上 下
8 / 103

裏社会の仕事

しおりを挟む
『あの暴君は猿石。見た通り無茶苦茶な野郎でな、暫く務所にぶち込まれてたんだが刑期を終えて出て来たわけだ。

 …戦力としては申し分ねぇんだがな。クソみたいな性格で役に立たねぇ』

『災害って、ああいうのを言うんだなぁって思いました』

 しみじみと先程のことを思い出していると刃斬に無言で頭を撫でられる。色々あってもう十七時を回ってしまったが、本来は仕事があって呼ばれたわけだから早速お仕事の現場まで向かう。

 黒塗りの高級車に乗ると刃斬と共に後部座席に乗り込み、目的地へ。

『お前にはその体質を存分に活かして働いてもらう。内容は主に護衛だな。力で歯向かう連中はいくらでも対処できるが、バース性が関わると話が変わる。

 そこでお前だ。面倒なサイクルを無視してどんな局面だろうが自由に動けるお前の体質はこっちじゃ金や宝石より俄然がぜん、価値がある。これやるから顔は隠しておけよ』

 刃斬から渡されたのは黒いマスクだった。右下に弐条の代紋が刺繍されたそれは思っていたより通気性が良くて心地良い。

 耳も全然痛くないし、長時間しても気にならなそう!

『なくなったらいつでも言えよ。取り敢えず予備も渡しておく。制服だとマズイからな…これから行くとこで服も新調するぞ』

『はい!』

 すっかり暗くなった街を走っていたのに妙に外が明るい。ハッとして窓の向こうを見ればそこは、夜の街。様々な店に色鮮やかなネオンが光る大人の街だ。

 車が停車してから刃斬が降りるので、後を追う。すると建物の前で綺麗に一列に並んだ人々が。

『『お疲れ様です!!』』

『…ああ。ご苦労さん』

 ふと横を見れば様々な男たちの顔写真が載ったパネルに、キラキラの源氏名。

 間違いなくコレは…ホスト! ホストクラブ!!

『宋平。なにしてんだ、早く来い』

『わっ、はーい』

 いつの間にか店の入り口に立つ刃斬に置いて行かれてしまったと、慌てて後を追いかける。中にはまだお客さんはいないようでキラキラと光るミラーボールだけが喧しく存在感を放つ。

 刃斬の護衛なんだから近くにいないと、と側にいたが首根っこを掴まれホストたちの方に向けられた。

『お前ら、コイツに服見繕っとけ。本人が気にいるならなんでも良い』

『お任せください!! さぁさ、こちらへどうぞ!』

 あれよあれよとホストたちに奥に連れて行かれ、裏にある控え室のような場所へと案内される。ホストたちが次々とダンボールやらをひっくり返して新品の服をテーブルの上に所狭しと並べた。

『好きなのを選んでください! どれも新品か、クリーニングには出しているので清潔ですよ!』

『気に入ったものがあれば新品のを買って来ます!』

 流石は接客業…、丁寧な対応に細やかな気配り。そんな彼らに頭を下げると手近なものから見ていく。出来ればあまり目立たず地味で高そうじゃないやつが良い。

 もしかしたら荒事に巻き込まれるかもだし、動きやすいやつが…。

『………』
 
 ダメだ、わからん。

 面の良いホストたちに囲まれて服を決めるとか拷問かよ。あと、俺そんなにセンスないわ。

『っ、兄貴ぃ…』

 ガシガシと頭を掻きながら立ち上がって部屋を出ると割と大きな声を出して刃斬を呼ぶ。どうした? と奥にやって来る彼に手招きをして部屋に戻ればホストたちが呆然としている。

『ごめんなさい、俺服よくわからなくて…』

『ああ。別にそいつらに頼んでも良かったんだぞ?』

 お叱りを受けると思ったのか、若干みんなで固まってガタガタと震えるホストたち。

『だけど兄貴たちと一緒にいるんだし、みんなと馴染む服が良い。…兄貴決めてよ』

 お願いお願い、と腕を引いてテーブルの前までやって来れば刃斬は俺の言葉に少し驚いたような顔をしつつ、あまり重くないため息を吐いた。

『ったく、手の掛かる弟分だぜ。さっさと決めるぞ』

『やた! はーい!』

 刃斬が手にしたのは黒いシャツにズボン、それから灰色のベストだった。前はチェックで背中は黒い生地をしたベストに、靴は動きやすい方が良いだろうと淡い紫と黒のスニーカーを選んでもらった。

『兄貴お洒落ですね!』

『ま。馬子にも衣装ってとこだな。タグ全部取ってから来い。店のモンが案内するから』

 去り際に頭を撫でられると、先に部屋から出て行ってしまう。即座にホストの皆さんがタグを切り、着ていた服を袋に入れて手渡してくれる。

『っ勉強になりました! ありがとうございます!』

『…はい?』

 次々とお礼を言われるが、一体何をしたのか…まるでわからない。着替えを手伝う練習とか? いや、それはないか…。

 あ!! なるほど、兄貴のファッションセンスの勉強か! なんだよ、そうか。直接言えないから俺に伝えたわけね。

『流石は兄貴、ファッションセンスも一流か…』

『…いや。そうではなくて対人スキル…』

 え? と首を傾げれば、何故か妙に生温かい視線を受ける。訳がわからないままだが、取り敢えず着替えを終えたので部屋を出るとボーイらしき人が一礼してから道案内をしてくれた。

 真っ赤な扉を開いた向こう側には、ソファに座る刃斬の兄貴が煙草を片手に何やら資料とスマホを見て忙しくしている。向かい合って座るのは若干胡散臭い風貌ふうぼうの装飾品をジャラジャラ付けた派手な出立いでたちの男。

『…来たか。宋平、こっち座ってろ』

 派手な男に一礼をしてから座ると向こうも姿勢を正してから頭を下げてくる。少し顔色の悪い派手男は多分、この店のオーナーだろうか。

『んで? 詳しく聞こうじゃねぇの。報告にあったその巫山戯た店についてな』

『は、はい…。店の存在は我々も詳細はわかりませんが確かに実在しているようなんです。恐らく半年程前にはこの街にあったようで』

『事実この辺りから落ちてるからな』

 刃斬の隣で座っていると、売り上げらしきものが書かれた紙を彼がペラペラと持っている。

『確かに常連の客まで消えていき…、さっ最近では従業員まで消える始末でして…。売り上げがそこそこ安定していた者まで突然消えるんです…!』

『…確かに売り上げは別に安定してるが、それでも消える奴は消えるだろ』

『親しかった従業員が個人的に連絡を取っても連絡がつかないんです。その上、ロッカーにある荷物も全部そのままで…』

 突如として落ちるお店の売り上げに、失踪するホスト。そして全容は謎に包まれた新たなライバル店。

 普通に考えればその新しい店とやらに客や従業員が流れたと思うが、何かきな臭いようだ。

『面白れぇ。ウチのシマで無断で巫山戯た商売するような奴等がいるなら炙り出してやろうじゃねぇか』

 灰皿に煙草をねじ込んだ刃斬が資料をテーブルに放ると煙を吐き出しながら立ち上がる。ビクリと反応して後から立ち上がったオーナーが小走りで扉まで行き、それを開いてから頭を下げた。

『宋平』

 はいはい、と刃斬の後を追って行くと迷いなく建物の外へ出た。従業員一同が追ってきて車に乗る刃斬に挨拶をするが彼は一切応えなかった。

 …あれ? なんか兄貴怒ってるのかな。

 兄貴の後に俺も車に乗り込むとすぐにドアが閉ざされて発車した。兄貴は長い足を組んでからすぐに何処かへ電話を掛け始める。

『あと五分で突入しろ。…ああ、黒だ。全部ひっくり返して来い』

 突入? 黒?

『お疲れ様です。例の店は黒でした。…はい、今実行部隊に連絡をして突撃の合図も出しました。これから数軒寄ってから戻ります。

 …ええ。良い子にして座ってますよ、目も隠した方が良かったかもしれませんね』

 前半の報告はピリピリした雰囲気だったのに最後のは少し穏やかな口調だ。一体なんの話なんだろうと終始疑問に思っていたが、そんな俺の矮小わいしょうな頭を兄貴が再び撫でくり回す。

 やめろ、禿げちゃうだろ。

『宋平。これから数軒、店を回るが車からは降りねぇ。だがお前はこれから回るとこの違和感があれば後で俺に教えな。

 良いな?』

『違和感…? はい、わかりました…』

 なんだ? 違和感て…まぁ、なんか感じ取ったら兄貴に伝えれば良いんだ。

 それから街のあちこちを巡って来たが本当に車からは降りずに数秒間停車してからまた出発を繰り返した。兄貴は仕切りにスマホを弄るからよく酔わないなぁ、と感心していたがやっぱり辛くなったのか後半からは少し目頭を押さえ始めていた。

 そんなこんなで小一時間。着替えとドライブだけをして俺たちはアジトに帰って来た。

『で? ウチの可愛い末弟は、何を咥えて帰って来たわけだ』

 どうしてこうなった。

 アジトに戻ったら兄貴に連れられ、例の左のエレベーターに乗ってボスルームに押し込まれてしまった。ボスは俺の姿を見てから少し笑い、椅子からソファへとわざわざ移ってきた。

 そんなに服に着られてる感あったか…?

『っ、ごめんなさい…』

 白紙のメモ帳をテーブルに置いてから両手を膝の上に置いて肩をすくめる。

 …なんにもわからなかった。統一性もないし客層もバラバラ、これといった違和感なんて皆無。いやあったのかもしれないが俺にも何一つわからない。

 怒られてしまうと身構えていたのに、隣に座っていた刃斬は何故か肩を震わせていて…恐る恐る見上げたボスは真っ直ぐと俺を見ていたが、その顔に怒りはなくむしろ笑みすら浮かべている。

『…そうか』

 え? なに…、なんで二人して笑ってるの?

『宋平。実は今のはお前の体質を調べる為の調査だ。どの程度のものか把握したかったんだが、

 …お前本物なんだな』



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

処理中です...