いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
上 下
44 / 136

理想のお嫁さん

しおりを挟む
Side:犬飼

『んで。どーなってんだよ、側近のテメェが仕事しねぇからこんなクソみたいなことになってよぉ』

 ボスが風呂に入ってる間、ワタシと猿石…覚に刃斬サンがフロアに集まる。双子は現在、宋平くんのところへ向かっているところだ。

『…別に、番はいつかは迎えにゃならんモンだった。その時が来たってだけの話だろ』

『自分の責任棚に上げて、時が来ただぁ?』

 ワタシが綺麗にしてやってわざわざ宋平くんの匂いをつけたソファに座る猿石の苛立ちは増すばかり。

 そりゃそうだ。あれだけ溺愛している子どもが、あんな姿になれば怒りたくもなるだろう。

『けっ。あんなオメガの何が良いってんだ』

『猿石。それはオメガに対する侮辱ですか?』

 すかさず覚が声を上げるが、止めておけと内心では思う。こういう時にあの猿は正論しかぶつけてこないから負けるのは明白だ。

『侮辱? 事実だろ。あのオメガが一体全体、俺たちに何をしてくれるって。わかってねぇのはテメェだろ。弐条会の本部の此処ですらオメガは覚、テメェ一人だ。

 オメガは守られなきゃ普通の暮らしだって出来ねぇ。身内のベータやアルファの助力あって初めてそれが成立すんだ、事実だ諦めろ。

 その事実を踏まえた上であのオメガのどこが良いのか、俺に教えてみろよ』

 グッと押し黙る覚に、強者アルファは組んでいた足を組み替え、煙草を咥えたまま問う。

『俺たちはヤクザなんだぜ? 損得がなきゃ動かねーに決まってんだろ』

 損得関係なしに入れ込んでいる存在がいながら、よく言う奴だ。

 でもね、そういうことなんだ。オメガのお嫁さんが来るなら当然俺たちはそれを守らなきゃならない。ボスや組織の為なら喜んで命を投げ出す奴はいる、

 けど…見ず知らずのオメガの為にそれが出来る奴が、果たしてどれだけいるか。言ってしまえばオメガのお嫁さんなら誰でも良いってわけ、こっちは。その上で良い子なら最高だねって話。

 あーあ。それ考えるとホント、宋平くんって大成功例だったんだなー。馴染むの早かったなぁ。

『気付いてねぇのか、あのオメガ。終始ボスのことしか見てなかった。このビルのことも周囲の人間のことも、テメェの親のことも大して見てねぇ。

 そういう頼りなくて弱っちぃガキだってわかってるからあの親は武器なんざ隠し持ってやがったんだ。マジで巫山戯てやがる』

『お前何も考えてないようでホント人間観察鋭いよね…』

 そこまで言われては言い返す言葉もないのか、覚も俯きながら下がる。そんな同僚の肩を叩くと本人も力なく頷いた。

『で? マジであのオメガと結婚するって?』

『冬に入る頃には婚約する。それまでに何度か会うことになるだろぉよ』

 煙草を咥えた猿石がガン、と踵でテーブルを叩く。苛立った様子の刃斬サンと目が合う猿石が何か言う前にワタシが声を上げる。

『宋平くんの方が良いと思いますけど。…ボスも好きでしょ、…いや流石にね? あれだけ構ってんのに恋愛感情の一つもないわけないでしょ。

 あのボスが唯一気に入った子ですよ。逃したらもう二度と相応しい子なんて現れない』

 宋平くんの名前に反応した猿石が力強く頷く。だが、それでも刃斬サンはこちらにはついてくれない。

『何度も言ってんだろ…。宋平は堅気でいつかは帰さなきゃならん。十五の子どもを、こんな裏社会に引き込んでどーする。

 互いの為になんねぇ。…それに、宋平自身がボスを好いているとは』

『あの話聞いてこんな顔する子が、好きじゃないわけないでしょ。ぶっ飛ばしますよ』

 先程撮った写真を刃斬サンに見せる。ハッとしたようにそれを見た彼は辛そうな面持ちで手を組み、そこに額を押し当てた。

 この人も宋平くんのことかなり大事にしてるしなぁ、こりゃ大ダメージかな!

『…エレベーターから降りるまで、なんともなかった。出た瞬間に腕引かれて…そしたら泣いてた。

 エレベーターじゃボスが見てるかもしれないって我慢してたんだよ。…お前らのせいで、ソーヘーは自分の心を殺すんだ』

 静まり返る部屋で、煙草の煙を吐く音だけがやけに大きく聞こえる。

『別にオメガじゃなくたって良いでしょ。子どもは親類から譲ってもらうとかしてさぁ』

『そんなんでボスの血筋を残せだなんだと騒がしい連中が黙るかよ…。テメェらは宋平を殺してぇのか? 邪魔だと思われたらすぐに刺客が放たれる』

 すぐに刃斬サンにクッションが飛んで行く。獣のような獰猛な空気を纏う猿石に例えだよ、と苦し紛れのフォローを入れた。

 そう考えると刃斬サンの言い分もわかる。堅気に戻せばあの子に火の粉が降りかかることはない。この組織からはいなくなっても、いつか…街でまたあの笑顔が見れるなら良いかとも思う。

 目の前の男はそれだけでは我慢ならないんだろうけど。

『ていうかさぁ』

 持っていたパソコンを弄りながら再び話を切り出すと、三人はワタシの言葉に耳を貸す。

『…本当にあの夜、月見山羽魅はいたのかな? 確かに宋平くんは満身創痍だったけどエンジン音も人の影も見なかったって言ってるんだけど。

 つまり、なに? 二人の内のどちらかが嘘を吐いているってこと?』

『または両者共に真実を言っている、とか?』

 宋平くんは月見山羽魅に気付かず、彼もまた短時間でボスを救って消えたって?

 そんな上手い話はない。

『そのことだが』

 腕を組んだ刃斬サンが顔を上げる。

 というかこの人、さっきからずっとワタシの渡したスマホを持ってるんですけど。どんだけ宋平くんのこと心配なんだよ。

『…意識を失いかけながら、ボスは確かにオメガの匂いを嗅ぎ取ったらしい。

 わかるな? 宋平はあの場から離れて他にオメガがいたんだ。ボスも良い機会だと思ったんだろう。自分の傍にいたオメガに嫌悪感は抱かなかったらしい』

 ああ。それは、もうダメじゃないですか。

 親の決定には背けない…特に、ワタシたちは。

『…あの。自分は現場に行けなかったので前々から気にはなっていたんですが』

『あー。君は体調不良だったから…』

『普通にヒートだったから、で良いです。

 当時の親玉…確か刃斬さんとボスが敵わなかったという人物。ボスを庇って宋平が戦ったって本当なんですか? 普段のあの子を見ていると…いや、というかフェロモンが効かないだけのベータの高校生が』

 そう。ワタシもずっと気になっていた。

 当時のあの子は身一つ。この猛獣を傍に置いていたわけでもなく、本当にただ一人…。それなのにボスですら敵わなかった奴をフェロモンなしとはいえ、犯罪者と向き合って引き分けにさせた。

 …いや、今考えてもヤバい。

『宋平は…』

 今でもハッキリと覚えてる。

 暗闇から現れた子どもは、ボロボロだった。身体の打撲は数知れず…足は引き摺り涙の跡がしっかりと残っていた。愛されて育った彼には似合わない暴力の数々。それでも、ずっと心配していたのはボスのこと。

『宋平を行かせたのは、俺だ。ボスは最初からアイツを巻き込むつもりはなかったのに。…俺はアイツを死なせるところだった』

『はぁ?

 ソーヘーはそんなヤワじゃねぇよ。バカじゃねーの』

 意外なことに猿石は刃斬サンを批難することはしなかった。当然のように頭の後ろで手を組み、少し遠くを見ながら語る。

『わりと鍛えてる方だぜ? 判断力も悪くない、機転も効く。何よりソーヘーは敵だと判断したら容赦ないタイプ。

 なぁ。

 ボスに借りがあって、一緒にいて心地良くて、既に弐条会に馴染んだ奴。なんでソーヘーじゃダメなわけ。オールパーフェクトじゃん』

『テメェは一体何を聞いてやがった。だから宋平はベータで』

『あ゛? ベータだからなんだってんだよ。侮辱してんのかテメェ』

 怖。

 …え、こわい…。

 思わず覚と一緒になって猿石を見る。相変わらず横柄おうへいな態度だが、流石は中身は最凶のアルファ。本気になったら厄介だとは聞いていたが、これほどとは正直思わなかった。

 暴れ回るだけだった奴が、まさかねぇ。

『俺は諦めねぇぞ。絶対ぇソーヘーと一緒に過ごすんだ。ボスの嫁にソーヘー以上の奴なんかこの世にいるはずねぇ』

『ソーヘーは弐条会の理想の嫁だ』

 言い切った! 言い切ったぞコイツ!!

 ていうか宋平くんはまだ十五歳なんだからお嫁さんには出来ないし! …まぁ、一年待てば出来るか。

『凄い熱意ですね…』

『まぁ結婚しちゃえば宋平くんは一生弐条会にいることになるからね』

 俺の言葉を聞いていたのか鼻の穴を広げて上機嫌に煙を吐く猿が一匹。なんの想像をしたのか突然ソファを叩き出す。

 こりゃ重症だ…。

『はぁ…。勝手に言ってろ。テメェがいくら願望重ねたところで当人たちがいなきゃ話は進まねぇんだよ』

『べーっ』

『テメッ!!』

 猿石は完全に宋平くん派か。わかってたけど。

 まだ調べなきゃいけないこともあるしワタシはまだ保留かなぁ。正式な婚約まで半年もない。たった数ヶ月の間にどんな進展があるか。

『…何も起こんなきゃ良いけど』

 後にこれは、

 盛大なフラグとなる。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

空から来ましたが、僕は天使ではありません!

蕾白
BL
早島玲音(はやしま・れね)は神様側のうっかりミスで事故死したことにされてしまった。 お詫びに残った寿命の分異世界で幸せになってね、と言われ転生するも、そこはドラゴン対勇者(?)のバトル最中の戦場で……。 彼を気に入ってサポートしてくれたのはフェルセン魔法伯コンラット。彼は実は不遇の身で祖国を捨てて一念発起する仲間を求めていた。コンラットの押しに負けて同行することにしたものの、コンラットの出自や玲音が神様からのアフターサービスでもらったスキルのせいで、道中は騒動続きに。 彼の幸せ転生ライフは訪れるのか? コメディベースの冒険ファンタジーです。 玲音視点のときは「玲音」表記、コンラット視点のときは「レネ」になってますが同一人物です。 2023/11/25 コンラットからのレネ(玲音)の呼び方にブレがあったので数カ所訂正しました。申し訳ありません。

処理中です...