上 下
28 / 103

意中のオメガ

しおりを挟む
Side:刃斬

 この方は、こんな表情もできたのか。

 一番若く、愛嬌のある舎弟ができてから我らが弐条会は良い変化を迎えつつあると思う。事実、今回もあの子どもがいなければどうなっていたかはわからない。

『あー…面白ェ…、ってて。あんま笑うと開くな…』

 傷口が開きそうになったらしい。急いで医師に連絡をするも、ワン切りされた。すぐに折り返しかかってくると数分で向かうと手短に伝えられて切られる。

 あの医者…いや、宋平が小せぇ頃から診てたらしいから宋平の方にいるか。

『ボス。早く横になって下さい。数分後に辰見が来ます』

『ああ』

 この程度の傷で済んだのは奇跡でしかない。まさか今回の会合を襲撃した者の中にあんな化け物がいたと、誰が予想出来たか。

『捕らえた連中を尋問にかけていますが、その中に奴がいるかは不明です。恥ずかしながら自分も対峙した時に得た情報は皆無でして…』

『向き合えばわかる。…しかし、妙な話だ』

 そう。奇妙奇天烈な話。

 襲撃者の中に、仮に…バランサーと呼ばれる者がいたとして。バランサーに勝てる性別は存在しない。あるとすれば、同じくバランサーか…今回の宋平のようなバース性が元々狂っていた場合。

 バランサーに与えられた権限である調和とやらを破り、実力行使したとして。

 何故。

 あの子どもは生き残ったのか。

『怪我はしていたが、どれも致命傷にも届かねェようなモンだ。俺たちが受けてりゃかすり傷』

 静かにベッドに座るボスが自身の手を見つめる。先程までは恐らく宋平もいたであろうベッドは随分と荒らされた形跡があった。

 …全く、本当にこの方は。

『宋平は終わった後は助けを求めて彷徨っていた、と…。

 についての情報はあったか』

『いえ。ありませんが、会場にいたオメガをリスト化して該当しそうな者を犬飼が探ってます。あの場にいたのであれば必ず会合にもいたはずかと』

 タチが悪い。

 頭を抱えるこちらのことなど無視してボスはスマホを手に取り、犬飼から送られているであろうデータに目を通す。

『…本気でないのなら手を出さないで頂きたい。あれは純粋な子どもです。手中に置いておきたいから先ずは心から、なんて…あんまりですよ』

『さぁな。…感謝はしてる。宋平が推定バランサー野郎を上手く追い払って助けを呼びに行ってる間、俺の命を繋いだであろうオメガがいるのは確かだ』 

 真っ赤な顔をして慌てふためく顔。

 少し怒ったようにジト目で睨む顔。

 好いた人間に見せる恥じらいの顔を思い出して、殴られる覚悟を決めて主人に向き合った。

『そんな見ず知らずの…、本当にいたかもわからないオメガがなんだと言うんです。それとあの子どもに色目を使うのに何の関係が?』

 ボスを裏切るつもりはない、だが。

『…下手なことをすれば奴が噛み付きますよ。もうアレは宋平からの愛情を与えられて、受け入れた。

 子どもは親を害されたと知れば鬼になるんです』

 皮肉な話だ。

 宋平の家族構成を知ったのは出会ってすぐだ。奴には両親がいなかった。事故でもう何年も前に亡くした上、当時の宋平はまだ幼児だ。だが、アイツは実の兄から大切に育てられ愛情を与えられ真っ直ぐと育った。

 そして猿石はその逆。両親や親族も健在でありながら上位アルファという肩書きに執着され、歪んだものを押し付けられ捻くれて育った。愛なんて与えられるはずもなく、与えられたのは最凶の血と肉体と性別。

 精神的に成熟した子どもと、精神的に未熟な怪物が出会って奇妙な繋がりを得ている。

『テメェは手を出さねェ代わりに、猿が暴れるって? なんの脅しにもならねェなァ』

『二人同時に抜けるのは弐条会にとって大損失です』

 確かに、と薄ら笑いで対応するボスに俺は益々訳がわからなくなる。

 いつかは堅気に帰さなきゃならない。それにしても、こんなことをして一体…何の意味がある?

『相変わらず頭が固ェな、テメェは』

 片足に肘を乗せたボスはどこか遠くを見つめ、普段よりも穏やかな口調で喋り始める。

『…宋平は俺の恩人になったわけだ』

『そ、そうです! それなのに』

『はー…いつものキレはどうした、ったく。

 お前は俺の命がたかが数千万だとでも言いてェかよ。今回の一件で既に宋平は借金なんざチャラにできるような働きをした。

 俺たちは今すぐにでも、アイツを解放しなきゃなんねェんだよ』

 ヤクザの世界で何よりも大切なのは金だ。それよりも大切なものといえば、面子だろう。弐条会はそれと同等に義理も厳しいもんだ。

 命を救われたなんていう最大の恩義を受けたからには、返さねばならない。それが身内以外なら尚更。

『…です、が…護衛は宋平の仕事です』

『それを俺は一度は断ち切った。アイツが来たのは完全なる善意だ。

 まさか一ヶ月程度でこれ程の手柄を上げられるとは、参ったモンだ。優秀だぜ』

 あまりにも自然と馴染んでいるから、頭では理解していても時々忘れそうになる。宋平は兄の会社の借金を肩代わりして働いているに過ぎない。

 いつも笑顔で人懐っこい子ども。好きで自分たちと一緒にいるのではないと今一度、心に刻むべきだった。

『年内には解放してやるつもりだ。…最初こそ、その体質でどれだけ稼いでくれるか期待したもんだがな。

 仕方ねェだろ。情が湧いちまったんなら、後は手放すだけだ。深入りさせる前に切り離す』

 話は終わりだとばかりにボスはベッドに横になって目を閉じる。

 きっとこの方はもう、不用意にあの子どもに触れないつもりだ。この短い時間で宋平をボスなりに最大限可愛がり、触れ合った。その反応を存分に堪能したかったのだろう。

 宋平を手放した後にボスは近く、身を固める予定だ。

『…今回の件で何か言われたのですか』

『しつけェ。

 …いつ何時、何があるかわからねェからとっとと血を繋げとよ。大分肝を冷やしたらしいな。あのゴーグル野郎の素性も少なからず、知ってやがる。テメェも用心しとけ』

 今後こそ出て行けと、軽く手を払われる。きちんと背中を曲げて挨拶をしてから退室するとローテーブルに置かれたボスのスマホが通知を報せるように画面が点いた。

『二台目か、…は?』

 複数ある内の一台。何の変哲もないスマホ。

 異質だったのは、その画面だ。

『…宋平?』

 待ち受けにされていたのはボスの椅子で暢気に眠る宋平の写真だった。何故宋平なのかと疑問に思うが、それはすぐにわかる。

『、ふ…すげぇ間抜けな寝顔…』

 思わずこちらの力が抜けるような締まりのない顔で幸せそうに眠る姿。いつも何を考えているのかわからないあの方が、これを見る時だけはきっと自分と同じことを思っているはずだとハッキリわかる。

 まぁ。でボスの心労が軽くなるなら、安いもんだ。

『俺も良いの撮れたらお見せするかな』

 ヤクザのボスであれば嫁となるのは同じような出自のオメガが望ましい。だからボスは今回の件で自分を助けたと予想するオメガを探している。

 だが。

『…せめて配偶者くらいは、心から望む方を選べたら良かったんだがな…』

 通知を報せていたスマホの画面も暗くなる。目を逸らしてソファに座ると溜まっていた仕事を処理するためにパソコンを開いて片付けていた。

 それから数分後。部屋にやって来た医者は特に挨拶もなくボスの仮眠室へ入って行く。一応近くで待機していると恨み節のような言葉が聞こえた。

『とっととあの子を解放しろ。要求が通らなければこちらにも考えがある』

 言葉はアレだが、その間も黙々と治療を進めていく手腕は見事だった。

『おまけにマーキングだと? ヤクザが面白半分であの子に手を出して、どういうつもりだ。あの子はお前のオモチャじゃない』

 バース性専門でもあるこの医者に、バース性の狂った宋平が世話になっていたのも頷ける。だが、医者の方は随分と感情的でそれがコイツの怒りの高さを物語っているようだった。

『あの子との契約を打ち切らなければ、今ここで貴様を殺す』

 声が震えるわけでもなく淡々と喋る様子に驚愕しつつ、後ろから拳銃を抜いて無防備な背中に標準を合わせる。

『すぐに対象を撃ち殺そうなど低俗ていぞくだな。こちらの役職が医師だということを肝に銘じることだ』

『っ…既にボスに何か小細工をしやがったのか?!』

『貴様らに質問の権利はない。早く答えろ』

 どうする…?!

 ボスが辰見に何かを言おうと口を開いた時だ。静かな室内に不釣り合いなが鳴り響く。辰見が首から下げたスマホを手に取ると暫くそれを見つめた後に耳に当てる。

『…どうしましたか』

【ねぇ先生? 俺、ベッドに縛り付けられてるけどトイレってどうしたら良いわけ?! 漏らしますよ?】


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

きみをください

すずかけあおい
BL
定食屋の店員の啓真はある日、常連のイケメン会社員に「きみをください」と注文されます。 『優しく執着』で書いてみようと思って書いた話です。

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

処理中です...