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魔王軍襲来
冷えた心を温めて
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『ラック…?!』
家に着いた途端、血を吐いて倒れた子どもにすぐに駆け寄るとぐったりとした身体に触れて向きを変える。外傷は全く見当たらない。ならば毒か呪い…まさか病? 兎に角、小さな身体を抱えてベッドに下ろす。
『顔色が真っ青です…!』
『くそ…、一体どうなっている! 毒か呪いかもよくわからなければ話にならない。取り敢えず毒消しに回復薬を…。呪いなら身体のどこかに何か刻印があるはずだ。それがなければすぐに医者を呼ぶぞ!』
ラックの身体を調べても呪いの刻印はどこにもない。すぐに服を着せようとその身体に触れ、驚く。
『っジゼ様! ラックの身体っ…とても冷たいです! これでは体温が!』
『な、んだ…? こんな冷たくて、これでは…まるで…っ』
まるで、死んでいるようだ。
そう口にすることは出来ない。そんなことをしてしまえば今にも現実になってしまいそうで恐ろしい。
家にあった毒消しを試したが効果は見られず、ラックは浅い呼吸を繰り返し苦しそうに呻き声を上げ始めてしまう。熱を上げることも出来ないのか身体は真っ白で冷たい。いくら布団を被せても無駄な上にまだそこまで寒くないからとあまり薪を用意していなかった。
『ラック…!』
あまり身体を動かしたくはない。しかしこのままでは本当に死んでしまう。薄いシャツを一枚だけ着て、ラックを抱っこしてから毛布を被る。体温で温めてあげると初めてラックは少しだけ表情を和らげた。
『ギルドに行くぞ!! あそこに行けば症状に心当たりがある奴がいるかもしれない! ついでに医者だ…、貯めてあった金を取って来い、儂は戸締りをしてから行く!』
『はい!!』
寝室にあるタンス。一番上に我々がラックには内緒で貯めたお金があり、緊急事態によりそれに手を出すことを殿下より許される。必死に貯めたものでも、ラックの命には変えられない。
『あれ…? …変、ですね…増えているような?』
三日程前にギルドから得た報酬を纏めて入れた時より、明らかに額が増えている気がする。自分の記憶違いか殿下の仕業か…気にはなったが、今はそんなことをしている場合ではない。
出る支度を整えた殿下と共に家を飛び出し、ギルドへと一直線。夕暮れを過ぎて薄暗さを増した街を駆ける。やっとギルドに辿り着くも、そこはいつもと雰囲気の違う場所になっていた。
明らかに、人が多い…。
しかも人が多いだけではなく、妙にみんな真剣な面立ちで喋っている者ばかり。なんとか受け付けに向かうと二人の受け付け嬢が慌しく動いている。
『フェーズ殿…!!』
何かとお世話になるフェーズ殿の方に声を掛けると、書類を書きながらも顔を上げた彼女と目が合う。
『アンタたち、どうしたの?! それ…抱っこしてるの、ラック? やだ。怪我?!』
忙しそうな現場を離れた彼女がやって来るとラックのことを簡潔に説明して助力を願う。ラックの顔を一目見ただけで顔を顰めた彼女が口を開く。
『…外傷も毒もなし、呪いの痕跡もなし。残ったのは病ね。
…ダメなのよ。本当、タイミング最悪ね…。街の医者は今、全員出払っているのよ』
『全員がか?!』
思わず殿下が大声を上げるのも無理はない。医者なら街に何軒かある。それなのに、その全員がいないなど普通なら有り得ない。
『…仕方ないの、王命なんだから。
数時間前に勇者一行の死亡が確認されたの。勇者だけが行方不明だけど他のメンバーは全員、亡くなったらしいわ。加えて…魔王軍が各地で侵攻して近くの街でも被害が出たらしいのよ…。
瘴気を出す魔族によって病が感染しているらしいわ。だから医者が呼ばれてるの、あれは早めに対処すればすぐに落ち着く一番軽い災害でしょうから…』
勇者が、死んだ…?
数日前にこの街を旅立ったはずの、あの勇者一行が…死んだ。
『王都から魔法騎士団が各地に行ってるそうだけど、明らかに魔王軍の方が戦力は上らしいし』
『…勇者は、魔王に敗れたのか?』
『わからないわ。…でも、多分…違うって噂。
だって普通に考えてそうじゃない…。魔王なら待っていたって勇者は現れるのに、わざわざ出向くなんて。勇者を恐れていたならもっと早く殺したはず。
…医者たちが帰って来るまで、長くても三日。私も症状を探ってみるから…なるべく安静に、絶対に油断しないで。一体何が起こってるの…ぁ、でも。
何度か咳、してたわね…この子』
小さな身体を抱きしめて、帰路に着く。
真っ暗な道を殿下の後ろを三歩ほど空けて歩く。足取りは重く、言葉もなかった。忙しく人が駆け回るギルドでは邪魔になってしまう。医者もいない今、出来ることは早く帰ってラックを横にして休ませてあげることだけ。
ラックは病に罹っていたのに、私たちにその不調を言わなかった。…否。言えなかった。
医者に診てもらうのはお金が掛かる。怪我は回復薬があるが、病には効かないので医者頼み。その医者も病を治すのは大体が薬。膨大な知識が必要な彼らには診察料を高く払って診てもらう他ない。彼らとて、大半が借金や国からの制度で学校で学び決して裕福ではない暮らしをしているのだから。
だから、ラックは…。
『儂のせいだ』
ベッドに寝かせたラックに寄り添い、服を脱いで抱きしめる。未だ目を覚まさないまま深夜となり殿下と交代で付き添っているとベッドの淵に座った彼が頭を抱えて項垂れる。
『…都合の良い時ばかり利用して、時が来たら手放そうとしたから…だからっ、こんな』
『…殿下』
ラックを手放そうとしたのは、本当だった。
私たちが進むのは茨の道。決して先などない。そんな運命にこの子を巻き込むわけにはいかなかった。近い内にギルドに話して、より良い引き取り手を探そうと話していた矢先。
まるで、要らないなら取り上げるとばかりに…違う。私たちは決して、捨てるような真似をしたかったわけではない。
ただ、
ただ…この子が幸せで、笑って過ごせる未来であってほしかっただけなのに。
『三日も保つのか…? そもそも医者が来たからと言って必ず治る保証もないんだ…』
そっと手を伸ばした殿下がラックの頬に触れる。それがあまりに冷たかったのか、今にも泣きそうな顔をして両手で小さな顔を包むようにしてあげた。
『死ぬな。…死なないでくれ、頼む…。儂をあんなにも、必要としてくれたお前を失ったら…一体どうやって生きれば良いんだ』
ラックだけだった。世界から切り離されたように、神にそっぽを向かれたような生活でこの子だけが救い。突然現れて懐いてきて、生活を一変させてしまった。
まるでこの子こそが、幸福の神であるように。
『なぁ、どうしたら良い…。ラック…』
『…殿下。一緒に温めてあげましょう。
ほらほら、ちゃんと脱いで下さい。人肌が一番良さそうなんです。この子、くっ付くの好きですからね』
『それは普段お前がくっ付きたいだけだろ…』
なんだかんだ言いつつ、殿下も服を脱ぎ捨ててベッドに入るとラックを抱きしめて何度も眠る子どもの額や頭にキスを贈る。
二人を一緒に抱きしめて、夜を明かす。なんとか一日目は凌いだ。それからも交代でラックの体温を下げないよう抱きしめ何とか日中も命を繋ぐ。
二日目の夜。
目を覚ましたラックに殿下と共に喜び合い、体調は大丈夫か、何か食べるかと問い掛けた。しかしラックはみるみると大きなエメラルドグリーンの瞳を濡らすと、大粒の涙を流しながら消え入りそうな声で身体の痛みを訴えた。
痛い、痛いよ、…幼子のそんな悲痛な声にどうしてやることも出来ず藁にもすがる思いでギルドに助けを求めると睡眠薬を処方される。やっと目を覚ましてくれても、それだけ痛がるなら眠らせた方が良いと言って渡されたそれを飲むとラックは再び眠ってしまう。
涙を零しながらこんこんと眠りに着く子どもが最後に漏らした声は、言葉にはならなかった。
『ら、…』
赤い月がラックを照らす。
『そういえば、あの月…』
血のように赤い月が、不気味に照らす。
『あの月も確か…三日、赤いんでしたね』
.
家に着いた途端、血を吐いて倒れた子どもにすぐに駆け寄るとぐったりとした身体に触れて向きを変える。外傷は全く見当たらない。ならば毒か呪い…まさか病? 兎に角、小さな身体を抱えてベッドに下ろす。
『顔色が真っ青です…!』
『くそ…、一体どうなっている! 毒か呪いかもよくわからなければ話にならない。取り敢えず毒消しに回復薬を…。呪いなら身体のどこかに何か刻印があるはずだ。それがなければすぐに医者を呼ぶぞ!』
ラックの身体を調べても呪いの刻印はどこにもない。すぐに服を着せようとその身体に触れ、驚く。
『っジゼ様! ラックの身体っ…とても冷たいです! これでは体温が!』
『な、んだ…? こんな冷たくて、これでは…まるで…っ』
まるで、死んでいるようだ。
そう口にすることは出来ない。そんなことをしてしまえば今にも現実になってしまいそうで恐ろしい。
家にあった毒消しを試したが効果は見られず、ラックは浅い呼吸を繰り返し苦しそうに呻き声を上げ始めてしまう。熱を上げることも出来ないのか身体は真っ白で冷たい。いくら布団を被せても無駄な上にまだそこまで寒くないからとあまり薪を用意していなかった。
『ラック…!』
あまり身体を動かしたくはない。しかしこのままでは本当に死んでしまう。薄いシャツを一枚だけ着て、ラックを抱っこしてから毛布を被る。体温で温めてあげると初めてラックは少しだけ表情を和らげた。
『ギルドに行くぞ!! あそこに行けば症状に心当たりがある奴がいるかもしれない! ついでに医者だ…、貯めてあった金を取って来い、儂は戸締りをしてから行く!』
『はい!!』
寝室にあるタンス。一番上に我々がラックには内緒で貯めたお金があり、緊急事態によりそれに手を出すことを殿下より許される。必死に貯めたものでも、ラックの命には変えられない。
『あれ…? …変、ですね…増えているような?』
三日程前にギルドから得た報酬を纏めて入れた時より、明らかに額が増えている気がする。自分の記憶違いか殿下の仕業か…気にはなったが、今はそんなことをしている場合ではない。
出る支度を整えた殿下と共に家を飛び出し、ギルドへと一直線。夕暮れを過ぎて薄暗さを増した街を駆ける。やっとギルドに辿り着くも、そこはいつもと雰囲気の違う場所になっていた。
明らかに、人が多い…。
しかも人が多いだけではなく、妙にみんな真剣な面立ちで喋っている者ばかり。なんとか受け付けに向かうと二人の受け付け嬢が慌しく動いている。
『フェーズ殿…!!』
何かとお世話になるフェーズ殿の方に声を掛けると、書類を書きながらも顔を上げた彼女と目が合う。
『アンタたち、どうしたの?! それ…抱っこしてるの、ラック? やだ。怪我?!』
忙しそうな現場を離れた彼女がやって来るとラックのことを簡潔に説明して助力を願う。ラックの顔を一目見ただけで顔を顰めた彼女が口を開く。
『…外傷も毒もなし、呪いの痕跡もなし。残ったのは病ね。
…ダメなのよ。本当、タイミング最悪ね…。街の医者は今、全員出払っているのよ』
『全員がか?!』
思わず殿下が大声を上げるのも無理はない。医者なら街に何軒かある。それなのに、その全員がいないなど普通なら有り得ない。
『…仕方ないの、王命なんだから。
数時間前に勇者一行の死亡が確認されたの。勇者だけが行方不明だけど他のメンバーは全員、亡くなったらしいわ。加えて…魔王軍が各地で侵攻して近くの街でも被害が出たらしいのよ…。
瘴気を出す魔族によって病が感染しているらしいわ。だから医者が呼ばれてるの、あれは早めに対処すればすぐに落ち着く一番軽い災害でしょうから…』
勇者が、死んだ…?
数日前にこの街を旅立ったはずの、あの勇者一行が…死んだ。
『王都から魔法騎士団が各地に行ってるそうだけど、明らかに魔王軍の方が戦力は上らしいし』
『…勇者は、魔王に敗れたのか?』
『わからないわ。…でも、多分…違うって噂。
だって普通に考えてそうじゃない…。魔王なら待っていたって勇者は現れるのに、わざわざ出向くなんて。勇者を恐れていたならもっと早く殺したはず。
…医者たちが帰って来るまで、長くても三日。私も症状を探ってみるから…なるべく安静に、絶対に油断しないで。一体何が起こってるの…ぁ、でも。
何度か咳、してたわね…この子』
小さな身体を抱きしめて、帰路に着く。
真っ暗な道を殿下の後ろを三歩ほど空けて歩く。足取りは重く、言葉もなかった。忙しく人が駆け回るギルドでは邪魔になってしまう。医者もいない今、出来ることは早く帰ってラックを横にして休ませてあげることだけ。
ラックは病に罹っていたのに、私たちにその不調を言わなかった。…否。言えなかった。
医者に診てもらうのはお金が掛かる。怪我は回復薬があるが、病には効かないので医者頼み。その医者も病を治すのは大体が薬。膨大な知識が必要な彼らには診察料を高く払って診てもらう他ない。彼らとて、大半が借金や国からの制度で学校で学び決して裕福ではない暮らしをしているのだから。
だから、ラックは…。
『儂のせいだ』
ベッドに寝かせたラックに寄り添い、服を脱いで抱きしめる。未だ目を覚まさないまま深夜となり殿下と交代で付き添っているとベッドの淵に座った彼が頭を抱えて項垂れる。
『…都合の良い時ばかり利用して、時が来たら手放そうとしたから…だからっ、こんな』
『…殿下』
ラックを手放そうとしたのは、本当だった。
私たちが進むのは茨の道。決して先などない。そんな運命にこの子を巻き込むわけにはいかなかった。近い内にギルドに話して、より良い引き取り手を探そうと話していた矢先。
まるで、要らないなら取り上げるとばかりに…違う。私たちは決して、捨てるような真似をしたかったわけではない。
ただ、
ただ…この子が幸せで、笑って過ごせる未来であってほしかっただけなのに。
『三日も保つのか…? そもそも医者が来たからと言って必ず治る保証もないんだ…』
そっと手を伸ばした殿下がラックの頬に触れる。それがあまりに冷たかったのか、今にも泣きそうな顔をして両手で小さな顔を包むようにしてあげた。
『死ぬな。…死なないでくれ、頼む…。儂をあんなにも、必要としてくれたお前を失ったら…一体どうやって生きれば良いんだ』
ラックだけだった。世界から切り離されたように、神にそっぽを向かれたような生活でこの子だけが救い。突然現れて懐いてきて、生活を一変させてしまった。
まるでこの子こそが、幸福の神であるように。
『なぁ、どうしたら良い…。ラック…』
『…殿下。一緒に温めてあげましょう。
ほらほら、ちゃんと脱いで下さい。人肌が一番良さそうなんです。この子、くっ付くの好きですからね』
『それは普段お前がくっ付きたいだけだろ…』
なんだかんだ言いつつ、殿下も服を脱ぎ捨ててベッドに入るとラックを抱きしめて何度も眠る子どもの額や頭にキスを贈る。
二人を一緒に抱きしめて、夜を明かす。なんとか一日目は凌いだ。それからも交代でラックの体温を下げないよう抱きしめ何とか日中も命を繋ぐ。
二日目の夜。
目を覚ましたラックに殿下と共に喜び合い、体調は大丈夫か、何か食べるかと問い掛けた。しかしラックはみるみると大きなエメラルドグリーンの瞳を濡らすと、大粒の涙を流しながら消え入りそうな声で身体の痛みを訴えた。
痛い、痛いよ、…幼子のそんな悲痛な声にどうしてやることも出来ず藁にもすがる思いでギルドに助けを求めると睡眠薬を処方される。やっと目を覚ましてくれても、それだけ痛がるなら眠らせた方が良いと言って渡されたそれを飲むとラックは再び眠ってしまう。
涙を零しながらこんこんと眠りに着く子どもが最後に漏らした声は、言葉にはならなかった。
『ら、…』
赤い月がラックを照らす。
『そういえば、あの月…』
血のように赤い月が、不気味に照らす。
『あの月も確か…三日、赤いんでしたね』
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