純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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魔王軍襲来

襲来と決断

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『うわー…、あの野郎何も言わずに行きやがった…』

『エルフとはそういう輩です。放っておきましょう、あんな恩知らずは』

 しんしんと雪が降る森の中。誰もいなくなった洞窟には季節外れの花が一輪だけ置かれていた。溜め息を吐き出してからそれを受け取るとゴブリンたちが先を促す。

 ギルドからデビルたちの手により逃げ出したオレは森の中にいた。ショートブーツで雪を踏み締め、ゴブリンたちが案内するまま奥へ進む。

 どうやらジゼたちだけではなく、サネまで行ってしまったらしい。アイツにしては随分と長居をしていた方か…。

『冬になりますと魔族の中でも進化や凶暴化が目立ちます故、春までは我らの集落でお休み下さい。その間に小王様のやりたいことを纏めれば宜しいかと』

『何から何まですまないなぁ…。でも、なんだって冬はそんなに危険なんだ?』

 少し寒いくらいで行動の妨げにはならないのに、と付け加えるとゴブリンたちは何か言いたげにオレを見上げる。

『とんでもございません…。我らにとって冬は命の危機が何倍にも膨れ上がります。食料や寒さ、そして一番は命の危機に際して進化した他の種族が襲い掛かってくること。

 小王様のお生まれになったオーク城には誰も攻め込んだことがございません。そんな命知らずは…貴方様の側にいた他の王たちが、悉くを排して来ましたから』

 そうか…、あの城はそうやって護られてきたのか。

 冬がそんなに厳しいものだと知らなかった。あの城にいた頃はみんながオレに少しも危機を悟らせることなく過ごせるようにしてくれて…暢気なオレは、ただニコニコ笑ってみんなが帰って来たと喜ぶしか知らない。

 嬉しいけど寂しい。そんなオレの心情を察してか、他のゴブリンたちが語ってくれた長のゴブリンを責めるようにビシバシと身体のあらゆる部位を叩く。

『あ。こらこら…、平気だから。オレってばまだまだこの世界のこと知らないみたい。

 だから頼りにしてるぞ? なんたってお前たちはオレの一番最初の部下たちだもんな』

 世間からは小鬼、とも呼ばれるゴブリンだがほんのり頬を染めてデレデレと鼻の下を伸ばす姿は鬼とは縁遠い。どちらかと言うと小人かな。

 ゴブリンたちの集落に向かうまでに寒さ対策に木の枝を拾ったり野生動物を狩ったり、木の実を見つけて収穫したりして進んでいた。そんなことをしているとゴブリンたちが早く進もうとオレの手を引き先を急ぐ。

 ずっと灰色の空が続いていたが、いつの間にか日暮れが近かったようだ。

『…あ。待ってくれ、花が…』

 たくさんの荷物を抱え始めたから持っていた花を落としてしまった。屈んで雪の上に落ちてしまったそれを取ろうとした瞬間、地面が激しく揺れた。

『小王様!!』

 地震のようなそれに驚き、手を付いて地面に倒れてしまう。たまたま手を置いた場所にあった花があり潰してしまった。

『花が…、』

『っこちらへ早く! お前たち、すぐに仲間たちとの連携を…。集落へ行くのは危険です。そこの木の中に隠れましょう』

 巨大な木の根元が割れ、中に入って隠れられるようになっている。そこにゴブリンたちが布を敷くと地面は濡れていなかったようでなんともない。座るように促され、大人しく座って膝を抱えているとまた地面が激しく揺れる。

『…敵か?』

『恐らく…! お待ちを、すぐに様子がわかるようにしています』

 これが冬の洗礼かとドス黒く覆われた空を見上げる。雪の降り方も激しさを増し、周りのゴブリンたちも少し寒そうだ。

 オレたちオークは意外と寒さは平気だ。人型以外の巨体なオークたちも、寒さや暑さに鈍いくせに五感は発達している。だからわかってしまう。そう遠くない場所で、よくないことが起きていると。

『まさか、…そんな…』

 血相変えた若いゴブリンが走って来ると、簡潔に述べた言葉に長が表情を無くす。

 

 それだけではない。今、この瞬間にオレのいた街は魔王軍によって襲撃され…その延長線上にあるゴブリンの集落もターゲットにされている可能性が大、とのことだ。

『何故ゴブリンまで…? お前たちは今まで前線でも一緒に戦って来た戦友だろう?』

 絶望に打ちひしがれるゴブリンたちは、抵抗の意思すらなかった。ただ涙するばかりの彼らはこうなったであろう原因を話してくれる。

『っ、それが…。我々は数は多くとも個の力は弱く、戦場に出ただけで屍を大量に築きます…。以前から戦の功を上げたくて…他のゴブリンたちに負けまいと無理に出撃を繰り返しました。

 それで数が激減してしまい…、住まいもこうして敵が少ない場所を確保し一族を増やそうと考え直したのです。此度の戦は…見送らせてほしいと随分前から打診してました…恐らく、それが…』

 戦わないなら他の種族に滅ぼさせる、そういう話だろうとのこと。

 …なんじゃそりゃ…。

『立て。そこに膝をついても濡れて弱るだけだ。とっとと立て、武器を持つんだ』

『小王様…?』

 そんなこと、魔王が…ランが言うはずない。

 ランは最強なんだ。そういう種族の事情があるなら言われるより先に汲み取ってやるくらい出来る男だ。何より、そんなことで戦友と手を切るような愚か者なんかじゃない。

 ランなら俺様が片付けて来るからお前は休んどけ、くらい言えるもん!

『人族の街にいるなら、ゴブリンの集落にいる者たちの避難は間に合うはずだ。すぐに集まって手を貸してやれ。ナラの近くには最低限で構わないから』

 …そう。

 街にもういるなら、間に合わない…せめて部下たちの家族くらいは救わないと。折角オレの元に来てくれたんだから、だから…。

『っフェーズ…、爺ちゃ…』

 そして数え切れないほどの思い出。ラックはもう死に、人族との関わりは断つ…そう、決めたのに。

 慌ただしく動くゴブリンたち。僅かに揺れる地面。そして、優しくしてくれた大切な街の仲間たち。

『なぁ…、そいつは何処から来たんだ?』

『はい! 奴等は確か…人族の街の南から来ています。真っ直ぐと迷いなく北に向かっていました…まるで、何かを追うような危機迫る感じで。我々の集落はずっと前から場所は報せていたはずなんですが…』

 刹那、

 オレの中にある最悪の未来が浮かぶ。

 もしも。

 もしも、ジゼに…彼にランが施した呪いがあったら。いや呪いじゃなくても地の果てまで追う為に僅かでも魔力探知にジゼやダイダラが引っ掛かったら…?

 今まで彼らは死にかけのようなもので魔力もごく僅か…、それが…最近はすっかり元気になった。

 だけど…その魔力が生まれた時、確実に側にはオレがいた。オークの気配と退魔の力で上手く魔力が隠れていたら…だってオレの魔力を探知するはずがない。

 死んでると思ってるんだから。

 それにこの瞳は偽りでも退魔のエメラルドグリーンの髪ならある。それも…探知の妨害をしていたなら。そしてこんなにもオレたちが離れたことはない。

『あ、ああっ…なんで、…』

 彼らは北から出た。

 追手は南から入り、真っ直ぐと北に向かっている。

『そんな…っ、クソ!!』

 ゴブリンたちが止めるのも聞かずに外に飛び出し、真っ直ぐ街へと走り出す。

 ふざけんな、ふざけんなバカ野郎共が…!

『っ行かせるか…!』

 どれだけ頑張って別れたと思ってんだ。どれだけ辛さを飲み込んだか知ってる?

 この別れを、無駄にはさせない!!

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