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第十一王子と、その守護者
それぞれの本性
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崩れた壁から現れた奴は、額をパックリ割って血を流していた。不機嫌そうに歪められた顔に腹から声を出して笑いたかったが、多分縫った傷が再び開きそうだから遠慮しておこう。
先程までのママゴトみたいな戦いから一転して、戦いは激しさを増していく。
『糸魔法 七色の罠』
真正面から突っ込んで来た敵のみに有効な罠であるキイロが奴の全身を絡め取るが、剣を一振りして黄色い糸がバラバラに千切られる。一瞬も動きを止められなかったことに驚く間も与えられず、奴の剣が目の前に迫った。
『させるかぁ!!』
見えない透明な糸で刀身の方を固定して振りかざせないようにしてから、上空から垂らした糸に掴まって思いっきり助走をつけて奴の腹目掛けて突進する。糸に掴まったまま奴の体を蹴ってその場から脱出すれば、何歩か後退した奴と目が合う。
『お前がハルジオン殿下を愛していないことなんてわかってた!! だけど、それでもっ……こんなことするくらいならきちんと断ってれば良かった。話はしたのかよ、王様とやらに何度も直談判したくらいなら、殿下にだってちゃんと話したんだよな?!』
愛だなんて、オレにはよくわからないよ。
だけど知っている。ノルエフリンが与えてくれる惜しみない親愛を。リューシーやシュラマ、オルタンジーが与えてくれたかけがえの無い友愛を。トワイシー殿が教えてくれた消えることのない愛情を。
『お前からはっ、お前からは最初から何にも感じなかった! 答えろよロクデナシ!! お前は本当に真実の愛とやらで結婚するのかよ。ハルジオン殿下に、真摯に向き合った結果がこれなのか?
答えろッ!!』
イライラする。
ムカムカする。
なんで、なんでなんだよ。なんでコイツなんだよっ、王子……。
『……恋だの、愛だの。下らない』
『はぁ……?』
突然溢れ出た魔力が、離れた場所にいたオレを突き飛ばす。剣を構えた姿に対抗すべく地に足をつけた時に、再びとんでもない魔力によって吹き飛ばされた。体勢を立て直す暇を与えずに、風のように音もなく目の前に現れた奴が剣を振りかざす方向だけをなんとか見極めて腕をクロスして防御した。腕にありったけの糸を括り付けたが、それでも全てを防ぐなんて出来なくて斬られてしまう。致命傷ではないが、平時なら泣いて叫んでしまいそうな傷だ。
踏ん張ったオレを嘲笑うように、鞘で殴られて再び地に背をつく。
『……王族は、無駄なことばかりだ。
私には……時間がない。ハルジオン殿下に振り回されるような時間はないし、ベル様であれば通常通りの動きで許される。王子だからと下手に出て機会を窺っていた。
私はこの世界の誰のことも愛すつもりはない。付き合ってられない。私は、私はもっと重要な使命を背負っている』
早く負けを認めろ、そう冷たく言い放つ男に……血塗れのまま立ち上がったオレの答えは、その行動だけで全てを物語っていた。
生憎とこういう怪我は最近じゃ、特に珍しくもない。むしろ軽症だ。
しかし、変だ。クロポルド・アヴァロア……確かに彼は魔導師であり騎士でもある。だが主にその力は騎士の方に傾いていて、新しいあの剣でオレが圧されるのはわかるが……魔力で圧倒されるなんて可笑しい。絶対に。
『……よーくわかった。お前が自分のことしか考えていないクソってことが。
確かにハルジオン殿下はちょっと恋心で暴走気味だった、うん。見ていて悲しくなるくらい。愛も恋も知らないオレがそれを痛感するくらい、その想いを純粋にお前に向けていた。
ある意味お似合いだよ。お互い自分のことばっかりでさ、本当。だけど……お前はその純粋で固められた心を傷付けるだけ傷付けた。それをオレは許したくない。お前らが好き勝手だから、オレだって好き勝手してもいーじゃん』
忌々しい首輪だ、二度と首輪なんて付けない。
腕の傷を縫合する。痛いのなんて嫌いだ、悲しいのもごめんだ。だけど耐えることは出来る……だって、あの人の未来が少しでも明るくなることを望むから。心まで護りきれなかった愚かな守護者だと怒られる未来が、光って輝く素敵な未来。
『っ……忌々しい、君は本当に邪魔な存在だ。そもそもあの日……リーベで死んでくれていれば。まさか君もあれから魔人に魅入られたのか?』
その時だった。
クロポルド・アヴァロアから放たれる魔力に不自然に混じった不快なもの。それを肌で感じたことがあるオレだからこそ気付いたのかもしれない。
または、近しい魔力を持っていた……黒を持つオレだからこそ。
『……この、魔力……お前まさかっ』
『……っ!
止めろ!! 言うな、それを言えばっ』
『……魔人の、魔力だ……』
ドンっ、という爆発的な魔力が奴から放たれる。立ってることなんて出来なくて靴と地面の深くを糸によって繋いでいなければ耐えられないほど。防御魔法からも漏れ出した魔力は周囲にも尋常ではない魔力の波を生み出して王族たちの悲鳴と撮影魔道具が飛び交っている。
いつか体感した、あの恐ろしい空気の再来に全く意味がわからない。
わかるのは……目の前のクロポルド・アヴァロアがとても人とはいえない見た目をしているということ。深く青かった髪は黒が混じり、右目は茶色のままなのに左目は真っ赤に染まっている。頭を抱えながら唸る奴はやがて背中から……ボロボロに朽ちた翼を出したのだ。
間違いなく、これは……魔人に、憑依されている。
『リーベの……魔人じゃ、ない……?』
足元から浮かび上がるのは赤い水。滲む魔力も赤く、リーベで見た魔人はどちらかといえば青いイメージを抱いた。つまり全く別の個体。
そんなものが、今の今まで一人の人間に憑依したまま城の中をウロウロしていたというのか?
【あぁ。やっと出られました。特に出る予定はありませんでしたが、この方が楽だ】
しかもコイツ、バリバリ理性あるじゃん……。
【忌々しいあの日輪の騎士とかいうのに封じられて数十年。案外人間の精神というのは脆いものだ】
防御魔法の向こうでは、王族たちや海外の来賓たちの混乱で大変なことになっている。水鏡に映された民たちも初めて見るだろう魔人の姿に大混乱。
冷静なのは前回魔人と戦ったメンバーと、戦いに慣れた猛者たちだけだろう。彼らがいればまだ心強かった。むしろ、子どもという特権を使って大いに逃げたと思う……が。
【やぁ。リーベの魔人に気に入られていた人間か。ずっとこの人間越しに見ていた。中々興味深い個体じゃないか】
今、特殊な防御魔法によってここを出られないオレは籠の中の鳥。しかし希望はある。リーベの魔人はオルタンジーの結界を粉々にした、コイツも或いはそれをして……。
【実はこの国の国王と取引をしていてね。邪魔な目を持つあの十一番目と、ワタクシの魔法が効かないであろうキミには退場してもらいたい。
キミがただ去るのであれば手出しはしない。キミに手を出すと次にあの魔人と会う時に面倒臭そう】
これアカンやつ。
リーベの魔人ではない。つまり、これまでの歴史を振り返り自分の中にある記憶を整理して導かれた真実にガタガタと体が震える。
コイツは、コイツの正体は……。
【答えろ。人間】
数年前のバビリアダンジョンにて出現し、当時の日の輪騎士団団長と団員だったクロポルド・アヴァロアが死力を尽くして倒したとされる魔人。つまり本当は死んでいなくて、クロポルド・アヴァロアの中で生きていた。
トワイシー殿の婚約者だった日の輪騎士団の団長さんと、リューシーの仲間や教師たちを葬ったというこの国にとって因縁の相手。
バビリアダンジョンの魔人だ。
『……ぁ、』
防御魔法の向こうに、リューシーがいた。必死に何かを叫びながらそれを叩いている。姿を知っている彼は、気付いたんだ。
ブレていた思考が修正されていき、笑う膝に一発かましてやった。自分は一人ではない。少なくとも自分が死んだところで頼もしい仲間たちが控えている。気軽に考えよう、オレが死んでも誰か多分なんとかしてくれる。
……してくれるよね?
『いやいや、アンタうちの王子殺す気なんですよね。それは嫌なので全力で叩きます』
精々オレを殺して、リーベの魔人に怒られちまえ、バカヤロー。
刹那、足元から湧き上がる嫌な気配に本当に嫌な気分になりながらも魔力を練る。だけどこれでハッキリした。復活したばかりのせいなのか元々かは知らないが、コイツはリーベの魔人より強くない。
『糸魔法 母なる護り』
赤い水の塊が足元からオレを飲み込もうと出現するも、それよりも早く繭が形成された。奴の水魔法よりもオレの糸魔法の方が速い。
だが……。
『……っ、くそ!! これさえなければ、畜生っ、畜生!!』
母なる護りの中でオレを縛り付ける首輪をガチャガチャと掴むも、外れる気配はまるでない。苛立ちの余り手でそれを叩くも手が痛いだけ。
これさえなければ、半分の魔力が戻ったのに。
『速さは上でも、魔力が尽きれば仕方ないっ。あの団長にすら結局敵わなかったのに魔人なんて』
泣き言を吐いていたオレの耳に、あの人によく反応する鈴の音が届いた。先っぽについたそれを手に取り、ギュッと握りしめた。
王子はもう、泣き止んだだろうか?
流石に今回は、勝っても褒めてはもらえないだろう。最後の大仕事は終わったと思ったけど、この国はどこまでもオレに面倒ごとを押し付けたいらしい。
ああ。そうだ、あの人に言ってあげたい言葉がある……聞いたらどんな顔するかな?
『……楽しみだ!』
すぐ近くに魔人の気配を感じる。嘆いていた心を落ち着けて、覚悟を決めた。優しい護りの中で外にいる災厄に向けて再度戦いを挑むのだ。
『糸魔法 針山峰』
『呑ーます』
嘘吐きには、剣山ごとご馳走してやる。
母なる護りの周りから針山が出現し、魔人に向けて無数の針が飛ぶ。母なる護りを解除して奴を見れば翼を使って針を払うが、その翼に針がついたことを確認して口角を上げる。
針山峰は、針を付着させてからがまた面白い。いつもはこの効果を忘れがちだが、今日ばかりはこの魔法に感謝せざるを得ない。
【芸がないな。先程から小さな糸に似たものを放つ魔法ばかり。そんなもので魔人に傷が一つでも付けられるものか】
『そう言うなよ、自慢の魔法なんだ』
そう。この国のたくさんの人に褒めてもらった、大切な魔法だ。
水鏡に並ぶ、たくさんの民の顔。どれもみんな不安そうで……泣いている。ここに家があり、守ってくれる王族とそれを守護する者たちがいるから逃げることも出来ない。
魔人の赤い水と、オレの無数の糸が向き合う。
『団長も魔人も、どっちもどっちかわかんねーから、まとめて潰してやる』
【……たかが人間一匹が、よく吠える】
いくらでも吠えてやるぜ、ワンワン!!
.
先程までのママゴトみたいな戦いから一転して、戦いは激しさを増していく。
『糸魔法 七色の罠』
真正面から突っ込んで来た敵のみに有効な罠であるキイロが奴の全身を絡め取るが、剣を一振りして黄色い糸がバラバラに千切られる。一瞬も動きを止められなかったことに驚く間も与えられず、奴の剣が目の前に迫った。
『させるかぁ!!』
見えない透明な糸で刀身の方を固定して振りかざせないようにしてから、上空から垂らした糸に掴まって思いっきり助走をつけて奴の腹目掛けて突進する。糸に掴まったまま奴の体を蹴ってその場から脱出すれば、何歩か後退した奴と目が合う。
『お前がハルジオン殿下を愛していないことなんてわかってた!! だけど、それでもっ……こんなことするくらいならきちんと断ってれば良かった。話はしたのかよ、王様とやらに何度も直談判したくらいなら、殿下にだってちゃんと話したんだよな?!』
愛だなんて、オレにはよくわからないよ。
だけど知っている。ノルエフリンが与えてくれる惜しみない親愛を。リューシーやシュラマ、オルタンジーが与えてくれたかけがえの無い友愛を。トワイシー殿が教えてくれた消えることのない愛情を。
『お前からはっ、お前からは最初から何にも感じなかった! 答えろよロクデナシ!! お前は本当に真実の愛とやらで結婚するのかよ。ハルジオン殿下に、真摯に向き合った結果がこれなのか?
答えろッ!!』
イライラする。
ムカムカする。
なんで、なんでなんだよ。なんでコイツなんだよっ、王子……。
『……恋だの、愛だの。下らない』
『はぁ……?』
突然溢れ出た魔力が、離れた場所にいたオレを突き飛ばす。剣を構えた姿に対抗すべく地に足をつけた時に、再びとんでもない魔力によって吹き飛ばされた。体勢を立て直す暇を与えずに、風のように音もなく目の前に現れた奴が剣を振りかざす方向だけをなんとか見極めて腕をクロスして防御した。腕にありったけの糸を括り付けたが、それでも全てを防ぐなんて出来なくて斬られてしまう。致命傷ではないが、平時なら泣いて叫んでしまいそうな傷だ。
踏ん張ったオレを嘲笑うように、鞘で殴られて再び地に背をつく。
『……王族は、無駄なことばかりだ。
私には……時間がない。ハルジオン殿下に振り回されるような時間はないし、ベル様であれば通常通りの動きで許される。王子だからと下手に出て機会を窺っていた。
私はこの世界の誰のことも愛すつもりはない。付き合ってられない。私は、私はもっと重要な使命を背負っている』
早く負けを認めろ、そう冷たく言い放つ男に……血塗れのまま立ち上がったオレの答えは、その行動だけで全てを物語っていた。
生憎とこういう怪我は最近じゃ、特に珍しくもない。むしろ軽症だ。
しかし、変だ。クロポルド・アヴァロア……確かに彼は魔導師であり騎士でもある。だが主にその力は騎士の方に傾いていて、新しいあの剣でオレが圧されるのはわかるが……魔力で圧倒されるなんて可笑しい。絶対に。
『……よーくわかった。お前が自分のことしか考えていないクソってことが。
確かにハルジオン殿下はちょっと恋心で暴走気味だった、うん。見ていて悲しくなるくらい。愛も恋も知らないオレがそれを痛感するくらい、その想いを純粋にお前に向けていた。
ある意味お似合いだよ。お互い自分のことばっかりでさ、本当。だけど……お前はその純粋で固められた心を傷付けるだけ傷付けた。それをオレは許したくない。お前らが好き勝手だから、オレだって好き勝手してもいーじゃん』
忌々しい首輪だ、二度と首輪なんて付けない。
腕の傷を縫合する。痛いのなんて嫌いだ、悲しいのもごめんだ。だけど耐えることは出来る……だって、あの人の未来が少しでも明るくなることを望むから。心まで護りきれなかった愚かな守護者だと怒られる未来が、光って輝く素敵な未来。
『っ……忌々しい、君は本当に邪魔な存在だ。そもそもあの日……リーベで死んでくれていれば。まさか君もあれから魔人に魅入られたのか?』
その時だった。
クロポルド・アヴァロアから放たれる魔力に不自然に混じった不快なもの。それを肌で感じたことがあるオレだからこそ気付いたのかもしれない。
または、近しい魔力を持っていた……黒を持つオレだからこそ。
『……この、魔力……お前まさかっ』
『……っ!
止めろ!! 言うな、それを言えばっ』
『……魔人の、魔力だ……』
ドンっ、という爆発的な魔力が奴から放たれる。立ってることなんて出来なくて靴と地面の深くを糸によって繋いでいなければ耐えられないほど。防御魔法からも漏れ出した魔力は周囲にも尋常ではない魔力の波を生み出して王族たちの悲鳴と撮影魔道具が飛び交っている。
いつか体感した、あの恐ろしい空気の再来に全く意味がわからない。
わかるのは……目の前のクロポルド・アヴァロアがとても人とはいえない見た目をしているということ。深く青かった髪は黒が混じり、右目は茶色のままなのに左目は真っ赤に染まっている。頭を抱えながら唸る奴はやがて背中から……ボロボロに朽ちた翼を出したのだ。
間違いなく、これは……魔人に、憑依されている。
『リーベの……魔人じゃ、ない……?』
足元から浮かび上がるのは赤い水。滲む魔力も赤く、リーベで見た魔人はどちらかといえば青いイメージを抱いた。つまり全く別の個体。
そんなものが、今の今まで一人の人間に憑依したまま城の中をウロウロしていたというのか?
【あぁ。やっと出られました。特に出る予定はありませんでしたが、この方が楽だ】
しかもコイツ、バリバリ理性あるじゃん……。
【忌々しいあの日輪の騎士とかいうのに封じられて数十年。案外人間の精神というのは脆いものだ】
防御魔法の向こうでは、王族たちや海外の来賓たちの混乱で大変なことになっている。水鏡に映された民たちも初めて見るだろう魔人の姿に大混乱。
冷静なのは前回魔人と戦ったメンバーと、戦いに慣れた猛者たちだけだろう。彼らがいればまだ心強かった。むしろ、子どもという特権を使って大いに逃げたと思う……が。
【やぁ。リーベの魔人に気に入られていた人間か。ずっとこの人間越しに見ていた。中々興味深い個体じゃないか】
今、特殊な防御魔法によってここを出られないオレは籠の中の鳥。しかし希望はある。リーベの魔人はオルタンジーの結界を粉々にした、コイツも或いはそれをして……。
【実はこの国の国王と取引をしていてね。邪魔な目を持つあの十一番目と、ワタクシの魔法が効かないであろうキミには退場してもらいたい。
キミがただ去るのであれば手出しはしない。キミに手を出すと次にあの魔人と会う時に面倒臭そう】
これアカンやつ。
リーベの魔人ではない。つまり、これまでの歴史を振り返り自分の中にある記憶を整理して導かれた真実にガタガタと体が震える。
コイツは、コイツの正体は……。
【答えろ。人間】
数年前のバビリアダンジョンにて出現し、当時の日の輪騎士団団長と団員だったクロポルド・アヴァロアが死力を尽くして倒したとされる魔人。つまり本当は死んでいなくて、クロポルド・アヴァロアの中で生きていた。
トワイシー殿の婚約者だった日の輪騎士団の団長さんと、リューシーの仲間や教師たちを葬ったというこの国にとって因縁の相手。
バビリアダンジョンの魔人だ。
『……ぁ、』
防御魔法の向こうに、リューシーがいた。必死に何かを叫びながらそれを叩いている。姿を知っている彼は、気付いたんだ。
ブレていた思考が修正されていき、笑う膝に一発かましてやった。自分は一人ではない。少なくとも自分が死んだところで頼もしい仲間たちが控えている。気軽に考えよう、オレが死んでも誰か多分なんとかしてくれる。
……してくれるよね?
『いやいや、アンタうちの王子殺す気なんですよね。それは嫌なので全力で叩きます』
精々オレを殺して、リーベの魔人に怒られちまえ、バカヤロー。
刹那、足元から湧き上がる嫌な気配に本当に嫌な気分になりながらも魔力を練る。だけどこれでハッキリした。復活したばかりのせいなのか元々かは知らないが、コイツはリーベの魔人より強くない。
『糸魔法 母なる護り』
赤い水の塊が足元からオレを飲み込もうと出現するも、それよりも早く繭が形成された。奴の水魔法よりもオレの糸魔法の方が速い。
だが……。
『……っ、くそ!! これさえなければ、畜生っ、畜生!!』
母なる護りの中でオレを縛り付ける首輪をガチャガチャと掴むも、外れる気配はまるでない。苛立ちの余り手でそれを叩くも手が痛いだけ。
これさえなければ、半分の魔力が戻ったのに。
『速さは上でも、魔力が尽きれば仕方ないっ。あの団長にすら結局敵わなかったのに魔人なんて』
泣き言を吐いていたオレの耳に、あの人によく反応する鈴の音が届いた。先っぽについたそれを手に取り、ギュッと握りしめた。
王子はもう、泣き止んだだろうか?
流石に今回は、勝っても褒めてはもらえないだろう。最後の大仕事は終わったと思ったけど、この国はどこまでもオレに面倒ごとを押し付けたいらしい。
ああ。そうだ、あの人に言ってあげたい言葉がある……聞いたらどんな顔するかな?
『……楽しみだ!』
すぐ近くに魔人の気配を感じる。嘆いていた心を落ち着けて、覚悟を決めた。優しい護りの中で外にいる災厄に向けて再度戦いを挑むのだ。
『糸魔法 針山峰』
『呑ーます』
嘘吐きには、剣山ごとご馳走してやる。
母なる護りの周りから針山が出現し、魔人に向けて無数の針が飛ぶ。母なる護りを解除して奴を見れば翼を使って針を払うが、その翼に針がついたことを確認して口角を上げる。
針山峰は、針を付着させてからがまた面白い。いつもはこの効果を忘れがちだが、今日ばかりはこの魔法に感謝せざるを得ない。
【芸がないな。先程から小さな糸に似たものを放つ魔法ばかり。そんなもので魔人に傷が一つでも付けられるものか】
『そう言うなよ、自慢の魔法なんだ』
そう。この国のたくさんの人に褒めてもらった、大切な魔法だ。
水鏡に並ぶ、たくさんの民の顔。どれもみんな不安そうで……泣いている。ここに家があり、守ってくれる王族とそれを守護する者たちがいるから逃げることも出来ない。
魔人の赤い水と、オレの無数の糸が向き合う。
『団長も魔人も、どっちもどっちかわかんねーから、まとめて潰してやる』
【……たかが人間一匹が、よく吠える】
いくらでも吠えてやるぜ、ワンワン!!
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