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会合と両翼
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『はぁい。では出発しまーす』
運転席に犬飼。助手席には刃斬。その後ろである後部座席にボスが乗り、隣には俺。車が発車するとアジトの地下駐車場では沢山の人間が頭を下げて見送り、俺は後ろを向きながら手を振ると同様に皆が手を振り返してくれた。
むふ。
『少し遠いからな、ゆっくりしてろ。…涎垂らして寝るなよ』
『うーん…。ちょっと自信ないですな』
『ぅおい…!』
そもそも車の中で出来る暇潰しなんてそんなにない。犬飼は見た目は楽しそうに運転してるし、刃斬は資料とスマホを両手に睨めっこ。
…酔わないのかな。俺ならあんなの見てたら絶対に酔っちゃう。
だから最後に残ったボスをチラリと盗み見る。今日のボスは和装だ。黒の長着に落ち着いた赤色の羽織を肩に掛けていた。帯は金色で耳には目と同じ黒が混じった赤い石が加工されたピアスが控えめに飾られていて、とてもカッコいい。
しかも隣に座っててもわかるくらい、めちゃくちゃ良い匂いする…!
『早速おねだりか?』
目を閉じて腕を組んでいたはずのボスが、パチリと片目だけを開く。
『この俺を暇潰しの相手にしようなんざ、良い度胸じゃねェか。…ウチのお転婆は大人しく座ってられねェらしい』
『だって寝たら刃斬の兄貴が五月蝿いんです。ボス、一緒にお喋りしましょうよー』
ねぇねぇ、と駄々を捏ねていたら優しいボスは大袈裟に肩を上下させてから少しだけ体の向きを俺の方へと向けてくれる。お誘いが受けられたと歓喜した俺は遠慮なくズイ、と体を寄せた。
『…好きに話せ。聞いてやる』
『やった! じゃあ、この間起きた猿石の兄貴と刃斬の兄貴の怪獣映画並の大喧嘩の話を…』
『ぶっ!?』
『あっはっはっは!! 初っ端からソレ暴露しちゃう? 宋平くんサイコー』
意外にも他の二人までガッツリ聞いていて驚いたが、それよりもボスが右肘を背もたれに伸ばして少し上体を寄せながら、ひっくい声で
『…詳しく』
と眉間に皺を寄せながら言うもんだから犬飼は更に爆笑、刃斬は確実に仕事をする手が止まる。
『だから皆でロビーに逃げたんですよ。黒いソファに隙間なく座ってね、大人しく待ってたのが面白くて』
『…だからエレベーターの扉は歪んでやがるし、ロビーの盆栽が折れてたわけか』
『え? 歪…? でも、本当に面白かったんです。ちゃんと兄貴たちは俺を連れてってくれたし、…あんな風に争ってもなんだかんだ仲間ではいられるって凄いんだって思います』
俺は誰かと争うなんて、したことない。
相手の正義も、自分の正義も、ぶつけ合うなんて発想すらない。だって俺はズルをしてしまう。そんなのは対等じゃないとわかってる。
そうして線引きをしてきてしまった。
『…俺には出来ない』
あの日、俺は。そんな風に相容れなくても周りに許容されて理解されるのだという事実を知った。
『はっ。俺だって俺に歯向かう奴をお仲間になんざ受け入れねェがなァ』
『え?』
『仲直りだの、犬猿だの、下らねェ。俺を否定する奴を俺は殺す。俺を受け入れる奴を俺は傘下に入れる。それ以上もそれ以下もねェよ。あるとすりゃ、いつかそうするから今は泳がせる、それくらいだ。
まァ、任せとけ』
ポン。と頭にボスの手が乗ると少し体重が掛けられたので首を下げる。そうしたら何故か頭上に何かが押し付けられたような気がして不思議に思うも、ボスからの言葉に耳を傾けるので精一杯だった。
『お前が争えねェってんなら、任せときな。俺が存分に相手を嬲ってから従順な善いオトモダチにしてやる』
ひぇ。
『そもそも、お前が不快に思うようなら俺が先に消してる。だからお前にそんな相手は出来ねェよ』
怖い怖い怖い!!
実は猿石よりボスの方がよっぽどヤバいんじゃないのか?! そう言えばこの人、ヤクザのトップだったんだ! 当たり前か!!
『安心したか?』
『ひゃい』
『後テメェには話がある』
ボスが前方の助手席をゲシゲシと蹴る。刃斬の苦々しい了承の声に良心が痛むが、正直あんな怪獣バトルに巻き込まれたくないから反省してほしい。
『まぁ、その内バレてたよ。うん、間違いなく』
そう呆気なく言った犬飼はウィンカーを出して曲がると、そこにはまるで西洋のお城みたいな建造物が森の奥に見えた。
一体なんのテーマパークかと思えば、そこが会場らしく入り口に向かって一列に車が列を成している。
『終わり次第連絡入れる。お前は宋平のサポートを頼むぞ』
『承知しました。宋平くん、頑張ってね』
今更ながら緊張してきた俺は犬飼の言葉に固くなりながら頷くしか出来なかった。マスクをして軽く前髪に触る頃には車はもう会場の正面に到着する。
暗くなった土地にポツンと佇む巨城。その周囲には闇に溶けるように黒いスーツやドレスを着た人間が多くいる。車が停まると真っ先に刃斬が降りてボスにドアを開けていた。
ボスが車から降りると一人がその存在に気付き、一瞬で雑音が消えてしまう。そんな周囲の反応にビビっていた俺の目の前に手が、差し出される。
『…ボス』
振り返るボスの目は優しく、急かすような言葉は一つも言わずにただ手だけを伸ばす。そんなボスの左手を握ればグッと引っ張られて車から出る。離れてしまった手の代わりにすぐ横にある気配が、安心する。
ボスの右側には刃斬。左後ろには俺。恐らく顔を知られた刃斬と違って俺は初めてボスの側を固めるから注目を浴びるとは聞いていたが想像以上だ。
すっげー見られてる…。でも、弐条を背負ってるんだから堂々としなきゃ。
『お前は声出すなよ。基本頷くだけで良いし、異変がありゃボスに伝えろ。変な奴に絡まれても無視しろ』
刃斬の言葉に頷くと城の中へと入っていく。あまり下手なことは出来ないと思っていたが、一歩中に入って早々に自分がマスクをしていることに心底安心してしまった。
これがなければ今頃、口をパッカリ空けた間抜け面を晒していたから。
『…きれ、ぁ…』
思わず溢れた言葉をなかったことにするように、背を伸ばしてボスを追う。意識しなければ見失ってしまいそうなほどに俺は城の装飾に現を抜かしていた。
本当に綺麗だ。まるで、何処からかシンデレラでも現れそうなくらいに非現実的。キラキラ光るシャンデリアに照らされる、廊下に飾られた真紅の薔薇。少しオレンジの入った光が照らす赤い絨毯。
大広間と呼ばれる会場は、舞踏会が出来そうな素晴らしい空間だったが悲しいかな、そこにいるのはドレスやタキシードを着た人間ではなく黒一色のスーツや紋付袴を着た…所謂、裏側の人間だ。
…これじゃ舞踏会じゃなくて闇オークションでも始まりそうだよ。
『これはこれは! 弐条さん、お世話になってます。相変わらず和装がお似合いで』
『…扇寿か。そっちこそ相変わらず目敏い野郎だ』
突然ボスに話しかけて来たのは随分とガタイの良い…スキンヘッドの男。四十代くらいだろうか、彫りが深くて一目見たらインパクトが強くて絶対に忘れなそう。隣にいる刃斬が軽く頭を下げたので、自分も同じようにしようと見様見真似で頭を下げる。
『当然でしょう! 貴方が来ると会場の雰囲気が桁違いに変わりますからな! がははっ!』
『お前の見た目には負けるよ』
『これは手厳しい…、おや? 遂に弐条さんにも両翼が揃いましたか! こりゃあ随分と若いボディーガードですな』
め、目を付けられてしまった。
扇寿という男が俺に目を向けると同調するように周りからの視線も増えたような気がする。努めて無表情を貫きつつ、スッ…とボスの背に隠れた俺に刃斬の鉄拳が飛んでくる。
…ちょっと痛かった。
『ウチの秘蔵っ子だ。この通りシャイなんでな、それ以上の詮索はよしてもらおうか』
『はぁ…、貴方ともあろう方がお優しいもんで。いやいや虎の尾を踏む気はありませんよ! そんじゃ、今後も一つ宜しくお願いします。…行くぞ、お前ら』
護衛らしき二人の黒服を呼ぶと扇寿は人混みの中へと消えて行った。ホッとしてからボスの後ろから抜け出す間もなく、また新たに人が次々と挨拶に来るもんだから暫くはボスの背中に引っ付いていた。
流石にもう話しかけられたりしないよな…?
そう思っていたが何度も何度も俺について聞かれるもんだから俺は完全にボスの背中に張り付いて顔も出さないようにしていた。
俺は護衛に来てるだけなのに…、なんでだ?
.
運転席に犬飼。助手席には刃斬。その後ろである後部座席にボスが乗り、隣には俺。車が発車するとアジトの地下駐車場では沢山の人間が頭を下げて見送り、俺は後ろを向きながら手を振ると同様に皆が手を振り返してくれた。
むふ。
『少し遠いからな、ゆっくりしてろ。…涎垂らして寝るなよ』
『うーん…。ちょっと自信ないですな』
『ぅおい…!』
そもそも車の中で出来る暇潰しなんてそんなにない。犬飼は見た目は楽しそうに運転してるし、刃斬は資料とスマホを両手に睨めっこ。
…酔わないのかな。俺ならあんなの見てたら絶対に酔っちゃう。
だから最後に残ったボスをチラリと盗み見る。今日のボスは和装だ。黒の長着に落ち着いた赤色の羽織を肩に掛けていた。帯は金色で耳には目と同じ黒が混じった赤い石が加工されたピアスが控えめに飾られていて、とてもカッコいい。
しかも隣に座っててもわかるくらい、めちゃくちゃ良い匂いする…!
『早速おねだりか?』
目を閉じて腕を組んでいたはずのボスが、パチリと片目だけを開く。
『この俺を暇潰しの相手にしようなんざ、良い度胸じゃねェか。…ウチのお転婆は大人しく座ってられねェらしい』
『だって寝たら刃斬の兄貴が五月蝿いんです。ボス、一緒にお喋りしましょうよー』
ねぇねぇ、と駄々を捏ねていたら優しいボスは大袈裟に肩を上下させてから少しだけ体の向きを俺の方へと向けてくれる。お誘いが受けられたと歓喜した俺は遠慮なくズイ、と体を寄せた。
『…好きに話せ。聞いてやる』
『やった! じゃあ、この間起きた猿石の兄貴と刃斬の兄貴の怪獣映画並の大喧嘩の話を…』
『ぶっ!?』
『あっはっはっは!! 初っ端からソレ暴露しちゃう? 宋平くんサイコー』
意外にも他の二人までガッツリ聞いていて驚いたが、それよりもボスが右肘を背もたれに伸ばして少し上体を寄せながら、ひっくい声で
『…詳しく』
と眉間に皺を寄せながら言うもんだから犬飼は更に爆笑、刃斬は確実に仕事をする手が止まる。
『だから皆でロビーに逃げたんですよ。黒いソファに隙間なく座ってね、大人しく待ってたのが面白くて』
『…だからエレベーターの扉は歪んでやがるし、ロビーの盆栽が折れてたわけか』
『え? 歪…? でも、本当に面白かったんです。ちゃんと兄貴たちは俺を連れてってくれたし、…あんな風に争ってもなんだかんだ仲間ではいられるって凄いんだって思います』
俺は誰かと争うなんて、したことない。
相手の正義も、自分の正義も、ぶつけ合うなんて発想すらない。だって俺はズルをしてしまう。そんなのは対等じゃないとわかってる。
そうして線引きをしてきてしまった。
『…俺には出来ない』
あの日、俺は。そんな風に相容れなくても周りに許容されて理解されるのだという事実を知った。
『はっ。俺だって俺に歯向かう奴をお仲間になんざ受け入れねェがなァ』
『え?』
『仲直りだの、犬猿だの、下らねェ。俺を否定する奴を俺は殺す。俺を受け入れる奴を俺は傘下に入れる。それ以上もそれ以下もねェよ。あるとすりゃ、いつかそうするから今は泳がせる、それくらいだ。
まァ、任せとけ』
ポン。と頭にボスの手が乗ると少し体重が掛けられたので首を下げる。そうしたら何故か頭上に何かが押し付けられたような気がして不思議に思うも、ボスからの言葉に耳を傾けるので精一杯だった。
『お前が争えねェってんなら、任せときな。俺が存分に相手を嬲ってから従順な善いオトモダチにしてやる』
ひぇ。
『そもそも、お前が不快に思うようなら俺が先に消してる。だからお前にそんな相手は出来ねェよ』
怖い怖い怖い!!
実は猿石よりボスの方がよっぽどヤバいんじゃないのか?! そう言えばこの人、ヤクザのトップだったんだ! 当たり前か!!
『安心したか?』
『ひゃい』
『後テメェには話がある』
ボスが前方の助手席をゲシゲシと蹴る。刃斬の苦々しい了承の声に良心が痛むが、正直あんな怪獣バトルに巻き込まれたくないから反省してほしい。
『まぁ、その内バレてたよ。うん、間違いなく』
そう呆気なく言った犬飼はウィンカーを出して曲がると、そこにはまるで西洋のお城みたいな建造物が森の奥に見えた。
一体なんのテーマパークかと思えば、そこが会場らしく入り口に向かって一列に車が列を成している。
『終わり次第連絡入れる。お前は宋平のサポートを頼むぞ』
『承知しました。宋平くん、頑張ってね』
今更ながら緊張してきた俺は犬飼の言葉に固くなりながら頷くしか出来なかった。マスクをして軽く前髪に触る頃には車はもう会場の正面に到着する。
暗くなった土地にポツンと佇む巨城。その周囲には闇に溶けるように黒いスーツやドレスを着た人間が多くいる。車が停まると真っ先に刃斬が降りてボスにドアを開けていた。
ボスが車から降りると一人がその存在に気付き、一瞬で雑音が消えてしまう。そんな周囲の反応にビビっていた俺の目の前に手が、差し出される。
『…ボス』
振り返るボスの目は優しく、急かすような言葉は一つも言わずにただ手だけを伸ばす。そんなボスの左手を握ればグッと引っ張られて車から出る。離れてしまった手の代わりにすぐ横にある気配が、安心する。
ボスの右側には刃斬。左後ろには俺。恐らく顔を知られた刃斬と違って俺は初めてボスの側を固めるから注目を浴びるとは聞いていたが想像以上だ。
すっげー見られてる…。でも、弐条を背負ってるんだから堂々としなきゃ。
『お前は声出すなよ。基本頷くだけで良いし、異変がありゃボスに伝えろ。変な奴に絡まれても無視しろ』
刃斬の言葉に頷くと城の中へと入っていく。あまり下手なことは出来ないと思っていたが、一歩中に入って早々に自分がマスクをしていることに心底安心してしまった。
これがなければ今頃、口をパッカリ空けた間抜け面を晒していたから。
『…きれ、ぁ…』
思わず溢れた言葉をなかったことにするように、背を伸ばしてボスを追う。意識しなければ見失ってしまいそうなほどに俺は城の装飾に現を抜かしていた。
本当に綺麗だ。まるで、何処からかシンデレラでも現れそうなくらいに非現実的。キラキラ光るシャンデリアに照らされる、廊下に飾られた真紅の薔薇。少しオレンジの入った光が照らす赤い絨毯。
大広間と呼ばれる会場は、舞踏会が出来そうな素晴らしい空間だったが悲しいかな、そこにいるのはドレスやタキシードを着た人間ではなく黒一色のスーツや紋付袴を着た…所謂、裏側の人間だ。
…これじゃ舞踏会じゃなくて闇オークションでも始まりそうだよ。
『これはこれは! 弐条さん、お世話になってます。相変わらず和装がお似合いで』
『…扇寿か。そっちこそ相変わらず目敏い野郎だ』
突然ボスに話しかけて来たのは随分とガタイの良い…スキンヘッドの男。四十代くらいだろうか、彫りが深くて一目見たらインパクトが強くて絶対に忘れなそう。隣にいる刃斬が軽く頭を下げたので、自分も同じようにしようと見様見真似で頭を下げる。
『当然でしょう! 貴方が来ると会場の雰囲気が桁違いに変わりますからな! がははっ!』
『お前の見た目には負けるよ』
『これは手厳しい…、おや? 遂に弐条さんにも両翼が揃いましたか! こりゃあ随分と若いボディーガードですな』
め、目を付けられてしまった。
扇寿という男が俺に目を向けると同調するように周りからの視線も増えたような気がする。努めて無表情を貫きつつ、スッ…とボスの背に隠れた俺に刃斬の鉄拳が飛んでくる。
…ちょっと痛かった。
『ウチの秘蔵っ子だ。この通りシャイなんでな、それ以上の詮索はよしてもらおうか』
『はぁ…、貴方ともあろう方がお優しいもんで。いやいや虎の尾を踏む気はありませんよ! そんじゃ、今後も一つ宜しくお願いします。…行くぞ、お前ら』
護衛らしき二人の黒服を呼ぶと扇寿は人混みの中へと消えて行った。ホッとしてからボスの後ろから抜け出す間もなく、また新たに人が次々と挨拶に来るもんだから暫くはボスの背中に引っ付いていた。
流石にもう話しかけられたりしないよな…?
そう思っていたが何度も何度も俺について聞かれるもんだから俺は完全にボスの背中に張り付いて顔も出さないようにしていた。
俺は護衛に来てるだけなのに…、なんでだ?
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