純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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魔王軍襲来

召喚術式

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 その光景を覚悟していなかったわけじゃない。だけど実際に見るそれはあまりにも残酷で、無慈悲だった。

 壁が破壊されて街に魔族が雪崩れ込んでいる。先程まであんなに平和だったのに見る影もない。火が上がり、誰かの悲鳴が聞こえ、嗅いだことのない匂いがした。

 それでも街は、まだ耐えている。

『…逃げましょう。相手が悪過ぎます、我々では…太刀打ち出来ません…』

『あれは?』

 高い位置で浮遊するボロボロのローブを纏った骸骨。金色の趣味の悪い杖を持った魔族はこの軍勢のリーダーらしい。

『リッチです…。死後、最高峰の魔導師に至る魔法のスペシャリスト。しかも奴に魔法は効かないのです…勿論、物理攻撃も無意味…』

 魔法無効化に物理無効化?! それで魔王じゃないの?!

 しかもオレが知らないってことはそこまで古参でもない…? あんなチート野郎見たら絶対覚えてるはずなのに。

『ナラがキングオークって言っても退かないかな?』

『無理でしょうな…。例えキングオークと信用されても、奴は魔王軍として動いています。直接魔王様から命令を撤廃されるか倒されるまでは止まりません…』

 それは…、困った。

 街はなんとか冒険者たちが団結して死守している状態だが、奇襲な上に天候もあって長いこと保つとは思えない。まさかここまで相手が悪いとは思わずどうしようと考えていた矢先。

『なに。困ってんのー? 花やったのに何で戦場なんかにいんだよ。お前は大人しく花でも愛でてろって意味だろーが』

『サネ…?!』

 誰もいなくなった見張り台から街の様子を見ていたら、下から声がしたので身を乗り出して様子を見ればそこにはいなくなったはずのサーネストが壁の上に立ってへらへらと笑い手を振る。

『何をしに来た、エルフが…。貴様らエルフにとってリッチなど天敵であろうが』

『お前ら雑魚ゴブリンよりマシだっての。…妙な気配が近づいて来るから戻ってみりゃこれよ。

 まだ感知されてない今が逃げるチャンスだぜ? 奴さんは目の前の狩りに集中してるからな』

 雑魚呼ばわりされたゴブリンたちが憤慨するも、魔王軍に察知されるのを恐れ、長が制す。

『しかもただのリッチじゃねーよ。あの魔力量からして進化した個体だな。軽く周囲を見て来たが着実に包囲されてるし、逃げるも進むも地獄だな』

『デミリッチ…ということか。

 小王様。やはり危険です、デミリッチは無意識に敵の魂を抜き取る最悪の魔族。アンデットの王である奴には下手な攻撃はおろか、近付くことすら自殺行為かと』

 そんなことを言っている間にデミリッチが新たな命令を下す。骨だけとなったアンデットたちが次々と破壊された南の壁を抜けて侵攻してきた。

 その数が異様だった。地面にびっしり並ぶアンデットに思わずオレとゴブリンたちは言葉を失う。それは街の中でも同じだった。なんとか抑えていた、ギリギリ守備を展開しているというのに更なる敵の増援。

 きっとあのアンデットの大軍はこの街を滅ぼし、そのまま北に向かうに違いない。そこにはゴブリンたちの集落もあり、そして…あの二人がいる。

『でも行かないとっ』

『あ。こら、お前話聞いてたか? 待て待て…、行くなってんだろ』

 見張り台から降りて街に向かおうとするオレを止めるべくサネがポンチョを引っ張る。負けじとポンチョを脱ぎ捨てて走り出そうとすると中に着ていたローブも裏返ってしまう。

 ヒラリ、と一枚の紙切れがポケットから落ちてヒラヒラと地面に落ちた。足元にそれが落ちたサネはそれを見て、最初はすぐ目を逸らしたがすぐに視線を戻して二度見した。

『うおおぉい!? な、なんでこんなもんがここにあんだ?!』

 雪でダメになりそうだったそれを奪うように掴み上げたサネはオレの目の前にそれを突き付ける。

『これ!! これ、おまっ…じゃねーか! しかも超高度の!!』

『う、うん…。いつかの勇者一行の人が落としちゃって返そうと思ったんだけど声掛けにくくて…返せなかった…』

『…もう一生返せねーから平気だろ。

 それより! これさえあれば魔族を召喚できるんだよ! お前が喚べば出て来る魔族…わかるな?』

 喚べば…出て来る…?

 ポカンとするオレにサネがいそいそとポンチョを着せてゴブリンたちが手で扇いで紙を乾燥させようとしている。

 思い浮かぶのは最後まで自分に手を伸ばしてくれた大好きなキングオーク。喚んだら…来てくれる? もう一度、逢える…。

『できない…』

『はぁ?! なんでだよ! お前魔王にあんだけ求愛されてたんだから、生きてたなんて知ったらなんだって叶えてくれんだろ!』

 時が止まる。

 いや、そんなことをしている場合ではないのだが、今確かになんか…えっ?!

『きゅっ、求愛…?! はあ??』

 あついっ。顔が…熱い!!

 多分真っ赤になったであろう顔を覆う。指の隙間から見えるエルフとゴブリンは何故か普通だ、全く普通。

 それが何? みたいな顔してるぅ!!?

『…え。いや、だって…あんなにお前のこと必死になって助けようとしてたじゃん。ありゃ知り合いの子どもに向けるモンでも弟分に向けるモンでもねぇよ。

 最愛、ってのが正しいな。覚えとけ。男がああいう顔してる時ゃ本気だぜ?』

 ああいう、顔…?

 四六時中あの顔でしたけど!!

『ぁ…』

 将来を約束して、

 大好きだと伝えられて、

 永遠の祝福を与えられた。

『ナラのことが、好き…?』

『まぁ多分? 高確率で? 成体になったらもっとスゲー求愛されてたんだろうけどな』

 そんな。そんなこと、わかったら…余計に逢えないじゃないか。好きになってくれたのに目の前で死を選んでいなくなった。そんなのあんまりだろ。

 …そんな酷い奴のこと、もう…。

「奴は今でも君を想っている」

『魔王様…?!』

「やれやれ、だと言っているだろうに困った子である。ナラ。君は今も奴に深く愛されているとも。

 なんたってオークの城の裏側には君を弔う為に作られた巨大な墓石がある。毎日花が咲き誇り、必ず誰かしら祈りを捧げていたから。

 奴は毎日そこにいる。時間はバラバラだそうだが、必ず…君を想っているのである。そうカシーニ・ラクシャミーから聞いて暫く経ったら討たれたわけだが」

 突然地面からすり抜けるようにして現れ、オレの足元に擦り寄るネコ魔王様。

 墓…? そんな馬鹿な、だってオークは死者を弔ったりしない。死んだら死んだ…それだけのはず。

 想像したら言葉にならなかった。

 あのランが…毎日毎日、そこに肉片の一つすらない墓に何を想うのか。無意味だとわかっているはずだ。それなのに欠かさず出向き、オレのことを思い出してくれている。

 帰らなきゃ…違う、オレは…帰りたい。

 もう一度。

 もう一度で良い、逢って君に…謝らないと。そして願わくば、最後に一度でも良いから

 抱きしめて、ほしいなぁ…。

『…かえるっ』

 来てくれるかな。

 ナラの声、聞こえるかな?

『帰りたいっ…!』

「…よし。吾輩も手伝おうか。魔王を召喚するとなれば相当の魔力が必要だろう。

 お前たちも手伝うだろ?」

 ネコ魔王様の言葉に何度も頷くゴブリンたちと、やれやれと言いたげに…でも決して嫌とは言わないサネ。

 魔法陣を発動させるとゆっくりと手を組んで目を閉じる。上から下へ魔法陣がオレを中心に展開されると真っ先にランを思い浮かべる…が、バチバチと電気のようなものが発生して召喚を拒むような気配がした。

 や、やっぱり無理なんじゃ…!

『チビ!! 変身解け! んでもっとお前の魔力を押し出して気付かせろ!

 あの野郎に聞かせてやれ! お前の声を…、思わず駆け付けたくなるような言葉で誘き出せ!!』

 思わず駆け付ける…?!

 今にも消えそうな魔法陣に慌てて考える。考えに考えて、レパートリーから抜粋した言葉を思いっきり叫ぶ。

『らん、らん…!!』

 名前をあまり呼ばないようにしていたのは、一度でも口から出したら止まらないような気がしたから。

『え、と…えっと…

 ナラ!! 好きな子が出来たのーッ!!!』

『バカそれ逆効果ァ!!』


 …え?


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