いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
上 下
10 / 136

弐条会

しおりを挟む
 弐条会。

 ヤクザの組織であるそこは、少し調べただけでどれだけの規模が容易に判明した。全国各所に構成員が点在していて拠点候補らしき場所も載ってたけど何処もデカい。ボスがいるアジトは本拠地なんだろうけど、それについては一切書いてない。

 そして弐条会は大変危険な組織であり警察ともパイプがあるとか、財界にも精通するとか怪しい記事まで見てしまい目眩がした。

 …果たして俺は生きて足抜けできるんでしょか。指は失いたくありません。

『ぐぅ…』

『アニキ起きてよー膝痺れちゃったよー』

 そんな泣く子も黙るようなヤクザの総本部の一室で、俺は最近出所した巨大な体躯のヤベー男に懐かれて膝枕をしている。かなりの荒くれ者と聞いていたし初対面が最悪だったから警戒していたんだけど、段々中身は小さな子どものような気がして慣れてきた。

 ギシギシに傷んだ髪はワックスで適当に掻き上げられ、こんがり焼かれた肌は小麦色。俺の声に反応して畳でもぞもぞと体勢を変えて…しっかりと俺の腹に腕を回して再び眠る。

 いや起きんかい。

『はぁー…こりゃ、すっかり懐かれたなぁ』

『コイツが一定の場所に留まるの初めて見たわ』

 畳スペースで昼寝をするアニキと、その枕をさせられている俺を見て部屋に来た誰もが目をひん剥く。問題児として名高い男が十五歳の膝枕ですやすやと眠るのも…いや寝ているどころか普段はこの場にすら来なかったらしいから驚くのも無理はない。

 素知らぬ顔でそんな男の頭を撫でながらスマホでゲームをしながら時間を潰す。

『宋平! そいつその辺に投げてそろそろ飯にしようぜ~』

 出前用のメニューを持った兄貴たちがワイワイと集まっているので膝にいる大きな荷物をどうしようかと狼狽えているとポン、とちゃんとした枕が投げて寄越された。

 なんだ…ちゃんと枕あるんじゃん。

 頭を支えてからそっと枕を差し込むと漸く解放された。足が痺れて動けないと泣き言を漏らせば続々とメニューを持った人が集まり見せてくれる。

『俺は…じゃあ、この炒飯セット…アイスの付いたやつが良いです!』

『宋平は中華屋の炒飯セット、アイス付き…っと。よし良いぞ! すぐ来るからな』

 メニューを聞いた人がスマホに打ち込み、すぐに店に注文をしてくれる。お店の中華なんて久しぶりでワクワクしていると騒ついた室内が一瞬で固まる。

 その発生源を見て慌てて駆け付けると、先程までスヤスヤ眠っていた男が大変不貞腐れた表情をしながら起き上がっていた。

『て、んめ…!! ンなとこで威嚇ばら撒くんじゃねーよ!! ベータの奴もいんだぞ!』

 上位アルファである猿石は所構わず威嚇フェロモンを放つことでもかなり問題視されていた。アルファは不快感を示し、ベータは頭痛やら吐き気…重ねて重圧によって膝をつく者まで出てしまう。

 そんな中、慌てて走り出した俺は靴も脱がず膝立ちのまま畳の上を移動して再び軋んだ髪に触れてからヨシヨシとそれを撫でる。

『アーニーキ! もうすぐお昼! ほら、早く起きてなんか頼もう? 俺のアイス一口あげるから目ぇ覚まして早く』

『…ソーヘー?』

 ふわり、と消えた威嚇フェロモン。虚な目で何処かを見ていた男は俺の名前を呼ぶとパチリと目を合わせる。まるで夕方に目を覚まして愚図る子どものようだと少し苦笑い気味に寝癖のついた頭を撫でていると大きな子どもは暫し黙ってからパッと笑った。

『ソーヘーは何食うんだ?!』

『俺? 中華の炒飯セットです。ラーメンと迷ったんですけど米食べたくて…』

『ならオレはラーメン!!』

 笑顔でルンルン、とポケットから出したスマホで何かを打ち込んでから畳に投げ飛ばすと勢いよく伸びたり欠伸をする自由な男。あまりの奔放さに誰もが重い溜め息を吐きながら散って行く。

『宋平が来て良かった…』

『アイツは猛獣使いだわ』

 未だに眠そうな男は畳スペースに腰を下ろす俺の背中に寄り掛かったりと忙しい。派手な出立ちだが持ち物にも服にも大して愛着がないのか会う度にただの黒いシャツにズボンとサングラス姿。今もスマホを見る俺に後ろから自分のサングラスを付けて似合わないと爆笑する辺り、本当に忙しい男だ。

 そんなこんなで三十分も経てば続々とお昼が運ばれる。中華組として名前を呼ばれると自分の分を受け取り、みんながテーブルや畳スペースに設置された机に昼食を持って行く。

 猿石と共に昼食を受け取った後、二人して畳スペースに向かい並びあって中華を食べる。

『ソーヘー、ラーメンも食いたかったんだろ? 最初食って良いぞ』

『本当? やったー、嬉しい! アニキありがとう!』

 ラーメンは普段は家で袋麺を食べるのが当たり前だったから具材が沢山入ったお店のは最高だ。家では卵とネギ、もやしなんかが常だから。

『うまっ! アニキにも炒飯あげる。どうぞ!』

 炒飯を差し出すと猿石がレンゲで一口をすくい、口に運ぶ。美味いと笑う顔は屈託の無い笑顔で俺までつられて笑ってしまう。美味しくてあっという間に平らげると冷凍庫にあると言われたアイスを取りに行く。

 デカデカと【宋平!】と名前が書かれたそれに再び笑いながら取り出し、約束通り猿石にも分けたアイスはとっても濃厚で美味しい。バニラかぁ、と不服そうに言っていたくせに猿石は三口も食べた。

 腹も膨れて一息つくと周囲がザワザワと騒がしくなる。

『もう少ししたら出るから、準備しとけ』

『はい!』

 仕事服に着替えてマスクを装置。これが俺の弐条会での姿。

 兄貴たちと出ようとするとその中の一人が溜まり部屋に向かって怒鳴り声を上げる。

『オメェも行くんだよ猿石!! 現着してる刃斬さんから鬼電されんぞ!』

 一人で畳スペースに寝そべる猿石。腹がいっぱいになったら眠るスタイルのようで、全く起きる気配がない。無理矢理連れて行くと暴れるそうなので猿石は後から来る、という判断で俺たちだけで出発だ。

 黒のワンボックスに乗ると日も暮れた街を進む。今日のお仕事は取り立て。かなり大規模なようで人数もかなり動員される。

『ウチに断りもなくクスリの受け渡し場所になってる港だ。どうやら海外のバイヤーも絡んでるようでな、そういう連中は必ずバース対策をしてんだ。

 …ったく。戦力要るってのにあの猿…』

『まだ十九時ですけど、そういうのってこんな時間からやってるんですか?』

『受け渡し場所&クスリの製造もしてるから先に潰して後から現れる取引連中を別動隊が潰す。クスリの製造のが警護が固いだろうからな。

 …まぁ、見りゃわかる。お前の役目は奴等の奥の手を潰す…謂わば俺たちの秘密兵器だ』

 秘密兵器…!!

 胸が躍る言葉にウキウキとしていれば、見透かされたのか辺りからは生温い視線が。現場には刃斬が到着していて兄貴たちもいる。

 なんてことはない、そう考えていた俺の考えは呆気なく砕け散る。

 広い港は廃れていて昔は貿易関連で栄えていたらしいが今では大半の倉庫は手付かずのまま残る。そんな倉庫街の一角にターゲットはいる。たった一つの倉庫でもかなりの大きさで学校の体育館よりも大きく、広そうだ。だからこそ壊すのも大変でこのままなんだろう。

『隠れてろよ、宋平!』

『ひえっ!!』

 入口の隅に放られると薄暗い倉庫に明かりが灯って大勢の雄叫びが聞こえた。巨大な倉庫が揺れるようなそれに驚きつつ、そっと中の様子を窺う。

 これ本当に取り立て?! どっちかってーと、命の取り立ての間違いじゃない?

『宋平。そこを動くなよ』

『お前の出番はまだだからな、顔引っ込めろー』

 入口を封じるように立つ兄貴たちに諭され、そっと石畳の上に腰掛ける。中からの壮絶な乱闘の気配と容赦ない威嚇フェロモン。互いのアルファが負けじと牽制し合うのがわかる。

 俺が呼ばれたのは、それからすぐだ。

『っ…出て来るぞ!』

『宋平っ、頼む…』

 この日俺は世界の裏側を覗く。自分たちが少なからず平和にしてきたと自負じふしていた。だけどそれは全くの誤り。

 神様がどれだけ残酷かなんて世界はずっと昔から知っていたのに。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...