく兄と掴み合いの喧嘩を始めて最後には勝利を収めた。何故なら途中からしれっとアルファになって肉体強化してやった。
兄弟喧嘩にルールなんか無用なんだよ!! 使えるものは全部使う! ザマァミロお兄様が!
『いひゃい』
『…はぁ。ほら、次は手の怪我見せて。あのね、こんなの辰見先生に見せたら卒倒して自分が宋平を預かるって言いかねないんだぞ』
切った口の端に絆創膏が貼られ、手には包帯が巻かれていく。心配そうに近付いてきた蒼士兄さんは牛乳の入ったコップを暫く見つめてから台所に行き、ストローを付けて渡してくれた。
因みに現在、朝である。喧嘩して勝利して、蒼二がまた家から出て行ってリビングを片付けたら朝になったのだ。
『…む。口の中、切った…』
『パン粥にしようか。…ああもう、なんでバランサーの宋平が…』
だって仕方ないじゃないか。奴はバランサーの力を嫌うんだから、俺自身の手でコテンパンにしてやったぜ!
そう息巻いていたら兄ちゃんに頭を叩かれる。
『今日バイトなのにそんな顔でどうするんだ。裏で働かせてもらうんだぞ?』
『…平気だよ、マスクするし。これくらい余裕余裕』
なんならマスクの下で地味に治してる。鏡を見れば結構派手に唇を切っているが、マスクをすれば問題ない。少し寝てから支度をする頃には口の中はもう完全に治っている。
良かった、これで味噌汁飲めるぞ。
『お疲れ様です。本日もよろしくお願いします』
『おー宋平来たかー。お疲れさん』
『宋平! こっち手伝ってくれ!』
朝から荷物運びや書類整理、消耗品の検品やら…やることがなくなる度に誰かしらに仕事を貰いにあちこちを移動する。
今は、立ち止まっていたくない。
『飯食って来て良いぞ? 今日は猿石は朝から脱走してていねーんだ』
そうか、脱走…いやお猿さんかよ。
身体もダルいし食欲もない。加えて猿石もいなければご飯を食べる気にもなれないので、再び仕事へ戻る。だが、そんな俺を止めたのは意外な人物だった。
『ちょーっと、待ちなさい…』
『うわ覚さん』
『さっきからチラチラ見てましたけど、君っ休憩してました? してないでしょう! 来なさい全くもう』
ストライプのオシャレなスーツを着た覚さんに捕まると逃げられないように後ろから拘束されてしまう。わーわー騒いでも全く逃してもらえない。
『自分が宋平を預かります、良いですね?』
荷物の搬入を手伝っていたのに覚さんに手を引かれて歩き出す。覚さんの方が立場が上のようで他の兄貴たちも迷わず頭を下げてお見送り。
嗅いだことのない花の香水の匂いと、揺れる髪がズレて彼の首に見えたシール。そしてバランサーの自分にしか感じない少しの違和感。
『中だと落ち着きませんね。丁度良いから外で食事をしましょうか、先に点検に出した車を取りに行きたいので』
覚さんは腕の良い運転手で、その腕前を見込まれて弐条会にいる。オメガとしては異例の出世だと噂で聞いた。犬飼さんとも同期らしくちょくちょく一緒にいるところを見た。
彼は俺にとって物腰の柔らかいスマートな大人って感じ。綺麗だし。
『覚さぁん…。もう逃げないから離してよ、俺恥ずかしいよ…』
『報告書で君の足の速さは織り込み済みです。自分では追い付けないのでもう少し我慢を』
休日のビル街を抜けて落ち着いた静かな道を歩き、とある整備工場らしき場所に入る。車が置いてある場所の鍵を借りていた覚が弐条会の車を確認するとそのまま乗ってランチにでも行こうと誘ってくれた。
『お仕事中なのに…、良いんですか?』
『あのね。君は、休憩取ってないんですよ。いくらヤクザと言えど弟分に満足な休みも与えない兄貴分がいますか。ほら行きますよ。
えーっと…確か鍵は裏の勝手口の…』
覚さんが鍵を返す場所を探すとやっと手を離された。やれやれと周囲を見渡すと、ふと気配を探ってから嫌な予感がして振り返る。
『覚さん。他の従業員の方は?』
『えー? それが、午後からはなんか研修みたいのがあるから出払うって。だからこうして鍵を…』
やれやれとその場にしゃがむと、しっかりと靴紐を結ぶ。ふと側にあった車に目を移すとちゃんと中にキーがある。
…温情か、うっかりか…どっちでも良いか。
『ですよねー』
ポケットから出したスマホは圏外を表示していた。もう一度振り返ればまだ鍵の返し場所を探す人の背中を見て微笑み、足元にあった鉄パイプを撫でてから持ち上げて…握りしめる。
『此処かな? よし、完了っと。お待たせ宋平。ご飯何処に…、
宋平…? なんで鉄パイプなんか…』
僅かに怯えが滲む覚さんに背中を向けてから開けっぱなしのシャッターを睨む。太陽を背にぞろぞろと集まって来た輩。その顔に一つも見覚えなんてない。
だが、彼らの視線が覚さんに向いて…汚い笑顔を向けると遮るように立つ。
『な、…っ宋平! 犬飼に…!』
『無理です。圏外でした』
圏外というか、なんか妨害電波だろうか?
敵襲に比較的落ち着いている俺と圏外の言葉に絶句してから慌てて覚さんは倉庫の裏口を開けようとするも、当然のようにそれは開かない。窓の向こうも既に包囲済み。
さて。目的は…なんだ?
俺がこの場にいるのは事故みたいなもの。つまりバランサーである俺ではない。逆にこの場所に来るのが約束されていたのは覚さん。そして都合良くいない従業員たち。
土地の地形を把握した上での包囲…まぁ、つまり。連中の狙いは覚さんか、或いは弐条会の幹部。…または性別か。
『下がって、覚さん。結構人数いるみたい。多分二人じゃどうにもなんないかな』
『っ…残念です。此処は弐条会お抱えだったんですけどね。油断してすみません、宋平…巻き込んでしまいました』
男たちが持つものが花束でもあれば笑顔で対応出来るが、持っているのがナイフやら棒だと無表情にもなるというもの。
『覚さん。俺が奴等の気を引くから、車で突破しちゃって。鍵掛かったまんまだよ』
『はぁ?! き、君は一体何をっ…どういうことかわかってるんですか! というか置いて行くなんてそんなこと絶対に』
『貴方いまフェロモンバランス崩れて、ヒートが来るのが滅茶苦茶になってるでしょ。まだ抑制剤も飲んでないみたいだし。
…ごめんなさい。オメガだからって理由を使って。でもダメだよ。この場に貴方を置いていたら確実によくないことが起きて、最悪過ぎる未来が待ってることくらい子どもでもわかる。
そんなことになったらボスや皆に顔向け出来ない。お願い、俺を助けると思って逃げてくれ』
覚さんは現在、ヒートになりかけている。
オメガのヒートは三ヶ月に一度。だが彼は前回のヒートからまだ二ヶ月しか経っていない。身体の異常でオメガはたまにヒート周期を崩す。
それが今起きているんだ。彼自身も気付いていなかったんだろう、なんとなく起こる異変がヒートによるものだと。
『俺は平気だから。さっき覚さんが言ったでしょ。逃げ足なら敵わないってさ』
肘で彼の背中を押すとずっと黙っていた彼が真っ赤な顔で俺を見る。瞳に涙の膜を貼って震える姿に安心させるように笑ってから鉄パイプを構えた。
『一番最初に電話するならアニキです。この近くってご飯屋さんが多いでしょ? お昼ならその辺りに行ってると思うんですよね。そろそろからあげ、食べたくなってる頃合いだから。今日俺が来るって知らないだろうし』
増援は任せます、と言ってから歩き出す。
敵の総勢は三十ほど。ザッと見渡した感じではアルファは二人くらいで他はベータ。上位は…なしか。
ちぇっ。俺がいても関係ないってナメてやがんな。どうなっても知らないから。
『ガキは構うな! 奥の奴を引き摺り出せ!』
その言葉を合図に襲い掛かる連中。背後では車のドアを開ける音がしたので俺も走り出して鉄パイプを横に伸ばして一気にフルスピード。
一番前に出たアルファらしき二人が威嚇を放つのを見極め、バランサーの力でそれを相殺して力の限り鉄パイプを振り被る。
『ばーか』
グッと両手で握りしめた鉄パイプをフルスイングすると二人纏めて壁に叩き付けた。敵のボス的な立ち位置だったらしい二人のアルファが地面に沈んだのを見て後に続いていた連中はあまりのことに足を止めてそれを見る。
その隙を突いて駆け出した車は容赦なく道を阻もうとした者に体当たりしつつ、直進して倉庫から無事に抜け出した。
異様な雰囲気の中でただ一人になった俺は、小さく笑いながら鉄パイプを肩に担ぐ。
『ああ』
『漸くやりやすくなった』
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