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怖い場所

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『お前は本物だ』

 ま、まさかバレたのか?! 俺がただのベータじゃなくてバランサーってことが、バレ…

『本物のバース激鈍げきにぶ野郎だ』

 …バレてないな、うん。

『最初から言ってるじゃないですか』

『いや悪ぃ。ここまでバース性に左右されない人間は俺も初めて見たわ。

 車で立ち寄った場所は何処も弐条会ウチとは多少の確執がある場所だ。普段なら車が停まるくらいじゃなんともねぇんだが…今回は派手に動いてから回ったからな。どこも威嚇が半端ねぇ。

 …っ、それをおまっ何も感じませんとか…最高過ぎるだろ』

 なんだ…何も感じないのが正解だったのか。

 天を仰ぎ、目を覆いながら笑い続ける刃斬に無言のまま煙管きせるをふかすボス。無言だが煙を吐いた後の口元を見るとたまに口角が上を向いている。

 そんな二人を前に俺は完全にいじけていた。

『そこでだ』

『うわ。いきなりなんですか…』

 今までのおちゃらけた雰囲気から一転し、刃斬がスマホを起動してから俺に見せたのはカレンダーだった。五月の終わりに印が付いている。

『この日はちょっとした会合がある。お前にも着いて来てもらいたいんだが、家のモンには泊まってくると伝えられるか? 会合が終わるのはかなり遅い。勿論、お前の寝る場所くらいは確保してやるよ』

『会合? わかりました。でも、何をしたら…?』

『特に何も。お前は俺の側を離れなきゃ良いだけの簡単なお仕事だ』

 いや絶対嘘じゃん…。

 しかしこの場で俺に拒否権など存在しない。数千万という規模の借金を背負っているのだ、馬車馬の如く働くしかない。

 了承を伝えて部屋を出る為にエレベーターに乗り込もうとしたところで、ふと刃斬が来ていないことに気付いて振り返る。

『俺はまだボスにご報告があるから、お前先に溜まり部屋行って待ってろ』

 悲しさ溢れる状況に肩を落とす。目の前にある因縁のエレベーター。いつまでも駄々は捏ねられないと諦めてボタンを押そうとしたら、先に扉が開く。

 自動で開いた扉から出て来た男は、それまでの退屈そうな顔から一変…サングラス越しでもわかるようなキラキラとした瞳を俺に向けて笑った。

『あーっ!! 弟じゃん!』

『あ…、さっきのアニキ…』

 エレベーターから飛び出した猿石に抱き上げられると来た道を戻ってボスと刃斬の元へ。あからさまにイラついた様子の刃斬と無表情のまま煙管を持つボスに向かって猿石は淡々と会話を始める。

『ボス~、帰ったぜぇ』

『ご苦労』

 猿石の片腕に尻を乗せた状態の俺は自然と体が彼にもたれるような形になってしまう。肩を掴んでバランスを取ると猿石がもう片方の手も添えてくれた。

『…テメェ…出所させんのにどれだけ労力を割いたかわかってんのか。相変わらずバカみてぇに暴れやがって。次放り込まれたら一生獄中で生活させてやる』

『あ゛? テメェこそ相変わらずネチネチとウゼェわ。…もー帰る。バイバーイ』

 ああ、帰るのね…と暢気に聞いていたが猿石が一向に放してくれる気配がない。バッ、と二人を振り返ると言葉はなくとも今にも泣きそうな顔で必死に助けを訴えかけた。事実誘拐されかけているので、慌てて兄貴が立ち上がる。

『っだから…!! 宋平を勝手に連れ回すなって、さっきっから何遍なんべん言わすつもりだ、あ゛あ゛?!』

『…そーへー? ふーん、お前ソーヘーってのか!』

 か、顔近っ…!

 粗暴で短気っぽいがエライ顔が整っている。圧倒的なアルファのオーラに肉体、怪力に容姿端麗。そんな男の顔がすぐそこにあれば慌てもする。

 こちとら希少でも容姿は一般的なバランサーさんだ。こんなイケメンに耐性はない。

猿石えんごく! …でもお前はちゃんとアニキって呼べ。ほら、漢字教えろ』

『わ、わかったから…』

 猿石が掌を出すので指で宋平、とゆっくり書く。擽ったかったのかケラケラ笑い出す猿石のせいで互いの額がコツン、とぶつかり更に彼が笑い出す。

『ふぅん…宋平、な。覚えた。じゃあ行くか!!』

 何処にぃ?!?

 全く降ろしてくれる気配がないから何処に向かうかもわからずオロオロしていたら、散々無視された刃斬が今にもブチ切れそうな恐ろしい顔で立っている。

 縋り付くような思いでボスを振り返れば、目が合った。なんだかんだ新人を助けてくれるボスに泣き落としを仕掛ければ終始無表情だった彼は…そのままフイ、と視線を外して煙管をふかす。

 …え?

 む、無視…されちゃった…。

『ぁ、』

 刃斬の怒声も猿石の間伸びした返事も何もかもが遠く感じる。ただの一度。ただの一度だけ、ボスに助けてもらえなかったくらいでどうしてこんなに悲しいのか。

 そっと猿石の肩に顔を押し込めて情けないであろう顔を晒さないようにする。

『ボス…』

 助けてほしいだなんて、滅多に言えない立場だ。

 猿石が刃斬の言葉を無視し続けてエレベーターのボタンを押す。始末書だ書類だと背後から叫ぶ刃斬なんてまるで存在していないみたいな扱いだ。

 しかし。いつまで経ってもエレベーターが到着しない。見れば既にこの階に到着しているようで数字が光っている。

さる

 ピタリと喧騒が止むと、猿石が返事をして振り返る。

『それ、返しな。テメェは刃斬に言われた通り始末書纏めて、必要な書類にも目ェ通せ』

『…うげぇ。ウッス…』

 あんなに強固なほどに外れなかった拘束を解かれた俺はボスのすぐ側で下ろされた。猿石が雑に頭を撫でてからソファに座って書類と睨めっこを始める。向かい側に座った刃斬は今にも射殺さんばかりの眼力を披露し、それを監視する。

 助かった…、でも。

 これからどうしようとばかりに辺りを見渡し、一人で出ようと決意した瞬間…そっと左手を取られると腫れ物でも扱うように優しくキュッと握られる。

『嫌ならすぐ呼べ。…戯れてんだかわかりゃしねェ。仕事じゃお前はオレを護るが普段はオレが、お前くらい護ってやる。

 わかったな?』

 貴方の隣は、怖い場所。

 だけど。どうしてだろう…怖い、はずなのに。

『ボス…?』

『宋平。返事』

『はっ、はい!』

 こんなにも安心できて心地良いものか。

 兄たち以外にこんな風に誰かに寄り掛かろうとしたことはない。隣にいられることが嬉しくて、堪らない。自分はこんな風に他人を求められるんだと初めて知った。

 貴方も、少しは…いつか俺に寄り掛かってくれるだろうか。そうなれるように頑張りたい。

『良い子だ』

 …っかー!! 照れる、これだから何しても様になる男ってのは…憧れる!!

 いや待てよ…違うな。俺は借金を返済する為に頑張るから別にボスに寄り掛かってもらわなくても…良い、はずなのに。

『下りるんだろ。下まで連れてってやる』

『本当ですか?! やったー、ありがとうございます!』

 手を引かれて部屋を出る前に振り返ると未だに言い争いながらテーブルに向き合う二人。ボスが連れて行ってくれるなら大丈夫かとエレベーターに乗り込むと、溜まり部屋のある階に着いた。二人で降りると次々と構成員たちが端に寄って頭を下げる中、ボスの後ろからヒョコッと顔を出す俺の姿に何人かが噴き出す。

 溜まり部屋に到着すると中にいた面々が次々と姿勢を正して、寝ていた者は叩き起こされ、テレビを見ていた者はリモコンで頭を殴られる。

 あ。今のは痛そう…。

『不便はないか?』

『ないです! 兄貴たちみんな優しいし、ちゃんと色々教えてくれて…この場所も好きです! 俺この畳のスペースが好きで』

 靴を脱いで揃えてから畳スペースに上がると、こんな風に寝てます~とゴロゴロしながらボスを見上げる。

『飯は? ちゃんと食ってんのか』

『はい。お弁当持って来て此処で食べますよ! …あ、今日は作れなかったからパン持って来ました』

『は? 弁当?』

 今日も夜食用に弁当を、と思ったが兄さんが台所にいて用意出来なかったから諦めてパンを持って来た。側にあった鞄からパンを取り出すと、ボスが顔を覆う。

『…宋平。俺と取引だ』

 何スか、突然。

『俺が必要な日に、俺に弁当を作って来い。まァ月に一回程度だ。報酬にお前はここからいくらでも好きに頼んで良い…それでどうだ』

『ぼ、ボスのお弁当を俺が?! しかも出前食べ放題ってことです?!』

 なんだその俺にしかメリットのない取引は!!

『俺にも利はある。一々飯屋に入らなくて済む上に、毒味だの面倒だ。まァ…お前が一服盛るってんなら話は別だけどな?』

『しませんよっ、そんな勿体無い!』

 そもそも弁当に毒なんか仕込んだら、どう考えても俺が犯人だとすぐバレるじゃないか。…それになんかボスって毒とか強そう。

 毒耐性とかありそう、…うん。存在そのものが毒って感じだし…。

 ほら、綺麗な薔薇には棘…みたいな?

『キャラ弁作っても完食してくれますか?!』

『俺ァ俗世の創作物なんぞは詳しくねェ。食えるモンなら構わねェよ、感想は期待すんな』

 お弁当。昔から兄たちとキッチンに立つことがあったからある程度はできる。運動会なんかは朝から兄弟揃ってお弁当を作って詰めたりと…それが恒例だ。

 だけどバイト中のお弁当となると材料費や作るタイミングなど難しいところがあったから、ここで食べさせてもらえるなんて嬉しい限りで。

『ボスが気に入らなかったら破棄できる取引なら…、喜んで…』

『それで良い。頼むぞ、宋平』

 畳に座りながら頷くとサラリと髪を撫でてからボスが部屋を出て行く。最後まで黙ったまま待機するみんなに何を言うでもなく出て行くと数秒の後に、

 みんなが出前のメニューを持ちながら嬉しそうに俺の元に押し掛けた。


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