いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
上 下
3 / 136

光から闇へ、こんにちは。

しおりを挟む
『っふざけやがって…!!』

 まるで別世界のような出来事に何も出来ず、固まっていた俺が覚醒したのは耳に聞き馴染んだ兄の声に気付いたからだ。

 兄ちゃんの声…!

 踏み出そうとした一歩は、次の瞬間響いた鈍い何かを殴るような音と女の人たちの恐怖に染まった悲鳴によって再び地面に縫い付けられた。

『…威勢が良いのは結構だがな。多少腕に覚えがあっても本業に手ぇ出されるたぁ…こちらもナメられたモンだ』

『兄貴。コイツ多分、昔ここらで暴れ回ってた中坊ですよ。作業着の名前…珍しい名字でしたから、覚えてます』

『なるほどな。

 ま。所詮は喧嘩慣れした程度のベータだ。大人しくつくばってな』

 兄ちゃんが酷い目に遭っている。

 それがわかって慌ててスマホを取り出すも、以前の兄たちの会話を思い出して留まる。もしも警察が動いてくれなくて…むしろコイツらが報復に出たら?

 どうにか、しなきゃ…。

『いや…多少頑丈ならテメェも連れてくか。使い潰しだが役目はある。良かったなぁ社長。また少し返済額が減ってくれてよ』

『ま、まってくれ…!! 頼むそれだけはっ、それだけは勘弁してくれ! コイツには大事な弟たちがいるんだっ連れて行かないでくれ、頼むッ!!』

『さっきから待てだなんだと…、こっちは犬畜生じゃねぇんだよ。言葉に気を付けるこった。テメェの立場を弁えさせてやろうか?』

 コントローラーを握った先にあるアルファのボタン。それを押して身体がアルファに切り替わり、続けて俺は何度もボタンを押す。

 上位アルファとなった身体で周囲一帯にアルファの威嚇フェロモンを振り撒く。アルファにしか出来ない威嚇フェロモンは周囲の人間の恐怖感を増長したり、圧倒的な威圧感を与えたり、同じアルファであれば酷い不快感などを植え付ける。

 中にいる奴等がやっているのと同じだが、こちらは本気で相手を屈服させるつもりでフェロモンを出しているので相当不快なはずだ。

『…っ!? 誰だ!!』

 男の声が響いた時、俺は既に走り出していた。慌てて鞄から帽子を取り出しすぐにコントローラーをイメージするとベータに切り替えた。

 バタバタと事務所から出て来た男たちが背を向けて優雅に歩く俺に気付いて声を掛けようとしている。緊張のあまり心臓がバクバクと音を鳴らす中、もう片方がそれを止めた。

『馬鹿か。ありゃベータだろ、あんな威嚇出せるの相当な上位アルファくらいだ。もっとよく探せ』

 それから暫く探し回ったらしいが、既にベータに切り替わった俺が見つかるはずもない。少し離れた場所から事務所を見張っていると得体の知れないアルファの威嚇フェロモンのせいか切り上げていく連中の姿に内心、グッと拳を天に突き上げた。

 そして俺は彼らの姿と車のナンバーを写真に収めてからその場を後にする。

『兄ちゃん…、怪我酷くないと良いな』

 家に帰る為に乗った電車はガラガラに空いていた。これからのことを思うと気が重くて、鞄を抱えながら椅子に座る。やっとの思いで帽子を脱ぐとあまりの出来事に帽子に顔を埋めて涙ぐむ。

 本当は兄ちゃんの元に飛んで行きたかった。だけど、兄ちゃんは俺に今回のことを知られたくないだろうから黙っている。

『それにしても何が原因なのかな? なんかお金がどうとか言ってたし…』

 今日だって運良く奴等を追い返せたけど、同じことは二度と通用するわけない。

 …お金、か。

『俺にも何か出来ないかな』

 その時の俺はまだ気付いていない。

 世の裏側に関わってしまったその時点で、もう後戻りなど出来ないのだと。

 帰ってから双子の兄たちと夕飯を食べて過ごす。テストも終わって明日は休みだが、兄たちは皆出払ってしまうらしい。その日も兄ちゃんだけが帰らず、俺は休みなのを良いことにずっと寝ずに帰りを待っていた。

『おっせー…、マジかよ兄ちゃん…』

 日付変わりましたよお兄様…。

 眠い目を擦りながらカフェオレ片手に頑張って起きているが、限界が近い。ゲームも集中出来なくて止めたしスマホを見る目も霞んできた。だけどようやく、その時は訪れる。

 微かだが、玄関の扉が開く音を拾って下へ降りる。暗闇の中で電気のスイッチを探していたら何かに勢いよくぶつかった。

『うわっ』

『…宋?』

 パチン、と電気が点くと兄ちゃんにぶつかっていたようで咄嗟に服を掴む。

『兄ちゃ、おかえ…り…?』

 久しぶりに顔を合わせるのが嬉しくて長身の兄を見上げ…思わず固まった。痛々しく腫れ上がった頬には大きな絆創膏が貼られて、口の端を切ったのか絆創膏には未だに血が滲んでいる。

 あまりの兄の変わり様に、そっとその身にしがみ付いた。

『…~っ、おかえり…』

 ああ。そうか。

 もしかしたら、そうか…兄ちゃんが、二度とこの家に帰って来なかった未来もあったかもしれないんだ。

『…ただいま、宋。心配かけてすまんな。

 でも、大丈夫だから。きっと大丈夫だから泣くんじゃない』

 全然大丈夫じゃないだろ。今日だって怪我した。あんなアルファがゴロゴロいる集団に抵抗出来るはずない。そして、見逃してくれるほど優しい連中でもない。

 今日死んでも、おかしくなかった。

『兄ちゃん…、俺なんかしたら良い? 俺、できるよ…ちゃんとできる。

 何をしたら良いんだ?』

 兄ちゃんが…家族を、護る為なら…俺は喜んでこの力を使う。例えアルファの集団だろうが上位だろうが、関係ない。

 だって俺は、最強なんだ。

『ん? バァカ。お前がやることは普通に学校行って、勉強して…友だちと遊んだり色んなことを学ぶことだろ。今は兄ちゃん、ちょっと忙しいだけだから、な?

 ありがとな。ほら、もう寝ろよ? 夜更かしは成長期の毒だぞ~?』

 無理に作った笑顔を貼り付けて兄ちゃんはおやすみ、と声を掛けて俺を部屋にやった。なんとなくわかっていた展開だが…高校生になっても頼ってはもらえないのだとガッカリした。

 俺、強いのに…多分だけど。

『全然大丈夫じゃねぇじゃん…』

 ベッドに横になるとすぐに眠くなる。頼ってもらえなかった不甲斐なさに一筋だけ涙を流して、目を閉じた。

『兄ちゃんの、ばか』

 ぐっすりと眠ってから起きるととうの昔に日は昇り、どちらかと言うと昼が近い。既に家には誰もいないようでリビングのテーブルには俺の分の朝食にラップがしてある。

 蒼士兄さんだな。ありがてぇ~。

 身支度を整えて朝食のような昼食のような、そんなサンドイッチをオーブンに入れてカリカリにしてから頬張るとチャイムが鳴る。

『ん? 宅配便か?』

 マグカップに入れた牛乳を飲んでサンドイッチを飲み込むと、慌てて玄関へと向かう。サンダルを履いてから扉を開くと…僅かに入った太陽の光を遮る巨大な影に息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、昨日のヤクザの一人だったから。

『朝からすまんな』

 な、な…なんで…は? どうして、家が…は。まさか、兄ちゃんに何かあったのか?!

 しかし混乱する頭を必死に制御して思考する。目の前にいるのは声からして昨日と呼ばれていた地位の高い男。どう考えても不興ふきょうを買うのはマズイと判断し、言葉を選ぶ。

『こ、こんにちは…初めまして』

 昨日はなんか言葉に気を付けろだのなんだの言ってたし、家で暴れられたら困る。

『…ほぉ。中々度胸のある子どもだ。オレぁ、礼には礼を返す主義だからな。

 お初にお目に掛かります。刃斬はぎりと申します。まぁ、以後があるかは知らねぇが一つ宜しくな』

『ご、ご丁寧にありがとうございます…。えと、常春宋平です。立ち話もなんですから上がって下さい』

 ていうか早く入って!! こんないかにもな男がウチにいたなんて近所に知れ渡ったら大変だろ、絶対!

『はっ。あのクソ生意気な野郎の弟とは思えねぇな。ますます気に入ったぜ。

 すぐに済む。邪魔するぜ』

 

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

空から来ましたが、僕は天使ではありません!

蕾白
BL
早島玲音(はやしま・れね)は神様側のうっかりミスで事故死したことにされてしまった。 お詫びに残った寿命の分異世界で幸せになってね、と言われ転生するも、そこはドラゴン対勇者(?)のバトル最中の戦場で……。 彼を気に入ってサポートしてくれたのはフェルセン魔法伯コンラット。彼は実は不遇の身で祖国を捨てて一念発起する仲間を求めていた。コンラットの押しに負けて同行することにしたものの、コンラットの出自や玲音が神様からのアフターサービスでもらったスキルのせいで、道中は騒動続きに。 彼の幸せ転生ライフは訪れるのか? コメディベースの冒険ファンタジーです。 玲音視点のときは「玲音」表記、コンラット視点のときは「レネ」になってますが同一人物です。 2023/11/25 コンラットからのレネ(玲音)の呼び方にブレがあったので数カ所訂正しました。申し訳ありません。

処理中です...