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第十一王子と、その守護者

ダンジョンの崩壊

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 バビリアダンジョン。


 それは、リーベダンジョンよりも規模が大きく難関とされるダンジョン。しかしリーベダンジョンとは違いこちらは既に踏破済み。ダンジョン最深部にいた核獣かくじゅうと呼ばれる魔獣を討伐し、その魔核をコアとしてダンジョンに捧げることで次の核獣を出現させずダンジョンの安寧を保つ。しかし、ダンジョンがなんらかの深い攻撃や捧げられたコアが破壊されることによってダンジョンが崩壊することがある。


 崩壊したダンジョンからは行き場を失った魔獣が溢れ、魔力すらも漏れだし大惨事をもたらす最悪のシナリオが続く。本来であればダンジョンには国から派遣された監視隊がその崩壊を防ぐために目を光らせているはずだった。


『リーベダンジョンはあれから封鎖され、バビリアダンジョンに人が溢れたのだろう。ダンジョンは命の危険もあるが資源の宝庫だ。多くの者に監視の目が全てに行き届かなかったか、なんらかの事故か』


『さも当たり前のようにオレを担ぎ上げた上に全く離す気がないぞ、コイツ……』


 ギルド内にてクエスト発注をするため、てんやわんやな職員たちを尻目に外から急いで戻って来た。走っている途中でオレは断りもなくリューシーに片手で担ぎ上げられここに至る。……確かにリューシーとオレでは足の長さに大変な格差があるが、なんの躊躇いもなく抱き上げるなんてどうなってんだ。


 そして彼は、人一人がその腕に乗っているというのに大して気にもせずハードクエストの内容を心配しているのだ。


 筋肉ゴリラばっかりか。


『お待たせしました、こちらが現地と通信可能な魔道具です。お貸しするんで、どうぞお使い下さい。

 現在他のギルド員も召集していますが、時間が掛かりそうで……守護魔導師である御二人には先に現地に向かってほしいんで』


『了解した。こちらは問題ないが、タタラは大丈夫なのか? 命の危険があるクエストだ。前もってハルジオン殿下に連絡をした方が良いなら置いて行く』


 構わないな、と職員に確認するリューシー。ハルジオン殿下という単語を聞いて顔を引き攣らせた職員が勿論ですと肯定する。


 王子に、連絡……。


 そりゃした方が良いに決まってる。だけど事は一刻を争うものだ。自分が守るべき王族ではないが王子の兄君だし、その守護には当然知り合いであるシュラマもいる。


『貴殿が共に来てくれれば心強いが、大切なハルジオン殿下の守護魔導師だ。殿下も心配するだろう』


『……リューシーこそ。ベルガアッシュ殿下に連絡しなくて良いのか?』


 それこそ、リューシーの方が現地は行きたく場所のはずだ。いくら魔人はいないとは言え、そこは友人たちが亡くなった場所なのだから。


 しかし彼は全く迷いのない顔で頷いた。


『問題ない。リューシー・タクトクトであればハードクエストを直ちに熟すべきと言うさ。それがこの場にいる我の運命だとな。

 そちらと違いベルガアッシュ殿下には他にも優秀な守護者たちが付いている。我はこちらに向かうべきなのだ』


 だけど、彼の肌に触れているオレにはわかる。震える体は彼の恐怖を現している。今思えば引っ掴んでここまで来たのも知らずと出た恐怖心からだったのか。このまま彼を一人だけ戦いの場にやってしまって良いのか?


『一つ確認を。そのバビリアダンジョンの崩壊により王都も危険になりますか?』


『……うっす。仰る通り、ダンジョンの崩壊が止まず長引けば魔物の侵攻は必ずここまで来ます。

 騎士団は……今回は守りに徹するはずです。多少は現地に派遣されるでしょうが、既に崩壊してしまったダンジョンなんで……長期戦を覚悟するかと』


 なるほど。


 リューシーの腕から抜け出し、トンと地面に着地する。綺麗な礼をして改まった所作で口上を述べた。


『第一王子守護魔導師リューシー・タクトクト。第十一王子守護魔導師タタラ。共にハードクエストを受け、直ちに出発します』


『……良いのか?』


 リューシーの言葉に、無言で頷く。


 王都が危険になるのであればハルジオン王子の身も危険になる。であれば、彼の守護魔導師であるオレが出向くのは当然だ。すぐ側で護れないのは、少し心が痛むがそもそもの原因を叩く方が手っ取り早い。


 それに……。


『……戻ってもきっと役に立てない。殿下の無駄な心労を重ねるくらいなら、前線で全ての元凶を叩くのみだ。子分のことも心配だしな!』


『全く……貴殿は本当に、愚か者だな。

 ……ありがとう』


 そしてオレたちはギルドを出て、すぐに現地に向かうために方角を確認し合う。ギルドの周りには警報を聞いた人々が不安そうな顔で出て来たオレたちを見守っている。ギルドからも多くの職員が先に出るオレたちを応援するように手を振っていた。


『リューシーはダンジョンの場所はわかるのか? 西ってことしかオレはわかんないけど……』


『問題ない。少し遠いがリーベダンジョンよりはよほど近いからな。我の魔法で最速を駆ける。今日は少し風があるからな……風の抵抗で少し到着が遅れるかもしれんが』


 つまりリューシーの風魔法で空を飛ぶということか!


 これにはウキウキワクワクだ。糸でバンジーよろしく飛び降りたり、ターザンの如く駆け回ったりするが所詮は糸。風魔法であれば完全に空を飛べるのだ。これは人類も手に汗握る他ない。


 しかし、風の抵抗か……。


『はっ!! またまたオレの冴え渡る勘が鳴り響いている!!』


『どうかしたか?』


 任せろ、転生者はいつだってその知恵で生き残るものなんだからな!


 リューシーの背中に乗り、彼の風魔法でオレたちは宙に浮かぶ。人々の歓声に応えながら、オレは魔法を行使する。


『行けェ、リューシー!! 最速スピードだ!』


『任せておけ!!』


 糸魔法により風の抵抗を最小限に抑えるべく二人の周りから、進行方向に向かって長い糸のトンネルを生み出したのだ。勿論出せる距離は数十メートル程度だが、トンネルの終わりに近付く度に過ぎた糸を分解してまた新たなトンネルを作り出せば良い。


 むしろ予想以上のスピードにオレが追い付くのがやっとのことで、必死に魔力を練りながら分解と構築をするという地獄みたいな作業。


 景色を楽しむ余裕も、空を飛ぶという貴重な体験の喜びもそこそこにオレたちは誰よりも早くバビリアダンジョン付近へと到着したのだった。


『ちょ、タンマ……吐くかもしれんっ』


『驚いた……まさかあんな速度が出るなど、初めてのことだ。我らの合体魔法は素晴らしい』


 そりゃ新幹線みたいな速度だったからね。


 バビリアダンジョン付近にて糸魔法を解除すると、オレは若干へにゃへにゃになってリューシーの背中に倒れた。到着前から疲労で倒れては笑い者だ。少しでも休憩しようと周りの景色を見たが、そこには穏やかな風景など欠片もなかった。


 魔獣によって踏み付けられた自然。薙ぎ倒された家屋に、悲惨な街の残骸。淀んだ魔力が溢れて、昼近くだったはずなのにどこか暗い辺り一体。


 これが、ダンジョンの崩壊。


『……急ぎタルタカロス殿下を探そう』


 逃げ出す人々がいた。魔獣の餌食になるまいと、必死に抵抗する人間たち。今日も平和に、一日を過ごしていた彼らの日常が……呆気なく崩された。小さな子どもを連れた親子。家畜たちと逃げる人々。種族も関係なく協力し、門を守る者。


 あーなんかあれだなー。


 なんか魔力がいっぱいあって困るから、なんかデカイのお見舞いしようかなー。


『だからこれは、オレのため』


 魔力を練り上げ、普段はやらないを口にする。詠唱をするのは魔法をより安定させることで魔法になれない者がやるのだが、実はオレにとって詠唱は、個人魔法の使いにとっての詠唱は違う。


『……我が魔法を神に捧げる』


 個人魔法使いの魔法は、口に出すことで世界に新たな魔法を開示する。それにより制約として、魔法を世界に与える代わりに世界はオレに魔力を与える。


『救いの手を代わりに我が魔法を届けたまえ。我が魔法は救いの手。悲鳴の前に我が魔法を。全ての同胞に生きる印を。


 糸魔法 天蜘蛛あまぐも!!』


 はーっ、はっはっは!! 借り物の魔力だからデカイの一発かましてやるぜ!


 空に現れた巨大な魔法陣。真っ白なそれから降り注ぐように白い糸が垂れてくると、逃げ遅れた人々の前に現れる。縋るように糸を掴んだ者たちを救い上げるとまだ安全な城壁がある場所へと避難させた。あれほど頑丈であれば暫く大丈夫だろうし、騎士団の到着にも間に合うだろう。


 大規模な魔法を使ったのは初めてだが、詠唱は時間も掛かるし魔法を放つ際に世界から放たれる気味の悪い声が聞こえて頭痛がするから嫌いだ。あんまり使いたくないのが本音かな。


『……っ、ぃってぇ……』


『タタラ! 平気か、全く……攻撃魔法でないにしろこれほどの魔法を放てば魔力がすぐ空になる。しかし、よくやってくれた』


『バーカ。準備運動だ、準備運動。早くタルタカロス殿下を探しに行こう』


 こんなの、ただの時間稼ぎにしかならない。本当に救いたいのであれば全てを終わらせるためにダンジョンをどうにかするしかないのだ。


 そしてその解決は、オレたちのクエスト内容には入っていない。糸で城壁内へ入れた親子がオレたちに気付いて大きく手を振っている。複雑な思いを抱えたまま飛び立つと、ようやっと目的のものを見付けた。


『あれだな』


 紋章が刻まれた竜車、間違いない。耳に取り付けた連絡道具の調子が悪くなったのか何回かリューシーが小突くが変化はない。オレもそっと耳を近付けるが耳障りな音を立てるばかりで内容が聞こえない。着いたことを報告するのを諦め、二人で竜車の近くへと降り立った。


『……ああ。もう着いた者がいた。これは大変めでたいですね……』


 壊れた竜車の中に一人いた、六番目の王子。


『逃げろ。それがだ』


 第六王子タルタカロス・万国・バーリカリーナ、の名を冠した王子。


『タルタカロス殿下! 何を仰るのですか、守護者たちは一体どこにっ』


 長い金髪に、浅葱色の瞳。どこを見ているのかわからないほど薄く開いた瞳。深い緑色のローブを着たタルタカロス王子は、中を指差す。


『守護魔導師であるシュラマは先程、魔獣との戦闘により怪我をしましてね……。今は気絶してます。他の守護騎士は二名行方不明に。連れ立った騎士団たちは既に魔獣の餌食です。

 逃げなさい。これ以上犠牲になる必要はない、俺はもう死んでいたことにして。ここに最速で現れた有望な若者を死なせるわけには……』


 そこで一旦言葉を切り、少し驚いたようにオレを見た。


『あれ……? き、み……君は確かリーベの。ハルジオンの守護魔導師じゃないか』


『はい。第十一王子ハルジオン殿下の守護魔導師タタラです』


 全然記憶にないけど、この王子はリーベダンジョンの時に顔を見ている。魔人との戦闘で後からシュラマが参戦して来たけど、タルタカロス王子とは一切話はしていない。


 そう考えれば、またこんなことに巻き込まれるなんて災難な王子様だな。


『まさかハルジオンが君を……?』


『自分たちはギルドにてハードクエストによりここにいます。どちらかと言えば、本日はギルドの者としてここにいる、ということです』


 オレの代わりにリューシーが答えてくれると、タルタカロス王子は納得したらしい。王子でありながら竜車の椅子ではなく適当な板に腰掛ける辺り、中々度胸がある人だ。


『俺のためにハードクエスト、か……。ならば生きて帰らなくてはな。君たちのクエストを成功させなければね。やれやれ、まだ頑張るのか……』


 よいしょ、と立ち上がったタルタカロス王子は結構背が高くて猫背だった。ローブのフードをかぶり、憂鬱そうな目でチラリとこちらに視線を向ける。


『厄介になるよ、勿論俺は戦力外だから』





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