いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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バランサーの役目

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 遠い昔の、最初の記憶。

 手を伸ばした俺の両手の掌に、誰かが小さなものを乗せてからソレを指差した。今思えばソレはまるでゲームのコントローラーみたいなもので全体的に透明なのに中にはキラキラ光る紫色の宝石がたくさん浮いている。本体の右には赤、左には青、そして真ん中には緑のボタンがある。

【誰にも負けたくないと思ったら】

 指差したのは、赤。

【たくさんの仲間たちと同じになりたくなったら】

 指差したのは、緑。

【誰か一人に特別愛されたくなったら】

 指差したのは、青。

 理解して頷くと誰かは俺の頭を撫でてからいなくなってしまう。遠い遠い昔の、鮮明にある記憶。

 十歳の健康診断でその時の話を担当医に話したら、医者は椅子からひっくり返ってしまった。慌てて何処かに連絡したり机の物を全部床に落としたり、最後にやっと正気に戻って保護者である長兄を呼び…話をされる。

 俺は当時、世界に四人しか確認されていない超超希少な性別…バランサーの五人目として登録された。

『貴方を害する人間は、この世界には同じ性別を持つバランサーしかいない。どれだけ上位アルファが命じようと、上位オメガが誘っても、無駄だ。

 バランサーである貴方のフェロモンは基本的には周囲を鎮める力だが、本気になったバランサーには誰だろうが敵わない。だから貴方はただ、正しく…普通に生活をしてほしい』

 兄の膝の上で首を傾げる俺に、医師は笑った。

『目に映る限りの理不尽を取り除いてもらえると助かる。それ以外は、バランサーであることを周囲には知られず…いつかどの性別を選ぶかは自分自身で決めなさい。

 それが神からその力を受け取った君たちの義務だ。我々が口を出したらきっと、天罰が下る』

 バランサーは最強だが制限付き。

 いつか必ず、選択の時は訪れるし、そうなったら皆と一緒になるのだ。

『兄ちゃん。おれ、どれ押したら良いかな~』

 頭の中でコントローラーをにぎにぎとして、病院での検査で疲れた俺は兄に背負われながらそう聞いた。

『ちょ、待て! 何それ今すぐ決定出来るシステムなのか?! 待て待て待ちなさいっ、まだ何年も猶予があるんだからゆっくり考えるんだ』

『えー。ボタン早く押したい…』

『本当子どもってボタン押すの好きなんだからっ! 神様もなんでボタンにしたんだ、ウチの子だけ書き初めみたいなスタイルにしてくんねぇかな』

 うわ、それヤダやりたくない。

 白い紙にとか書くわけだ。すっげぇやりたくない、面倒臭い。

『それに今はバランサーなんだから、そのまま最強でいなさい。最近物騒なんだからお前が最強だと安心だ』

『へへっ。そうだよ、俺ってば最強なんだから。

 だから兄ちゃんたちのことも守ってあげる。兄ちゃんたちがずっと俺のこと大事にしてきたからね、今度は俺が護ってやるよ』

 早くに両親を亡くして、歳の離れた兄には随分と苦労をかけた。だからこれは兄たちへの神様からのプレゼントなんだと当時の俺は思っていた。

 バランサーなんてものではあったが、それからの人生は割と普通なもので中学も後半になると進学したら兄ちゃんたちを助ける為にバイトをしようと決意したくらいだった。

 バランサーである自分には多少政府からお金が渡されていたから、家計は随分と助かったらしい。何故金が出されるかと言うと、だ。

『や、めっ…やだ、っ…!』

 朝の通勤ラッシュ、多くの人が行き交う駅の構内で悲劇は起こった。まだ新品のスーツを着た若い男性が今にも膝から崩れ落ちてしまいそうになりつつ、必死に抵抗をする。彼の腕を掴み目が血走ったもう一人の男に加えて周囲も違和感に包まれる。

『なに? 朝から迷惑…、痴話喧嘩?』

『いや、違っ…これフェロモンだ! 誰か警備員っ』

 パニックに包まれる構内は元々人が多かったこともあり、完全に流れが止まってしまった。

 これはオメガによる発情期、ヒートだ。オメガであれば三ヶ月に一度程度あるヒートをなんとなく予感し、薬局等でこれを抑える抑制剤を貰い抑えるのが当たり前。何故ならヒートを起こしてフェロモンをばら撒くと、アルファは勿論ベータも一緒になって誘惑してしまう。

 場合によっては賠償問題だ。

『やめてっ、おねが、たすけてぇっ…!!』

『ふーっ、ふーっ!!』

 完全にヒート状態に入ったオメガに、理性を失う彼は恐らくアルファ。周囲にもフェロモンを直に浴びて目をトロン、とさせたベータもいる。

 そんな場所で、俺は暫く周囲を見渡してからカーディガンのポケットに手を突っ込む。

 …こんだけ騒いでも誰も来なきゃ仕方ねぇか。

『月曜の朝から災難なこった』

 そっと目を閉じてから意識を集中し、目を開くと同時に自身のフェロモンを周囲に放つ。俺に近い人間から次々と正気を取り戻し、歩き出すと自然と道が開く。

 呆然と俺を見上げるオメガの男性と、意識を取り戻したアルファの男性。アルファの方の手を離してから地面に座るオメガの男性に手を差し出す。

『保安員でーす。お兄さん体調悪そうだから駅の休憩所まで案内するっス。皆さん駅員の指示に従って慌てず歩き出してくださーい』

 と書かれた帽子を取り出して声を上げれば人々は次々と自身の目的地に向かって歩き出す。次々と現れた駅員によって人混みは解消し、正気を失っていたアルファの男性も再び歩き出す。

『凄かったねー。やっぱ保安員とかって凄い位のアルファとかかな?』

『…でもアルファ特有の威圧感、なかったよね? なんか凄く落ち着く匂いがしたような…』

 オメガの男性の手を引いて改札横の案内所に行くとすぐに帽子を取ってから受け付けのお姉さんに男性が体調不良だから休ませてやってほしいと願い出る。

『ヒートの周期の乱れだろ。生活が変わるとストレスとかで乱れる場合がある。少しでも変だと思ったら休め。抑制剤も絶対持てよ、絶対だ』

『あ、あの…君は一体? だって君ってアルファじゃない…よね? もしかして上位の…?!』

 まあ、普通はそう思う。世界にたった五人しかいないバランサーが目の前にいるだなんて普通は信じられないだろ。

 バランサーという存在そのものが、もう都市伝説みたいなもんだから。

『そんなとこ。一時的にアンタのヒート抑えてるだけだから、早く抑制剤飲んで帰れよ。

 じゃあな。お仕事、頑張れよ』

 案内所を出るとすぐに学校に向かって走り出す。こんな風にバース性による事故を防ぐのはバランサーとしての本能みたいなもん。だからその報酬、みたいな形で国からお金を貰えたわけだ。

『しっかし、この帽子マジで便利だな。これさえ被れば大して違和感持たれないし』

 制服のズボンは深い緑色のチェック柄だが、ブレザーは着ていないし黒いシャツの上から同じく緑の兄ちゃんから譲って貰ったカーディガンに自前のリュックだから帽子を被るとパッと見は私服スタッフだ。

 バランサーは容姿もある程度は整っているそうだが、別に圧倒的イケメン! というわけでも、超絶美形! というわけでもない。

 俺こと常春とこはる宋平そうへいも、普通と評されるようなこの春からの男子高校生だ。

『はっ。やべ、学校…!』

 そう、普通。

 黒髪に…目は少し紫が入っているが普通の男。身長も170を迎えて、そこまで高いわけでも低すぎるわけでもない。筋肉質過ぎず、華奢でもない。

 だが鍛えてはいる。自分からこういう揉め事に首を突っ込むわけだから、自分の身は最低限守るってもんだ。

『っし、間に合った!』

 だから俺は、これからもこんな風に生活して、あと残り数年の間にどの性別にするか決めなきゃなー…なんてスマホでバイトの求人を見ながら暢気に構えていた。

 この春から、波乱に満ちた人生が始まるとも知らずに。


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