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夜食係
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『ヤバいね! ラット浴びても平気で歩けてたし、問題なく会話まで出来るなんて完璧』
『…黙って手を動かせ』
猿石によるラット騒ぎで書類が散乱したり、扉が壊れたりで皆で後片付けの最中。俺も手伝おうとしたら刃斬に絶対に動くなと念押しされた。
『でもボス、あれくらいなら止めれますよね? 何故今回は放置したんですか?』
犬飼が書類を抱えながらボスに問いかける。仮眠室から毛布を持って来たボスはそれを俺に掛けてから自らの椅子に座ってこう言った。
『更に強いアルファの力で無理矢理押さえ付けたところで余計に暴走されても面倒だ。…まァ、なんかあればそうしたがこれが一番収まりが良い』
『それもこれもテメェらが焚き付けるからだ』
扉を修復する双子が刃斬の言葉に反応して振り向くと、素知らぬ顔をして作業を続ける。刃斬の怒号が響くと巨体に似合わぬ俊敏な動きで逃げ出すものだからこっちが驚く。
『にしても、随分と安心しきってる。俺たちの前でもこんなに無防備にはならないんだけどね?』
『…今までのツケだろ。そいつに一番必要なモンを理解しながら、見てくれだけで判断してそれを我慢させた。
やっと得られた自分の全部を理解して、受け入れる奴を盗られたくなかったんだろォな』
身体ばかりが大人になってしまって、心が追い付かなかった弊害。しかも彼はその身に有り余る力を持っていた。
それでも。
『それでも、俺の手を叩いたことは悪いことなんだと理解して謝ってくれました。
ちゃんと皆が教えてくれたことや価値観を覚えようと努力してきたんですよね。そうじゃなきゃ、この人は我慢なんて覚えない。皆のことも大切だから頑張ってきたんです。見ていたらわかります』
だから、少し疲れてしまっただけ。
『へへ。なんて…まだ少ししか一緒に過ごしてない俺が言うのも生意気なんですけど』
『膝、膝見てみな。説得力しかなくない?』
片付けが一段落した頃、もぞもぞと膝で金髪が揺れ動く。僅かに目を開いた猿石が時間を掛けてキョロキョロと周囲を見回す。
どうやら目は安定しているらしい。
『起きた。アニキー? 起きれそう?』
ぷにぷにと頬を突いて様子を見ていると、俺を視界に入れた猿石がビキッと固まってしまう。それからゆっくりと起き上がると無言のままソファから立ち上がり、フラフラと歩いて行く。
辿り着いたのはボスの椅子の横だ。片膝をついてから猿石は項垂れて謝罪を口にする。
『…申し訳、ありませんでした…。ごめんボス…またやらかした。っごめん…』
『あ? テメェがやらかすのなんざ日常茶飯事だろォが。…良かったじゃねェか』
『ぅ、え…?』
ボスの言葉に思わず顔を上げた猿石は困惑したようにボスを見上げる。
『次はねェからな。つか今回も減給だ。おら、終わったならとっとと退け。視界の端にデケェもんあると煩わしい』
『減給。…俺別に金使わねぇから何も困んねぇけど』
『おーそうかそうか。ゼロにしてやろォか無欲が』
軽く耳を引っ張ってからピッ、と離したボスだが猿石は特に何も感じなかったようで耳が付いてるかの確認をしていた。
『宋平。今日のお前の仕事は夜食作りだ。冷蔵庫に適当に材料詰めといたから、なんか作っとけ。コイツも連れてって皿洗いでもなんでもやらせてくんな』
そう言って椅子に座りながら猿石の尻を蹴飛ばすと、渋々といった具合で猿石が寄って来た。未だどう接して良いかわからずといった感じでモジモジしている猿石の手を取り、キッチンへ向かう。
『はーい! 皆さんリクエストがあれば早めに言って下さいね!』
『お。良いねぇ、ワタシは甘い物をお願いしまーす』
犬飼のリクエストに了解を告げるとキッチンに入って早速小さな冷蔵庫の中を確認する。パンパンに食材が入った冷蔵庫に最低限の器具。だけど、そこには確かに前回はなかったはずの炊飯器が鎮座していた。
わぁ。これ小さいけどかなり高性能で美味しいお米が炊けるやつ…。あ! こっちのは揚げないでからあげが作れる家電じゃないか!
『凄い! アニキ、からあげ入りのおにぎりも作れそうだよ!』
『ホントか?! ソーヘーっ、ソーへー早く作って!』
一気に元気になった猿石は嬉しそうに頬を赤らめて興奮気味に俺を急かす。あまりの変わり身に笑いつつ、鶏肉と下味の調味料を出して準備に取り掛かった。
途中から刃斬がキッチンに顔を出し、制服では汚れるからとキミチキ! のパジャマに着替えて借りたエプロンをする。
火の番を少し猿石にしてもらい、キッチンを出てボスの元へ向かった。
『ボスー! ボスは何か食べたいものありますか?』
俺の声に反応したボスとすぐ隣で書類について何か話していた刃斬が顔を上げる。すると、ボスは目を丸く見開き刃斬は何故か咳き込んだ。
…え? なんだ、薄力粉でも付いてたかな?
『なになに? あー…これは犯罪臭しますネ、間違いないネこれ』
『おほほ。眼福ー。良いモン見れたヨ!』
地図のようなものを広げていた双子まで意味のわからないことを言うもんだから首を傾げると、横から犬飼に何かを確認される。
『うーん。確かに履いてるんだけど、絶妙なチラ見え。エプロンがデカ過ぎるせいかな…』
何をさっきっから訳のわからないことを。そう言おうとしたのに、何故か良い笑顔を浮かべた犬飼が俺を回れ右させてキッチンへ押し込まれる。
『ボスにはワタシが聞くから、続きシクヨロ』
よくわからないが丁度猿石が慌て始めたタイミングだったのですぐにお礼を言ってから交代する。後ろから呟かれた声は俺の耳には入らなかった。
『ズボン隠れてなぁんかイヤらしい感じになってんだもんなぁ。参っちゃうぜ!』
生足最高ー! という意味不明な単語と直後に響く鈍い音はキッチンを飛び交う俺と猿石の会話によって全く聞こえなかった。
その後、何故か刃斬がボスのリクエストを持って来てくれて真顔のまま少しだけ俺のエプロンを折り込んでから消える。
邪魔そうに見えたのかな? 律儀だなぁ。
『ソーヘー! まだなんか作るのか? なんか出すか?』
冷蔵庫に顔を突っ込む猿石を微笑ましく眺めつつ、ボスのリクエスト、だし巻き玉子の為に卵を取り出してもらった。
『大根おろしも欲しいんだけどなぁ。大根はあるけど、おろし金が…あ。これかな?』
おろし金と大根を用意するとその仕事は猿石に任せる。やり方を実演するとすぐに興味を持ち、そのまま大根おろしを作ってくれる。
『アニキ、大根小さくなったら止めてね? 手を怪我しないように気を付けてよ』
『ん、わかった』
手際よくだし巻き玉子を焼き終わると大量の大根おろしを作った猿石が大変誇らしげな顔をして山盛りのそれを見せてくる。
あれまー。めっちゃ出来てる…。
『…足りねぇか?』
『いや、大丈夫! ありがとうアニキ。いっぱい作ってくれたから、これはお汁にも入れようね』
よし。作る予定なかったけど、汁っけも欲しかったしみぞれ汁でも作りますか。大根おろしをお汁に入れるのを不思議そうに後ろから眺めていた猿石に味見用の小皿を渡す。
『うまいっ! ソーヘーっ、美味い!』
『良かった。じゃあ最後に甘いもの作っておこうか』
冷蔵庫から生クリームを取り出し、氷と少量の水を入れたボウルを用意して同じサイズのボウルを重ねる。そこに生クリームと少し砂糖を入れた。
『よし。アニキ、これ混ぜて。生クリームが飛び散らないように気を付けてね? 少ししたら、ここにまたお砂糖入れるから』
『全部最初に入れたらダメなのか?』
『三、四回に分けると出来るんだよ。これ凄く高級な生クリームだしきっとすぐクリームが出来るね』
ふーん、と半信半疑でホイッパーを回す猿石。すぐにはへこたれないであろう立派な腕を見てから俺は生地作りに勤しむ。
生地をフライパンに垂らして薄く伸ばし、端っこが焼けてきたらフライパンを回して生地を剥がし、一息にひっくり返す。その様子を見ていた猿石が興奮した様子で凄い凄いと賞賛の声を上げた。
まぁ、このフライパン…スゲェお高いくっ付かないことで有名なブランドのだしな。ウチのは生地がくっ付くからよく破れるけど。
『生地はこれくらいかな。アニキ、クリーム交代しよっか。腕疲れたでしょ?』
ボウルに砂糖を加えるとアニキがまだ大丈夫と言うのでそのまま混ぜてもらう。
『デザートはクレープですよ。えっと…バナナと、缶詰のみかん! 後は…レタスもあるし、しょっぱいのも作っておこうかな』
『クレープ?! しょっぱいの?!』
『あ。からあげ…余ったから甘辛いタレ入れて包みましょうか。海苔とかもあったかなー』
『…ソーヘー。ずっと此処にいろ、そうしろ…』
海苔を探す為にゴソゴソしていたら猿石が何か言っていたようだが、よく聞こえなかった。何か言ったか聞こうかと思ったがホイッパーについたクリームにツノが出来ていた。
『わぁ、スッゲー! いつもは兄ちゃんたちと交代して頑張って作ってるのにアニキ一人で出来た! アニキはクリーム作りの天才だなぁ』
最後の砂糖を入れてから数回混ぜれば、ツヤツヤの生クリームの出来上がり。ハンドミキサーもなしに一人でやり切った猿石を褒めていたら…なんとも嬉しそうに破顔してから大事そうに持っていた生クリームのボウルを俺に渡してくれる。
『俺も生クリームのやつ食いたい!』
『はいはい、じゃあ包みましょうか? クレープを包み終わる頃にはご飯が炊けそうですよ』
四角にしたクレープをラップに包んで、お皿に積み上げる。出来上がったものを冷蔵庫に入れて二人で片付けているとご飯が炊けた。からあげだけじゃなく、梅やおかか…昆布にツナマヨなど。完成した夜食はかなりの量となり、気付けばもう夜の七時を過ぎてしまった。
ハッと気付いた時には既におにぎりの山から一つ欠けていて、振り返ればムシャムシャと口を動かす猿石の姿。
『早っ?! こ、こら! お夜食なのに今食べちゃダメでしょう?』
叱られているくせに嬉しそうにモグモグしている猿石はそれからもずっと片付けをする俺の背中にくっ付いたままだった。
ええい、デカくて歩きにくいわ!
.
『…黙って手を動かせ』
猿石によるラット騒ぎで書類が散乱したり、扉が壊れたりで皆で後片付けの最中。俺も手伝おうとしたら刃斬に絶対に動くなと念押しされた。
『でもボス、あれくらいなら止めれますよね? 何故今回は放置したんですか?』
犬飼が書類を抱えながらボスに問いかける。仮眠室から毛布を持って来たボスはそれを俺に掛けてから自らの椅子に座ってこう言った。
『更に強いアルファの力で無理矢理押さえ付けたところで余計に暴走されても面倒だ。…まァ、なんかあればそうしたがこれが一番収まりが良い』
『それもこれもテメェらが焚き付けるからだ』
扉を修復する双子が刃斬の言葉に反応して振り向くと、素知らぬ顔をして作業を続ける。刃斬の怒号が響くと巨体に似合わぬ俊敏な動きで逃げ出すものだからこっちが驚く。
『にしても、随分と安心しきってる。俺たちの前でもこんなに無防備にはならないんだけどね?』
『…今までのツケだろ。そいつに一番必要なモンを理解しながら、見てくれだけで判断してそれを我慢させた。
やっと得られた自分の全部を理解して、受け入れる奴を盗られたくなかったんだろォな』
身体ばかりが大人になってしまって、心が追い付かなかった弊害。しかも彼はその身に有り余る力を持っていた。
それでも。
『それでも、俺の手を叩いたことは悪いことなんだと理解して謝ってくれました。
ちゃんと皆が教えてくれたことや価値観を覚えようと努力してきたんですよね。そうじゃなきゃ、この人は我慢なんて覚えない。皆のことも大切だから頑張ってきたんです。見ていたらわかります』
だから、少し疲れてしまっただけ。
『へへ。なんて…まだ少ししか一緒に過ごしてない俺が言うのも生意気なんですけど』
『膝、膝見てみな。説得力しかなくない?』
片付けが一段落した頃、もぞもぞと膝で金髪が揺れ動く。僅かに目を開いた猿石が時間を掛けてキョロキョロと周囲を見回す。
どうやら目は安定しているらしい。
『起きた。アニキー? 起きれそう?』
ぷにぷにと頬を突いて様子を見ていると、俺を視界に入れた猿石がビキッと固まってしまう。それからゆっくりと起き上がると無言のままソファから立ち上がり、フラフラと歩いて行く。
辿り着いたのはボスの椅子の横だ。片膝をついてから猿石は項垂れて謝罪を口にする。
『…申し訳、ありませんでした…。ごめんボス…またやらかした。っごめん…』
『あ? テメェがやらかすのなんざ日常茶飯事だろォが。…良かったじゃねェか』
『ぅ、え…?』
ボスの言葉に思わず顔を上げた猿石は困惑したようにボスを見上げる。
『次はねェからな。つか今回も減給だ。おら、終わったならとっとと退け。視界の端にデケェもんあると煩わしい』
『減給。…俺別に金使わねぇから何も困んねぇけど』
『おーそうかそうか。ゼロにしてやろォか無欲が』
軽く耳を引っ張ってからピッ、と離したボスだが猿石は特に何も感じなかったようで耳が付いてるかの確認をしていた。
『宋平。今日のお前の仕事は夜食作りだ。冷蔵庫に適当に材料詰めといたから、なんか作っとけ。コイツも連れてって皿洗いでもなんでもやらせてくんな』
そう言って椅子に座りながら猿石の尻を蹴飛ばすと、渋々といった具合で猿石が寄って来た。未だどう接して良いかわからずといった感じでモジモジしている猿石の手を取り、キッチンへ向かう。
『はーい! 皆さんリクエストがあれば早めに言って下さいね!』
『お。良いねぇ、ワタシは甘い物をお願いしまーす』
犬飼のリクエストに了解を告げるとキッチンに入って早速小さな冷蔵庫の中を確認する。パンパンに食材が入った冷蔵庫に最低限の器具。だけど、そこには確かに前回はなかったはずの炊飯器が鎮座していた。
わぁ。これ小さいけどかなり高性能で美味しいお米が炊けるやつ…。あ! こっちのは揚げないでからあげが作れる家電じゃないか!
『凄い! アニキ、からあげ入りのおにぎりも作れそうだよ!』
『ホントか?! ソーヘーっ、ソーへー早く作って!』
一気に元気になった猿石は嬉しそうに頬を赤らめて興奮気味に俺を急かす。あまりの変わり身に笑いつつ、鶏肉と下味の調味料を出して準備に取り掛かった。
途中から刃斬がキッチンに顔を出し、制服では汚れるからとキミチキ! のパジャマに着替えて借りたエプロンをする。
火の番を少し猿石にしてもらい、キッチンを出てボスの元へ向かった。
『ボスー! ボスは何か食べたいものありますか?』
俺の声に反応したボスとすぐ隣で書類について何か話していた刃斬が顔を上げる。すると、ボスは目を丸く見開き刃斬は何故か咳き込んだ。
…え? なんだ、薄力粉でも付いてたかな?
『なになに? あー…これは犯罪臭しますネ、間違いないネこれ』
『おほほ。眼福ー。良いモン見れたヨ!』
地図のようなものを広げていた双子まで意味のわからないことを言うもんだから首を傾げると、横から犬飼に何かを確認される。
『うーん。確かに履いてるんだけど、絶妙なチラ見え。エプロンがデカ過ぎるせいかな…』
何をさっきっから訳のわからないことを。そう言おうとしたのに、何故か良い笑顔を浮かべた犬飼が俺を回れ右させてキッチンへ押し込まれる。
『ボスにはワタシが聞くから、続きシクヨロ』
よくわからないが丁度猿石が慌て始めたタイミングだったのですぐにお礼を言ってから交代する。後ろから呟かれた声は俺の耳には入らなかった。
『ズボン隠れてなぁんかイヤらしい感じになってんだもんなぁ。参っちゃうぜ!』
生足最高ー! という意味不明な単語と直後に響く鈍い音はキッチンを飛び交う俺と猿石の会話によって全く聞こえなかった。
その後、何故か刃斬がボスのリクエストを持って来てくれて真顔のまま少しだけ俺のエプロンを折り込んでから消える。
邪魔そうに見えたのかな? 律儀だなぁ。
『ソーヘー! まだなんか作るのか? なんか出すか?』
冷蔵庫に顔を突っ込む猿石を微笑ましく眺めつつ、ボスのリクエスト、だし巻き玉子の為に卵を取り出してもらった。
『大根おろしも欲しいんだけどなぁ。大根はあるけど、おろし金が…あ。これかな?』
おろし金と大根を用意するとその仕事は猿石に任せる。やり方を実演するとすぐに興味を持ち、そのまま大根おろしを作ってくれる。
『アニキ、大根小さくなったら止めてね? 手を怪我しないように気を付けてよ』
『ん、わかった』
手際よくだし巻き玉子を焼き終わると大量の大根おろしを作った猿石が大変誇らしげな顔をして山盛りのそれを見せてくる。
あれまー。めっちゃ出来てる…。
『…足りねぇか?』
『いや、大丈夫! ありがとうアニキ。いっぱい作ってくれたから、これはお汁にも入れようね』
よし。作る予定なかったけど、汁っけも欲しかったしみぞれ汁でも作りますか。大根おろしをお汁に入れるのを不思議そうに後ろから眺めていた猿石に味見用の小皿を渡す。
『うまいっ! ソーヘーっ、美味い!』
『良かった。じゃあ最後に甘いもの作っておこうか』
冷蔵庫から生クリームを取り出し、氷と少量の水を入れたボウルを用意して同じサイズのボウルを重ねる。そこに生クリームと少し砂糖を入れた。
『よし。アニキ、これ混ぜて。生クリームが飛び散らないように気を付けてね? 少ししたら、ここにまたお砂糖入れるから』
『全部最初に入れたらダメなのか?』
『三、四回に分けると出来るんだよ。これ凄く高級な生クリームだしきっとすぐクリームが出来るね』
ふーん、と半信半疑でホイッパーを回す猿石。すぐにはへこたれないであろう立派な腕を見てから俺は生地作りに勤しむ。
生地をフライパンに垂らして薄く伸ばし、端っこが焼けてきたらフライパンを回して生地を剥がし、一息にひっくり返す。その様子を見ていた猿石が興奮した様子で凄い凄いと賞賛の声を上げた。
まぁ、このフライパン…スゲェお高いくっ付かないことで有名なブランドのだしな。ウチのは生地がくっ付くからよく破れるけど。
『生地はこれくらいかな。アニキ、クリーム交代しよっか。腕疲れたでしょ?』
ボウルに砂糖を加えるとアニキがまだ大丈夫と言うのでそのまま混ぜてもらう。
『デザートはクレープですよ。えっと…バナナと、缶詰のみかん! 後は…レタスもあるし、しょっぱいのも作っておこうかな』
『クレープ?! しょっぱいの?!』
『あ。からあげ…余ったから甘辛いタレ入れて包みましょうか。海苔とかもあったかなー』
『…ソーヘー。ずっと此処にいろ、そうしろ…』
海苔を探す為にゴソゴソしていたら猿石が何か言っていたようだが、よく聞こえなかった。何か言ったか聞こうかと思ったがホイッパーについたクリームにツノが出来ていた。
『わぁ、スッゲー! いつもは兄ちゃんたちと交代して頑張って作ってるのにアニキ一人で出来た! アニキはクリーム作りの天才だなぁ』
最後の砂糖を入れてから数回混ぜれば、ツヤツヤの生クリームの出来上がり。ハンドミキサーもなしに一人でやり切った猿石を褒めていたら…なんとも嬉しそうに破顔してから大事そうに持っていた生クリームのボウルを俺に渡してくれる。
『俺も生クリームのやつ食いたい!』
『はいはい、じゃあ包みましょうか? クレープを包み終わる頃にはご飯が炊けそうですよ』
四角にしたクレープをラップに包んで、お皿に積み上げる。出来上がったものを冷蔵庫に入れて二人で片付けているとご飯が炊けた。からあげだけじゃなく、梅やおかか…昆布にツナマヨなど。完成した夜食はかなりの量となり、気付けばもう夜の七時を過ぎてしまった。
ハッと気付いた時には既におにぎりの山から一つ欠けていて、振り返ればムシャムシャと口を動かす猿石の姿。
『早っ?! こ、こら! お夜食なのに今食べちゃダメでしょう?』
叱られているくせに嬉しそうにモグモグしている猿石はそれからもずっと片付けをする俺の背中にくっ付いたままだった。
ええい、デカくて歩きにくいわ!
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