純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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人族と冒険とキングオーク

第三の生

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 暗い、深い、重い場所にオレはいる。バラバラの身体が徐々に集まりパズルみたいに組み合わさっていく。ゆっくり、慎重に。

 最後に風が吹いたと感じたら、もうオレは組み上がっていた。

『…らん? どこ…、父さん…』

 一歩、踏み出した瞬間…光が広がる。また首元が熱くなって胸元を見ると素っ裸なのに何故かペンダントだけがそこにある。大切な戦装束も持って来たリュックもどこにもない。

『オレ…死んじゃったのか』

 変だな。前はこんな空間にいたことなかったのに。

【ーぃ】

 あーあ。折角レアな魔族になれたのに、結局無双したり俺つえー! とか一切なかったなぁ。

 …でも、たくさん愛してもらえたからこれで良かったんだ。

【ぉー、い】

 みんなは無事に帰還できただろうか。

【ボーイぃぃぃい!! マイ、スイート、ボーイィィイイ!!!】

『誰だアンタぁ!!』

 人が感傷に浸ってるのに、喧しいわ!

 しかし振り向いて損をした。そこには黒髪黒目の見た目は日本人っぽい細身のイケメン、だがしかし。オレにはわかる。まだ、魔族のオレにはわかる。

 コイツ魔族の宿敵…、天界族だ!!

『ギャー!! こっち来んな天界族が!』

【待ちたまえマイスイートボーイ!!】

 待てと言われて待つ魔族がどこにいる! 素っ裸なんて関係なしに全力で逃げるオレとそれを追う天界族。側から見たら通報待ったなしのとんでもない絵面。

 それがようやく終わったのは、モヤシっ子のオレの体力が尽きて地面に突っ伏した時だった。僅か数分後のことである。

『この線からこっちに入って来たらコロス』

 ピー、と指で地面に突っ伏しながら線を引くと両膝に手をついた天界族が息を切らしながら声もなく頷いた。どうやらこの勝負、中々の接戦だったらしい。

【こ、混乱するのも無理ないね! げふっ…私は君の言う通り天界族だが君を傷付けるつもりはない。取り敢えず…燃え尽きた服の代わりが必要、かな?】

 ふわりと体を包む柔らかいシーツ。真っ白なそれを纏いながらいよいよ対峙するオレたち。

 黒髪は短く切り揃えてあり優しい印象を与える垂れ目。耳にはお月様みたいな形の少し大ぶりなイヤリングが付けられ、体を動かす毎に揺れる。二十代半ばくらいだが天界族もまた見た目に騙されてはいけないのだ。

【率直に言おう。

 キングオークの子よ、君は私の光に灼かれて肉体は焦げ尽きてしまった。つまり…死んでしまったんだ】

『知ってるよ。そうなるってわかっててやったことだし。むしろこの状況が変だろ』

 オレ、死んだんだぞ?

 そう言ってみれば天界族は少し驚いたようで目を見開く。

【中々肝の座ったボーイだね、素敵…。

 げふげふ。そう…君は死んでしまった上に近くにいたエルフの転移魔法にも巻き込まれて肉体は更にバラバラに散ってしまった。

 それをね、私がコツコツ集めて戻したんだ! 大変だったんだよぉ? もう本当に灰になってしまった君の欠片を探し回ってさぁ…探しやすかったけど、時間は掛かったね】

『はぁ?!』

 オレを集めて元に戻した?

 何を馬鹿な、と思ったが…有り得る。天界族の本質は破壊と創造。ゼロから生命すら生み出せる輩が元あった身体を再び復活させるくらい、個体によっては出来ても不思議じゃない。

 破滅と滅亡を司るオレたち魔族には、ほぼほぼ無縁な話だけども。

 生産性ないなぁ、オレら。

【何故、そんなことをしたかって?】

 そう。問題はそこ。エルフとオークが犬猿の仲であるのと同じ…いや、それ以上にオレたち魔族と天界族は正反対の種族だ。

【だって君。私の証を持っていたし? 私、純潔を司る神の一族だから…ボーイがあまりにも好みのど真ん中で、ハートを撃ち抜かれちゃったのだよねぇ。私の光の中に私の証を持った好みの信仰者がいたら、そりゃ救っちゃうでしょ!】

『よし、お前のスペースもっと詰めろ』

 拝啓お父様。息子は変態に遭遇しました、今すぐあの笛をもう一つ作成して下さい。

 ジリジリと天界族のスペースを削って小さな円に閉じ込めれば、可愛くもないぶりぶりな甘えったれた悲鳴を上げてからケラケラ笑っている。

『証ってまさか…』

【そそ。そのペンダントに入ったものは私がかつて、とある人族の王家に授けたものの欠片。そして私はその末裔が君にそれを渡したと知っている。

 魔族でありながら私が守護した一族の子を救ってくれた君に少しでも何かしたかったんだけど…まさか末裔があの魔法を使えたとは】

 お陰で君は死んでしまった、そう淡々と語る天界族は困ったように笑った。

【あれも証と共に授けた魔法さ。王族の一人が純潔である限り使用できる広範囲型殲滅魔法。…人間が使うにはあまりにも魔力消費も、その後の後遺症も酷いから使われたのはこれで二回目か。

 …それでもあのキングオークであれば、耐えた一撃だと思うよ】

 ジゼを心配していたのに、天界族の放った言葉に奴と目を合わせる。先程まで巫山戯た態度だったくせに急に無表情のまま喋り出した。

【あのキングオークなら耐えていた。そして恐らく、君に手が届いていた。奴であれば君を抱えてどんな手段を尽くしてでも守り抜いたかもしれない。

 …いや、実際できただろう。アレは魔王にすら匹敵する力を秘めた魔族。だから哀れで仕方なかった。君の死は、ただ悲しみを広めただけだから】

 コイツは、ランのことを話しているのか。

 目を閉じなくても脳裏にはしっかりと彼の最後の姿が焼き付いてる。灼き尽くされようが身体をバラバラにされようが、あの優しくて大好きなランの姿を忘れることは絶対に出来ない。

『…そうだよ。わかってた。逃げたんだ、オレは…どうしようもなく弱くて、脆い自分が嫌だった。

 魔法を学んだこともある。でも全然出来なくて、魔法の腕なら最優と呼ばれたデンデニアは魔法が出来なくたって関係ないって言ってくれた。

 戦を学んだこともある。でも戦うのは怖くて、誰かを傷付けることが出来ない臆病者なオレを戦に出せば指揮官として右に出る者はいないランツァーは、ナラは優しい子だからって城から出さなかった。

 オークらしくあろうとしたこともある。だけどいつまでも小さくて、弱くて…誰かに護ってもらわなきゃ外にも出れないオレに父さんは自分の子どもである以上に必要なことなんてないから、って抱きしめてくれた』

 なんにも出来ない。

 ふと自分が、何の為に存在するのかわからなくなって怖くなる。愛されていた…だけど、である以上に愛される要因なんてない。

 だって…オレは、ナラであること以外に存在価値がないじゃないか。

『だから、嬉しかったんだ』

 人間の友だちを得たのは何よりの喜びだった。何かをして喜んでもらって、何者でもない自分を受け入れてくれた。

 自信、だったんだ。

 必要としてくれた。オレの身を案じてくれた、誰かもわからないオレのことを。

『避けたらジゼたちは助からなかった。ランは確実に人間を殺す。そしてオレを助けに来たオークたちも少なからず巻き込んでしまう。

 オレは傲慢なキングだから、大好きな人たちには傷付いてほしくないからな!』

 だからどれだけ哀れだろうが構わない。

 そう告げて天界族を放って未だ謎の空間を見て回ろうと歩き出した。何やら後ろでブツブツと唱えるような言葉が聞こえたから、振り返った…んで後悔した。

【はぁあああんっ!! マジ、でっ、最高!!! えー何その気高い魂マジで私好みぃぃ! やだ可愛いカッコイイエモいぃ! どうしよう私の領域に連れ帰りたい本当にお持ち帰りしたいんだけど!!】

『キモいこっち見るな変態』

【ご褒美ッ!!】

 恍惚とした表情でハァハァ言いながら中腰になって迫って来る野郎は変態のお手本です。暫く二人でジリジリと距離を取り合ってから落ち着くと、少し話し合おうと再び向き合う。

【君はやはりど好みど真ん中だよ。

 だから、その新しい命を君にあげよう。私に結末を見せておくれ。

 君の選択はどう傾くのか。君の歩みが見てみたい。なに、どんな結末だろうが私は構わない。たまに私を思い出してくれたら尚、嬉しい!】

『…本当に良いのか? そんなことで、魔族のオレを救ったりして怒られたりとか…』

【あん優しいっ! 平気平気、天界族は魔族と違って上とか下とか王とかないから。堕落しようが何しようがフリーフリー。

 …ただし、世界のバランスを崩したら真っ逆さまに魔族の仲間入りだろうけど。だから心配なしさ】

 じゃあ。という言葉と共に、ニンマリ笑った天界族が手を振っている。まさかと思って踏み出そうとした足は既に地面を踏んでいなかった。

 突然出て来た落とし穴に真っ逆様に落ちていくオレは悲鳴を上げる様を、天界族はなんとも楽しそうに…腹を抱えて見下ろしていた。

『この性悪天界族ーッ!!!』

【あっはっはっは! 最後の台詞まで完璧~。

 
 …さて。私がこのことで堕ちるかどうかは、君次第だ。頑張ってね、可愛い可愛いマイスイートボーイ?】



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