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第十一王子と、その守護者

風の王子様

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『はい。次は足ですよ』


 神殿より戻った頃には、もう魔の差し。王子に一言断ってから花だけ飾って来ようと部屋に戻ったらそのままベッドに乗せられノルエフリンより治療を受けている。治療というより点検だ。


『ないよ。傷なんて多分もう一個もない。あの部屋に入った時点で残るわけないよ』


 流石に肩の傷跡は多少は残るだろうが、時が経てばそれも色が薄まってやがて消える。頭から足まで全てチェックが済んでノルエフリンがそれを報告すれば王子からもヨシ、と許可が出た。


 神殿からの借り物のシャツを脱いでいればノルエフリンが箪笥たんすから出した新しい服を持って来てくれたので着替えようとした。


『待て。そちらではなく、こちらの部屋着を着せろ。いくら肩が治っても今日はもう仕事などさせぬ』


『えー……』


『何がえー、だ。こちらの方がえー、だわ。貴様こんな一日でまだ守護者として働く気か。僕はもうどこにも行かぬ故に大人しく寝ていろ。今日の守護者としての仕事は終いだ』


 え? 仕事終わり?


 その言葉に弾むようにベッドから飛び降りると扉を指差して声高らかに叫んだ。


『終業!!

 よし、仕事早く終わったから組み手しよーぜノルエフリン』


『おやおや。魔法なしですか? それは腕が鳴ってしまいますね』


 二人して腕を回したり屈伸した後でノルエフリンが背中を向けて来たので、喜んでそれによじ登る。他の騎士に部屋の守りを厳重にしてもらおうと外に通じる扉に手を掛けたところでノルエフリンの側頭部に分厚い本がぶち当たる。


『……


 眉間に皺を寄せまくり、長い足を組んだ姿から物凄い怒気が飛んで来る。静かにノルエフリンの背中から降りるとすごすごとベッドを直してからその中に潜り込んだ。


 ちなみにノルエフリンはクソ硬い頭をお持ちなのでケロっとしている。


『全く……。

 魔法を連発したり、大魔法を使ったり、王都から離れたバビリアダンジョンまで往復し……挙げ句の果てに外に放たれた核獣と一騎討ち。トドメは刺せずとも奮戦し、星の廻騎士団団長到着まで持ち堪えた。

 わかっている。お前がやらねば周辺の街は全て死んでいた。街には結界が備わってはいるが王都とは別物。数が増え、あれだけの侵攻の前には呆気なく崩れ散る。だから魔力にも余裕があるお前が留まって無理をしなくてはならなかった』


 横になれば、王子がオレの頭を撫でながらベッドに座る。ノルエフリンが更に上からお気に入りのタオルケットを掛けて整えてくれた。


『ギルドの方にも連絡を回した。

 緊急事態故に手が空いていた守護魔導師であるお前は適任だろうと判断した……しかしギルド長はお前が個人魔法の使いであると知っていても、お前が魔獣の生態をまるで知らぬということを知らぬのだ。

 それはお前の生還率を低くする。魔獣の特徴も、戦った経験もないのだからな。今後もバトルクエストに臨むのであれば魔獣の図鑑をしっかり頭に叩き込んでから行くのだぞ』


 わかったな、と小さな子どもに言い聞かせるように首を傾げる王子。それを見てオレはなんとも不思議な気持ちで布団をグッと上まであげた。


 だって前まではオレのこと全然興味ないみたいに素っ気なかった。関心を持たないで、そこにいるのにいないみたいに。


 それなのに今は、まるで心配したように……怒って、理解して、教えてくれている。


『ちゃんとわかったのであろうな。また同じようなことがあれば本当に誰かしらの首を落とすぞ』


『わ、わかってますっ』


 変なの。


 変な王子。気まぐれな王子。オレのこといっつも振り回す、悪い王子。


『……ならば寝ろ。もうお前の傷付いた姿は御免だ。ギルドでも引き続き、王都内で出来るクエストだけやっていろ』


 寝るつもりなんてなかったのに、その後も近くで王子とノルエフリンが何か話し合っていたからそれが心地よくて眠ってしまった。疲れていたこともあり数時間は寝てしまったようで、目を覚ますと真っ暗な部屋に自分一人。時計は十時を指そうとしていた。


 だぼっとした白い上着に、下は黒の短パン。裸足のままベッドから降りると窓から小さなノックが聞こえたような気がした。風か何かだろうとお気に入りのタオルを抱えたところで、今度はハッキリと窓が叩かれた。


 え。……オバケ、なのか?


 それはマズイ、凄くマズイ。オバケなどという魔法攻撃も物理攻撃でも解決しないものは大変マズイ。冷や汗をかきながらギュッとタオルを抱きしめれば、雲の縫い目から顔を出したであろう月が……そのシルエットを浮かび上がらせた。


 窓の向こうにいる、誰かの姿。


『……だれ?』


 そっとカーテンを掴み、ゆっくりとそれを引っ張ってから影の主を盗み見る。そしてその姿を目にした途端、オレはカーテンを勢いよく開けてそのまますぐ窓も開けた。


 ふわりと、どこかから香る良い匂い。それはカーテンからか……或いは目の前の人物からか。


『すまない、こんなところから訪ねてしまった』


『おー……』


 完璧に王子様だ。窓の向こうにいたのがオレみたいな小僧じゃなくてお姫様とかだったら本当に完璧なラブロマンスだった。


『怪我は?』


『へーき。もう治ったぜ』


 包帯と皮膚の隙間から糸を入れて、プツンと包帯を切ればそこには完全に塞がった肩がある。


 それを見た彼、リューシー・タクトクトはそっと手を伸ばしてちゃんと塞がっているか何度か手で触れて確認してからようやく笑みを浮かべた。


『良かった……。ギルドでのことも不安で、いてもたっても居られずこうして来てしまった。すぐに駆け付けなくてすまなかった』


『い、いやいや……完全にオレの起こした騒ぎだし、リューシーは何も悪くないって。

 ……わざわざ来てくれて、ありがとう』


 なんて優しい奴なんだ、律儀な男め!


 部屋着で出てしまったのが恥ずかしくなってきてモジモジとしていれば、リューシーがジッとオレの姿を見たまま何か考えているようだった。


 何も言われずにいるのが堪らなくなり、そっとカーテンを引き寄せればやっと彼が正気に戻る。


『すまない……何も言わずにジロジロと。いや、本当にこの細く小さな体からよくあれだけの魔法が出てくるものだと感心してしまった』


『なんだよそれっ、本当に変な奴!』


 オレを見て出て来た感想がそんなことだなんて、本当によくわからない。それが面白くてクスクスと肩を震わせて笑っていれば、目の前にリューシーの手が差し伸べられた。


『少し付き合ってくれないか? シュラマや、他の守護魔導師たちが集まっている。ここの警備はこちらで受け持つ故、一緒に来ないか?』


『シュラマも……? でもオレ、こんな服装だし……』


『みんな活動時間は終えているから気にしない。ただ集まって好きに話したり、飲み食いしているだけだからな。

 それに、その姿も可愛らしい』


 さっきは散々オレが顔を赤くしてやったのに、今度はこっちがされてしまった。唸りながらキッと睨み付けても、なんでもないように笑って手を差し伸べられるのだからどうしようもない。少し迷いつつ、まだ誰かと話していたかったからその手に左手を重ねればグッと引っ張られる。勢いに負けて倒れ込みそうになるのを受け止められ、そのまままた横抱きにされてしまった。


 本当に、お城に迎えに来た王子様とそれを抜け出すお姫様みたいなシチュエーションに顔を覆いたくなる。


『少し肌寒いか? 我の上衣で良ければ掛けていると良い』


 淡い緑色の髪に似た上衣を素直に受け取り、風から体を守る。リューシーは慣れているのかノースリーブのままで上昇し、オレを抱えたまま空を飛ぶ。リューシーは体温が高くて凄く温かいため全然寒くなかった。だけど顔だけは夜風をバシバシ受けるせいで寒かったのに、途中からそれに気付いたリューシーが何度も自分の手でオレの頬を触ってくれた。


 人間カイロやぁ……。


 ぬくぬくと至れり尽くせりな状況を味わっていると、こちらを見る金の瞳に射抜かれて思わず体が跳ねてしまった。


『……本当にコロコロと表情が変わる。貴殿は見ていて飽きん』


『オレもリューシーといると毎回波瀾万丈で楽しいぜ?』


 かせ、と言って笑ったリューシーに釣られて笑えば目的地らしき場所のテラスへと降り立った。リューシーに抱えられたまま中へ入れば何人かの人の目に止まって大いに歓迎された。


『タクトクトが大物連れて帰って来やがった!』


『えー! あの二人前は犬猿だったじゃない!』


 ちょっとしたホールには、二十人ほどの男女が色々な場所でそれぞれの時間を楽しんでいた。確かに大半は私服だが、まだ制服を着ている人も多い。騙されたかとリューシーを睨むが、彼は周りに少し挨拶をしてから離れた場所にあるソファーにオレを下ろしてくれた。


 うおー、これまた良い座り心地!


『外から帰ったばかり故、彼に温かい飲み物を』


『承りました。少々お待ちください』


 慣れたようにメイドさんに用件を言い、ソファーの端に畳んであった膝掛けを広げて座るオレの足へと掛けてくれる。甲斐甲斐しく世話をするリューシーの姿に周りはザワザワしっ放しだ。


 メイドさんに温かな紅茶を貰ってチビチビ飲んでいると、ホールの扉が壊れんばかりに大きな音を立てて開かれた。


『ガキんちょが来てるってー?』


 シュラマー!


 燃えるような真っ赤な髪を揺らし、何故か上半身裸の男はオレを見つけた途端ニヤリと笑って大股で歩いて来た。元気そうな姿に思わずパタパタと足が揺れてしまうが駆け寄る必要もなく、すぐ目の前に影が出来る。


『おーし、良い子は高い高いしてやらぁ!!』


『きゃーっ』


 お腹の辺りを引っ掴み、シュラマの手が限界まで伸ばされてその先にいるオレは地面と平行になり思わず両手両足を伸ばしてみせた。お互い病み上がりのくせに随分とアホなことをしているが、こうしたアトラクションみたいな動きが大好きなオレはシュラマの上でキャイキャイ喜んでいる。


 たーのしーっ!!


『助けに来てくれてありがとうな、タタラ。お陰で命拾いしたぜー丁度治療が終わったところよ』


『運んだのリューシーだけどね! シュラマとタルタカロス殿下が無事でオレも嬉しいよ』


 可愛いこと言いやがってー、と更に回転まで加え始めた。最初は楽しくて騒いでいたが回り始めたら足元を疎かにしたようで突然ポーンと投げられた。まさかそう来るとは思わず身を固くすれば、スポッと誰かに受け止められたのだ。恐る恐る顔を上げれば、そこには知った顔が呆れた顔をしていた。


『アンタたちねぇ、もう少し自重って言葉を学びなさい? そしてそこのバカはなんなら一回死んで脳味噌取り替えて来なさい』


『おーい。折角生き延びた人間になんつーこと言うんだテメェはよー』


 軽々とオレを抱き上げるのは、オルタンジーだった。男の子として大切な何かを傷付けられたオレはそれでも大人しく彼女に掴まっていた。


『……オルタンジー、重いでしょ。下ろして良いんだよ……』


『重くないわよ? アンタ軽いのねーなんていうか、丁度良い負荷よね』


 ガーン。


 トレーニング扱い……。これにはショックを受けたオレは、ジタバタして抜け出すとリューシーの隣に立ってジト目でオルタンジーを見上げた。


 幼気な少年の心を踏み躙りやがって……許すまじ。


『なんかいつの間にか仲良ししちゃってるじゃない。アンタたち一回やり合って仲悪いって噂だったのに、相思相愛しちゃって』


『だなー。タクトクト家の堅物長男君じゃんか。おう、今回はありがとな』


 相思相愛?


 オルタンジーがニヤニヤとオレの手元を指差すのでそれを辿ると、いつ握ったのかリューシーの服を持っていた。反射的に掴んでしまったのかと慌ててそれを解いて離せば、今度は大きな手がオレの手を捕まえるように握ってきた。


『礼には及ばぬ。……あまり彼を揶揄わないでいただきたい。我が勝手に連れて来てしまった故に側にいてくれているだけなので』


『おっかないハルジオン殿下が後ろにいるタタラは集まりがあってもあんまり声かけらんねーからな。不興を買えば全員お陀仏だ。

 それでも連れて来ちゃう辺り、本当に仲良くなっちゃってまぁ』


 一緒になって気持ち悪い笑みを浮かべる二人を無視して、リューシーはオレの手を引き再びソファーへと座らせて膝掛けをしてくれる。


 ……そっか、王子が怖くてみんな呼べなかったのに、それでも誘いに来てくれたんだ。


『ありがとう、リューシー……。本当にリューシーって御伽噺の王子様みたいだな』


『……貴殿だけ毎度仲間外れなど、我が嫌で勝手に連れて来ただけのこと。咎められたら我が名を出せ。責任は取る』


 一人分空けた向こうに座るリューシーに、構わずその分を詰めるようにして側に寄る。温かな彼を追いかけるようにそうすれば、隣にいる彼も少しだけオレに寄り添う。


『……今日は共にいてくれて、感謝する。貴殿のお陰で、此度は……逃げずに済んだ』


『リューシーの納得いく結果で良かったよ。二人でハードクエストを無事にやり遂げたわけだし』


『……ああ。またギルドで、共にいられるか? クエスト中でなくとも昼食など一緒に出来れば……』


『いいよ、リューシー』


 約束ね、と小指を差し出せばリューシーも頷いてそれを絡める。またギルドでの楽しみが増えたと喜べば彼もまた綺麗な金色の瞳をとろけさせるように笑い、オレたちは波乱の一日に幕を閉じるのだった。




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