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その言葉は何十回目。
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薄暗い倉庫の中を歩く。やけに足音が響くので不安だったけど誰も俺のところには来ない。初めて来た場所だから何処に行けば良いかなんてわからないけど、なんとなく…嫌な気配の場所を探って歩く。
埃っぽいのに、マスクのおかげで平気だ。
『こんな不衛生な場所で…薬?』
頭の中にあるコントローラーは握ったままだが、バランサーのままでいる。いざとなったらすぐに切り替えられるように。
しかしどうしよう。こんなヤバい場所で俺ってば何したら? 何するか全然教えてもらってないけど。
『アルファに変わった方が良いかな…、いやそれとも…』
カン。と階段を降りてみるとそこには大勢の人間がいた。照明はぶら下がって裸電球。だけどたまに消えたり、点いたりと不気味な場所。
そんな中…倒れたり、膝をついたり、なんとか立っているような全員。
その全員が、まるで化け物を見るような目で俺を見ていた。
『なん、で…』
俺はその現場を見ても何が起きているのかよく、わからなかったけど…多分、これが正解なんだろうと思った。
『なんでっ、なんで!!』
再び歩き出した俺に浴びせられたのは、悲痛さが混じったような叫び声にも似た問いかけ。
『どうしてオメガでもない奴が! 僕のヒートに欲発されないんだっ…!!』
『…?』
ヒート?
そう、いえば…。あんまり受けたことなかったけどこれが他人からの、オメガからの攻撃か。
奥から走って来た小柄な少年。少し色素の薄い茶髪をした目が大きな可愛らしいその少年は、十代後半くらいだろうか。服装は黒いワンピースのようなものを着て痩せていたし、近付くと頬が少し痩けていた。
『~っ、は、ぁ…ほらっ!! 僕を襲えよ、早く!! みっともなく這いつくばって獣みたいにっ…オメガの僕を、襲えよ!!』
何を、言っているんだろう。
肩紐をずらした彼に周囲の敵まで身を乗り上げる。重苦しい空気は纏うのが煩わしい、そんなもの。
訳がわからなくて首を傾げれば…、彼は目を見開いてから後ろに退がる。
『抑制剤…? そんな、だって僕は…上位オメガなのにっ…上位アルファにだって負けないくらい…
ていうか、おまえ…アルファでも、ない…?』
そうか。
上位オメガ…、なるほど。彼を無効化させるのが俺の仕事だ。アルファが大半を占める組織でオメガのヒートは猛毒。それを封じる抑制剤を飲んでも、相手が上位オメガなら話は別。
そして上位アルファがそれを受けるのは身体的にダメージを受けている…今のような場合だろう。
『バース性が、通じない…?! な、にそれ…
ばけ、もの…っ信じないよ、そんなの!! お前みたいな化け物に僕は! 僕は!!』
『宋平っ!!』
ポケットから取り出されたナイフの刀身が、鈍く光る。両手で柄を握りしめた少年がそれを突き出すも俺の目がいったのはナイフではなくガリガリの手首とそれに巻かれた包帯。
タン、と一歩その場から下がれば少年は体勢を崩してしまう。少し離れた場所にナイフが転がり彼がすぐに拾いに行こうとしたところで、後ろからスマホを床に滑らせてナイフに当てると遠くへ行ってしまった。
『ぇ、あ…嘘…や、だ…やだやだやだっ、や』
『いい加減にしろ。糞野郎』
少年の背後から現れた刃斬が細い身体に蹴りを入れる。吹き飛んだ彼は壁にぶつかり、そのまま二度と立ち上がることなくピクリと少しだけ動いて…
『…ば、ぇ…もの…』
そう忌々しげに一言だけ呟いた。
それからは一気にカタがついた。オメガの少年は無理矢理ヒートを発動させたようで本人が気を失うと同時に仮初のヒートは収まる。そして一気に弐条会が攻め込んで事態は収束されていく。
自分の役目は終わったのだと早々に理解し、外に出てから静かに夜空を見上げる。
『…息、苦し』
少しだけマスクを押し上げて空気を吸うのに、なんだか不味く感じてすぐに付け直した。月明かりすら眩しくて暗闇を求めて膝を折る。
『宋平…! 良かった、此処だったか。お前スマホ飛ばすから連絡が…
宋平…?』
違う。
…俺は、化け物じゃない。これは時間制限付きの力。俺だっていつか。いつかは、なれる。
みんなと一緒に、なれるんだ。
『立てるか?』
月から逃れるように背を向けてしゃがんでいた俺に存外優しく問いかけてくれた言葉には、暫く反応が出来なかった。
『…あのオメガの子は、どうするんですか…』
『ああ。ありゃダメだ。ヤク中で頭もやられてる。例え医者に診せてもあれじゃどうにもなんねぇよ。その内死ぬだろ。こういう組織に囲われるオメガの最後なんてあんなもんだ』
そうか。そっ、かぁ…。
思い出すのは手首に巻かれた包帯に細すぎる手足。そしてあの言動に錯乱状態。
あれは薬物による副作用だったんだ。
『帰りたくなったか。これがお前が選んじまった、どうしようもなく汚ねぇ世界の裏側だ』
『…全て承知の上で来ました。俺の利用価値は全てボスが決めること。やれと言われたことをやる。それが制約です』
『殊勝なこった。それで良い』
その対価を貰った以上、やらねばならない。彼は約束は守ると言った。俺だってそうだ。
だけど。そう割り切れるのは頭だけで心はまだ少し難しい。
『…兄貴』
『なんだ? お前この後はもうアジト戻って帰り支度だぞ』
『おんぶ…、腰抜けた…』
『…はぁ?』
ぴえーん、と泣き真似をしながら兄貴に助けを求めれば何故と問われる。
簡単だ。今更ながら緊張が解けたから。
『あんなに殺伐とした現場に突然放り込むなんて酷いです! もっと作戦会議したかった! 報連相どころか、放憐宋じゃないですか! びっくりしたぁ、腰抜けましたー!』
悲しみが怒りに変わると不思議とよく口が回る。だけど知らぬ間に涙が溢れ出してきて怒りながら泣くという結果になる。泣きながら悪態をつく子どもに刃斬は大きな身体を曲げて俺を抱き上げた。
黒シャツに黒のベスト。拳銃のホルダーが当たって痛いと文句を吐けば、我慢しろと言われる。いつもより黒い服装はどれだけの汚れを吸わせたのか。
刃斬に片手で抱かれ、もう片方の手で器用にも煙草を吸う。
『泣いても立ち上がれるくらいなら、いくらでも泣け。それを許してやれる立場にいるんだ。どうしたってお前はガキで、バース性が狂った現状に変わりゃしねぇ。自分の落とし所くらい決められる男だろ?』
『狂ってないです。突然だと意識しないとわかんないだけです』
『それが狂ってるってんだよ、バァカ』
所詮それを利用されているに過ぎない。彼らが優しいのは俺が使える人間だから。いつか、今度は俺があのオメガの少年のようになるかもしれない。
それもわかってる。そこに本心があるかは考えないと決めた。
『…兄貴』
『あー? ンだよ、これ以上の我儘は内容次第だ』
『俺は抱っこじゃなくて、おんぶをお願いしたんですが?』
どうして貴方の片腕に抱かれてるんでしょうか、と膨れっ面で問えばスパスパと煙草を吸う男は暫く黙った後に夜空に向かって煙を放つ。
『お前背負ったりしたら絶対ぇ背中で寝るだろ。
おい。誰か、濡れた布持って来い。綺麗なやつだ。早くしろ』
片付けをする兄貴たちにそう叫ぶと何人かが慌てて各所に駆けて行き、すぐに真っ白なタオルに水を含ませたものが運ばれる。それを受け取った刃斬の兄貴はベシャリと俺の顔にのせて軽く押す。
『つべたッ!!』
『おら、自分で持ってな。ったく本当に手の掛かる野郎だ。…俺ぁ、まだ此処でやることがある。先に帰って良い子でねんねするこった。
車回せ、宋平をアジトに寄らせてからそのまま家の近くまで送ってやんな』
倉庫街の外れに車が到着し、後部座席に下ろされるとそのままシートベルトまで締められた。膝の上に手を置いて刃斬の兄貴を見上げれば丁度いつもの運転手のお兄さんに指示を出していた。
『ちゃんと休めよ。…安心しろ。今日のお前はよくやった。次も頼むぜ』
もう涙は出ていないのにまるで確認するように頬に手を当ててから親指でぐい、と目尻を撫でられる。あうあう、と意味のわからない単語を吐いたら面白かったのか少し吹き出した兄貴がそのまま身を引いてからドアを閉める。
黒塗りの車は一気に走り出すと暗く不気味な倉庫街はすぐに遠くなってしまった。
『アジトに到着後は着替え等済ませてからお送りしますが、シャワーも浴びたければ待ちますよ。どうしますか、宋平』
『うーん…、シャワーは浴びないですぐ帰ります。でもちょっとだけ服…汚しちゃったかも』
刃斬が乗る車に必ずと言って良い程いる運転手はいつも優しそうで貼り付けたような笑顔をした男だ。桃色のメッシュの入った髪に白いリボンが一緒に編み込まれた三つ編みをしている。
二十代後半くらいの男は、覚と名乗った。
『クリーニングに出すから平気ですよ。…怪我はありませんね?』
『そっか、良かった…。怪我もないです。流石にナイフ向けられた時はビックリしたけど…』
上手くスマホで躱せたから良かった。
…ん?! スマホぉ!!
『うわ、大変だ…スマホ置いて来た!!』
どうしよう、どうしよう…と後部座席で一人頭を抱えていると赤信号で停車中、覚が自身のスマホを少し弄ってからクスクスと笑う。
『宋平。スマホは車内にあるようですよ。恐らく、刃斬さん辺りがポケットに忍ばせているかと』
発信機、この車を指してますと続けた。
『…え? え!! わ、本当だ! えっこわ…いつの間に入れたんだあの人…』
ポケットには確かに俺が投げ飛ばしたはずのスマホがちゃんと仕舞われていた。知らない間に忍ばされていたようで、取り敢えず動作確認をしようとしたら、そこには未読のメッセージが表示されている。
[車で寝るなよ]
『…寝ないし。俺が寝ちゃうのは覚さんが運転上手いせいだし…』
『あれ? なんか褒められてます?』
それでも。
あんなことがあってもこんなに心が穏やかなのは、きっとみんながいるからだ。
.
埃っぽいのに、マスクのおかげで平気だ。
『こんな不衛生な場所で…薬?』
頭の中にあるコントローラーは握ったままだが、バランサーのままでいる。いざとなったらすぐに切り替えられるように。
しかしどうしよう。こんなヤバい場所で俺ってば何したら? 何するか全然教えてもらってないけど。
『アルファに変わった方が良いかな…、いやそれとも…』
カン。と階段を降りてみるとそこには大勢の人間がいた。照明はぶら下がって裸電球。だけどたまに消えたり、点いたりと不気味な場所。
そんな中…倒れたり、膝をついたり、なんとか立っているような全員。
その全員が、まるで化け物を見るような目で俺を見ていた。
『なん、で…』
俺はその現場を見ても何が起きているのかよく、わからなかったけど…多分、これが正解なんだろうと思った。
『なんでっ、なんで!!』
再び歩き出した俺に浴びせられたのは、悲痛さが混じったような叫び声にも似た問いかけ。
『どうしてオメガでもない奴が! 僕のヒートに欲発されないんだっ…!!』
『…?』
ヒート?
そう、いえば…。あんまり受けたことなかったけどこれが他人からの、オメガからの攻撃か。
奥から走って来た小柄な少年。少し色素の薄い茶髪をした目が大きな可愛らしいその少年は、十代後半くらいだろうか。服装は黒いワンピースのようなものを着て痩せていたし、近付くと頬が少し痩けていた。
『~っ、は、ぁ…ほらっ!! 僕を襲えよ、早く!! みっともなく這いつくばって獣みたいにっ…オメガの僕を、襲えよ!!』
何を、言っているんだろう。
肩紐をずらした彼に周囲の敵まで身を乗り上げる。重苦しい空気は纏うのが煩わしい、そんなもの。
訳がわからなくて首を傾げれば…、彼は目を見開いてから後ろに退がる。
『抑制剤…? そんな、だって僕は…上位オメガなのにっ…上位アルファにだって負けないくらい…
ていうか、おまえ…アルファでも、ない…?』
そうか。
上位オメガ…、なるほど。彼を無効化させるのが俺の仕事だ。アルファが大半を占める組織でオメガのヒートは猛毒。それを封じる抑制剤を飲んでも、相手が上位オメガなら話は別。
そして上位アルファがそれを受けるのは身体的にダメージを受けている…今のような場合だろう。
『バース性が、通じない…?! な、にそれ…
ばけ、もの…っ信じないよ、そんなの!! お前みたいな化け物に僕は! 僕は!!』
『宋平っ!!』
ポケットから取り出されたナイフの刀身が、鈍く光る。両手で柄を握りしめた少年がそれを突き出すも俺の目がいったのはナイフではなくガリガリの手首とそれに巻かれた包帯。
タン、と一歩その場から下がれば少年は体勢を崩してしまう。少し離れた場所にナイフが転がり彼がすぐに拾いに行こうとしたところで、後ろからスマホを床に滑らせてナイフに当てると遠くへ行ってしまった。
『ぇ、あ…嘘…や、だ…やだやだやだっ、や』
『いい加減にしろ。糞野郎』
少年の背後から現れた刃斬が細い身体に蹴りを入れる。吹き飛んだ彼は壁にぶつかり、そのまま二度と立ち上がることなくピクリと少しだけ動いて…
『…ば、ぇ…もの…』
そう忌々しげに一言だけ呟いた。
それからは一気にカタがついた。オメガの少年は無理矢理ヒートを発動させたようで本人が気を失うと同時に仮初のヒートは収まる。そして一気に弐条会が攻め込んで事態は収束されていく。
自分の役目は終わったのだと早々に理解し、外に出てから静かに夜空を見上げる。
『…息、苦し』
少しだけマスクを押し上げて空気を吸うのに、なんだか不味く感じてすぐに付け直した。月明かりすら眩しくて暗闇を求めて膝を折る。
『宋平…! 良かった、此処だったか。お前スマホ飛ばすから連絡が…
宋平…?』
違う。
…俺は、化け物じゃない。これは時間制限付きの力。俺だっていつか。いつかは、なれる。
みんなと一緒に、なれるんだ。
『立てるか?』
月から逃れるように背を向けてしゃがんでいた俺に存外優しく問いかけてくれた言葉には、暫く反応が出来なかった。
『…あのオメガの子は、どうするんですか…』
『ああ。ありゃダメだ。ヤク中で頭もやられてる。例え医者に診せてもあれじゃどうにもなんねぇよ。その内死ぬだろ。こういう組織に囲われるオメガの最後なんてあんなもんだ』
そうか。そっ、かぁ…。
思い出すのは手首に巻かれた包帯に細すぎる手足。そしてあの言動に錯乱状態。
あれは薬物による副作用だったんだ。
『帰りたくなったか。これがお前が選んじまった、どうしようもなく汚ねぇ世界の裏側だ』
『…全て承知の上で来ました。俺の利用価値は全てボスが決めること。やれと言われたことをやる。それが制約です』
『殊勝なこった。それで良い』
その対価を貰った以上、やらねばならない。彼は約束は守ると言った。俺だってそうだ。
だけど。そう割り切れるのは頭だけで心はまだ少し難しい。
『…兄貴』
『なんだ? お前この後はもうアジト戻って帰り支度だぞ』
『おんぶ…、腰抜けた…』
『…はぁ?』
ぴえーん、と泣き真似をしながら兄貴に助けを求めれば何故と問われる。
簡単だ。今更ながら緊張が解けたから。
『あんなに殺伐とした現場に突然放り込むなんて酷いです! もっと作戦会議したかった! 報連相どころか、放憐宋じゃないですか! びっくりしたぁ、腰抜けましたー!』
悲しみが怒りに変わると不思議とよく口が回る。だけど知らぬ間に涙が溢れ出してきて怒りながら泣くという結果になる。泣きながら悪態をつく子どもに刃斬は大きな身体を曲げて俺を抱き上げた。
黒シャツに黒のベスト。拳銃のホルダーが当たって痛いと文句を吐けば、我慢しろと言われる。いつもより黒い服装はどれだけの汚れを吸わせたのか。
刃斬に片手で抱かれ、もう片方の手で器用にも煙草を吸う。
『泣いても立ち上がれるくらいなら、いくらでも泣け。それを許してやれる立場にいるんだ。どうしたってお前はガキで、バース性が狂った現状に変わりゃしねぇ。自分の落とし所くらい決められる男だろ?』
『狂ってないです。突然だと意識しないとわかんないだけです』
『それが狂ってるってんだよ、バァカ』
所詮それを利用されているに過ぎない。彼らが優しいのは俺が使える人間だから。いつか、今度は俺があのオメガの少年のようになるかもしれない。
それもわかってる。そこに本心があるかは考えないと決めた。
『…兄貴』
『あー? ンだよ、これ以上の我儘は内容次第だ』
『俺は抱っこじゃなくて、おんぶをお願いしたんですが?』
どうして貴方の片腕に抱かれてるんでしょうか、と膨れっ面で問えばスパスパと煙草を吸う男は暫く黙った後に夜空に向かって煙を放つ。
『お前背負ったりしたら絶対ぇ背中で寝るだろ。
おい。誰か、濡れた布持って来い。綺麗なやつだ。早くしろ』
片付けをする兄貴たちにそう叫ぶと何人かが慌てて各所に駆けて行き、すぐに真っ白なタオルに水を含ませたものが運ばれる。それを受け取った刃斬の兄貴はベシャリと俺の顔にのせて軽く押す。
『つべたッ!!』
『おら、自分で持ってな。ったく本当に手の掛かる野郎だ。…俺ぁ、まだ此処でやることがある。先に帰って良い子でねんねするこった。
車回せ、宋平をアジトに寄らせてからそのまま家の近くまで送ってやんな』
倉庫街の外れに車が到着し、後部座席に下ろされるとそのままシートベルトまで締められた。膝の上に手を置いて刃斬の兄貴を見上げれば丁度いつもの運転手のお兄さんに指示を出していた。
『ちゃんと休めよ。…安心しろ。今日のお前はよくやった。次も頼むぜ』
もう涙は出ていないのにまるで確認するように頬に手を当ててから親指でぐい、と目尻を撫でられる。あうあう、と意味のわからない単語を吐いたら面白かったのか少し吹き出した兄貴がそのまま身を引いてからドアを閉める。
黒塗りの車は一気に走り出すと暗く不気味な倉庫街はすぐに遠くなってしまった。
『アジトに到着後は着替え等済ませてからお送りしますが、シャワーも浴びたければ待ちますよ。どうしますか、宋平』
『うーん…、シャワーは浴びないですぐ帰ります。でもちょっとだけ服…汚しちゃったかも』
刃斬が乗る車に必ずと言って良い程いる運転手はいつも優しそうで貼り付けたような笑顔をした男だ。桃色のメッシュの入った髪に白いリボンが一緒に編み込まれた三つ編みをしている。
二十代後半くらいの男は、覚と名乗った。
『クリーニングに出すから平気ですよ。…怪我はありませんね?』
『そっか、良かった…。怪我もないです。流石にナイフ向けられた時はビックリしたけど…』
上手くスマホで躱せたから良かった。
…ん?! スマホぉ!!
『うわ、大変だ…スマホ置いて来た!!』
どうしよう、どうしよう…と後部座席で一人頭を抱えていると赤信号で停車中、覚が自身のスマホを少し弄ってからクスクスと笑う。
『宋平。スマホは車内にあるようですよ。恐らく、刃斬さん辺りがポケットに忍ばせているかと』
発信機、この車を指してますと続けた。
『…え? え!! わ、本当だ! えっこわ…いつの間に入れたんだあの人…』
ポケットには確かに俺が投げ飛ばしたはずのスマホがちゃんと仕舞われていた。知らない間に忍ばされていたようで、取り敢えず動作確認をしようとしたら、そこには未読のメッセージが表示されている。
[車で寝るなよ]
『…寝ないし。俺が寝ちゃうのは覚さんが運転上手いせいだし…』
『あれ? なんか褒められてます?』
それでも。
あんなことがあってもこんなに心が穏やかなのは、きっとみんながいるからだ。
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