いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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男飯

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『…うーん、なんか変な夢見た…

 え。っはぁ?!』

 起き上がろうとしたら妙な身体の違和感に状況を確認しようとして、思わず叫ぶ。いや叫びたくもなる。俺は今…弐条会の親玉である方の上に乗っかり、もう本当に…見事なまでに密着していた。足なんて大胆に開いちゃって、肩を枕にスヤスヤと今まで寝ていたわけだ。

 頬に手を当てて、みるみると赤くなっているであろう顔から熱を逃がそうとして失敗する。

 は、恥ずかしいっ…こんな! こんな風に寝たこと、兄ちゃんたちとさえないのに! どんなに小さい頃でもここまでの醜態を晒したことはない! はず!

『人の上で何騒いでやがる』

『はいごめんなさい!!』

 起きた! 起きちゃったよ、しれっと逃げようとしたのにチクショー!

『ぼ、ボス!』

 上半身をしっかりと抱きしめられ、起き上がるボスによって俺も身体を起こされる。必然的にボスに跨るように座る俺を未だ片手で抱きしめたまま、スマホを手に取るボス。

 …なんだろう。恋人がいたら…こういう感じなのだろうか。誰かとこんな風に起きて、過ごすなんて初めてだからよくわかんないけど。

『五時ねェ…。お互い二度寝するほどでもねェか。待ってろ、必要なモン用意させっから』

 ベッドから降りて部屋を出るボスを無意識に追って自分も立ち上がる。その瞬間にしまった、と思った。なんたって秘密にしているが足の骨にヒビが入っているのだ。立ち上がる時は特にツキン、と鈍い痛みが響くのに。

 だけど。

 立ち上がっても、足はなんともない。

『あれ?』

 足踏みをしたりするが本当に痛くないのだ。なんとなく嫌な予感がした。だから服を捲って、思わず息を呑んだ。

 腹にあった一際大きな痣は、完全に…綺麗さっぱりなくなっていた。押してもなんともない。ヒビや痣などあまり経験はない。それでもわかる。

 …治るの、早過ぎない?

 その時に思い出したのは今朝の夢。まるでコントローラーを初めて貰ったあの日のような、不思議な空間に…神様と呼ぶ人。てっきりバランサーの力を返上するのかと思ったのに、一通り性別を変えることができるから未だバランサーだ。

『なんだったんだろう? まぁ、治ったなら…良かったのか?』

 ベッドに座りながら足をぶらぶらしてみる。先生はアルファになれば二、三日くらいで治るだろうと言っていた。ボスと一緒だったからアルファにはなれず、ずっとバランサーだったのに。

 真っ暗な部屋で再びベッドに倒れると幸せな心地でいられる。

『なんだ。まだ寝足りねぇのか?』

 突然降ってきた声にハッとして起き上がれば刃斬が珍しくいつものスーツではなく袖を捲ったワイシャツ姿で俺を覗き込んでいた。

『起きてます!! お、おはようございます兄貴…』

『おう、おはようさん。ボスは暫く手が離せねぇから一緒に飯食うぞ。腹減ったろ?』

 返事をするよりも早くお腹が鳴いた。思えば昨日の昼食が最後だったからお腹はペコペコだ。お腹を押さえながら頷くと刃斬に抱っこされて部屋から出る。

『て言っても俺ぁお前みてぇに料理は上手くねぇからな。簡単なモンしか作れねぇから、ちょっと待ってろ。ほら、これちゃんと掛けろよ』

 どうやらこのフロアにも簡易キッチンがあるらしくそこで朝食を作ってるらしい。ソファに座らせてもらうとすぐに大きなブランケットを持って来て膝に掛けてから刃斬が姿を消す。

 …何度も言うようだが、彼も重傷者の内の一人だということを忘れてはいけない。

『あ。そうだ、兄ちゃんたちに帰る時間伝えなきゃ』

 まるで示し合わせたようにソファの隅には俺の荷物が置いてある。スマホを出して久しぶりに起動してみると兄ちゃんから昨日、一件だけ連絡が入っていた。

【お昼は済ませてくるか? 夕飯がいるなら早めに連絡するんだぞ。最近物騒だし、遅くなるなら駅まで迎えに行くからな】

 そうか。帰るのか。

 しみじみと辺りを見渡せば今までの人生からは想像もつかないような日だったと振り返れる。ずっと一緒にいるような錯覚すらあった。

 …寂しくなんかないよな。だって、まだまだバイトして借金完済目指してるんだし!

『すまん、待たせたな。…子どもに食わせるもんなんてよくわからなくてな。いや、俺のレパートリーが無さ過ぎるせいか』

 出されたのは炒飯だった。卵とネギと、何故か形を整えたご飯の上に更に乗っかった目玉焼き。ご飯もなんだか色が疎らで、あちこち焦げている。

 だけど、熱々で醤油の良い香りがする。

『いやすまん…。折角なら温かいものを、と思ったんだが…売店で握り飯でも買って来た方がマシだな』

 ガシガシと頭を掻く刃斬だが、俺は遠慮なくレンゲを手に取った。

『いただきます』

 出来立ての炒飯。兄以外の人に料理を作ってもらったのは初めてかもしれない。たまに固かったり、しょっぱかったりした。でも、目玉焼きはとても上手に焼けていて炒飯にもよく合う。

『兄貴! 兄貴、凄く美味しいです! 朝早いのに、わざわざ作ってくれてありがとうございます。ところでおかわりなどありますか?!』

 お腹空いたからおかわりが欲しいです!

『…ふ、ははっ…宋平。がっつき過ぎだ。飯は逃げねぇんだからゆっくり食え。

 ったく。ほんと、可愛い奴。…待ってろ、目玉焼き二つ乗っけてやる』

『マジで?! やったー!』

 長身でガタイも良い刃斬が腕捲りをして料理をしている。そんな姿を想像しようとして失敗したので、足音を立てないようにそっとキッチンへと向かう。

 そこで目にした光景に、何故か目が釘付けになってしまった。不慣れな様子でフライパンを扱いつつ、スマホで目玉焼きを作る動画を再生して頑張って料理をしている背中。

 …ああ。例えば俺にお父さんがいたら、こんな風に…。

 自分たちに両親はいない。ずっと昔…事故で亡くなってしまった。俺には当時の記憶すらない。あるのは昔から自分の手を引いて必死に生きた兄の後ろ姿。

 お父さんもお母さんも、俺の記憶にはいないのだ。

 どうにも離れ難くてずっと壁に寄り掛かりながら後ろ姿を見ていた。軽く片付けをした刃斬が振り返ると目が合い、驚いたように声を掛けられる。

『お前何して…、いや。待て、いま手ぇ洗うから待ってろ!』

 手を洗ってハンカチで拭きながら近付いて来る刃斬。すぐ目の前で膝を折ると彼は腕を広げてから優しく笑いかけてくれた。

『ピンと来たぜ。今は抱っこしてほしい気分だろ? んん?』

 当たりだろ? と笑ってからおいで、とばかりに腕を一際大きく広げた刃斬。突然のことに上手く言葉が出せず辿々しく歩いてそっと肩に手を置いてから控えめに抱きついた。

 俺はそんな甘えた顔をしていたのか?

『よっ、と』

 刃斬が俺を抱き抱えると慣れたもので片腕だけで持ち、右手で取り出した器具などを手早く片す。何処からか取り出したプチトマトを洗うと俺の口に近付けるものだからパクリと口にした。

『おいしい!』

『だろ? 屋上で育ててんだよ。まぁ、それだけな。いける口なら多めに入れてやる』

 家庭菜園だと?!

 次々とプチトマトを詰め込まれる。与えられるまま咀嚼していれば何が面白かったのか刃斬が顔を背けながら控えめに笑っている。

『オイ止めろ、笑うのが一番傷にくるんだよ』

『俺で笑うの兄貴とボスだけですけど?』

 プチトマトが入った皿を俺が持ち、炒飯が入った皿を二つお盆に置いて運ぶ刃斬。一緒にソファに座って炒飯を食べて楽しい朝食を済ませる。

『刃斬の兄貴のご飯が食べれるなんて思いませんでした』

『忘れてねぇか? 確かにお前はボスを救ってくれたがな、俺だってお前に救われてんだ。あの時、お前が来なきゃどうなってたかわかんねぇ。

 お前に救われた命だ。存分に尽くすに決まってんだろーが』

 思い出したのは一ヶ月以上前のあの日。思えばあの日も遅めの朝食にこの人がいた。あの時だって十分過ぎるくらい優しい対応をされたと思うけど、今はそれすら霞むくらい柔らかに笑う姿が目の前にある。

 まるで鎧のようなスーツを着崩し、慣れない料理をしてくれて、一緒に食卓を囲む。

『…俺の方がずっと助けてもらってきたんです。だから、そうですね。またこんな風に刃斬の兄貴に料理、作ってもらいたいです。あ! 一緒に作るのも良いですね!』

 お弁当もボスだけじゃなくて刃斬にも作ってきたいな、と考えていると大きな手が目の前にあった。わしわしと遠慮なく頭をかき混ぜるように撫でられる。

『はぁ。あーあ…、ったく。お前だったらなぁ…』

『え? なんですか突然』

 一体なんの話かと疑問に思うが刃斬は少し切なそうに眉を顰めてから今度は荒らした髪を直すように優しく触れられた。

『なんでもねぇよ。ゆっくりしてけ、宋平』


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