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世界の裏側に片足浸る

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『泊まり?』

『そう。…ダメかな? 友だちの家に…やってるゲームが一緒で泊まりがけで難関イベクリア目指そうって話が出てさ。行きたいんだけど』

 金曜日の夜から始まる会合。

 兄貴たちの話によると、何年かに一度開かれるそれはあらゆる裏社会の連中が集まる会合で今までに何度も事件を起こしてきたとんでもない催し。

 しかし、年に数回の顔合わせに姿を見せないなど言語道断。どんな思惑が入り乱れようが出なくてはならない。今回の俺のミッションは、ボスをあらゆる危険から守ること。

 主にバーストラップだ。

『宋平がお友だちの家にお泊まりだって?! も、勿論良いに決まってる! 初めてだなぁ…いやお前もそういう友だちが見つかったか』

『金曜から出て、帰りは土曜…?』

『あ、それが向こうで土曜日は出掛けようって…帰るのは多分日曜日かな』

 嬉しそうに顔を綻ばせている創一郎兄ちゃんに、うんうんと頷きながら白米を口に運ぶ蒼士兄さん。最後に隣に座る蒼二が頭を撫でてくる。

『いーじゃん! 宋ちゃんがお泊まり行きたいって言えるくらい仲良い友だちできるなんて初めてだし』

『そうだな。良い経験だろう』

 夕飯の中でお泊まりについて聞けば皆が賛成してくれる。兄ちゃんなんて涙ぐみながら喜んでお菓子は何を持たせようか、とか聞いてくるから自分で買うよと断りを入れた。

 …うう。仕方ないとはいえ、嘘をつく上にこんなに喜ばれるとキツい…。

『宋ちゃんの好きなゲーム? 良かったねぇ、気の合う友だちができて』

『う、うん。行ってくるね…』

 …猿石にその後で泊めてもらおうかな。そうしたら多少は…嘘じゃなくなるかな。

『楽しんで来いよ、宋平』

『向こうのご家族の皆さんに迷惑掛けないように遊ぶんだぞ?』

 家族からの許可を得て、簡単な荷造りをする。刃斬の兄貴は遅くなったら宿泊場所を用意すると言っていたけど具体的な時間もよくわからない。

 命の危険もあるから、何か準備した方が良いか。

『とは言っても俺の一番の武器はバランサーってことだし。なんか小さいポーチに救急セットくらいは入れて忍ばせておくかぁ』

 死ぬ気などサラサラない。怖くても、この家に帰って来るために…嘘を兄たちに明かすことなくやり遂げるのだ。

『…それに』

 ベッドに寝転ぶと布団の下に隠していた羽織を引っ張り出して鼻に当てる。まだ元の持ち主の匂いがすることに安心して抱きしめた。

 ボスが傷付くのは、嫌だ。

『何かあるって決まったわけじゃないし。頑張ろ』

 それから何事もなく時は過ぎて金曜日。登校する俺に兄ちゃんが近付いてくるとスッと紙袋に入った菓子折りを手渡してきた。

『これ、お友達のご家族に。お前は自分のお金は自分たちのお菓子代に使いなさい。…小遣いも要るか?』

『平気だって。いざとなったら今日給料日だし…、今月振り込まれたお金とかお小遣いも残ってるから。

 出掛けたらお土産買って来るよ。行ってきます、兄ちゃん』

 紙袋を持って出ようとしたら再び兄ちゃんに呼び止められて玄関の扉を開く手を止める。パジャマであるスエット姿のままなのは、今日が休みだから。もう少し寝ていたら良いのに、心配で降りてきたんだろう。

『…宋平、ぇっと…そう、寂しくなったら電話するんだぞ!』

 割と真剣な顔をしてそう言った兄ちゃんに俺は思わず噴き出した。

『兄ちゃん。俺はもう高校生なんだから寂しくて電話なんかしないよ。いつまでも子供扱いすんなよな』

 手を振りながら未だ心配そうな顔をする兄ちゃんに笑顔を向けた。自分はいくらでも無理をするくせに、弟のことはすぐに心配するお人好し。

 ホント、困っちゃうぜ。

『いってきまーす』

 いつも通りの学校。そこに、親友と呼べるような人はいない。だけど何人か仲の良いクラスメートはいて…でも遊びに行くような仲ではない。

 確かに存在して、人当たりも良い普通のクラスメート…それが全クラスメートから見た俺の評価。俺は昔からこの暗示のようなものを皆に掛けている。最初から俺という存在を意識していなければ、こんなことも出来るし他にも…色々と。

 それもまた、バランサーとしての能力であり施すべき措置。バランサーという存在に深入りするのは人の為にならない。バレた時のリスクだって相手の方が重くのし掛かる。

『…もしかして』

 授業中にふと声を漏らしたところで、誰も俺を気に掛けたりしない。

『あそこは案外、居心地が良いのか』

 例えば大量の人が行き交う交差点で大声を出したところで誰も気付きはしないだろう。

 しかし、あのアルファやベータ…上位アルファのいる魔窟は俺を一人にしてくれない。いつだって誰だって俺を気にかけ、目を向ける。あざむくのは凄く難しい。

 大声なんか出したら…きっと、皆が慌てて駆け寄って来るんだ。

 そんなことを考えていたら妙に泣きそうな気分になって自分が変になってしまったんだと机に突っ伏した。あまりにも簡単に想像出来てしまった例えに、自分は重症だとゆっくりと身を起こしてから肩を落とす。

 決戦の日は曇り空…、学校が終わると心なしかいつもより騒がしい周囲の様子にホッとしながらバイトに向かう。今日はバイトというより、戦場に行く気持ちだけど。

『お疲れ様です! よろしくお願いします、…って、今日も覚さんは別件ですか?』

『おー。おかえり、宋平くん。あー…覚はな、ちょっとお休み中。今日来れたら良かったんだけどいないもんはしゃーないよねぇ。

 ほれ、早く車入んな』

 学校から少し離れた路地に停まっていた黒塗りの高級車。運転していたのは雑用から諜報までお任せあれ、という頼もしき兄貴…犬飼さんだ。まだ二十代半ばだが立派なヤクザである。ある程度ちゃんとスーツを着こなし、上等な靴も履き…だけど顔は、何というか普通にイケメンなんだけど周囲に溶け込めるタイプの顔で…普通そうな人なのにこの人、結構えげつない。

『はぁい、発車するよー。これから重要任務のある良い子はシートベルトしてねー』

『もうしてるし発車して結構経ったよ、アニキ』

『たは。真面目なツッコミが新鮮~。やっぱ子どもはこうよな』

 これである。垂れ目で優しげな茶髪のお兄さん、って感じだがあの目はたまにゾクってする。爽やかに笑ってるはずなのに、目が一ミリも笑っていなかったりするから怖い人だ。

『今日の会合って本当に俺と刃斬の兄貴しかボスに付かないんですか?』

『そーよー。ああいう会合って付き添いは二人までって暗黙の了解みたいのがあるから。大所帯で行くような奴は小心者ってナメられるし、一人で行ったら部下からの信頼のない小物って笑われるし…面倒臭いんだ。

 宋平くんなら大丈夫でしょ。なんかあったらボスのことシクヨロ』

 …軽い、あまりにも軽い。

 頭を抱える俺の姿をバックミラーで確認した犬飼はそれはそれは楽しげに笑った。

『まーなんかあっても全部刃斬サンがなんとかしてくれるでしょ。宋平くんはバーストラップだけ警戒してな。それ以外は普通のパーティーみたいなモンだし何もなきゃ美味いモン食える良イベだから。…運が良ければ、だけどね』

 こっちでサポートもするよ、と言ってから思い出したように何かを取り出してこちらを見ずに放り投げられたので両手でしっかりとキャッチする。

『これで色々喋るから外さないでね。刃斬サンは周囲への挨拶とか牽制で忙しいだろうし、細かい指示は今回はワタシの役割だよ』

『天の声だ~』

 つまりインカムってやつだ。本物のSPみたいでワクワクしながら耳に付けるとまだ早い、と犬飼がバックミラー越しに笑っていた。

 アジトに到着後、すぐに身支度を整えてスーツに袖を通す。全身真っ黒な高級スーツ。動いても窮屈じゃないし肌触りも最高。軽く液体を弾く素材で、見た目はわからないが内ポケットなんかも充実してる。

『宋平。こっち来な』

『刃斬の兄貴…! 見てください、兄貴! どうですか? 似合ってるでしょう!』

 ふふん、と胸を張っていると刃斬に黒のネクタイを外されてしまう。一体どうしたのかと思って胸元を見ていたら黒地に紫色のラインが入ったネクタイを締められていた。

『ん。良いんじゃねぇの? 全身真っ黒ってのも味気ねぇからな。やる』

『俺に…?』

 初めて誰かから贈られたネクタイ。なんだか照れ臭くて両手でネクタイの先っぽを持ち上げて顔を隠す。

『んええっ…兄貴ってば、すーぐそうやってモテる男のさりげない感じをさぁ…』

『俺からの贈り物が貰えねぇってか? 随分と偉くなったもんだなぁこの、小僧っ子が』

 テレテレと顔を隠していた俺の頬を両側からグリグリと捏ね回す。暖かな掌でグリグリされ、笑いながら抵抗するも虚しく失敗に終わる。背の高い刃斬にそんなことをされているせいで首が痛くなってきて降参した。

 改めてネクタイをキチッと締められると満足そうな顔をした刃斬が指先で優しくネクタイを叩く。

『俺とボスから離れるなよ。…何かあったらお前は必ずボスと一緒にいろ。何があってもあの人から手を離すなよ』

『…はい!』


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