いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
上 下
38 / 136

常春家の異変

しおりを挟む
『帰んな、ソーヘー帰ったらヤダ』

『だが帰る。それじゃあお疲れ様です、お先に失礼します!』

 制服に着替えて帰ろうとする俺の背中にしがみ付いて阻止しようとする猿石。それを必死に振り払おうとして一向に出来ないで数ミリその場から進む俺。

 あー重い!!

『アナタこれからお仕事でしょう?! 頑張って下さいよ、俺は今回は要らないみたいなんですから!』

『はぁ?! ソーヘーが要らない案件なんてこの世にねーし! 常に俺たちと一緒にいるべきっ』

 コントみたいだが両者は必死である。

 周りは巻き込まれたくないのか見て見ぬふり状態だ、なんて薄情なんだろう。

 松葉杖を必死に地面に突き立てて一歩を踏み出すが、すぐに後ろから妨害が入ってヒョイと身体が持ち上げられる。

 おい卑怯者ぉ!!

『じゃあ次は?! 次はいつ来るんだ!』

『え? し、知らない…』

 ジト目で俺を見つめる猿石。そんな、なんで? みたいな顔されたって…。

『なぁ!! ソーヘーのバイト次いつ?!』

『あー…いや、暫く…二日後? 二日後だな。土曜日。宋平、来れるか?』

『勿論です!』

『二日後ぉ?! …えー…、使えねぇ…』

 ンだとゴラァ、という叫びをマルッと無視した猿石は悲しそうに眉を八の字にしてしまい、しっかりと俺に抱き付いた。

『…家まで送ってく』

『あ。アニキ、今日は駅で待ち合わせが…此処から近いから今日は大丈夫です』

 あまりのショックに口を閉じ忘れている。可哀想になってきて頭を撫でると耐え難かったのか妙な叫び声を上げてしまう。

『哀れだね。ご覧、あまりに上手くいかないもんで人間を忘れてしまった』

『アニキ帰ってきてー』

 犬飼がテーブルに並べた通信機の手入れをしながら勝手に猿石を人外扱いしていると今度はサンダルが後頭部を目掛けて飛んでいく。

 全部命中するんだよなぁ、ノールックで。

『それではボス。本日はこれで失礼します。すみません、お騒がせしてしまって』

『ウチのモンが迷惑掛けまくってるだけだ。こっちこそ感謝するぜ。

 …今日はちゃんと眠れそォかい?』

 未だくっ付く猿石を放置してボスに挨拶をすると、意地悪そうな顔をしたボスに見つめられる。思わずリムジンで爆睡してたことを思い出して押し黙ると、小さく笑ったボスが手を伸ばす。

『今日は何作ったか楽しみだなァ? …今夜は遅くまで掛かる予定だ。どォしても眠れなきゃ、電話しな。

 いつでも迎えに行ってやるよ』

 手の甲で頬に軽く触れられる。たったそれだけのことで目が離せなくなるんだから、どうかしてる。

 後ろからそれを眺めていた猿石は何故か満足そうに待機していた。

『やっぱボスは頼りになるよな!』

『テメェはさっさと支度しろ。向こうでも役立たずなら海に沈めて来るぞ』

 ぶーぶー文句を言う猿石も観念したようで俺から離れる。何か言っておいた方が良いかなと口を開くと、サングラスをずらした端正な顔が近付く。

『目薬して、ソーヘー』

『痛くなった? もう…。自分で出来るようになってね、暫く会わないんだから』

 光を遮るように立ってサングラスを外してから目薬をしてあげると、猿石は嬉しそうに立ち上がって目薬をポケットに入れる。

『早く来いよ? でないと俺が迎えに行くからな!』

『…それはちょっと…、うん…歩いて来てね?』

 絶対にバイクでは来ないで下さい。

『気を付けて。怪我しちゃダメですよ?』

 今日の荒れっぷりを知っているから心配で声を掛けたけど、振り返った猿石はサングラスをかけてから余裕そうに笑って手を振った。

 …良かった。大丈夫そうだな。

『下で付き添い待たしてる。駅の近くで離れるよう指示してっから、一人でも安心だろ』

 なるほど…つまり尾行モードで誰かいるというわけか。駅まで数分なのになんて高待遇だ。

 …俺が散々やらかしてるからか…!!

『スマホ』

『持ちました! 持たせて頂きました!』

 釘を刺すようにボスが呟くもんだから思わずスマホを掲げて宣言する。途端に皆が笑い出すものだから、恥ずかしくなりつつエレベーターまで向かう。

 下までは刃斬が一緒にいてくれる。

『待ち合わせってーと、兄貴か?』

『はい! なんか近くで大学の集まりみたいなのがあったみたいで、帰りは一緒に帰ろうって。俺…近くのカラオケ店で働いてるってことになってるので』

 待ち合わせをしてるのは三男の蒼二。チャラっとした見た目だけど、男女問わず結構モテるようで大学も楽しくやってるらしい。

『そうか。兄貴が一緒なら安心だな。二日後の詳細はまた連絡するから待ってろ。

 今日はありがとな。猿の面倒見てくれて助かった。アイツの深ぇとこまで寄り添ってくれたこと、感謝してる。あんな奴だが…まぁ、色々あるからな。これからも一つ頼む』

 エレベーターが一階に到着すると扉を腕で遮った刃斬がもう片方の手で俺の後頭部を撫でてから優しく押して中から出す。

 誰もいないロビーを不安に思いながら振り返ると、まだ俺を見守っていた刃斬が手を振る。その姿に安心して自動ドアを出るとすっかり暗くなった夜道を歩き出す。静かな夜道には自分の足音しかしない。

 …本当に誰かいるのかな?

 つい悪戯心が発動してしまい、少し歩いてから路地裏へと足を向ける。ここ最近何回か通ったから簡単には迷ったりしない。

 暫く歩いていると向こうから二人くらいだろうか、少し焦ったような足音がして思わず走り出す。

 ピコン! とスマホが鳴ると追って来てる兄貴たちが遊ぶな、と短いメッセージを送ってきた。

『えー。楽しかったのになぁ』

 観念して大通りに戻ろうとした瞬間、曲がり角から誰かが飛び出して来てぶつかってしまった。思わず尻もちをついてしまい、相手に謝罪しようと顔を上げるとそこにいたのは蒼二だった。

『あにき?』

『っ宋ちゃん?!』

 息を上げた蒼二が振り返ると何人かの足音がする。すぐに蒼二に腕を引かれて走ると、逃げる必要はないと言おうとしたのに背後から追って来る男たちにまるで心当たりがない。

 え?! 兄貴たちじゃない?

『っ、やばー! もう無理! 宋ちゃん、お願い!』

 頭の中にあるコントローラーを握ると、すぐにアルファのボタンを押してアルファに切り替わる。ぐん、と蒼二を追い越して今度は俺が引っ張る側になりどんどん引き離す。

 その後も複雑な路地を走り、なんとか駅まで辿り着いて二人で電車に乗り込む。路地で兄と会ったことをスマホで兄貴たちに伝えるとすぐに了解、と返事が来た。

 …こっちはこれで良いか。

『ごめんごめん! いやー変な輩に因縁付けられて参ってたとこ。本当に宋ちゃんってば、ナイスタイミングじゃん!』

 参った参った、と笑う兄貴。だけどその声は心なしか震えていて空元気ではないのかとすぐに疑った。そんな疑惑の眼差しに気付いたけど、気付かなかったフリをした蒼二は早急に話題を変える。

『蒼二兄』

 小さい頃の呼び方で呼べば、すぐに蒼二はピタリと止まってから俺を見る。

『…本当に、平気? 今回だけ?』

 電車に並んで座る俺たち。周囲に人は少なく、電車の走る音が二人の間を過ぎる。

『…うん。大丈夫だよ。もう会わないし、平気。本当ありがと…。ごめんね、宋ちゃんまで危ない目に遭わせそうになって』

『全然平気! 足だってもう大丈夫だし、丁度良いリハビリだった』

 最近は色んな人が俺を抱っこしたり、おんぶしたりで運動不足気味だ。しかもあの人たちはそれをなんの負荷とも思わない!

 チクショウ、俺だって将来はムキムキだい!

『…そっか。なら、良かった。

 そうだ。お詫びにアイス買って帰ろうか。どこのコンビニにする?』

 え。アイス?!

 丁度コンビニ限定のアイスが食べたかった俺はすぐに蒼二の話に食い付いて、食べたかったアイスが載ったネット記事を見せる。

 無事にアイスを買って、二人の兄にもお土産として買って帰った。皆で食べれると思ったのにその日の夜、二人の兄の喧嘩によってその予定は消えた。

『お前巫山戯るなよッ!! あれだけ成績だけは落とすなって言ったろ!』

『あーあー五月蝿いなぁ。そんなに叫ばなくても聞こえてますぅ』

 蒼士と蒼二は、よく喧嘩をする。だけど軽く言い合うくらいで終わるし今夜みたいなのは珍しい。

 帰ってすぐにアイスを冷凍庫に入れに行く俺と、お風呂の支度をしようとしてた蒼二に二階から降りて来た蒼士が物凄い剣幕で怒鳴ったのだ。

 原因は蒼二の大学でのこと。

『二年になってから浮かれ過ぎだ。学業に専念出来ないならバイトなんて辞めろ』

『はぁ? お前はいつから俺の親になったのさ。数分早く産まれたくらいで本当に生意気だよね? 良いよねぇ、ガリ勉君は。俺みたいに忙しくなくて?』

『それで成績を落とすようならお前はただの馬鹿だ』

 睨み合う両者に完全に蚊帳の外の俺。なんとか落ち着いてもらおうとしたけど、二人は同時にそっぽを向いてそれぞれの部屋にこもってしまう。

 そこだけシンクロすんなよ…。

 その後、帰宅した長男に泣き付き、事の顛末てんまつを説明するも…兄ちゃんからも悲しい知らせを受けた。

『…蒼二については本当に成績が悪くなってるようでな。授業に出てない日も多くなってるらしい。あの二人は特待生として通ってるから、もしかしたらそれも厳しくなるかもしれない』

 その夜、深夜までベッドで悶々と悩む俺の仕事用のスマホが

 まるで見透かしたように鳴り出した。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

空から来ましたが、僕は天使ではありません!

蕾白
BL
早島玲音(はやしま・れね)は神様側のうっかりミスで事故死したことにされてしまった。 お詫びに残った寿命の分異世界で幸せになってね、と言われ転生するも、そこはドラゴン対勇者(?)のバトル最中の戦場で……。 彼を気に入ってサポートしてくれたのはフェルセン魔法伯コンラット。彼は実は不遇の身で祖国を捨てて一念発起する仲間を求めていた。コンラットの押しに負けて同行することにしたものの、コンラットの出自や玲音が神様からのアフターサービスでもらったスキルのせいで、道中は騒動続きに。 彼の幸せ転生ライフは訪れるのか? コメディベースの冒険ファンタジーです。 玲音視点のときは「玲音」表記、コンラット視点のときは「レネ」になってますが同一人物です。 2023/11/25 コンラットからのレネ(玲音)の呼び方にブレがあったので数カ所訂正しました。申し訳ありません。

処理中です...