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闇医者
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『いやぁ、まさか先生が弐条会のお抱え医師なんて世間は狭いですねぇ』
『…笑って誤魔化せるとでも? 君、自分が何者かわかってますよね、よぉーく。あれだけ我々が君に言い聞かせたのに何故ヤクザの中枢にいるんですか』
俺は今、ひっじょーに…困っている。
バランサーとの戦いになんとか勝利したものの、身体中の打撲や軽く骨にヒビが入ったようでアジトに戻るとすぐに治療された。目覚めた俺の前にいたのは大変よく知る人物。
俺のかかりつけ医である、辰見先生だ。
『これには理由が! 海よりも深い理由が!』
『…はぁ。君の弱点なんて精々お兄さんたちくらいだ。なんとなく見当は付きますよ』
辰見先生は今年で三十五歳のバース専門医。まだ若くして俺の担当になった辰見先生はそれからずっと何百年振りにこの国に産まれたバランサーの俺の健康状態をチェックしている。
黒髪に黒縁眼鏡のキリッとした目が特徴的なベータで、丁寧な口調だがかなり厳しい人だ。
そんな辰見先生も実質ヤクザ…。
『早くアルファになりなさい。そうすれば怪我も常人の数倍の早さで治ります。特に君の場合はね』
『はーい』
ベッドに横になる俺がアルファに切り替わるのを見届けると、すぐに手元の電子カルテを弄る。顔にも傷があったようで先生が手早く消毒をしてから絆創膏を貼ってくれた。
『全く…。こんなに傷だらけになるなんて。しかし、バランサー同士が衝突するなんて前代未聞。その上で決着がついてしまったのが更にマズイ』
『なんで?』
『…はぁ。バランサーにも上下があるなんて知れ渡れば、それぞれバランサーを抱える国同士に諍いが生まれる。今までバランサーは等しく平等にあった。そんな君たちにも万が一、上位がいたら…。
一先ず、報告はしません。あまりにも不確かな要素ですから』
へぇー。と他人事のように聞いていたら思いっきりバインダーで頭を叩かれた。
いっ、いったぁー?!?
『暴力ぅう! 先生ひどい! 俺! 見てほら、俺こんなに怪我人!!』
『はぁ? 少なくともこの国の最強が何を泣き言を言ってるんですか。早く治癒力高めないと家に帰れませんよ。そんな姿で帰るなら止めはしませんが』
がーん。
そうだった。こんな怪我をした姿で帰ったら兄ちゃんたちが倒れてしまう。せめて、せめて顔や見える範囲だけでも治さないと。
『宋平。あまり使い過ぎてはいけません、今日は力を乱用しているんですから。…しかし相変わらず見事な紫水晶ですね』
『先生ってばまた俺の目を変な風に言って。あれ? そういえば先生、ボスの治療はどうなったんですか?!』
ベッドから起き上がろうとした俺の喉元にバインダーが突き付けられる。そっと先生の顔色を窺えば、無表情な上に目に光はない。
…めっちゃ怒ってる。
『このバインダーに載ってるのが弐条のもの。君のはさっきの電子カルテの方に詳細に記されています。
あの男の怪我はいつものこと。知ってる通り、アルファの治癒力は尋常ではありません。まぁ…もう少し身体が冷えていれば危なかった。オメガになって温めてやったのは正しい判断でしょう』
鞄に自分の荷物を詰めた先生は俺の頭を撫でてから扉へと歩き出す。
『診察は終了していますし、薬も出しました。奴には常に側近がいますから容態が急変しない限りは応じません。全く不愉快だ。
君よりも奴を先に診察するなんてね。二度と御免被ります』
扉を閉める間際、先生が眼鏡のブリッジを押してから腕時計を指差す。何かと思って見ていれば少しだけ考えるように明後日の方を見つめてしまう。
『…今日は止めましょう。そういえば、部屋の外でずっと犬のように待っている者がいますよ。怪我に障ると断っているんですが、無駄のようです。
あまり騒がないように』
犬…?
よくわからないが頷いておく。その間に気になることがあって周囲を見渡せば間取りに見覚えがある。
寝てる間に運ばれたけど、この部屋の感じ…アジトにある猿石の部屋に似てる。空き部屋かな?
『ソーヘー…』
『えっ? あ、アニキ!!』
扉から背中を曲げて入って来たのは猿石だった。いつものサングラスを胸ポケットに仕舞い、どこか不安そうな瞳を向けた彼はすぐに身体を滑らせて部屋に入る。
『ソーヘー。怪我したのか…? まだ痛ぇの?』
『あー…まぁ、少しだけ。でも大丈夫ですよ! これくらいすぐ治りますからね』
床に座る猿石が心配そうに俺の身体を見つめる。安心させようとベッドから起き上がったらすぐに手を伸ばして支えようとしてくれた。
そういえば、アニキも暴れ回ってたみたいだけど全然怪我してないな。
『アニキも来てくれたんですよね。そういうアニキこそ、怪我はしてませんか?』
『…してねぇ。怪我しても痛み、鈍いから…あんまよくわかんねぇし。でも宋平はベータで弱っちいしすぐ怪我する』
ああ、なるほど。彼はアルファの中でもかなり特異なタイプ。一度暴れるとすぐにスイッチが入って痛覚なんかが鈍るんだ。
…ちょっと待って。弱っちい?!
『俺が側にいたら怪我しねーか? 刃斬の野郎がソーヘーの近くにいてサポートしろって言ってんだ。アイツの言うこと聞くのヤダけど、俺がいたらソーヘーは怪我しないのか?』
どうやら今回の件でかなり心配を掛けているらしい。つまり、用心棒ということだろうか。自由奔放過ぎて最初から頭数に入っていない猿石を起用するのはどうかと思うが、まぁ適当に言い流そう。
どうせこのフリーダム男は護衛なんて忘れてすぐにどっか行っちゃうだろうし。
『そう、ですねぇ…。アニキは強いから一緒にいてくれたら心強いです。でも俺は自由に歩き回るアニキを見てるのも楽しくて好きだから、嫌だったらしなくても良いんですよ。
多少の怪我でいなくなったりしないから、大丈夫です!』
なんたって中身はバランサーさんですから!
張り切ってそう言ったのにベッドに頬杖をつく男は特に何も言わずにジーッと俺を見つめる。あまりに真っ直ぐな視線に若干居心地が悪くなっていると、怪我をしていない方の頬に手が置かれた。
『なんで』
その手は大きく、瞳は真っ直ぐ無邪気。まるで疑問を親に問い掛ける子どものよう。
『ベータにオメガなんざ、すぐ壊れる。なんでそんな嘘つくんだよ』
責めるような問い掛けではない。本当に不思議そうにそう呟く彼のゴワゴワとした硬い髪を混ぜるように撫でた。
『でも、死ななかったでしょう? 俺たちはちゃんと此処に帰って来た。俺はこうしてまた貴方と話して過ごしてる』
まぁ実際死にかけたんだけども…。
『また一緒にご飯、食べましょうね』
キョトンとした間抜け面。ポケットから出したサングラスをかけてあげたのに、猿石はブルブルと顔を振ってそれを落としてしまう。割れてないかと心配してそれに手を伸ばすのに手を引っ張られて気がつくと目の前に猿石の顔がある。
え。近ぁ…。
『なんで? なんで俺と一緒に?』
『え。だって一緒に食べた時、楽しかったから。俺、あんなに自分の作ったおにぎりを美味しそうに食べてもらったの初めて。
もっと料理上手くなりたいから作ったの食べてくださいよ。食べてもらうなら、アニキが良いな』
食い入るように自分を見つめる黄金の瞳。そっと胸元にすり寄る男を拒まずに受け入れ、また髪を撫でていると消え入りそうな声が聞こえた。
『…変な奴。俺なんかと一緒にいたいなんて奴、初めて見た。親にだって抱きしめられたことねぇのにな。
してもらいてぇとも思わねぇけど。でも、お前のは…悪くねぇな』
『おっきな赤ちゃんですねぇ』
『…お前のガキにならなっても良かった』
声を出しかけて、止めた。何を言ったところで上手く表せる気がしない。だからせめて態度で示すべきだと大きな身体をベッドに入れてあげる。半分ずつ、でも少し多めにスペースを譲って布団をかけてから一定のリズムで身体を優しくポン、ポンとたたく。
強い人だ。これだけ強いアルファの性を誰にも頼らずに一人でなんとかしてきた。
これからは少しでも、頼ってもらえるだろうか。
『あれ? 寝ちゃった…』
スヤスヤと寝入ってしまった男は無意識なのか遠慮がちに俺の服を握る。無防備な寝顔を見ながらもそっと枕元に手を伸ばしてリモコンを操作して電気を消す。
『これも貴重な一歩。これからも貴方が新しい感情を得られるように』
人を知りたいと、理解したいと思ってくれたなら俺はとても嬉しいんだ。そしてその中に俺もいるならもっと嬉しい。
『仲良くしてくださいね。アニキ』
.
『…笑って誤魔化せるとでも? 君、自分が何者かわかってますよね、よぉーく。あれだけ我々が君に言い聞かせたのに何故ヤクザの中枢にいるんですか』
俺は今、ひっじょーに…困っている。
バランサーとの戦いになんとか勝利したものの、身体中の打撲や軽く骨にヒビが入ったようでアジトに戻るとすぐに治療された。目覚めた俺の前にいたのは大変よく知る人物。
俺のかかりつけ医である、辰見先生だ。
『これには理由が! 海よりも深い理由が!』
『…はぁ。君の弱点なんて精々お兄さんたちくらいだ。なんとなく見当は付きますよ』
辰見先生は今年で三十五歳のバース専門医。まだ若くして俺の担当になった辰見先生はそれからずっと何百年振りにこの国に産まれたバランサーの俺の健康状態をチェックしている。
黒髪に黒縁眼鏡のキリッとした目が特徴的なベータで、丁寧な口調だがかなり厳しい人だ。
そんな辰見先生も実質ヤクザ…。
『早くアルファになりなさい。そうすれば怪我も常人の数倍の早さで治ります。特に君の場合はね』
『はーい』
ベッドに横になる俺がアルファに切り替わるのを見届けると、すぐに手元の電子カルテを弄る。顔にも傷があったようで先生が手早く消毒をしてから絆創膏を貼ってくれた。
『全く…。こんなに傷だらけになるなんて。しかし、バランサー同士が衝突するなんて前代未聞。その上で決着がついてしまったのが更にマズイ』
『なんで?』
『…はぁ。バランサーにも上下があるなんて知れ渡れば、それぞれバランサーを抱える国同士に諍いが生まれる。今までバランサーは等しく平等にあった。そんな君たちにも万が一、上位がいたら…。
一先ず、報告はしません。あまりにも不確かな要素ですから』
へぇー。と他人事のように聞いていたら思いっきりバインダーで頭を叩かれた。
いっ、いったぁー?!?
『暴力ぅう! 先生ひどい! 俺! 見てほら、俺こんなに怪我人!!』
『はぁ? 少なくともこの国の最強が何を泣き言を言ってるんですか。早く治癒力高めないと家に帰れませんよ。そんな姿で帰るなら止めはしませんが』
がーん。
そうだった。こんな怪我をした姿で帰ったら兄ちゃんたちが倒れてしまう。せめて、せめて顔や見える範囲だけでも治さないと。
『宋平。あまり使い過ぎてはいけません、今日は力を乱用しているんですから。…しかし相変わらず見事な紫水晶ですね』
『先生ってばまた俺の目を変な風に言って。あれ? そういえば先生、ボスの治療はどうなったんですか?!』
ベッドから起き上がろうとした俺の喉元にバインダーが突き付けられる。そっと先生の顔色を窺えば、無表情な上に目に光はない。
…めっちゃ怒ってる。
『このバインダーに載ってるのが弐条のもの。君のはさっきの電子カルテの方に詳細に記されています。
あの男の怪我はいつものこと。知ってる通り、アルファの治癒力は尋常ではありません。まぁ…もう少し身体が冷えていれば危なかった。オメガになって温めてやったのは正しい判断でしょう』
鞄に自分の荷物を詰めた先生は俺の頭を撫でてから扉へと歩き出す。
『診察は終了していますし、薬も出しました。奴には常に側近がいますから容態が急変しない限りは応じません。全く不愉快だ。
君よりも奴を先に診察するなんてね。二度と御免被ります』
扉を閉める間際、先生が眼鏡のブリッジを押してから腕時計を指差す。何かと思って見ていれば少しだけ考えるように明後日の方を見つめてしまう。
『…今日は止めましょう。そういえば、部屋の外でずっと犬のように待っている者がいますよ。怪我に障ると断っているんですが、無駄のようです。
あまり騒がないように』
犬…?
よくわからないが頷いておく。その間に気になることがあって周囲を見渡せば間取りに見覚えがある。
寝てる間に運ばれたけど、この部屋の感じ…アジトにある猿石の部屋に似てる。空き部屋かな?
『ソーヘー…』
『えっ? あ、アニキ!!』
扉から背中を曲げて入って来たのは猿石だった。いつものサングラスを胸ポケットに仕舞い、どこか不安そうな瞳を向けた彼はすぐに身体を滑らせて部屋に入る。
『ソーヘー。怪我したのか…? まだ痛ぇの?』
『あー…まぁ、少しだけ。でも大丈夫ですよ! これくらいすぐ治りますからね』
床に座る猿石が心配そうに俺の身体を見つめる。安心させようとベッドから起き上がったらすぐに手を伸ばして支えようとしてくれた。
そういえば、アニキも暴れ回ってたみたいだけど全然怪我してないな。
『アニキも来てくれたんですよね。そういうアニキこそ、怪我はしてませんか?』
『…してねぇ。怪我しても痛み、鈍いから…あんまよくわかんねぇし。でも宋平はベータで弱っちいしすぐ怪我する』
ああ、なるほど。彼はアルファの中でもかなり特異なタイプ。一度暴れるとすぐにスイッチが入って痛覚なんかが鈍るんだ。
…ちょっと待って。弱っちい?!
『俺が側にいたら怪我しねーか? 刃斬の野郎がソーヘーの近くにいてサポートしろって言ってんだ。アイツの言うこと聞くのヤダけど、俺がいたらソーヘーは怪我しないのか?』
どうやら今回の件でかなり心配を掛けているらしい。つまり、用心棒ということだろうか。自由奔放過ぎて最初から頭数に入っていない猿石を起用するのはどうかと思うが、まぁ適当に言い流そう。
どうせこのフリーダム男は護衛なんて忘れてすぐにどっか行っちゃうだろうし。
『そう、ですねぇ…。アニキは強いから一緒にいてくれたら心強いです。でも俺は自由に歩き回るアニキを見てるのも楽しくて好きだから、嫌だったらしなくても良いんですよ。
多少の怪我でいなくなったりしないから、大丈夫です!』
なんたって中身はバランサーさんですから!
張り切ってそう言ったのにベッドに頬杖をつく男は特に何も言わずにジーッと俺を見つめる。あまりに真っ直ぐな視線に若干居心地が悪くなっていると、怪我をしていない方の頬に手が置かれた。
『なんで』
その手は大きく、瞳は真っ直ぐ無邪気。まるで疑問を親に問い掛ける子どものよう。
『ベータにオメガなんざ、すぐ壊れる。なんでそんな嘘つくんだよ』
責めるような問い掛けではない。本当に不思議そうにそう呟く彼のゴワゴワとした硬い髪を混ぜるように撫でた。
『でも、死ななかったでしょう? 俺たちはちゃんと此処に帰って来た。俺はこうしてまた貴方と話して過ごしてる』
まぁ実際死にかけたんだけども…。
『また一緒にご飯、食べましょうね』
キョトンとした間抜け面。ポケットから出したサングラスをかけてあげたのに、猿石はブルブルと顔を振ってそれを落としてしまう。割れてないかと心配してそれに手を伸ばすのに手を引っ張られて気がつくと目の前に猿石の顔がある。
え。近ぁ…。
『なんで? なんで俺と一緒に?』
『え。だって一緒に食べた時、楽しかったから。俺、あんなに自分の作ったおにぎりを美味しそうに食べてもらったの初めて。
もっと料理上手くなりたいから作ったの食べてくださいよ。食べてもらうなら、アニキが良いな』
食い入るように自分を見つめる黄金の瞳。そっと胸元にすり寄る男を拒まずに受け入れ、また髪を撫でていると消え入りそうな声が聞こえた。
『…変な奴。俺なんかと一緒にいたいなんて奴、初めて見た。親にだって抱きしめられたことねぇのにな。
してもらいてぇとも思わねぇけど。でも、お前のは…悪くねぇな』
『おっきな赤ちゃんですねぇ』
『…お前のガキにならなっても良かった』
声を出しかけて、止めた。何を言ったところで上手く表せる気がしない。だからせめて態度で示すべきだと大きな身体をベッドに入れてあげる。半分ずつ、でも少し多めにスペースを譲って布団をかけてから一定のリズムで身体を優しくポン、ポンとたたく。
強い人だ。これだけ強いアルファの性を誰にも頼らずに一人でなんとかしてきた。
これからは少しでも、頼ってもらえるだろうか。
『あれ? 寝ちゃった…』
スヤスヤと寝入ってしまった男は無意識なのか遠慮がちに俺の服を握る。無防備な寝顔を見ながらもそっと枕元に手を伸ばしてリモコンを操作して電気を消す。
『これも貴重な一歩。これからも貴方が新しい感情を得られるように』
人を知りたいと、理解したいと思ってくれたなら俺はとても嬉しいんだ。そしてその中に俺もいるならもっと嬉しい。
『仲良くしてくださいね。アニキ』
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