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馬鹿みたいに笑う夜に君と

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 眠れない。

 何ということでしょうか、今夜も…眠れないなんて。

『眠れないって思うと更に眠れないんですけど!!』

 無事に帰宅して数日後。バランサーだと知る家族は二日程で全快した俺にホッとして、気を付けるようにと注意を促した。一応まだ松葉杖は持ってるけど殆ど使ってない。家では片方の松葉杖を杖のような扱いだ。

 因みにバイトはこの数日は呼ばれていないし、そのせいもあるのか中々…心身共に安定せずこうして睡眠障害まで起こしている。

『~っ、どうしよう!』

 最近じゃ隈まで出来てしまって兄たちにはゲームのし過ぎかと笑われた。だけど兄ちゃんだけは心配してくれていた。

 曰く、俺は電気を消してゲームをする子ではないから…らしい。

『…ダメだ。牛乳…ホットミルクでも作ろう…』

 リビングに降りるが既に時刻は深夜となり、兄たちもみんな寝ている。冷蔵庫を開けてみると目当ての牛乳がなかった。

『あれ? 明日の朝の分もない』

 朝は牛乳派の兄やカフェオレを好む兄もいる中でこれは珍しい。自分も飲みたかったし、全然眠れないから散歩がてら買い物に行くことにした。

 下だけジーンズに履き替えて財布を持ち、静かに玄関の扉を開いて外に出ると一応松葉杖も持って行く。季節はもうすぐ夏を迎えるが夜は心地良い風が吹いていて丁度良い。

『あの日の夜とはえらい違いだな~』

 この位の時間だっただろうか。

 真夜中の鐘の音が鳴って、目の前にいたバランサーが呆気なくその役を降ろされた。あの日の川の冷たさは今でもよく覚えている。

 あれからもうすぐ一週間だ。

『くしゅんっ…! はぁ。早く牛乳…』

 すると道路に一台のバイクが向かい側から走って来た。在りし日のグロッキーな記憶が呼び起こされて身震いしていると、通り過ぎたバイクが停車する音が聞こえた。それからすぐにバイクが再び発車する音が聞こえたが、通り過ぎたはずのバイクが何故かこちらに向かって来ているようだ。

 …なんで? 通り過ぎたにしては道もないし、もしかしてUターン?

 バランサーの五感を働かせた瞬間、バイクが自分のすぐ近くで停車した。二人乗りのバイクだったようで後部に乗っていた者が突然襲い掛かって来た。

 はぁ?! なにこれ、ひったくり?

『てめっ』

 しかしこれを間一髪で躱すとすぐに走り、バイクでは侵入出来ないであろう段差のある場所を選んでその奥にある公園へと向かう。

 どうするかなぁ。取り敢えず、通報か。あんまりバランサーの力使って気絶させんのも後が怖いし。

『…ん?』

 振り返ると段差を強引に突破したバイクが威嚇するようにライトをハイビームにしやがる。

 まっぶし…!

『嘘だろもうっ!』

 頭にきた! 今に見てろよ、こっちは既に全快してる元怪我人なんだからな! この松葉杖でそのバイクから叩き落としてやらぁー!

 バランサーの権能を発動して弱ったところを松葉杖でフルスイング作戦。だがそれは、バイクに乗る人間が拳銃らしきものを取り出した瞬間…破綻した。

 おま、それは卑怯。

 引き金を引く方が早いんじゃないかという無駄な思考のせいで判断が遅れた。全てがスローモーションのように動く中で、最後に思ったのは…拾った命を粗末にしてしまうな、という他人事みたいな感想。

 …せめて即死じゃなきゃ、なんとかなるか。

 目を閉じて衝撃に備える。そのすぐ後でパン、と耳をつんざくような音と何かが盛大な音を上げて壊れるような音もした。

『っ、さる!!』

『やってるっ、つーの!!』

 ドシャン!!

 何かと何かがぶつかり合うような大きな音に身体が跳ねる。だけど何ともないから、そーっと目を開けようとしたところで勢いよく何かが俺にぶつかる。

 うわ来た?! …、あれ?

『怪我は?! っどっかやられたか…?』

『ぅえ…?』

 誰かに顎を掴まれて強制的に上を向く。公園の街灯に照らされたのは少し息を乱した赤黒い瞳の持ち主。何故か辛そうな顔をしたその人の名を呼ぶ。

『ボスだ…。ゆ、夢…?』

『こっちの台詞だ。ったく、車で通り掛かったら松葉杖持った妙な奴が走ってるかと思えばよォ…』

 え。これ現実なのか?!

 俺が何も言わないせいでボディチェックを始めるボス。多分黒のスーツにボタンを二つほど外した寛ぎスタイルで少し髪を固めて後ろに流したオールバック。何かの会合とかの後なのか、いつもとは違う煙草の匂いがする。

『肌身離さずスマホは持てと、前回きっちり教えたはずだがなァ? こんな時間に彷徨うろつきやがって。しかもまだ病み上がりだろ、テメェは』

 膝を曲げてしゃがむボスが、俺の両手を握りながらお説教をする。真っ直ぐと目を見て話す彼は本当に…怒っていた。

『…通り掛からなかったら死んでんだぞ、わかってんのか?』

 死んでいた?

 …いや、多分その確率は低いと思う。あの状況で銃を構えて的確に心臓を打ち抜けるような腕前があったとは思えない。精々、身体のどこかしらを掠る程度。その時にはもうバランサーの力で奴らは地面とお友達。

 撃たれたとして、即死以外では死ななかった。あの瞬間に防御を取ってアルファになれば更に生存率は上がっただろう。

 でも。そうしていたら、きっと…は死んでいた。

『ごめんなさい』

 それは、凄く…嫌だ。

『…ごめんなさい、ボス…』

『わかりゃァ良い。来い、宋平』

 少し安心したように表情を柔らかくしたボスが腕を広げるので、そっと寄り掛かればすぐに抱きしめられる。するとボスはそのまま俺を抱っこして立ち上がってしまう。

『ソーヘーっ!! やっぱソーヘー? うわ、マジかよソーヘーの怪我は?!』

『ない。…奴等は?』

『あ? ぶん殴って気絶させて着てた服脱がしてふん縛った。いま覚が増援呼んで対応中~』

 近寄って来たのは猿石でニコニコしながら俺の頬を撫で繰り回す。

『ソーヘー怪我ない? 良かった。

 ソーヘーになんかあったら、アイツら殺してソーヘーが怪我した部分と同じとこ、壊してやろうとしたのに。じゃあ後は処理部隊に任せよーっと』

 …おう。くっそ過激派…。

 恐ろしい展開にならなかったことに安堵しつつ、お返しとばかりに猿石に手を伸ばせば嬉しそうに顔を寄せるので頭を撫でまくる。

 人体を壊そうとしていた男は、頭を撫でられて大変嬉しそうに笑い声を上げた。

『いや笑ってる場合ですか、このバカ猿!! どこの世界に車の扉を片腕で外してバイクにぶん投げる奴がいるんです! 廃車じゃないですか!!』

『あ゛ぁん?! ソーヘーの命が懸かってたんだぞ、車くらいでギャーギャー騒ぐなよ!!』

『それはそう!!』

 半ギレで肯定する覚さん。

 どうやらあの瞬間、発砲したのはボスの方でバイクのタイヤに当てたらしい。しかしその後でバイクが転倒したまま俺に迫り、それを猿石が車の扉を引き千切って投げて、ぶつけて…今に至ると。

 つまり。

 俺のせいで車の扉がなくなり、廃車コース…と。

 ねぇこれもしかして借金増えてない?!?

『生きるって…世知辛い…』

 がっくしと肩を落とす俺に隣に立つ猿石がおろおろとしながら様子を伺う。

 アニキは悪くないよ…、うん…悪くない…。

『申し訳ありません、ボス…。ちゃんと俺が働いてお返しします…』

『あ? …ああ、まァ気長にやれ』

 高級車をダメにした割にあまり怒っているように見えない。それどころが心なしか機嫌が良さそうになるボスに俺は訳がわからなくなる。

 どういうこと? あの車、気に入ってなかったのかな…?

『他の車を手配するので少々お待ち下さい。

 猿石! 君はそこの伸びた二人を回収して下さい、先に処理部隊が来ますから』

『はぁ~? だっる…』

 ブツブツ言いながらポケットに手を突っ込んで歩き出した猿石。俺たちはというと、公園にあるベンチに座って待つことにしたがベンチに触れたボスを眉を顰める。

『…お前は膝に乗ってろ。ケツ冷やすぞ』

『え?! それくらい大丈夫なのに…』

 良いから、と言って座ったボスのお膝に乗せてもらい大人しく座っていたら上半身も倒されてボスに寄り掛かるようにされた。

 …う。もう二度とこんなシチュエーションないと思ってたのに! 思ってたのに!

『で? なんだってこんな時間に外に居やがる。明日も学校だろォが』

『あ。そ、その…買い出しに』

 ギロリ。と厳しい視線が襲い掛かる。そ、そんなに睨まなくっても…!

『ね、眠れなくて! えと…明日みんなも飲むだろうしと思って…牛乳を、と』

『眠れねェだァ? お前俺の上に乗っかってグースカ寝てただろォがよ』

 呆れたようにベンチの背もたれに寄り掛かるボス。当然くっ付いていた俺も一緒になって動いてしまうので驚いてボスの首に腕を回す。

 首なんて急所に腕を回してしまったから怒られるかと思っていたのに、ボスは特に俺を咎めることもなく…むしろさり気なく腰を支えてくれる。

『だからっ…! あれから全然眠れなくなっちゃったんです! もう俺が何日、羊に埋もれながら夜を過ごしてると!』

 ぽすぽす、と力無く片手で胸を叩けばボスが静かな夜に笑い声を上げる。

 笑い事じゃないのに!!

『お似合いじゃねェか。…ふ、羊に…くくっ、』

『…めぇ…』

 聞いたこともない声量で笑い声を上げるボスに驚くのは俺だけではない。少し離れた場所にいた弐条会の者たちは固まり、猿石は何故か逃げ出すような姿勢でいたが覚さんにズボンを掴まれており…そんな覚さんも夢かと疑っているのか己の頬を抓っていた。

 ボスもこんな風に笑うんだ…。

『綺麗』

 とっても、綺麗だ。

 笑い疲れたのかボスは目尻に溜まった涙を拭い落とすと漸く俺の存在に気付いた。俺も正気を取り戻して文句の一つでも言わねばとムッと表情を取り繕ったのに、ボスは…

 ボスはまるで愛おしくて仕方ないものでも見つけたような顔をして少し首を傾げる。

 なに?! え、なに見てるの?

 キョロキョロと後ろを振り向いたりしてボスが何を見ているのかと探って見たけど何もない。

『お前は本当に不思議な野郎だなァ』

 繊細なものを扱うような優しく、丁寧な仕草でそっと身体を抱きしめられるといつもと違う煙草の匂いが少し気に食わない。

『…お前が欲しい』

 掠れた声が耳元で、独り言のように吐き出される。だけどその言葉には疑問しか湧かない。

『俺もうボスのですけど…?』

 俺はあなたの所有物であり、あなたの力である。

 そう誓ったはずだけどお忘れだろうか?

『そーかよ』

『え。なんで不満気なんですか…?』

 事実を述べただけなのに何故か少し怒ったような顔でそっぽを向いてしまった。それなのにしっかりと抱きしめられたままで、意味がわからない。

 俺なんか間違ってる?

 間違ってないよな?!


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