純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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黄金の時代

初めまして、性奴隷…え?

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 それは行軍こうぐんが始まって暫く経った頃。城から出て他の街や村から集められたオークたちとの合流地点に向かっていてようやくそこに着いた時だ。

 今回は主に四つの部隊に分かれ、それぞれの隊長にキングオークを据えている。本格的な行軍が始まるのでみんなかぶと顔布かおぬのなどをしているから見慣れなくて興味深い。あれは嗅覚が発達し過ぎたオークが匂いによる攻撃を防ぐ為のものらしい。

 知らないことばかりで外の世界は凄く、興味深いのだ。

『これっ。次これなぁに?』

『はいはい。それはただの毒性のある植物なんで触ってはいけませんぜ、若君~』

 紫色の毒々しい花を指差すとすぐにその指をそっと折り畳まれて花から距離を取られる。隙あらばすぐに木の実を拾い食いしたり小型の魔獣を追いかけるオレをランの部隊の隊員たちが目敏く見付けては回収されてしまう。

 ランがいない今がチャンスなんだけどなぁ。

『ムシャァ』

『あっ!! また坊ちゃんが雑草食った!!』

『腹減ってんのか?』

 人間と違ってオークの身体は中身も頑丈で、そこらの自然界の毒じゃなんともならない。激弱のオレでも体内だけは優秀である。

『ねぇ! あっちの木に生えてる実は何かな!』

 オークたちを振り返りながら走っていた為に前を見ていなかったせいで、誰かにぶつかってしまった。衝撃で尻もちをついて転んでしまったがすぐに相手に謝罪しなければと目を向けて、息を呑む。

『ごめ、なさ…ぃ?』

 だけど、オレと同じく相手も目を丸くしていた。

 そこにいたのは何とも頼りない一枚のボロい布切れ前掛けみたいなのを身に付けた、少し痩せているがガッシリとした逞しい肉付きをした人間の男だった。

 に…人間だ!!

 嬉しくなって手を伸ばそうとしたら、相手も手を伸ばしていた。不思議に思ってそれを掴もうとしたのにあっという間にオークたちによって抱き上げられ…なんと相手の人間はその内の一体によって蹴り飛ばされてしまった。

『っ無礼な!!

 ナラ様に触れるなど、畜生の分際で許されるはずがない! この奴隷はどこの管理区のモノだ!』

『…いや。身なりからして性奴隷の方だ。こんなモノがナラ様の御身に触れたなどおぞましいな』

 ガタイの良いオークに何の防御力も持たない布切れだけを着た人間が、蹴られる。それだけで人間など呆気なく死んでしまう。それを知るオレは慌ててオークの腕からもがいて彼を見た。

 ああ…、なんてことだ。

『血が…っ、あぁっ…そんな』

 脇腹が抉られたようになり、地面に血溜まりを作って彼はピクリとも動かなくなっていた。元々顔色も悪くて体調も悪そうだったから尚更だ。傷んだ金髪が土と血に染められる姿に焦燥に駆られる。

『申し訳ありませんっ。我々が管理する人族がナラ様に大変なご迷惑を…!!』

『直ちに処分致します! 申し訳ありませんっ!!』

 首輪から繋がる鎖を引かれ、彼は強引に引っ張られて行ってしまう。ランの部隊員たちがオークたちに厳重に注意を言い聞かせる中でオレは大パニックのまま内心どうするべきか思考する。

 しょ、処分って殺すってこと?!

 そんな物みたいに言わないでくれます?!

『ダメ!!』

 何かっ、何か良い言い回しを!! どうすれば良いんだこんな時ーっ!!

『何騒いでる』

 あ。終わった。

 部隊の編成を済ませたランが甲冑かっちゅうを身に纏って姿を現す。周囲には副隊長や参謀などぞろぞろと引き連れて戻って来たランは兜により表情が窺えない。

『…ナラに何かあったのか?』

 怪訝けげんな顔をしたランが辺りを見渡し、オレを見付けると真っ直ぐに近付いて来た。オレを抱えていたオークがすぐにオレを差し出すと、迷うことなくランはオレを抱っこしてしまう。持ち上げる時に軽く異変がないかチェックまでされた。

『この人族の奴隷がラン様にぶつかり、その身を地面に突き飛ばしたのです。我々が近くにいたのに申し訳ありません』

 違う違う!

 ぶつかったのはオレだし、勝手に尻もちついただけだって!!

『…ナラ。怪我はないな?』

 すぐにランの片腕にお尻を乗せ、顔を合わせるように向かい合うとランの手が頬に触れる。あまり刺激しないように取り敢えず黙って頷くとランの大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられる。

『ラン…』

『わかってる。また怖い思いをさせたな。だが、お前の身に危険が降り掛かる場合は別だ。

 そこの人族の処分はナラに判断を委ねる。ナラ、お前が決めて良い』

 目の前に横たえられた一人の人間の命運を握らされた。ヘマをするわけにはいかない。オレの回答によってもしも仲間から反感を買ったら…、もしも情け無いキングオークだと落胆されたら。

 …あれって…。

 ふと気付いた、遠くからこちらの様子を窺う人影。それは紛れもなく人間であり横たわる男性と似た服装の…奴隷らしき人たち。彼らは心配そうに、だが決して目を離さずその場に留まる。

 仲間が最悪の場合、どうなるか知っているような悲しい決意に溢れた顔をしていた。

 …ダメだ。

 オレは、…キングオーク様だ!! キングオークで別に強くないけどっ、なんか凄い魔族様だ!

 今この場で、オレに勝る正義こたえなんてありはしない!

『ナラ! コイツに謝ってもらってないの!』

 ピッ、と横たわる人間を指差すと声が震えないよう精一杯大きな声を出す。

『悪いことした奴は謝るって父さんが言ってた。ごめんなさいしてくれなきゃヤダ!』

『…ナラ。コイツが謝罪をしたらナラは許す選択肢ができる。そんなものはコイツに与えられない。コイツらは…』

だから? ナラそれ知らないよ。ラン、それはなぁに?』

『せっ!? ダ、ダメだ!!』

 くらえ!! 伝家の宝刀、無垢なる眼差しぃ!!

『…どうして? ランがナラに秘密、するのか? みんな知ってるのに…ナラだけ除け者だぁっ』

 しくしく、と涙を拭くモーションを加えると一気に辺りは不穏な空気に包まれる。誰もが気まずそうに目を逸らしたり、何か喋ろうとして言葉が見つからずに口を閉ざす。

『教えてくれないなら治してごめんなさいさせてっ』

『~っ、わかった、わかったから泣くなナラ! あー…後で教えてあげるから今はダメ』

 ははは。これぐらいで泣くわけないだろ、ランは本当にオレに甘過ぎるんだから。…そういう優しいところは好きなんだけど。

 周りのオークたちも胸を撫で下ろしたり事態の収拾に安堵していたりで、オレの対応が間違いではなかったのだと実感する。

 間もなく、一番品質が微妙と言われる回復薬を浴びた人間は怪我が一気に修復されて目を覚ました。だけど失われた血や疲労なんかは回復しないので相変わらず顔色は悪い。

『た、大変…申し訳ありません…?』

『…ん。もう良いから向こうにやって』

『承知しました、ナラ様』

 謝罪を受け取ってしまったオレにランは何を言うでもなく手を引いて歩き出す。それに抗うことなく素直に一緒に歩いているとふと振り返って見たら…同じように彼もまた、鎖で引かれながらもオレを振り返っていた。

 話してみたいな。この世界で、初めてオレに声を掛けてくれた人間。

 にっこりと微笑んでからすぐに前を向いてランと歩く。

『ラン! あっちの原っぱにいっぱい花がっ』

『よし。やっぱりナラは暫くランが抱っこしてる』


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