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勝利と運命
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ボスの放った弾丸は、男の右腕を掠ったが致命傷とまでは至らないはず。それなのに正午の鐘の音から明らかに様子が変わる。
しかも、性別がアルファになったまま。
…なんかの罠か?
『こんなガキにっ! クソ!』
激昂した男が蹴りを放つ姿勢になったので慌ててボスを護るように壁になる。一度、二度と蹴られてボスから離すように勢いを付けて蹴られるも必死に耐えてしがみ付く。あまりの痛みに声を上げそうになるのを歯を食いしばって耐える。
しかし、俺と一緒になって蹴られるボスの小さな呻き声を耳にして無駄だとわかってもバランサーのフェロモンを放つ。
するとどうだ。男は振り上げた足を止めて、カタカタと震えながらその場に停止する。
『…ぇ、?』
バランサーの権能が効き、アルファになって、意味のわからない言動とその理由。
まさか、とは思った。だってこのタイミングでそうなるなんて。一体どれだけの確率か。
恐らく奴は、既にバランサーではなくなっている。バランサーの力はいつかは神に返却しなくてはならないが、それは人によって違うし…自分から早々に選んでバランサーでなくなることもある。
コイツは今、バランサーとしての役目を強制的に剥奪された状態なんだ。
ならば!!
『ぐぅ、ぅ…!』
その闘争心ごと薙ぎ払う!
一気にバランサーの力を開放して、男にぶつける。攻撃しようにも出来ない。立っていることすら、許さない。そうしている内に辛抱出来なくなったようにゴーグルを投げ捨てて頭を抱える。
その目は、先程のオッドアイが消え去り何色かはよく見えないが輝きは失われていた。
『消えろ』
ボスを抱き寄せながら、岸に座ってアルファの男を睨む。
『もうお前は裁く側じゃない』
痛む身体の悲鳴を無視して必死に体裁を保つ。全ては、勝利の為に。
『…無事に祖国の大地を踏めるよう祈ってやるよ。俺たちのボスに手を出した、ただのアルファとその集団がそれを出来るならな』
『っとんだ番狂せだ』
そんな捨て台詞を残して男は去って行った。どうやら弐条会のことはそれなりに脅威だと思っているらしい。逃げる足も中々の速度じゃないか。
後ろ姿も気配も消えたことを確認し、ようやく涙が溢れて止まらなくなる。
『~っ、こわ、かったぁ…! ぅ、ひっぐ、ぅう~!!』
しかし泣いてもいられない。涙を拭うことも忘れて頭だけは冷静でいようと現状を振り返る。ボスの身体はすっかり冷え切ってしまい、出血もしている。刃斬への手当てで手持ちは殆ど何もない。なんとか止血だけでもしようとシャツを破き応急処置をしたが清潔なものでもないし早く誰かに知らせなければならない、が。
…スマホ、水没しちゃったよなぁ。
いざという時は処分しなきゃいけないから、特に怒られはしないだろうが連絡手段がない。まさか狼煙なんか上げられないし、一番良いのは俺が呼びに行くことなんだが。
『いでででで!!』
蹴られたせいで完全に足を痛めてしまった。
『…誰かが探しに来てくれるの、待つしかないか。取り敢えずもっと暖かそうな場所行って…ああ、オメガになって熱上げるか』
頭の中にいつものコントローラーを呼び出し、ボタンを押した。
なんとか這いながらボスを運び、草むらに身を隠してから冷え切った身体を温める為、ボスを抱きしめながら何度も身体を摩る。
オメガは体温高いから…、少しは湯たんぽになれてるかな…。
『ボス…、はやく元気になって』
月夜の綺麗な晩に自分よりウンと歳上の人を抱きしめながら河原で寝転がるなんて、誰が想像しただろう。散々な目に遭ったし痛かったのは勿論、凄く怖かったけど。
『…やっぱボス、良い匂いする。風呂好きだからお高いシャンプーかな…』
少し怒ったような端正な寝顔。それがなんだか面白くて自分の掌に熱を集めて優しく触れた。
『こんなことばっかりしてるの? そりゃ俺みたいなガキでも取り敢えず手元に置いとくよね、命が幾つあっても足らないよ』
でも、安心してよボス。
『…俺も神様から見限られるまでは、この力で貴方を護るよ。約束したもんな』
そうやって暫く二人で耐えていれば周囲が段々と騒がしくなってくる。もしかしたら敵の応援が来たのかもしれないとバランサーに切り替え、徐々に増える灯りと声に耳を澄ます。
『ボス…!! 宋平!!』
『ちょ、刃斬サン危ないですって! アンタも一応重傷なんですからね?!』
『スマホの電波が途切れたのはこの辺りです』
ああ、良かった…みんなも無事だ。ちゃんと合流できたみたい。
やけに重い身体をなんとか動かして草むらを出る。ボスは動かさない方が良いだろうと判断して自分だけなんとか片足でヨチヨチと歩く。
…あー、なんか口ン中パサついて声出ねぇ。
『に、き』
蚊の鳴くような声だったのに、その人は確かに立ち止まって俺の方を見た。
はは。スゲー聴力。
『ぁ、にき…』
『宋平!!』
こちらに向かって来る刃斬。駆け寄る姿に、もう動けるのかと苦笑する。俺はもう一歩だって歩けない。
『っ…宋平、おまえ…』
近付いてライトを当てられると眩しくて思わず目を瞑る。にへら、と笑って見せたが刃斬は言葉を飲み込んでからすぐに俺を抱きしめた。
あーっ!! 痛いんですけどぉ?!
『すまねぇ…!! 傷だらけじゃねぇか、クソっ!!どこのどいつだウチのモンこんなに痛ぶりやがって、ぶっ殺してやる!』
え。怖…。
ガチのヤクザ発言にドン引きしていると後からやって来た犬飼や他のアニキたちも集まり、俺の姿を見て次々と顔を顰める。
なによ。小僧の貧相な身体だからって文句言うなよなー?
『あにき、ボスを…。着いた時にはもう酷い怪我、してて…なんとか追い返したけど、俺…治療、できてない…スマホ、川落としちゃってそれで、ボスが』
『わかった。全部任せろ、…お前は本当によくやってくれた。場所だけ指差せるな?』
『…うん』
フラフラし始めた俺を刃斬がおぶってくれる。伸ばした右手でボスがいる方を教えれば、すぐに発見されて刃斬が手を伸ばす。
『刃斬サン。二人も背負えないでしょ。宋平くんはワタシが運びますから、ほら貸して』
『だが…』
『車もすぐそこに待機させてるから、二人をおぶらなきゃならない。ボスはアンタの方が安定するし宋平くんならワタシでも余裕ですよ』
平時なら二人でも余裕だったかもしれないが、流石に今は無理だと悟ったようで俺は犬飼に渡された。そのまま抱っこされた俺だが、予想より軽々と俺を持ち上げる犬飼に拍子抜けしている。
犬飼さん、結構力持ちだ…。
『よし。これで行方不明者二名は無事に確保。逃げた糞野郎は処理部隊が絶賛地獄の果てまで追いかけてるし、表で暴れてるバカ回収して!』
『犬飼さん! バカが聞く耳持ちません!』
『…はぁ。宋平くんが凍えてるとでも叫んで。すぐ来るでしょ』
犬飼さんの服が濡れるのが申し訳なくて謝罪していたら、余計に引っ付かれて唖然とする。何処からか飛んで来たアニキたちが大量にタオルを渡してくれるが何故か犬飼さんごと包まれた。
『ごめんね。サポートするって言ったのに、全然助けに行けなくて。一人で戦って凄いよ。君に心からのお礼を言わせて。
本当にありがとう。君も、ボスも無事に帰って来た。君のお陰だ』
労いの言葉を貰ってやっと終わったのだと身に染みて力が抜けてしまう。だらん、と脱力する身体を犬飼が慌てて掴み、引っ張ったことで背中から倒れることは阻止された。
『宋平くん?! ヤバい、気絶してる!!』
『宋平?! わーっ、宋平が死ぬー!!』
いや流石に死にませんて。
否定したいがもう口も動かない。非常に眠たくて眠たくて、仕方ない。目を閉じる間際に見たのは呆然と敵らしき戦闘員たちの首根っこや片足を持って立ち尽くす猿石の姿。
あ。アニキも来てた…。
なんとか手でも振りたかったが、睡魔には抗えず気絶するように寝た。
そんな中、俺が死んだと思い込んだ猿石の怒号が響き渡り…襲撃者たちの大半がこの暴れ者によって戦闘不能に追い込まれた。
そうしてこの城での襲撃事件は、取り敢えず…終わることになるが。あらゆる謎は解明されないままだが弐条会によって鎮圧されたことになる。
そして
世界からは一人のバランサーが消えたことも、大なり小なり伝わることになったらしい。
.
しかも、性別がアルファになったまま。
…なんかの罠か?
『こんなガキにっ! クソ!』
激昂した男が蹴りを放つ姿勢になったので慌ててボスを護るように壁になる。一度、二度と蹴られてボスから離すように勢いを付けて蹴られるも必死に耐えてしがみ付く。あまりの痛みに声を上げそうになるのを歯を食いしばって耐える。
しかし、俺と一緒になって蹴られるボスの小さな呻き声を耳にして無駄だとわかってもバランサーのフェロモンを放つ。
するとどうだ。男は振り上げた足を止めて、カタカタと震えながらその場に停止する。
『…ぇ、?』
バランサーの権能が効き、アルファになって、意味のわからない言動とその理由。
まさか、とは思った。だってこのタイミングでそうなるなんて。一体どれだけの確率か。
恐らく奴は、既にバランサーではなくなっている。バランサーの力はいつかは神に返却しなくてはならないが、それは人によって違うし…自分から早々に選んでバランサーでなくなることもある。
コイツは今、バランサーとしての役目を強制的に剥奪された状態なんだ。
ならば!!
『ぐぅ、ぅ…!』
その闘争心ごと薙ぎ払う!
一気にバランサーの力を開放して、男にぶつける。攻撃しようにも出来ない。立っていることすら、許さない。そうしている内に辛抱出来なくなったようにゴーグルを投げ捨てて頭を抱える。
その目は、先程のオッドアイが消え去り何色かはよく見えないが輝きは失われていた。
『消えろ』
ボスを抱き寄せながら、岸に座ってアルファの男を睨む。
『もうお前は裁く側じゃない』
痛む身体の悲鳴を無視して必死に体裁を保つ。全ては、勝利の為に。
『…無事に祖国の大地を踏めるよう祈ってやるよ。俺たちのボスに手を出した、ただのアルファとその集団がそれを出来るならな』
『っとんだ番狂せだ』
そんな捨て台詞を残して男は去って行った。どうやら弐条会のことはそれなりに脅威だと思っているらしい。逃げる足も中々の速度じゃないか。
後ろ姿も気配も消えたことを確認し、ようやく涙が溢れて止まらなくなる。
『~っ、こわ、かったぁ…! ぅ、ひっぐ、ぅう~!!』
しかし泣いてもいられない。涙を拭うことも忘れて頭だけは冷静でいようと現状を振り返る。ボスの身体はすっかり冷え切ってしまい、出血もしている。刃斬への手当てで手持ちは殆ど何もない。なんとか止血だけでもしようとシャツを破き応急処置をしたが清潔なものでもないし早く誰かに知らせなければならない、が。
…スマホ、水没しちゃったよなぁ。
いざという時は処分しなきゃいけないから、特に怒られはしないだろうが連絡手段がない。まさか狼煙なんか上げられないし、一番良いのは俺が呼びに行くことなんだが。
『いでででで!!』
蹴られたせいで完全に足を痛めてしまった。
『…誰かが探しに来てくれるの、待つしかないか。取り敢えずもっと暖かそうな場所行って…ああ、オメガになって熱上げるか』
頭の中にいつものコントローラーを呼び出し、ボタンを押した。
なんとか這いながらボスを運び、草むらに身を隠してから冷え切った身体を温める為、ボスを抱きしめながら何度も身体を摩る。
オメガは体温高いから…、少しは湯たんぽになれてるかな…。
『ボス…、はやく元気になって』
月夜の綺麗な晩に自分よりウンと歳上の人を抱きしめながら河原で寝転がるなんて、誰が想像しただろう。散々な目に遭ったし痛かったのは勿論、凄く怖かったけど。
『…やっぱボス、良い匂いする。風呂好きだからお高いシャンプーかな…』
少し怒ったような端正な寝顔。それがなんだか面白くて自分の掌に熱を集めて優しく触れた。
『こんなことばっかりしてるの? そりゃ俺みたいなガキでも取り敢えず手元に置いとくよね、命が幾つあっても足らないよ』
でも、安心してよボス。
『…俺も神様から見限られるまでは、この力で貴方を護るよ。約束したもんな』
そうやって暫く二人で耐えていれば周囲が段々と騒がしくなってくる。もしかしたら敵の応援が来たのかもしれないとバランサーに切り替え、徐々に増える灯りと声に耳を澄ます。
『ボス…!! 宋平!!』
『ちょ、刃斬サン危ないですって! アンタも一応重傷なんですからね?!』
『スマホの電波が途切れたのはこの辺りです』
ああ、良かった…みんなも無事だ。ちゃんと合流できたみたい。
やけに重い身体をなんとか動かして草むらを出る。ボスは動かさない方が良いだろうと判断して自分だけなんとか片足でヨチヨチと歩く。
…あー、なんか口ン中パサついて声出ねぇ。
『に、き』
蚊の鳴くような声だったのに、その人は確かに立ち止まって俺の方を見た。
はは。スゲー聴力。
『ぁ、にき…』
『宋平!!』
こちらに向かって来る刃斬。駆け寄る姿に、もう動けるのかと苦笑する。俺はもう一歩だって歩けない。
『っ…宋平、おまえ…』
近付いてライトを当てられると眩しくて思わず目を瞑る。にへら、と笑って見せたが刃斬は言葉を飲み込んでからすぐに俺を抱きしめた。
あーっ!! 痛いんですけどぉ?!
『すまねぇ…!! 傷だらけじゃねぇか、クソっ!!どこのどいつだウチのモンこんなに痛ぶりやがって、ぶっ殺してやる!』
え。怖…。
ガチのヤクザ発言にドン引きしていると後からやって来た犬飼や他のアニキたちも集まり、俺の姿を見て次々と顔を顰める。
なによ。小僧の貧相な身体だからって文句言うなよなー?
『あにき、ボスを…。着いた時にはもう酷い怪我、してて…なんとか追い返したけど、俺…治療、できてない…スマホ、川落としちゃってそれで、ボスが』
『わかった。全部任せろ、…お前は本当によくやってくれた。場所だけ指差せるな?』
『…うん』
フラフラし始めた俺を刃斬がおぶってくれる。伸ばした右手でボスがいる方を教えれば、すぐに発見されて刃斬が手を伸ばす。
『刃斬サン。二人も背負えないでしょ。宋平くんはワタシが運びますから、ほら貸して』
『だが…』
『車もすぐそこに待機させてるから、二人をおぶらなきゃならない。ボスはアンタの方が安定するし宋平くんならワタシでも余裕ですよ』
平時なら二人でも余裕だったかもしれないが、流石に今は無理だと悟ったようで俺は犬飼に渡された。そのまま抱っこされた俺だが、予想より軽々と俺を持ち上げる犬飼に拍子抜けしている。
犬飼さん、結構力持ちだ…。
『よし。これで行方不明者二名は無事に確保。逃げた糞野郎は処理部隊が絶賛地獄の果てまで追いかけてるし、表で暴れてるバカ回収して!』
『犬飼さん! バカが聞く耳持ちません!』
『…はぁ。宋平くんが凍えてるとでも叫んで。すぐ来るでしょ』
犬飼さんの服が濡れるのが申し訳なくて謝罪していたら、余計に引っ付かれて唖然とする。何処からか飛んで来たアニキたちが大量にタオルを渡してくれるが何故か犬飼さんごと包まれた。
『ごめんね。サポートするって言ったのに、全然助けに行けなくて。一人で戦って凄いよ。君に心からのお礼を言わせて。
本当にありがとう。君も、ボスも無事に帰って来た。君のお陰だ』
労いの言葉を貰ってやっと終わったのだと身に染みて力が抜けてしまう。だらん、と脱力する身体を犬飼が慌てて掴み、引っ張ったことで背中から倒れることは阻止された。
『宋平くん?! ヤバい、気絶してる!!』
『宋平?! わーっ、宋平が死ぬー!!』
いや流石に死にませんて。
否定したいがもう口も動かない。非常に眠たくて眠たくて、仕方ない。目を閉じる間際に見たのは呆然と敵らしき戦闘員たちの首根っこや片足を持って立ち尽くす猿石の姿。
あ。アニキも来てた…。
なんとか手でも振りたかったが、睡魔には抗えず気絶するように寝た。
そんな中、俺が死んだと思い込んだ猿石の怒号が響き渡り…襲撃者たちの大半がこの暴れ者によって戦闘不能に追い込まれた。
そうしてこの城での襲撃事件は、取り敢えず…終わることになるが。あらゆる謎は解明されないままだが弐条会によって鎮圧されたことになる。
そして
世界からは一人のバランサーが消えたことも、大なり小なり伝わることになったらしい。
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