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第十一王子と、その守護者
目覚めと、旅立ち
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定まらない視線を動かし、ただ混乱する頭で必死に過去を思い出そうと記憶を探る。首を横にすると鼻をくすぐるお城で使われている洗剤の匂いに安心しつつ、寝過ぎたせいかバキバキと不吉な音を出す体を起こす。いつから寝ていたかもよく覚えていないが体の鈍り具合から相当寝ていたんだろうとぼんやりしていた。
体、痛ぇな……。
なんて思った辺りで唐突にあることを思い出す。
『は、れ……? オレ、なんで生きて……え? 魔核どこ行った、あ……れぇ?』
ペタペタと胸の辺りを触れるも、そこは何もなかったように動く心臓が一定のリズムを刻むだけ。元通りの肌に、体。布団を捲って全身を見ても怪我の数々は治されている。
手をグーパーして力が入ること、そして変わらずに糸が出せることを確認して益々意味がわからなくなるばかり。
『本当に、生きてるのか……?』
その時、まるで誰かに呼ばれたように振り返ってから目の前にある物を見て思わずポカンと口を開けたまま固まってしまった。
今日はクリスマスだったのかと疑うほど、大量のプレゼントが部屋に置かれていた。小さい包みから大きなものまで様々でザッと数えても三十はあるんじゃないかと思われる。しかし、中でも異色を放っていたのがベッドのすぐ近くに置かれた超巨大なプレゼント。一つだけ明らかにデカさが違う。
『……人間とか入ってないよね』
ベッドから手を伸ばし、大きな黒いリボンを引き抜いて周りの布を下へ下へと引っ張っていく。最初に現れたのは、何やら立派な角。
そして……現れたそれを見て、衝撃が走る。
『な、なんで……これ、え……?』
いつか見たカタログに載っていた、超巨体ドラゴンぬいぐるみ。真っ白な体にボテッとした我儘ボディ。真っ赤な瞳に黒い角……体の大きさに明らかに合わない可愛い翼。そんなドラゴンの首には小さなメッセージが下げられていた。
【お誕生日 おめでとう】
メッセージと一緒に小さな袋に入れられた何かがあって外してみれば、そこから可愛らしい髪飾りが出てきた。糸で出来た白と桃色の髪飾り。
誰が入れたかなんて、すぐにわかった。こちとら人生最後と覚悟した魔法に好きな人の名前を入れるような恥ずかしい人間なのだ。まるでオレが生み出した魔法の春糸恩を思わせる花に、顔を覆う。
どうやら、護りたかった人はきちんと護り切れたらしい。
ベッドから降りるとすっかり弱り切った筋肉のせいでガクンと膝をついてしまう。ベッドに手をついてなんとか立ち上がると、膝がガタガタ笑っている。そんな自分の情けない姿に泣きそうになりながら、なんとかベッドの周りを何度か回ってリハビリを開始。恐らく寝ている間に回復魔法もかけられたのだろう、三周目に突入する頃にはゆっくりとだが助けはなしで歩けるようになった。
窓枠に手をついて外の様子を見れば、もうすぐ夜明けを迎えそうだ。
『良かった……街も、なんともないみたいだ』
時間が時間だから静かだが、魔人が暴れたような様子もないし自分が倒れた後は他の守護者や騎士団が頑張ってくれたのだろう。
振り返ってドラゴンの元へ歩み寄ると、その愛らしい姿に堪らず両腕を広げて飛び込んだ。質の良い素材で作られているのか肌触りもよく何よりも最高に可愛い、こういうのを可愛いと言うのだと思いながら更に抱きしめる。
どうして、これが欲しいってわかったんだ? 一言も可愛いとかも言ってなかったのに……。
『凄い嬉しいけど……』
こんなに大きなものは、旅には持っていけない。まさかおんぶしながら持っていくわけにもいかないし、どういうつもりで贈ってくれたのかと首を傾げる。
そもそも。
自分は何か、大切なことを忘れている気がする。
『なぁーんか、口走ったような気がするんだよなぁ』
ふとプレゼントの山にチラリと視線を移せば、またなんとも可愛らしい服が一式飾ってある。若干スカートに見えるようなふんわりしたズボンや赤や桃色が使われたそれに、またあの人かと近付いたところで服に何かメッセージがあり手に取ってみた。
いつかの用紙に似た、可愛らしいメッセージ。それに書かれた言葉に記憶の底に眠っていたヤバい記憶が解き放たれた。
【愛の力に、感謝を。 早く元気になりなさい。
ビローデア・イーフィ】
愛。
そう、愛。
手からメッセージが滑り落ち、必死に泣き叫びたい衝動を抑えてベッドの中へと飛び込んでは丸くなる。ポカポカと枕を叩きまくり過去の自分に対する苛立ちが溢れて止まない。
【す、きです】
【好きです】
ああぁああぁあああーっ!!
バーカ、バーカ、ばぁか!!!
『うおぉーっ! 最後だと思ってとんでもねぇこと吐いてやがるよ、オレぇ!! 死んじゃうっ……恥ずかしくて死んじゃうぅうう』
何言ってんの!! 愛する人間にフラれて、人生で一番大変な局面に立ってる人に何言ってんの?!
しかも愛する人間に魔人なんてものが入ってた上に国の危機的状況だってのに、もーっ!!
『……っぐす、にげよう……』
大混乱に陥ったオレが辿り着いたのは、逃走の二文字だった。部屋の隅っこにある椅子に隠すように置かれていた鞄を引っ掴み、逃げ出そうとしたところでふと王子の部屋に繋がる扉を見た。
……こんな時間だし、寝てるよね。
最後に、顔を見たかった。寝顔だって良い。ただ生きている姿を見て自分が安心したかった。
『あれ……?』
不敬だとわかってはいたが、ノックもしないで静かに部屋に入るも様子が可笑しい。ベッドはきちんと整えられたままだが誰かが寝ていた様子もない。無駄とわかってベッドに手を入れるも、やはり中は冷たくて長い時間誰もいなかったとわかる。
テーブルの下に置かれた本を見て、相変わらず雑な扱いをしているなと思いながら手に取れば真ん中らへんにペンが挟まれていて更にガックリと項垂れる。傷付くからペンはダメだと言ってるのにまるで話を聞かない王子だ。
『そうだ! あのプレゼントを……こういう時の為に用意したんだもんな!』
小走りで自分の部屋に戻って、いつか買った王子へのプレゼントを出そうとベッドの下を覗いて取り出そうとした時だ。
『あれ? ……ない?』
プレゼントがない。確かに糸でベッドに括り付けておいたはずなのに、どこにもない。例え糸が切れて誰かが見つけたとしてもノルエフリンには話がいくはず。そしてノルエフリンなら、あのプレゼントがどういうものか知っているから……王子には渡されたはずだ。
『……渡したのに、アレ……使ってないのかな?』
王子にピッタリだと思って購入した栞。日頃から本を読む王子にこれ以上のプレゼントはないと思い、ハルジオンの花に似た可愛い花が細工された綺麗なものを買ったはずだった。
……使ってくれてないのか。
なんとなく悲しくなりながら再び王子の部屋に行き、主人のいない部屋を彷徨う。そっと彼の枕に手を伸ばして抱きしめながら顔を埋める。
『こんな時間に、どこ行ったのかな……』
その時だった。
扉の向こうが少しだけ騒がしくなり、思わず大袈裟に体を揺らしてからアワアワと狼狽える。しかし扉の向こうにいる人は中には入らず何かを喋っているようで思わず枕を抱きしめたまま扉に近付く。どうやら見回りの兵士らしい。
扉の隙間から透明な糸を何本も出して、糸電話の要領でこっそり会話を盗み聞いた。
『全く、国の英雄である守護者が昏睡状態だってのにハルジオン殿下はまた地下牢かよ』
『あの魔人に操られてた団長に会う為にずーっと足繁く通って面会の許可が降りるの待ってるんだと。よくやるよな、本当』
……え?
腕に抱いた枕を更に抱きしめながら、ズルズルと扉の前で体が崩れ落ちる。
『まだ気があるってのか? おいおい、いい加減にしろよ。自我も残ってたって話じゃないか。そんな罪人のために割く時間が無駄だよ』
『気の毒にな、タタラ様……。こんな救いようのない王子なんかのためにあんなにボロボロになってさ。あの中継見てた家の人、すっかり号泣してさ~あれ見たら確かにそうなるよな』
大袈裟に揺れる足に力を入れて、なんとか立ち上がる。腕の中から零れ落ちた枕を拾うこともしないでそのまま糸を垂れ流して歩き出した。
『早く起きたらいいな、タタラ様……あれからもう、一ヶ月だもんなぁ』
最後に聞こえた衝撃的な発言に思わず転びそうになりながらも糸を切って、部屋に戻る。入り口に置いた鞄に適当に服を詰め込んだ。ズボンも穿いていない甚平を上に一枚着た病人丸出しな格好だが、構わず出て行こうと窓を開ける。
一秒でも早く、ここから逃げたかった。
『……っ、ごめんな』
こちらをどこか寂しそうに見つめるドラゴンと、髪飾りをベッドに置いたままオレは糸を放って窓から脱走した。
裸足のまま出てきたのはマズかった。人生は衝動的に動いてもロクなことにならない。だからそう、あんなことを勢いのまま言ってしまったのがいけなかった。ずっとずっと心の深いところに封じ込めて蓋をしておけば良かった。
街を泣きながら歩く自分は、世界で一番惨めだと思う。
『あら……? まぁ、タタラ様!?』
『本当だ……タタラ様じゃないか!』
一日の始まりが早い者なら起きている時間。城門を超えて街を歩いていたオレはちらほらと活動を始める民たちに見つかっていた。城門を越えるまでは糸を使って動いていたが、流石に病み上がりにはキツくなってきて王都では歩いて移動をしていたのだ。
しかし、彼らの反応は一気に怪しくなる。何故なら靴も履かない守護魔導師がたった一枚の布っぺらだけを着て、しかもその背には結構な荷物を抱えて歩いているのだから。
『タタラ様! 我らバーリカリーナの英雄であるタタラ様ですよね?! そんなお姿で一体どうなされたのですっ、まだ貴方が回復したと城から通達はされていなかったはずですが……』
『ああ! 足が傷付いているじゃないですか、何故靴も履かずに……痛ましい! 誰か早く城の者に連絡をしてあげてくれないか!?』
若い夫婦が目の前を塞ぐように現れ、必死にオレを止めようとするが構わずそれを通り過ぎて行く。誰もがオレを引き止めようとするが泣いた顔も見せたくなくて必死に足を動かす。
そんなオレを今度こそ止めるべく突如として目の前に現れたのは……何人かの信徒たちだった。顔を隠した、夜の信徒たち。
しかしそれすらも見なかったことにして通り過ぎようとしたところを、懲りずにまた信徒が現れる。やけになって更に避けて進もうとするのに何度も現れて最後にはしゃがんだ者に抱きしめられて無理矢理歩みを止められる。
『っ、通して! オレは約束した通りここを出るんだ、止めないでくれ!!』
『いいえ。そのようなお体で国を出るなど無謀です。ご再考を、黒き子よ』
更に力を込めてオレが抜け出せないようにするものだから腹が立ち、必死になって抜け出そうと手足をバタつかせる。それでも離さない、諦めないその姿に更に怒りが募って行く。
『……貴方様の道に意見は唱えません。ですがせめて、足元だけでも』
『離せっ!! はーなーせーっ!! お前なんか知らない、知らない人から物は貰わないのが信条なんだ!!』
前世からの教えだぞ、大事なんだからな?!
『……では。知っている者なら、良いのですね』
顔布に手を当てて、それを全て取り去った。まさか取るなんて思わなくて吃驚して凝視していると、短い金髪に若草色の綺麗な瞳。そして褐色の肌と……尖った耳が生えた眼鏡をかけた超絶美人がそこにいた。しかし一つだけ謎な部分がある。
『……女の人? 男の人?』
『後者です。闇のエルフの一族の者で、エルフは皆中性的なのでよく間違えられます。
私は貴方様にカグヤの名を頂きました。知っている者なら、良いですか?』
てっきり女性だと思い込んでいたせいで、名前まで女性寄りにしてしまった。しかもただ微笑むだけでなんだか凄くエロいオーラが流れて来るような気がして耐性のないオレはさりげなくその腕の中から逃げ出そうとするが、それに気付いたカグヤが悲しそうに眉を顰めてからオレをホールドする。
やめてぇ!! まだ大人になってないの!!
『何故逃げるのです。他人ではないはずですが』
『顔が良い……落ち着かない……』
その垂れ目と眼鏡の組み合わせはズルい、何それオレも眼鏡したらそんなミステリアス美人イケメンになるんか?! 無理だな!!
すっかりぎこちない動きになり、扱いが容易くなったオレにすかさずカグヤが他の信徒に指示を出して裸足の足を拭かれて光魔導師が現れ治療をすると、あのサンダルを履かされた。
再び地面に降ろされて振り返れば、いつも通りこんなオレに対して深く頭を下げる人たち。それが更にオレを惨めにして、仕方ない。
『どこまでもお供させて下さい。我々は貴方様の影となりどこまでも共にありたい。それが例えこの国でなくとも、構いません。いつでもお呼び下さい。
……ご帰還を、心よりお待ちしておりました』
そしてすぐにいなくなる、変な集団。本当にお節介で……一途だなぁと思いながらオレは歩きにくいサンダルを履いたまま王都を出る為に壁を目指した。
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体、痛ぇな……。
なんて思った辺りで唐突にあることを思い出す。
『は、れ……? オレ、なんで生きて……え? 魔核どこ行った、あ……れぇ?』
ペタペタと胸の辺りを触れるも、そこは何もなかったように動く心臓が一定のリズムを刻むだけ。元通りの肌に、体。布団を捲って全身を見ても怪我の数々は治されている。
手をグーパーして力が入ること、そして変わらずに糸が出せることを確認して益々意味がわからなくなるばかり。
『本当に、生きてるのか……?』
その時、まるで誰かに呼ばれたように振り返ってから目の前にある物を見て思わずポカンと口を開けたまま固まってしまった。
今日はクリスマスだったのかと疑うほど、大量のプレゼントが部屋に置かれていた。小さい包みから大きなものまで様々でザッと数えても三十はあるんじゃないかと思われる。しかし、中でも異色を放っていたのがベッドのすぐ近くに置かれた超巨大なプレゼント。一つだけ明らかにデカさが違う。
『……人間とか入ってないよね』
ベッドから手を伸ばし、大きな黒いリボンを引き抜いて周りの布を下へ下へと引っ張っていく。最初に現れたのは、何やら立派な角。
そして……現れたそれを見て、衝撃が走る。
『な、なんで……これ、え……?』
いつか見たカタログに載っていた、超巨体ドラゴンぬいぐるみ。真っ白な体にボテッとした我儘ボディ。真っ赤な瞳に黒い角……体の大きさに明らかに合わない可愛い翼。そんなドラゴンの首には小さなメッセージが下げられていた。
【お誕生日 おめでとう】
メッセージと一緒に小さな袋に入れられた何かがあって外してみれば、そこから可愛らしい髪飾りが出てきた。糸で出来た白と桃色の髪飾り。
誰が入れたかなんて、すぐにわかった。こちとら人生最後と覚悟した魔法に好きな人の名前を入れるような恥ずかしい人間なのだ。まるでオレが生み出した魔法の春糸恩を思わせる花に、顔を覆う。
どうやら、護りたかった人はきちんと護り切れたらしい。
ベッドから降りるとすっかり弱り切った筋肉のせいでガクンと膝をついてしまう。ベッドに手をついてなんとか立ち上がると、膝がガタガタ笑っている。そんな自分の情けない姿に泣きそうになりながら、なんとかベッドの周りを何度か回ってリハビリを開始。恐らく寝ている間に回復魔法もかけられたのだろう、三周目に突入する頃にはゆっくりとだが助けはなしで歩けるようになった。
窓枠に手をついて外の様子を見れば、もうすぐ夜明けを迎えそうだ。
『良かった……街も、なんともないみたいだ』
時間が時間だから静かだが、魔人が暴れたような様子もないし自分が倒れた後は他の守護者や騎士団が頑張ってくれたのだろう。
振り返ってドラゴンの元へ歩み寄ると、その愛らしい姿に堪らず両腕を広げて飛び込んだ。質の良い素材で作られているのか肌触りもよく何よりも最高に可愛い、こういうのを可愛いと言うのだと思いながら更に抱きしめる。
どうして、これが欲しいってわかったんだ? 一言も可愛いとかも言ってなかったのに……。
『凄い嬉しいけど……』
こんなに大きなものは、旅には持っていけない。まさかおんぶしながら持っていくわけにもいかないし、どういうつもりで贈ってくれたのかと首を傾げる。
そもそも。
自分は何か、大切なことを忘れている気がする。
『なぁーんか、口走ったような気がするんだよなぁ』
ふとプレゼントの山にチラリと視線を移せば、またなんとも可愛らしい服が一式飾ってある。若干スカートに見えるようなふんわりしたズボンや赤や桃色が使われたそれに、またあの人かと近付いたところで服に何かメッセージがあり手に取ってみた。
いつかの用紙に似た、可愛らしいメッセージ。それに書かれた言葉に記憶の底に眠っていたヤバい記憶が解き放たれた。
【愛の力に、感謝を。 早く元気になりなさい。
ビローデア・イーフィ】
愛。
そう、愛。
手からメッセージが滑り落ち、必死に泣き叫びたい衝動を抑えてベッドの中へと飛び込んでは丸くなる。ポカポカと枕を叩きまくり過去の自分に対する苛立ちが溢れて止まない。
【す、きです】
【好きです】
ああぁああぁあああーっ!!
バーカ、バーカ、ばぁか!!!
『うおぉーっ! 最後だと思ってとんでもねぇこと吐いてやがるよ、オレぇ!! 死んじゃうっ……恥ずかしくて死んじゃうぅうう』
何言ってんの!! 愛する人間にフラれて、人生で一番大変な局面に立ってる人に何言ってんの?!
しかも愛する人間に魔人なんてものが入ってた上に国の危機的状況だってのに、もーっ!!
『……っぐす、にげよう……』
大混乱に陥ったオレが辿り着いたのは、逃走の二文字だった。部屋の隅っこにある椅子に隠すように置かれていた鞄を引っ掴み、逃げ出そうとしたところでふと王子の部屋に繋がる扉を見た。
……こんな時間だし、寝てるよね。
最後に、顔を見たかった。寝顔だって良い。ただ生きている姿を見て自分が安心したかった。
『あれ……?』
不敬だとわかってはいたが、ノックもしないで静かに部屋に入るも様子が可笑しい。ベッドはきちんと整えられたままだが誰かが寝ていた様子もない。無駄とわかってベッドに手を入れるも、やはり中は冷たくて長い時間誰もいなかったとわかる。
テーブルの下に置かれた本を見て、相変わらず雑な扱いをしているなと思いながら手に取れば真ん中らへんにペンが挟まれていて更にガックリと項垂れる。傷付くからペンはダメだと言ってるのにまるで話を聞かない王子だ。
『そうだ! あのプレゼントを……こういう時の為に用意したんだもんな!』
小走りで自分の部屋に戻って、いつか買った王子へのプレゼントを出そうとベッドの下を覗いて取り出そうとした時だ。
『あれ? ……ない?』
プレゼントがない。確かに糸でベッドに括り付けておいたはずなのに、どこにもない。例え糸が切れて誰かが見つけたとしてもノルエフリンには話がいくはず。そしてノルエフリンなら、あのプレゼントがどういうものか知っているから……王子には渡されたはずだ。
『……渡したのに、アレ……使ってないのかな?』
王子にピッタリだと思って購入した栞。日頃から本を読む王子にこれ以上のプレゼントはないと思い、ハルジオンの花に似た可愛い花が細工された綺麗なものを買ったはずだった。
……使ってくれてないのか。
なんとなく悲しくなりながら再び王子の部屋に行き、主人のいない部屋を彷徨う。そっと彼の枕に手を伸ばして抱きしめながら顔を埋める。
『こんな時間に、どこ行ったのかな……』
その時だった。
扉の向こうが少しだけ騒がしくなり、思わず大袈裟に体を揺らしてからアワアワと狼狽える。しかし扉の向こうにいる人は中には入らず何かを喋っているようで思わず枕を抱きしめたまま扉に近付く。どうやら見回りの兵士らしい。
扉の隙間から透明な糸を何本も出して、糸電話の要領でこっそり会話を盗み聞いた。
『全く、国の英雄である守護者が昏睡状態だってのにハルジオン殿下はまた地下牢かよ』
『あの魔人に操られてた団長に会う為にずーっと足繁く通って面会の許可が降りるの待ってるんだと。よくやるよな、本当』
……え?
腕に抱いた枕を更に抱きしめながら、ズルズルと扉の前で体が崩れ落ちる。
『まだ気があるってのか? おいおい、いい加減にしろよ。自我も残ってたって話じゃないか。そんな罪人のために割く時間が無駄だよ』
『気の毒にな、タタラ様……。こんな救いようのない王子なんかのためにあんなにボロボロになってさ。あの中継見てた家の人、すっかり号泣してさ~あれ見たら確かにそうなるよな』
大袈裟に揺れる足に力を入れて、なんとか立ち上がる。腕の中から零れ落ちた枕を拾うこともしないでそのまま糸を垂れ流して歩き出した。
『早く起きたらいいな、タタラ様……あれからもう、一ヶ月だもんなぁ』
最後に聞こえた衝撃的な発言に思わず転びそうになりながらも糸を切って、部屋に戻る。入り口に置いた鞄に適当に服を詰め込んだ。ズボンも穿いていない甚平を上に一枚着た病人丸出しな格好だが、構わず出て行こうと窓を開ける。
一秒でも早く、ここから逃げたかった。
『……っ、ごめんな』
こちらをどこか寂しそうに見つめるドラゴンと、髪飾りをベッドに置いたままオレは糸を放って窓から脱走した。
裸足のまま出てきたのはマズかった。人生は衝動的に動いてもロクなことにならない。だからそう、あんなことを勢いのまま言ってしまったのがいけなかった。ずっとずっと心の深いところに封じ込めて蓋をしておけば良かった。
街を泣きながら歩く自分は、世界で一番惨めだと思う。
『あら……? まぁ、タタラ様!?』
『本当だ……タタラ様じゃないか!』
一日の始まりが早い者なら起きている時間。城門を超えて街を歩いていたオレはちらほらと活動を始める民たちに見つかっていた。城門を越えるまでは糸を使って動いていたが、流石に病み上がりにはキツくなってきて王都では歩いて移動をしていたのだ。
しかし、彼らの反応は一気に怪しくなる。何故なら靴も履かない守護魔導師がたった一枚の布っぺらだけを着て、しかもその背には結構な荷物を抱えて歩いているのだから。
『タタラ様! 我らバーリカリーナの英雄であるタタラ様ですよね?! そんなお姿で一体どうなされたのですっ、まだ貴方が回復したと城から通達はされていなかったはずですが……』
『ああ! 足が傷付いているじゃないですか、何故靴も履かずに……痛ましい! 誰か早く城の者に連絡をしてあげてくれないか!?』
若い夫婦が目の前を塞ぐように現れ、必死にオレを止めようとするが構わずそれを通り過ぎて行く。誰もがオレを引き止めようとするが泣いた顔も見せたくなくて必死に足を動かす。
そんなオレを今度こそ止めるべく突如として目の前に現れたのは……何人かの信徒たちだった。顔を隠した、夜の信徒たち。
しかしそれすらも見なかったことにして通り過ぎようとしたところを、懲りずにまた信徒が現れる。やけになって更に避けて進もうとするのに何度も現れて最後にはしゃがんだ者に抱きしめられて無理矢理歩みを止められる。
『っ、通して! オレは約束した通りここを出るんだ、止めないでくれ!!』
『いいえ。そのようなお体で国を出るなど無謀です。ご再考を、黒き子よ』
更に力を込めてオレが抜け出せないようにするものだから腹が立ち、必死になって抜け出そうと手足をバタつかせる。それでも離さない、諦めないその姿に更に怒りが募って行く。
『……貴方様の道に意見は唱えません。ですがせめて、足元だけでも』
『離せっ!! はーなーせーっ!! お前なんか知らない、知らない人から物は貰わないのが信条なんだ!!』
前世からの教えだぞ、大事なんだからな?!
『……では。知っている者なら、良いのですね』
顔布に手を当てて、それを全て取り去った。まさか取るなんて思わなくて吃驚して凝視していると、短い金髪に若草色の綺麗な瞳。そして褐色の肌と……尖った耳が生えた眼鏡をかけた超絶美人がそこにいた。しかし一つだけ謎な部分がある。
『……女の人? 男の人?』
『後者です。闇のエルフの一族の者で、エルフは皆中性的なのでよく間違えられます。
私は貴方様にカグヤの名を頂きました。知っている者なら、良いですか?』
てっきり女性だと思い込んでいたせいで、名前まで女性寄りにしてしまった。しかもただ微笑むだけでなんだか凄くエロいオーラが流れて来るような気がして耐性のないオレはさりげなくその腕の中から逃げ出そうとするが、それに気付いたカグヤが悲しそうに眉を顰めてからオレをホールドする。
やめてぇ!! まだ大人になってないの!!
『何故逃げるのです。他人ではないはずですが』
『顔が良い……落ち着かない……』
その垂れ目と眼鏡の組み合わせはズルい、何それオレも眼鏡したらそんなミステリアス美人イケメンになるんか?! 無理だな!!
すっかりぎこちない動きになり、扱いが容易くなったオレにすかさずカグヤが他の信徒に指示を出して裸足の足を拭かれて光魔導師が現れ治療をすると、あのサンダルを履かされた。
再び地面に降ろされて振り返れば、いつも通りこんなオレに対して深く頭を下げる人たち。それが更にオレを惨めにして、仕方ない。
『どこまでもお供させて下さい。我々は貴方様の影となりどこまでも共にありたい。それが例えこの国でなくとも、構いません。いつでもお呼び下さい。
……ご帰還を、心よりお待ちしておりました』
そしてすぐにいなくなる、変な集団。本当にお節介で……一途だなぁと思いながらオレは歩きにくいサンダルを履いたまま王都を出る為に壁を目指した。
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