30 / 88
深まる仲と、祝福された力
しおりを挟む
なんか、あったかい。
凄く、安心する。
『…おい。擽ってェ』
なんか良い匂いがする。もっとこっち、ああそうそう、この辺だ。
『人の胸ン中に入り込むなんざ、よっぽどの助平か』
そう。
暗闇で、今にも消えそうで頭に刻み込んだこの匂いと終わりそうになった鼓動。後何回。これを聴いたら安心できるだろう。
もう暫く聴いておこう。
『宋平…、お前夢の中でまで泣くのかよ。勘弁しろ。そこまでは慰めに行けねェだろ』
随分と耳触りの良い声がする。さっきまでは何か暖かいものに触れていたのに、今はまるで包み込まれているようだ。
嬉しい。ずっと此処にいたい。
『んぁ…?』
あれ? 何処だろう。
ぼやぼやする視界のまま、暗い部屋の中を見渡す。思考を整理しようとしつつまだ眠たい頭が覚醒してくれない。
うん、もうちょっと寝たい…。
『んんん、ちがう、これ違う』
自分の頭を支えていた枕をペイ、と押し出して他の場所を手探りで探してみるがお目当てのものが見つからない。
『ない、なぃ…』
見つからない。見つからないよ、なんでだ?
あれがないと眠れないのにと半ばヤケになって手を伸ばし、どんどん語尾が短くなると今まで離れていた抱き枕がようやく見つかった。
そう! これだよ、これ。これがないとちゃんと眠れないんだ。
『ぁった』
頭を支える、なんか硬くて人肌な枕。抱きしめるとちょっと大きくて腕が回らないけど凄く温かいもの。しかも、なんか高級なお香っぽい匂いがするし何故か若干、煙草臭い。
でも、それが好き。
『…勘弁してくれ』
やだこの枕ってば喋る。さては、夢だな!
そう自己完結してすぐにまた夢の世界に旅立った俺は知らない。いつの間にか俺の布団にいたボスの怪我をしていない方の腕を枕にしていたなんて。しかもしっかりと、その身にしがみ付きながら。
それに気付いたのは土曜の夜に起きた時。ボスの胸にしっかりとくっ付き、二の腕を枕にしている状況を理解したと同時に声にならない悲鳴を上げつつ抜け出してから静かに部屋を逃げ出す。
『、えぇ…?』
な、なんでボスが一緒に? あれって俺のベッドだよな…?
『これも揶揄われてるのか…』
わかんねー。
最低限しか他人と距離を詰めなかった臆病な自分への報いだろう。こういう時にどんな反応をするのが正解なのかわからない。
すっかり目も覚めてしまって扉に背を預けて座っていると、明るい方のエリアから誰かが歩いて来た。
『なんだ、宋平じゃねぇか。そんなとこ座ってどうした? 丁度良い。さっき犬飼が着替え買って来たから着替えな。そろそろ着替えたい頃合いかと思ってな』
一番重傷だった疑惑のある刃斬が一番元気というのは、どうなんだ?
この人もアルファ性、強いからなー。こっちはバランサーになってチマチマ治してるってのに…。
『あ。すまんすまん、お前足痛めてるんだったな。よっと』
まだ何も言ってないのに体育座りをしていた姿勢のまま軽々と横抱きにされる。怪我をしていることを忘れてしまうような振る舞いに困惑していると背を向けたソファから突然顔が生えた。
『ソーヘー!! ソーヘー起きた! 起きたのか、ソーヘー!』
『騒がしいわ。落ち着けバカ、後お前は力加減が信用ならねぇから触るな』
まるで帰宅した飼い主を全力で迎えるような熱烈な歓迎っぷりの猿石。思わず尻尾を振る姿が見えるようだ。ソファに座る刃斬の膝に乗せられた俺を嬉しそうに見つめる猿石に手を振る。
『おはよう、アニキ。…ん? 今って夜? じゃあこんばんはか』
『ソーヘーが起きたんならなんでも良い。退屈で死ぬとこだった! 遊ぼうぜ、ソーへー!』
ポカン、と頭を殴られる猿石。ムッとした表情で殴った主人を睨む猿石だがすぐに殴られたことを忘れたようにソファで伸びを始める。
うーん。自由人…。
『このバカは放っておけ。ほら、ずっと病人の服着てんのもアレだろ。寝汗も気持ち悪ぃだろうしな』
渡された紙袋から出てきたのは俺の好きなゲームのコラボパジャマ。パジャマといっても胸元に控えめに刺繍されたゲームロゴと、背中にはマスコットキャラクターの可愛らしい足跡が印刷された半袖パーカーに短パンの動きやすそうな服だ。
思わずそれを胸に抱きながら刃斬を振り返れば、煙草を吸っていた男がニヤリと笑ってから俺の頭を撫で回す。
『そのゲーム、暇な時にやってるって聞いてな。出先にそれ扱ってる店あったから犬飼に取りに行かせてたんだよ。サイズは大丈夫そうか?』
首元にあるサイズ表記を見ると普段着ているサイズだった。勢いよく首を振ってから再び服を広げるとあまりの感激さから言葉を失う。
ポロポッチの足跡だ…! すごい、こんな商品まで出てるなんて!
『ソーヘー喜んでる~』
『…だな。目ぇ、キラッキラさせてやがる』
しかもパーカーの中には同じブランドのTシャツまで付いていて、しっかりとした生地の丈夫そうなタイプのやつ。
『あ、あにあに兄貴これっ! 貰って良いんですか?!』
『おう。お前の為に買ってやったんだからな。必需品ってモンよ。なんならアジトに置いときゃ良い。一つくらい着替えがなきゃな。…いや、もう二、三着は揃えるか。
まぁ、なんだ。今回のボーナスってことよ。これくらい貰ってもらわなきゃ困るぜ?』
臨時ボーナス!!
『めっちゃ嬉しい! 兄貴ありがとー!!』
刃斬の膝の上で騒ぎ、嬉しさからギュウギュウとしがみつけば慌てて煙草を遠ざけてから抱きしめ返される。抱き付いても弾かれるような逞しい筋肉は頼り甲斐があり、温い。
早速服を着替えるとサイズも丁度良いし最高に気分が上がるしで言う事なし。未だ煙草を吸いながら全身を見た刃斬も満足気に頷き、ソファにダラーっと横になる猿石もパチパチとまばらに拍手をする。
『勿体無くて汚したくない…保存したい…』
『別に汚れたら同じの買ってやるから安心しろ』
『兄貴ー!』
キャッキャ騒ぎながら再び刃斬に飛び付けばまたか、なんて言いつつもしっかりと煙草を遠ざけて軽く腕を開く姿に嬉しくなる。
だが、その時。戯れ付く刃斬の顔に勢いよく飛んで来た何かが容赦なく当たる。いや、当たったというかブチ当たるみたいな表現力が正しい。
枕飛んで来た…。
刃斬の顔にクリーンヒットした枕。因みに固まる刃斬の手から落ちそうになっていた煙草は無言で灰皿を掲げた猿石によって無事に消された。
『お。ボスも起きたじゃん』
そう。枕をぶん投げたのは寝ていたはずのボスだった。まだ寝惚けているのか少し乱れた着流しを直すこともせずに片手で目を塞いでいる。
電気眩しいのか?
『騒がしいんだよクソが。テメェら大人しく仕事もできねェのか』
ひえ。超不機嫌。
恭しく頭を下げてから速やかにパソコンに向き合う刃斬に、必死になってソファの背もたれに隠れようとするが容赦なくボスに上からスマホを落とされ、それが直撃した猿石は小さな悲鳴を上げて沈んだ。
俺は!? 俺はなんの仕事をしたら!
あわあわと周囲を見渡していると背後から気配を感じる。チラッと振り向けば無表情のまま俺を見下ろすボスの姿。
『お前はこっちだ』
『わ?!』
ボスに俵担ぎにされると、無言のまま歩き出すボスの背中に手を置いて呆然と遠ざかる二人を見つめる。苦笑いで手を振る刃斬に少々不満気にこちらを睨む猿石。
着いた先はさっきまでいた仮眠室。壁に取り付けられた照明が僅かにベッドの周辺のみを照らす薄暗い室内で二つ仲良く並べられたベッド。それなのにボスは自分の方のベッドに俺を下ろすと自分もすぐ隣に横になってしまう。
ベッド繋げた意味なくないか?! ていうか、なんでまた抱き枕にされてるんだよ!
『あ、あの…俺は自分のベッドに』
『…あ゛?』
ぎゃあ!! ごめんなさい!!
『…チッ。服替えたせいで新品の服の匂いしかしねェ』
ぐい、と背中を押されて更にボスの身体に密着すると何故か首筋をスン、と嗅がれたような気がする。
待って!!? ちょっと待ってくれ、こっちは身体こそ拭かれたけどお風呂入ってないんですよ?!
『まっ?! や、止めて下さい!!』
『はぁ…? テメェが先に引っ付いてきたんだろォがよ。それを今更生娘みてェな反応しやがって』
『嫌です断固拒否します!! こちとら川に入ったんですよ? いや、潜ったりはしてませんけど…兎に角っ絶対臭いから嫌です! 嗅がないで下さい!!』
絶対臭いでしょうが!!
ボ、ボスにそういう風に思われて嫌われたりしたくないし…。
『…恥ずかしいです…』
そうポツリと漏らして俯くと暫く部屋が静まり返ってしまう。ちょっと拒絶が激し過ぎたかな、とかいやでも、やっぱり無理だよとか考えつつボスの顔を見上げてみると怖いくらいに無表情だった。
『今更匂いくらいでお前を嫌うわけねェだろ』
『だ、だってしょうがないじゃないですかっ。ボスはいつも高級シャンプーの残り香を撒き散らしてるから良いですけど、こっちは儚い石鹸の香りなんですからね?!』
そんなのもう硝煙やら埃やら血やら、終いには川の生臭さで打ち消されてるんですよ。
『なるほどねェ…? つまりお前はダメだが、俺は良いと。ならお前がこっち来な。どうにも抱き心地が良くてな。しっかりと枕の役割を果たしてもらうぜ』
え? 枕…?
意味がよくわからないが、横になって手を広げるボスを凝視する。
…うーん…。どういうことだ? 枕…抱き心地、ハッ。閃いた。完全に理解した。
人肌!! そうか、ボスは人肌を求めてらっしゃると! なるほどね。俺がベスト抱き枕ってことか。ははーん、さてはさっき寝惚けて抱き着いてたのがトリガーになって昨日のことがフラッシュバックしたのか…、
違いないな! あの時は体温が下がりまくって危なかったからな、トラウマになるのも仕方ない!
『お、お邪魔します』
そうとなれば自分の役目を果たすのみ。もぞもぞと移動して慎重に触れれば向こうから距離を詰めてきて、呆気なく俺たちの間に隙間はなくなる。
静かな部屋に自分の鼓動が鳴り響いてやしないかと心配するくらい、ドキドキする。ボスはずっと俺の髪を梳くように優しく撫で、たまに耳たぶや頬など色々と触れたり突いたりするんだ。
それが、なんだか…恥ずかしくて。俺はずっと寝たふりをする。
『宋平』
だけど段々と眠くなってしまって、ヤバいと思った時にはもう半分意識を手放していた。意識を落とす寸前、もう一度だけボスが俺の名前を言ってから、何か…柔らかなものが唇を掠めたような気がした。
そしてその夜、俺は夢を見た。
見たこともない大輪の花が咲く真っ白な空間。そして手には神様から貰った大切なコントローラー。姿こそ見えないが、近くにいるような気がして…ああ自分もその時が来たのかと覚悟してコントローラーを捧げたら、声にならない意思のようなものが伝わる。
…え? ちがう?
キラキラとコントローラーの紫が光り輝く。
自分の目も、少しだけ…熱い。
【アップデートをしましょうね】
.
凄く、安心する。
『…おい。擽ってェ』
なんか良い匂いがする。もっとこっち、ああそうそう、この辺だ。
『人の胸ン中に入り込むなんざ、よっぽどの助平か』
そう。
暗闇で、今にも消えそうで頭に刻み込んだこの匂いと終わりそうになった鼓動。後何回。これを聴いたら安心できるだろう。
もう暫く聴いておこう。
『宋平…、お前夢の中でまで泣くのかよ。勘弁しろ。そこまでは慰めに行けねェだろ』
随分と耳触りの良い声がする。さっきまでは何か暖かいものに触れていたのに、今はまるで包み込まれているようだ。
嬉しい。ずっと此処にいたい。
『んぁ…?』
あれ? 何処だろう。
ぼやぼやする視界のまま、暗い部屋の中を見渡す。思考を整理しようとしつつまだ眠たい頭が覚醒してくれない。
うん、もうちょっと寝たい…。
『んんん、ちがう、これ違う』
自分の頭を支えていた枕をペイ、と押し出して他の場所を手探りで探してみるがお目当てのものが見つからない。
『ない、なぃ…』
見つからない。見つからないよ、なんでだ?
あれがないと眠れないのにと半ばヤケになって手を伸ばし、どんどん語尾が短くなると今まで離れていた抱き枕がようやく見つかった。
そう! これだよ、これ。これがないとちゃんと眠れないんだ。
『ぁった』
頭を支える、なんか硬くて人肌な枕。抱きしめるとちょっと大きくて腕が回らないけど凄く温かいもの。しかも、なんか高級なお香っぽい匂いがするし何故か若干、煙草臭い。
でも、それが好き。
『…勘弁してくれ』
やだこの枕ってば喋る。さては、夢だな!
そう自己完結してすぐにまた夢の世界に旅立った俺は知らない。いつの間にか俺の布団にいたボスの怪我をしていない方の腕を枕にしていたなんて。しかもしっかりと、その身にしがみ付きながら。
それに気付いたのは土曜の夜に起きた時。ボスの胸にしっかりとくっ付き、二の腕を枕にしている状況を理解したと同時に声にならない悲鳴を上げつつ抜け出してから静かに部屋を逃げ出す。
『、えぇ…?』
な、なんでボスが一緒に? あれって俺のベッドだよな…?
『これも揶揄われてるのか…』
わかんねー。
最低限しか他人と距離を詰めなかった臆病な自分への報いだろう。こういう時にどんな反応をするのが正解なのかわからない。
すっかり目も覚めてしまって扉に背を預けて座っていると、明るい方のエリアから誰かが歩いて来た。
『なんだ、宋平じゃねぇか。そんなとこ座ってどうした? 丁度良い。さっき犬飼が着替え買って来たから着替えな。そろそろ着替えたい頃合いかと思ってな』
一番重傷だった疑惑のある刃斬が一番元気というのは、どうなんだ?
この人もアルファ性、強いからなー。こっちはバランサーになってチマチマ治してるってのに…。
『あ。すまんすまん、お前足痛めてるんだったな。よっと』
まだ何も言ってないのに体育座りをしていた姿勢のまま軽々と横抱きにされる。怪我をしていることを忘れてしまうような振る舞いに困惑していると背を向けたソファから突然顔が生えた。
『ソーヘー!! ソーヘー起きた! 起きたのか、ソーヘー!』
『騒がしいわ。落ち着けバカ、後お前は力加減が信用ならねぇから触るな』
まるで帰宅した飼い主を全力で迎えるような熱烈な歓迎っぷりの猿石。思わず尻尾を振る姿が見えるようだ。ソファに座る刃斬の膝に乗せられた俺を嬉しそうに見つめる猿石に手を振る。
『おはよう、アニキ。…ん? 今って夜? じゃあこんばんはか』
『ソーヘーが起きたんならなんでも良い。退屈で死ぬとこだった! 遊ぼうぜ、ソーへー!』
ポカン、と頭を殴られる猿石。ムッとした表情で殴った主人を睨む猿石だがすぐに殴られたことを忘れたようにソファで伸びを始める。
うーん。自由人…。
『このバカは放っておけ。ほら、ずっと病人の服着てんのもアレだろ。寝汗も気持ち悪ぃだろうしな』
渡された紙袋から出てきたのは俺の好きなゲームのコラボパジャマ。パジャマといっても胸元に控えめに刺繍されたゲームロゴと、背中にはマスコットキャラクターの可愛らしい足跡が印刷された半袖パーカーに短パンの動きやすそうな服だ。
思わずそれを胸に抱きながら刃斬を振り返れば、煙草を吸っていた男がニヤリと笑ってから俺の頭を撫で回す。
『そのゲーム、暇な時にやってるって聞いてな。出先にそれ扱ってる店あったから犬飼に取りに行かせてたんだよ。サイズは大丈夫そうか?』
首元にあるサイズ表記を見ると普段着ているサイズだった。勢いよく首を振ってから再び服を広げるとあまりの感激さから言葉を失う。
ポロポッチの足跡だ…! すごい、こんな商品まで出てるなんて!
『ソーヘー喜んでる~』
『…だな。目ぇ、キラッキラさせてやがる』
しかもパーカーの中には同じブランドのTシャツまで付いていて、しっかりとした生地の丈夫そうなタイプのやつ。
『あ、あにあに兄貴これっ! 貰って良いんですか?!』
『おう。お前の為に買ってやったんだからな。必需品ってモンよ。なんならアジトに置いときゃ良い。一つくらい着替えがなきゃな。…いや、もう二、三着は揃えるか。
まぁ、なんだ。今回のボーナスってことよ。これくらい貰ってもらわなきゃ困るぜ?』
臨時ボーナス!!
『めっちゃ嬉しい! 兄貴ありがとー!!』
刃斬の膝の上で騒ぎ、嬉しさからギュウギュウとしがみつけば慌てて煙草を遠ざけてから抱きしめ返される。抱き付いても弾かれるような逞しい筋肉は頼り甲斐があり、温い。
早速服を着替えるとサイズも丁度良いし最高に気分が上がるしで言う事なし。未だ煙草を吸いながら全身を見た刃斬も満足気に頷き、ソファにダラーっと横になる猿石もパチパチとまばらに拍手をする。
『勿体無くて汚したくない…保存したい…』
『別に汚れたら同じの買ってやるから安心しろ』
『兄貴ー!』
キャッキャ騒ぎながら再び刃斬に飛び付けばまたか、なんて言いつつもしっかりと煙草を遠ざけて軽く腕を開く姿に嬉しくなる。
だが、その時。戯れ付く刃斬の顔に勢いよく飛んで来た何かが容赦なく当たる。いや、当たったというかブチ当たるみたいな表現力が正しい。
枕飛んで来た…。
刃斬の顔にクリーンヒットした枕。因みに固まる刃斬の手から落ちそうになっていた煙草は無言で灰皿を掲げた猿石によって無事に消された。
『お。ボスも起きたじゃん』
そう。枕をぶん投げたのは寝ていたはずのボスだった。まだ寝惚けているのか少し乱れた着流しを直すこともせずに片手で目を塞いでいる。
電気眩しいのか?
『騒がしいんだよクソが。テメェら大人しく仕事もできねェのか』
ひえ。超不機嫌。
恭しく頭を下げてから速やかにパソコンに向き合う刃斬に、必死になってソファの背もたれに隠れようとするが容赦なくボスに上からスマホを落とされ、それが直撃した猿石は小さな悲鳴を上げて沈んだ。
俺は!? 俺はなんの仕事をしたら!
あわあわと周囲を見渡していると背後から気配を感じる。チラッと振り向けば無表情のまま俺を見下ろすボスの姿。
『お前はこっちだ』
『わ?!』
ボスに俵担ぎにされると、無言のまま歩き出すボスの背中に手を置いて呆然と遠ざかる二人を見つめる。苦笑いで手を振る刃斬に少々不満気にこちらを睨む猿石。
着いた先はさっきまでいた仮眠室。壁に取り付けられた照明が僅かにベッドの周辺のみを照らす薄暗い室内で二つ仲良く並べられたベッド。それなのにボスは自分の方のベッドに俺を下ろすと自分もすぐ隣に横になってしまう。
ベッド繋げた意味なくないか?! ていうか、なんでまた抱き枕にされてるんだよ!
『あ、あの…俺は自分のベッドに』
『…あ゛?』
ぎゃあ!! ごめんなさい!!
『…チッ。服替えたせいで新品の服の匂いしかしねェ』
ぐい、と背中を押されて更にボスの身体に密着すると何故か首筋をスン、と嗅がれたような気がする。
待って!!? ちょっと待ってくれ、こっちは身体こそ拭かれたけどお風呂入ってないんですよ?!
『まっ?! や、止めて下さい!!』
『はぁ…? テメェが先に引っ付いてきたんだろォがよ。それを今更生娘みてェな反応しやがって』
『嫌です断固拒否します!! こちとら川に入ったんですよ? いや、潜ったりはしてませんけど…兎に角っ絶対臭いから嫌です! 嗅がないで下さい!!』
絶対臭いでしょうが!!
ボ、ボスにそういう風に思われて嫌われたりしたくないし…。
『…恥ずかしいです…』
そうポツリと漏らして俯くと暫く部屋が静まり返ってしまう。ちょっと拒絶が激し過ぎたかな、とかいやでも、やっぱり無理だよとか考えつつボスの顔を見上げてみると怖いくらいに無表情だった。
『今更匂いくらいでお前を嫌うわけねェだろ』
『だ、だってしょうがないじゃないですかっ。ボスはいつも高級シャンプーの残り香を撒き散らしてるから良いですけど、こっちは儚い石鹸の香りなんですからね?!』
そんなのもう硝煙やら埃やら血やら、終いには川の生臭さで打ち消されてるんですよ。
『なるほどねェ…? つまりお前はダメだが、俺は良いと。ならお前がこっち来な。どうにも抱き心地が良くてな。しっかりと枕の役割を果たしてもらうぜ』
え? 枕…?
意味がよくわからないが、横になって手を広げるボスを凝視する。
…うーん…。どういうことだ? 枕…抱き心地、ハッ。閃いた。完全に理解した。
人肌!! そうか、ボスは人肌を求めてらっしゃると! なるほどね。俺がベスト抱き枕ってことか。ははーん、さてはさっき寝惚けて抱き着いてたのがトリガーになって昨日のことがフラッシュバックしたのか…、
違いないな! あの時は体温が下がりまくって危なかったからな、トラウマになるのも仕方ない!
『お、お邪魔します』
そうとなれば自分の役目を果たすのみ。もぞもぞと移動して慎重に触れれば向こうから距離を詰めてきて、呆気なく俺たちの間に隙間はなくなる。
静かな部屋に自分の鼓動が鳴り響いてやしないかと心配するくらい、ドキドキする。ボスはずっと俺の髪を梳くように優しく撫で、たまに耳たぶや頬など色々と触れたり突いたりするんだ。
それが、なんだか…恥ずかしくて。俺はずっと寝たふりをする。
『宋平』
だけど段々と眠くなってしまって、ヤバいと思った時にはもう半分意識を手放していた。意識を落とす寸前、もう一度だけボスが俺の名前を言ってから、何か…柔らかなものが唇を掠めたような気がした。
そしてその夜、俺は夢を見た。
見たこともない大輪の花が咲く真っ白な空間。そして手には神様から貰った大切なコントローラー。姿こそ見えないが、近くにいるような気がして…ああ自分もその時が来たのかと覚悟してコントローラーを捧げたら、声にならない意思のようなものが伝わる。
…え? ちがう?
キラキラとコントローラーの紫が光り輝く。
自分の目も、少しだけ…熱い。
【アップデートをしましょうね】
.
22
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ
秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」
ワタクシ、フラれてしまいました。
でも、これで良かったのです。
どのみち、結婚は無理でしたもの。
だってー。
実はワタクシ…男なんだわ。
だからオレは逃げ出した。
貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。
なのにー。
「ずっと、君の事が好きだったんだ」
数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?
この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。
幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる