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第十一王子と、その守護者

個人魔法の使い

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 かつてオレは、自らの身を犠牲にして囮役を買いダンジョンを逃げ回ったという異例の経験を持つ人間だが、言わせてほしい。


 今回はそれすら不可能。


『あーっ!! マジかよ、マジかよー?! ヤバいってこれ本っ当にヤバいよー!! 全然魔獣が途絶える気配とかないんだけど!』


『だから言ったじゃないか。自由な君たちだけで逃げなさいと』


 こんなにヤバいなんて聞いてないわ!!


 気絶したシュラマをリューシーが担ぎ、先頭を走ってその後にタルタカロス王子。そして大半の魔獣の掃討を殿のオレが。そういう役割分担で走り出した一行だったが、早々に危機的状況である。


 魔獣、止まる事を知らず。


『騎士団なにしてんだバカたれーっ!! 早く来いよ、マジでオレたちしかいないじゃん! なんなのこれなんの罰ゲームよ!』


『来るわけないだろ。俺は第六だぞ? 王位継承権どころか王権すらないんだ。そんな飾りである俺のために死地に乗り込むはずがない。精々あと数時間は様子見でもするのでは?』


 聞きたくなかったー!! 今日一番聞きたくなかったわ、その話!


 しかしタルタカロス王子には感謝している。彼は自分から、自らの足で走ると言い出してくれたのだ。大きなシュラマを抱えて精一杯なリューシーに、更にタルタカロス王子まで背負わせたら潰れちゃう。


 風魔法で持ち上げれば、と提案したが対象物の体重で負荷は掛かるから持つのと変わらないらしい。そして抱えながら走るものだから全然集中出来なくて魔法による攻撃も難しい。


『生きてっか、リューシー!! 生きて帰ったらシュラマに減量するよう口煩く言ってやる!』


『是非、頼むっ……!』


 額から玉のような汗を大量に浮かばせては落とす姿に同情しつつ、次々と襲い掛かる魔獣に魔法をぶつけていく。終わりのない作業に、辺りはどんどんダンジョンから溢れた魔力により重い空気が広がる。


 参ったな、辞世の句でも詠んでおくべきだった。


『……、逃げる……か』


 逃げ回ったところで解決しない。タルタカロス王子を助ければクエストは成功だ。しかしそれではオレの護りたい者は護れない。


 約束の刻限まで、オレは彼を護るのだ。


『タルタカロス殿下!! シュラマ辺りが持ってた連絡魔道具は?』


『ここに。だが壊れている、この異常な魔力による影響か……』


 ヘッドホンのようになったそれを借り、魔力を通してみても不協和音ばかりで使い物にはならない。しかし忘れてはいけない。オレの個人魔法は、糸。


『糸魔法 糸電話』


 透明な糸がオレとリューシーの連絡魔道具を繋ぐ。そしてそれに魔力を注げば無事に魔道具が機能するようになった。糸が切れない限りはこれで保つ。


『リューシー! 埒があかない、戦力が纏まらないとどうにもならないよ。お前はシュラマを背負ってタルタカロス殿下を護衛しながら近くの街の防壁まで走れ! オレがここで足止めしておくから、死ぬ気で走れ!

 ……何かあったら連絡しろ。オレから連絡することはないだろうしな。取り敢えず一匹たりともここからは通さない。タルタカロス殿下、申し訳ありませんがリューシーの援護を』


 土地勘のないオレでは彼らを最短ルートで護衛することは出来ない。ここに立って広範囲に及ぶ魔獣を倒しまくるのが精々だ。


 まだ学生の内であるタルタカロス王子だが、この場では一人でも多くの戦力が欲しい。それをわかってか渋々了承した彼に再度感謝を述べてリューシーに目を向ける。


『わかったな? 今度こそ護り切るんだ、リューシー・タクトクト』


『……っ、承知、した……。必ず戻る、必ず戻る故に貴殿も死んでくれるな。貴殿を失えば我などハルジオン殿下の命により断頭台に直行である』


 名誉の戦死なのに、そこまでするか?


 リューシーなりのジョークだったのだろう。これから最悪の戦場に残るというのに、心の底から笑えた気がする。


 大きな背中を叩き、行け! と声を上げてからオレも彼らとは反対方向に向かって走り出す。見渡す限りの魔獣の波。ダンジョンは異界だ、そこに住んでいた魔獣などどれだけの数だったのか検討もつかない。だからもう、数えるのは途中からやめた。


『距離ある内に、もう一回詠唱して数減らすか。やだなー……慢性化頭痛とか絶対御免だよ』


 チリン、チリン。


 右手を空に向けて、指を大きく広げる。忽ち溢れる黒い魔力が体から滲み出ては糸となる。目星を付けた魔獣を五体に絞る。


『……オレの操るお人形』


 世界の悲鳴が、頭に響く。


『オレの言うことを聞いてほしい。オレのお願いを叶えてほしい。オレの全てを、受け入れて』


 真っ黒な糸が垂れ下がり、目星の魔獣へと絡み付く。


『願うは一つ、オレのために、戦って!!

 糸魔法 操り人形の宴マリオネット・パレード

 
 目星を付けた魔獣はどれも巨大な怪獣みたいなレベルの四体。それらにオレの糸を括り付けて体の自由と意識まで縛り上げ、自在に操るオレの最近出来た魔法……。生きているものに魔法を放ったのは初めてのこと。成功するかもわからない。


 最初はジタバタ暴れていた魔獣たち。周りの小さな魔獣たちも、暴れている魔獣たちがボスみたいなものだったせいか混乱し始めた。少しずつ四体を集め、鼻息荒くオレに目を向けた魔獣。どれもこれも小さなアパート並みの大きさでつい尻込みしてしまうが、逃すわけにはいかない!


『お、お願い……? オレのこと守って?』


 なんでお願いなんだ……ここはビシッと命令するとこだろ、格好悪い……。


 だがしかし、ここで想像以上の変化が現れる。


【ぶ、ぶもぉーっ!!】


【キィエエエエイッ!!】


 完全に配下として堕ちた四体は、元気よく叫びながら武器を取って先程まで仲間だったはずの魔獣に向かって走り出した。情け容赦なく同族同士で争う姿に、思わずポカンと口を開けてしまう。


 ……なんで?


『まぁいいや! 戦力確保で儲けだ、儲け!』


 ダンジョンから際限なく現れる魔獣の群れ。これで国すら滅ぶと聞いた時はそんなバカな、と思ったが今なら納得できる。


 何分経ったんだろう? まだ、数分かもしれない。魔力にも底が見え始める……無尽蔵なのでは、なんて心配していたのに終わる時は呆気なく終わってしまうものだ。


『ったく、しつこい奴等だなぁ……』


 戦局が大きく変わったのは、が現れてからだ。


 操っていた四体の内の二体を簡単に殺され、更なる魔獣の群れを連れて現れた魔獣。その異常とも言える禍々しい魔力は、奴の位を示していた。


『どーなってんだよ、核獣を倒したからバビリアは平穏なダンジョンだったはずだろーよ』


 二足歩行で歩く、牛型の魔力。ご立派な角を一本生やして両手には斧を持っている。真っ黒な体毛に覆われた巨体。その胸には無理矢理ねじ込んだようにバビリアダンジョンのコアだったはずのものが埋め込まれていた。


 間違いなく、八等級のオレが相手しちゃいけないやつ……。


『誰だよ、悪趣味だな。まさか自分でコアをねじ込んだ? それはそれで正気の沙汰じゃねーよ』


 とんだサイコパスだわ。


『お前が一歩進むごとに、あの人の幸せな未来が脅かされる』


 無事に帰れたら、武器でも作ろうかなぁ。


『お前の鼓動が鳴るごとに、あの人の平和な明日が遠退く』


 ま。無事に帰れたら、の話だけど?


『だから相討ちになろうが、ここにデカイ墓標を建ててやる。一緒に名を刻んでやろうってんだ、オレって寛大だな?』


 辺りに散らばった魔獣の武器を糸で拾い上げ、背後でそれらを操る。合図と共にそれらを投げ付け残る二体の魔獣も猛進を始めた。


 斧で降り掛かる武器を叩き落とし、周りの魔獣が二体を止めに入る。魔獣たちの体に糸を括って接近し、核獣の顔を目掛けて魔力を練る。


『糸魔法 硬絲こうしの術!!』


 柔らかそうな目を狙い、ありったけの糸を出して硬質化させる。それを放ち顔面にお見舞いしてやった。しかし核獣の目から放たれる何らかの魔法により糸は一瞬でバラバラに砕けてしまった。


 マズイ、と思った時には遅かった。


『ぐぁっ!!』


 まるで蝿が何かでも叩き落とすように手を払われ、なんの防御もなしに地面に叩き付けられる。核獣が片足を持ち上げて地面に横たわるオレを踏み潰そうとしたところを、操る魔獣がすかさず間に入って守ってくれた。


 どれだけ核獣に蹴られても退かず、残りの二体が束になって襲い掛かるも無駄だった。核獣の振り下ろされた斧によって、操る魔獣はオレを護るただ一体のみになってしまった。そんな魔獣も、もう虫の息だ。


『っ、ごめん……ごめんな、ありがとう……もう良いから、もう下がっててくれ』


 操っていた分際で何か言う資格などないが、彼らがいなければオレなんて呆気なくやられていた。急いで魔法を解いて逃げるよう体を糸で引っ張るのに、何故かオレを護る黒い鬼のような魔獣は退かない。それどころかヨタヨタ歩くオレを更に後ろにやろうとするのだ。


 なんで?! なんでだよ、もう魔法は解いたはずなのにどうして!!


『ダメだって!! オレなんか良いって、だから早く魔法が解かれたって示さないとっ』


 大きく振り上げられた斧。


 竦む足が言うことを聞かず、その場で考えを巡らせた。そんな時。視界が暗くなって……何かがオレを覆っては隠す。


『やめっ……!』


 背中に深々と斧を突き刺され、最後まで残った魔獣がオレを避けるように倒れた。無理矢理戦わせたはずだったのに、何故か魔法を解いても最後までオレを護って生き絶えた魔獣。慌てて駆け寄っても息はなく、もう動かない。


 だけど、その手には直前で自分から抜き取ったのか魔核が握られていた。


『ど、してぇ……? なんで、わかんねーよっ』


 泣きながら魔核を貰い、再び斧を横から振り出そうとする核獣から逃げるために糸を適当な木に放ってその場から脱出した。


 今は、考える時じゃない。今オレは、どうしてもコイツに負けられない!!


『っ……糞野郎め』


 ふと目に入る魔核。


 魔核……それは魔力の核。魔核さえあればそれをエネルギーに魔法へと変換出来る。魔力の相性もあるが何の運命か、手にある魔核は禍々しいまでの黒。


 恐らく、オレが使えばヤバいのが一発撃てる。


『……使わせてもらう。ありがとう』


 彼らのおかげで大分数は減ってきた。敵であるオレのせいで死んでしまって、おまけに魔核まで奪われるなんて、なんて酷い話だろう。


 それでも、それを全て無駄なことと言われないために。


『……糸魔法』


 襲い掛かる核獣。それに便乗するように多くの魔獣が伴って来る。しかしオレはそこから動かずただ、魔核を消費して魔力に融合させた。黒い魔核が溶けるようにオレの体に沈むと、爆発的に魔力が高まる。


 そんなオレの姿に距離を取るべきかと核獣が速度を緩めたが、もうそこは……射程圏だ!


『糸魔法 黒糸槍くろいやりィ!!』


 その魔法はきっと、もう人生であと一回くらいしか出せないだろう。


 辺り一面から真っ黒な糸によって編まれた槍が、地獄の絵巻の一ページのような光景を広げている。魔獣を無差別に刺し、貫通している。その魔獣の数は数百体。小さい個体から巨体なものまで、目に映る全ての魔獣を掃討した。


『っ……これで、』


 核獣の斧が、黒糸槍で防ぐオレの体に少し食い込む。しかし一歩だって後退することはなくオレは手元に出現した槍を手にする。


『さよーならっ、だ!!』


 しかし、ここまで来たのにも関わらず核獣の最後の足掻きだ。槍はコアを突き刺しているにも関わらず奴はなんと再び斧を握り直した。これにはショックを隠せず、必死に槍を深く刺す。


 何か話し声が聞こえたのに、耳から連絡魔道具が外れてしまう。それを気にする間もなく攻撃の手は休むことを知らない。


『ぐ、ぅあぁっ……』


 めりめりと肩から食い込んでくる斧。奴のようなタフさがない分、オレはすぐに崩れてしまう。


 せめて、せめてっ……コイツだけは!!











『風魔法 刃刃風はばかぜ!!』


 緑色の光を帯びた無数の斬撃がどこからか飛んで来ると、それらが全て核獣の腕へと突き刺さる。堪らず悲鳴を上げた核獣の隙を逃さず、次に繰り出された魔法は……。


『氷魔法』


 見たこともない、魔法だった。


氷乙女アイス・レディ


 吹雪のような体を持った、女性のシルエットをした何かが現れ、抱擁するように核獣に抱き付けば忽ちそれは全身を凍りつかせてしまった。


 チャコールのキャスケットに、お揃いのカラーの短なマント。頼りない短パンにリボンがついたお靴。可愛らしい所作で現れた少年は、その靴でドロップキックを繰り出した。


 ……ぅえ?


『ぅおい!! タクトクト家の小僧!! これがテメェの言ってた小っちゃいのか!

 ボロッボロじゃねーか、死ぬんじゃねーぞ』


『……フリーリー団長、初対面の人間に対する態度ではありません。

 タタラ! 大事ないか?! 遅れてしまって本当にすまない!』






 
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