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第十一王子と、その守護者

密着・敏腕記者のお仕事

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 王都バラツィアの隅に事務所を構える出版社、パパラチア。木造建築三階建ての古びた建物は創業も長くあらゆる書物を世に送り出している。


 そんな我々パパラチアの最大の売りは、月に一度だけ出版される雑誌。起きた事件や話題の店などを纏めた人気の雑誌で中でも数ページに及ぶ守護者特集は大人気だ。


『……え!? 予定されてた守護魔導師が、密着拒否……ですか?』


『そーなんだよー。突然やっぱりなしにしてくれってさー。まぁ守護魔導師ともなると魔法の開示とかもあるし厳しかったんだろうなー……』


 やれやれ、と言って未だ守護者枠だけが空っぽの記事を投げるパパラチアの出版社長。周りの記者や事務員たちも一番人気の雑誌の目玉が無くなりそうな事態にはらはらとしながらこちらを窺う。


 守護者とは常に王族と共にあるもの。その力が例え雑誌の密着取材であろうと露呈してしまえば、少なからず将来的な不安となって残る。王族を守るからには万全を期することは大切であろう。


『目玉の守護者枠がないんじゃ、売上も激減だよなぁ。ライラッチも張り切ってたとこスマンが今回の密着はなしだから、明日は普通の勤務な』


『いえ……俺は、構いません……』


 齢三十三歳、魔法も魔力も空っきしだが出版社に就職して充実した日々を過ごしていた。花形の仕事である守護者への密着取材はまだ経験がなく今回初めての仕事となるはずだった。


 ……仕方ねーか。守護者様なんてのは俺たちと違ってお忙しいもんだしな。


 最近ではバビリアダンジョン崩壊によりそれの調査のための現地での情報収集や、ダンジョンに詳しい方への意見回答などやることは多い。他にも新しく開発されている古代魔法を応用した兵器の噂や、もうすぐ始まる王国式典のことなど特集すべきことは様々。


 草臥れた茶色いコートを翻してドッカリと自身の椅子に座った瞬間、入り口の扉が開かれ事務員の女性が大慌てで入って来た。


『た、大変ですっ社長~!! お城から先程断った守護魔導師様の代わりに、別の守護魔導師様で良ければ密着取材をしても構わないと連絡が!』


『何ィ~っ!?』


 これには誰もが持っていた資料を投げ出して喜びの声を上げた。しかし、女性からの驚きの言葉はまだ続く。


『し、しかもしかも!! その代理の方というのが、あのバビリアダンジョン崩壊でも活躍した第十一王子唯一の守護魔導師……それも個人魔法の使いであるタタラ様なんです!!』


『誰だそこまでの大物連れて来やがったのは!!』


 第十一王子……、その単語に事務所内は喜びの声を沈めて誰もが恐怖の色を滲ませる。我々だからこそ、あの残酷なる王子の所業は身をもってわかっている。


『……しかし、タタラ様といえば先日のギルド職員全員斬首を己の身を挺して死守したという慈悲深い守護者様ですよ?』


『ええ。ギルドでも小さなクエストからハードクエストまで受け入れ、ギルドの中では救世主と崇められています。ギルドでも遺憾無く魔法を使っているから、許可が出たのでは?』


 そしてその噂の守護魔導師は、なんでもまだ成人にすら満たない少年だという。


 そんな子どもがあのとされる第十一王子相手によく守護魔導師として成り立っているものだと不思議に感じた。


『よーし、ライラッチ!! お前明日は守護魔導師タタラの密着だ! 気にするなよ、代理で来るような守護者だ。大して面白い記事にならなくても秘蔵のネタでなんとかしてやる!』


『は、はぁ……、わかりました』


 こうして俺ことライラッチ・カサンドルの密着取材の相手が決まった。予定されていた守護魔導師よりもかなり幼く、しかも内容は殆どギルドでのものということで城には入城出来ない。


 だから俺はやらかしてしまった。


『……やっべ!!』


 朝起きて目に入った時計は、丁度八時を指していた。守護魔導師との待ち合わせ時間は……八時。完璧なる、寝坊。


『っくそ、やらかしたーっ!!』


 昨夜に酒なんて飲んだのがいけなかった。大して強くもないのに、油断してしまった結果がこれである。相手はあの第十一王子の守護魔導師……このことがもし、あの冷酷な王子の耳に入れば。


『死、あるのみ……』


 いつものコートを引っ掴み、最低限の身だしなみだけを整えようと無造作に跳ねた暗い茶色い髪を強引に押さえ付ける。鍵を掛けたかもわからないまま外に出て、俺は久しくやっていなかった全速力を出してギルドへと走り出した。


 両膝に手をつき、ぜーぜーはーはーと息を荒げているとギルドの二階から何人かのギルド員たちが顔を出してすぐに引っ込める。何人かが指をさして奥に向かって叫んでいるようだが、気にせずギルドを見渡して目当ての人物を探す。


 時計は既に、約束の時間から三十分も過ぎていた。


『黒目黒髪の……まだ、小さな子ども……』


『それはタタラのことか?』


 背後から掛けられた声に驚いて振り向けば、そこには淡い緑色の短髪に金の瞳を持った体格の良い青年が腕を組んで立っていた。そう、ただ立っているだけだというのに威圧感というか雰囲気がもう只者ではないのだ。


 しかし、この容姿に背中の双剣……まさか、この人はタクトクト家の……。


『我が問いが聞こえなかったのか? 探している者の名は、タタラであるのかと』


『は、はい! 間違いありません!!』


 自分よりどんなに若そうでも、魔導師に至ってはそうでもない。子どものような見た目でもとんでもない年齢を重ねている者が多いのが、魔導師というものだ。目の前の青年もそれに該当する。


『……そうか。連れて来る、そこで待っていろ』


『え!? あ、あのちょっと……』


 行ってしまった……。


 片手に買い物でも行っていたのか紙袋を抱え、慣れた様子でギルドの二階へと上がって行く青年。周りもそんな彼を当然のように受け入れて気にした様子などない。


 待っている間に服装に可笑しなところなどないか確認している時のことだ。また二階が騒がしくなったかと思えば、二階から先程の青年が少年を抱えながら降りて来た。それは正に風魔法によるもの。風によって運ばれて来た青年は、わざわざ床に片膝をつきながら丁寧に少年を下ろしてその頭を撫でる。照れ臭そうにそれを受け入れつつ、少し文句を言って離れた少年は俺の元へ走って来た。


 真っ黒な、綺麗な黒髪。そしてその瞳も……見たことがないほど見事な黒。それらを持った少年は、まだ幼いながらも不思議な魅力に溢れた人物だった。


『……綺麗だな』


『ん? 何か? ……えっと、今日密着取材? ていうのでいらした記者さんですよね。私が第十一王子守護魔導師のタタラです。あまり面白い記事を書く助けになるかはわかりませんが、今日一日よろしくお願いします!』


『ご、ご丁寧に……こちらこそよろしくお願いします! 記者のライラッチ・カサンドルと申します』


 行きましょう、と俺の腕を引いてギルドから出る少年。周りの職員たちは微笑ましそうにそれを見守り、ギルド員たちも手を振って送り出す。


 こうして俺の失敗から始まった密着取材は、彼によって修正されながら始まっていく。


『私は大半はギルドにいますから……守護魔導師としての仕事ぶりはあまり見せられないかと。お力になれなかったら申し訳なくて……』


『いやいやいや!! おかしーでしょーッ?!』


 あれからまだ、たった十分。瞬く間に移動したタタラ様に連れられて来たのは王都の荷物集積場。王都への荷物が全て集められるここから、ギルドへのクエストが発行されたらしい。内容は荷物の重さを計る、専用の秤が一部壊れたため手伝いをしてほしいというもの。


 ただの手伝いで良かったのだろう。だが、職員たちの明らかな疲労度を一眼見て感じたであろう彼はとんでもないことをしだす。


『あ。暫く私一人で捌いているので、良ければその鞄に入っているものでも食べていて下さい! 苦手なものがあったらすみません』


 たった一人で糸を操り、大量の荷物を重さごとに仕分けしていく。部屋をうねる糸の動きはしなやかで、無駄がない。危ないからと職員たちを避難させたが、少し遠くで見守る俺にも全く害などない。窓の向こうで職員全員分の仕事をこなしていく少年の姿に、彼らも釘付けだ。


『こ、これ……』


 部屋の隅に置かれた鞄に入っていたのは、先程ギルドで会った青年が持っていた紙袋。中を覗けばそこには美味しそうなパンや焼き菓子が入っていた。


『ふふっ。今日遅刻しちゃいましたねー? もしかしたら朝食も食べずに来ちゃうかもしれないって心配してたらリューシーが買ってきてくれたんです。あ、リューシーっていうのは先程の青年です!

 すみませーん、ここって飲食可ですかー?』


 窓の向こうで職員たちがぶんぶん、と首を縦に振りたくっている。


 感動のあまり口を覆い変な声が出そうになってしまうのを防ぐ。


 良い子っ……気が利きすぎる良い子じゃねーかッ!!


『本当に申し訳ないっ……有難くいただくよ』


『どうぞー』


 入っていたパンに、菓子を全て平らげる頃には溜まりに溜まっていた荷物はほぼ全て仕分けが終わっていて部屋に入って来た職員の方にお茶まで貰ってしまった。職員たちにお礼を言われ、笑顔で対応する姿は今まであった守護魔導師としてのなんたるかを崩すには十分すぎた。


 守護魔導師は学園を卒業した優秀な一部の人間のみがなれる、選ばれし者。だから大半の守護魔導師は高飛車で傲慢。規則正しく礼儀正しいが、馴れ合いを好まないと聞いた。


 この少年は、全然当て嵌まらないなぁ。


『さぁ。次に行きましょうか!』


『え、もう次ですか?!』


 それから俺たちは王都中を駆け回った。タタラ様の受けるクエストは、どれもスロークエストが多かったが彼はそれを終わらせる早さも、人々に寄り添う姿勢も素晴らしかった。誰もが彼が来ると喜び、終わる時は笑顔で彼を送り出す。それを受ける彼も愛らしく、また礼儀正しいのだ。


『守護魔導師、タタラ様はいらっしゃいますか!』


 そんな充実した密着取材も半ばに差し掛かった頃に、事件は起こった。昼を過ぎていたのでギルドの二階でタタラ様と昼食を食べていた時。ギルドに来たのは王国騎士団の騎士たちだった。慌てふためく彼らを見て、糸を取り出してすぐに駆け寄るタタラ様。


『カサンドルさーん! 殿下がちょっと癇癪起こしたらしいんで、様子見て来まーす。多分……多分数十分で帰って来れると思うので!』


『だ、第十一王子がっ!?』


 騎士たちと共にギルドから出て行ったタタラ様……いや、大丈夫なのか?


 フラフラと椅子に座り直し、お茶でも飲もうかと手を伸ばすが喉を通らなくて結局止めた。


 あの十三人いる王子と王女の中で一番ヤバいハルジオン殿下がお怒りとか、本当にあの子は行ってしまって大丈夫なのか?


『心配ねーって、兄ちゃん。タタラさんなら大丈夫だよ。むしろタタラさんじゃなきゃ収まりがつかねーから呼ばれたのさ』


『そーそー。あの子なら大丈夫よ。何したってハルジオン殿下はあの子にだけは手を上げたりしないわ』


 そう言ったのは、同じくギルドで寛いでいた冒険者たち。他の者たちも同意見なのか深く頷き誰も深刻そうに考える者などいない。


 思わず紙とペンを取り、話に耳を傾ける。


『と、言いますと?』


『あー? アンタだって記者なら少しは聞いただろ。ギルド職員全員の首が落ちそうって時に、王子を止めたのはタタラさんだぞ。

 凄かったよなぁ……泣いて叫んで、血塗れで。結局最後は王子がタタラさんを抱っこして帰って終わりよ』


『あの子があんな風に子どもらしいところ見せたの、初めてだったよねぇ。思えばあの子もあの王子の前でしか子どもらしいところは見せないんだろーね』


 そうだそうだ、と笑う彼らからは確かに彼に対する信頼があった。まだギルドに在籍してそこまで日も経っていないのに、まるでここにいる全員の子どものようだ。


 そして彼は、彼らの言う通り何でもないようにして無事に帰って来た。ぶつぶつと今日じゃなくても……と文句を言いつつ走って来た彼は。


『へへっ、遅くなっちゃいました。これで朝の件はチャラにして下さいね』


 そう言って笑う彼に、俺がファンになったのは仕方のないことだと思う。


 そして魔の差しが迫る時刻に最後のクエストだと言って来たのが王都の一番南にある丘に咲いた花を摘むというもの。魔法による収穫でなければすぐに枯れてしまう花を集めるというもので、あのタクトクトさんまで連れてやって来た。


『え……?! た、タタラ様って守護魔導師を退職されてしまうんですか?』


『……ああ。彼はスラムから来た、出生の報告すらない孤児でな。間もなく結婚するハルジオン殿下の汚点になりたくないと、自ら守護魔導師の地位を辞退するそうだ』


 丘の中で花を探し、糸で丁寧に採取していく真面目な少年。その髪には小さな花を象った糸が飾られている。


『……旅に出るそうです。守護魔導師の任を解かれれば、今のようにギルドでの仕事は出来なくなる。彼は未成年、ギルドでは働けなくなる。

 人々の仕事や困り事を解消しつつ、世界を見たいと……出身地が逞しいだけあって前向きだ』


『確かに……。彼ほどの魔力と魔法を兼ね揃えた者にしか一人旅など出来ませんね』


 そうか、だから取材許可が……。


 しかし、それでも俺は今日彼と出会えたことに感謝した。例えいなくなってしまうとしてもタタラ、という素晴らしい守護魔導師がいたことを記事にしたい。


 こんな風に早く机に向かいたいと思ったことは、久しい。


『……記者である貴殿であれば、外のことにも詳しかろう。彼を少しでも気に入ったのであれば……何かあれば、話を聞いてやってくれ』


『勿論。俺はもう今日だけで十分彼のファンですからねぇ』


 薄暗くなってきた丘の上で、少年が何か騒ぎながら何かを叫んでいる。何事かとタクトクトの青年と顔を見合わせれば、それは助けを呼ぶ声だった。


『リューシーっ!!

 リューシー、助けて! 花集めに夢中になってたら、集め終わったのに……辺りが暗くて花を全部潰しちゃいそう! ヤバい、どんどん見えなくなっちゃうよーっ!!』


 花畑で狼狽える少年を、風を操る魔導師が迎えに行く。その幻想的な光景に思わず魔道具を手に取る。魔道具、静止絵せいしえうつし。見た光景をそのまま絵に描いたように紙に写すことが出来る優れ物。


 半泣きで青年に手を伸ばし、青年も甘やかな顔でその少年へと手を伸ばす。


 後日、その見た者によってはまるで恋人同士のような美しい見出しが大いなる反響を呼んで予定していた特集の倍の量を書いた雑誌は過去一番の売り上げを叩き出したのだった。




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