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第十一王子と、その守護者

話題のあの子は

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 その日の魔の差しには、お店を見上げて立ち尽くす店主がいた。荒れ果てていた店から見違えるように綺麗になった店から出てきたオレとマネキンたちを見て夢から覚めるように何度も目を擦ってはこれを現実だと受け入れその場に座り込んだ。


『大体終わりましたけど、やっぱり家具の大半はダメになってました。掃除道具を返しがてら周りのお店から使ってない家具などを譲っていただいたので新しいものが届くまで代替えとして使いましょう。カーペットやカーテンなんかの洗えるものは全て綺麗にしたので問題ないですね。

 一日風通しをよくしておけば、明日からはお洋服を並べてお店が再開できるかと。匂いが残るようなら魔道具を使った方が良さそうですね』


『アンタ……本当にコレ、全部一人でやっちゃったわけ?』


 終わったことに気付いたら、もう魔の差しの時刻となっていた。お昼も食べてないし休憩もしないでやってしまったのはよくなかったが一日でも早くお店を開店させてあげたかったから張り切り過ぎた。


 最後に傾いた看板を糸で直し、ずっと一緒に働いてくれたマネキンたちの魔法も解いて綺麗に拭いてから店に戻した。


『お時間を掛けてしまって申し訳ありません。こちらで問題ありませんか?』


『こっちは数日は掛かると思ってたわよ! 本当に凄いじゃない、個人魔法ってだけでも腰を抜かしそうだったのにどれだけの魔力保有者なの!?』


『実は魔力が多いために最近体調不良気味でして……ギルドでオレの魔法を使ってお役に立てれば嬉しいですしっ、て! ちょっとぉー!?』


 二メートル近い高身長に、かなりヒールの高い靴を履いたビローデアさんに両脇を掴まれ持ち上げられた。突如として訪れた浮遊感とあまりの高さにビビっているオレを他所に、ビローデアさんは大変良い笑顔である。


『偉いわよ、ありがとーっ!! 病み上がりなのに来てくれたのね……やだぁ感動して泣きそうよ! すぐお店が再開するから、また遊びに来てちょうだいよ! 約束よ? 絶っっ、対に来いよ?!』


『わか、わかりましたっ! また来るのでもう下ろして下さ……むぎゅぅ』


 意外と硬い胸に押し込められ、なんとか初めてのクエストが無事に終わった。嬉しそうにするビローデアさんの姿にオレも自然と真っ白なスーツを掴む。店の前で騒ぎ尽くす姿に周りの人たちも寄って来て、朝と見違えた店の姿に誰もが驚いていた。


『やだ! お弁当持ってたの? 言ってくれればちゃんとお昼にしたのに、貴方ったらずーっと黙々と作業してるから……。今ギルドに連絡するからお夕飯ってことで食べて行く? 奥の部屋は無事だからお茶くらい淹れるわよ!』


『すみません……つい熱が入っちゃって。では頂きます。夜にしか出来ないクエストもありそうだったんで、腹ごしらえを』


『貴方まだ働く気?!』


 大したもんだわ、と言ってギルドにクエストクリアの報告をしに行くビローデアさん。奥の部屋に通されて座り心地の良い椅子に座り、お弁当を開ける。木箱に入れられたのはたくさんのサンドイッチだった。野菜やお肉、そしてフルーツが詰められたフルーツサンド。


 最高のご褒美だ!! ありがとう、料理長ー!


 たくさん魔法を使って、たくさん働いたからパクパクとサンドイッチを口に頬張る。夢中になって食べていたら紅茶を淹れて戻って来たビローデアさんが微笑ましそうにして向かいのソファーに座った。


『ゆっくり食べなさいよ、ギルドにはもう連絡入れたから。報酬も上乗せしておいたわよ。

 あと、これは頑張ってくれた追加の報酬。是非貴方に使ってほしいのよ』


『追加? 報酬?』
 

 テーブルに置かれたピンク色の包み。手に取ってみると開けてみなさい、と言われたので包みを剥がして中身を見てみた。


 そこには、モノクロのリュックが入っていた。あまり大きくないサイズに縦に入った白と黒の縞がカッコイイ。下の方には小さくバトロノーツの文字とそれを囲むように国旗が刺繍されていて、更に周りに白と黒の糸が漂っているのだ。


 間違いなく、オレのために用意された品だった。


『こ、これ……』


『外で待ってる間に作ったのよ。ギルドでのお仕事の間は、それ背負ってなさい。ほらほら、早く背負った姿を見せてちょうだい?』


 ビローデアさんが鞄を持ってくれたので、いそいそと腕を通す。少しだけ長さを調整されて鏡の前に立つ。真っ黒な服にも合うオシャレな鞄。クルクル回って見てれば隣に立つビローデアさんも満足そうに頷いている。


 めちゃくちゃカッコイイじゃないか!


『良いんですか? これ、高そうですし……今日の報酬で買えるくらいですよね……』


 つまり報酬が二倍近くになってしまう。そう心配して見上げた先にいた店主は、長い足を折って目線を合わせると丁寧に頭を撫でてくれた。


『ワタシはね、これからも贔屓にしてほしい客にはどんどんサービスしちゃうんだから。貴方は見た目は勿論、中身だって最高よ。ワタシの作品を身に付けてもっと輝く貴方を見たいの。

 だから貰って頂戴な。刺繍だってしたんだから、それは世界で貴方にしか似合わないものよ』


『……はい。嬉しいです、ありがとうございます。大切に……大切に使います』


 これを持って、ギルドでの仕事を頑張ろう。


 新しい相棒を手に入れて、嬉しくてギュッと抱きしめた。そしたら何故かビローデアさんが悶絶しながら何事か叫んでいた。


『くっ、何よこの可愛い生き物っ……! 任せなさい、いつだって貴方を完璧に飾り立ててあげるんだから!!

 とかだったらもう、最強に可愛くしてあげるから! 絶対その時は来なさい!』


『あ、あああ逢……逢引き!?』


 逢引きとは、つまり、デートである。


『あらあらあらー? なぁに、その反応……さては貴方……逢引きしたい相手がいるのね!!』


『いないっ!! いないです!!』


 オレは逢引きなんてしたくない! オレは、あんな見る目のない奴となんて逢引きしたくない……一緒に出掛けたいなんてっ……、


 なんで王子のことを考えてるんだ!?


『うぅーっ……』


『あら? ちょっと揶揄い過ぎちゃったかしら。ごめんなさいね、繊細な男心を刺激しちゃって』


 思い浮かぶのは、どれも優しく笑う王子の姿ばかり。そんなはずないんだ。オレは拾われた恩とか、一緒に過ごした愛着とかがあるだけでそんな感情なんか持ってない。


 持ってなんか、ないんだ。


『恋をするのも、恋じゃなくても誰かを大切に想えるのは凄く素敵なことなのよ。だから大切な日を彩る日にはワタシに力を貸してって言いに来なさい? この恋と愛の化身であるビローデア様が、必ず力になるんだから、ね?』


『……わかり、ました。でもっオレは断じて好きな人なんてっ』


『わかった、わかった! 全く頑固な子ねぇ!』


 そしてオレは無事にビローデアさんのクエストを終えてギルドへと戻った。辺りは暗くなってきたがまだまだギルドの周りは賑わっている。報酬窓口へ並べば可愛らしいお姉さんが対応してくれた。クエストの紙を提出すればお姉さんが笑顔を浮かべて何故か手元のベルを鳴らした。


 ガランガラン! ガランガラン!


 なんだあ!!


『はぁーい! 本日最高位のクエスト満足度を更新されましたー。スロークエストより、守護魔導師タタラ様が達成でーす。ギルド貢献、誠に感謝致しまーす!!』


『な、なぁに……』


 笑顔のままガラガラとベルを鳴らすお姉さんに、周りの冒険者たちも拍手を起こしてお祝いの言葉まで投げて来た。ただ一人置いてけぼりのオレ。


『まあ! タタラ様、初のクエストで満足度最高を叩き出すなんて流石です。

 ギルドのクエストには満足度というものが存在します。スロークエストの場合は三つの項目が存在し、があり更に依頼主からの追加報酬が与えられることにより更に得点が加算されます。各項目が十点満点で追加報酬も十点が加算され……タタラ様は見事四十点満点を出しました。

 四十点満点を出された場合、ギルドの評判が大きくなるのです。ギルドに多大な貢献をしたタタラ様に深い感謝を。これからもバトロノーツでのご活躍に期待しています! あ。金銭は王宮の口座に振り込んでおきますね』


『は、はい……どうも』


 どうやらビローデアさんがオレの仕事振りが良かったと評価してくれたらしい。注目を浴びながら再びクエストボードの前に行く。朝はなかった鞄を背負い直して三つのクエストボードを眺めるが、やはり仕事量はスローボードが一番多い。バトルボードは朝よりも量が減ってスカスカしてきたが、スローボードはまだまだ隙間すら見えない。


『よーし、もっともっと頑張るぞ……』


 それからオレのギルドでの活動は始まった。いつも争奪戦が繰り広げられるバトルボードは無視して、たくさんのクエストがあるスローボードをメインに。


【依頼内容:店番

 王都にある魔法道具屋・魔法屋の店番。店主が育児中に店番をしてほしい。最後の一時間には配達をお願いしたい。

 階級:不問 報酬:鈍色貨幣二枚

 依頼主:テテルテ】


【依頼内容:チラシ作りの手伝い

 もうすぐ始まる王国式典のためチラシ作りを手伝ってほしい。人手不足のため作れた枚数により報酬変動あり。

 階級:不問 報酬:変動有り

 依頼主:ホビリア・ホート】


【依頼内容:暴れ家畜の監視

 凶暴と名高いボアット・ボボの古屋を新調するため家畜であるボアット・ボボを監視してほしい。怪我をした場合の責任は取りません。

 階級:不問 報酬:銀色貨幣二枚

 依頼主:アメッサス・マーカー】


 二週間も経てばギルドにも顔馴染みが増え、扉を開けば数人の冒険者たちに手を振られるので返す。いつも通りスローボードの前に立てば、今日は誰かに声を掛けられた。


『テメェが最近来た新人ギルド員か……。守護魔導師だってのにスローボードのクエストばっかりやってるらしいじゃねーか! テメェ本当に守護魔導師なのかよ!』


『しかもまだガキじゃねーか!! ギルドは十六からじゃねーのかよ!?』


 違った。これは絡まれたの間違いだ。


 王族お抱えの守護魔導師に絡んでくるバカがいるなんて思わなくて吃驚。関わる必要なしと判断して鞄を背負い直してスローボードを眺めれば、未だ絡んで来る。


『オイ、糞ガキ! テメェなに無視してんだよ、こちとら先輩だぞ!』


 その時、二人組の内の一人の男がオレの鈴に手を伸ばした。丸刈りの男がニヤつきながら触ろうとしたのがそれだと気付き、瞬間ギルド中に広がる魔力。それはあっという間に糸へと変わりギルド中を漂う。


 チリン……。


『触るな』


 最近、王子とは話していない。


『誰に向かって口を開いているんですか?』


 距離を取るように目も合わせてくれない日がある。折角ギルドに行かないで守護魔導師として一緒にいる時も、オレがいるのに見えていないような感じすらある。話しかけても素っ気ない。


『オレは第十一王子ハルジオン殿下の守護魔導師です。ギルドにいてもその肩書きは消えることはない、オレの上には誰がいるのか考えてから言葉を選べ』


 頑張ったら、


 たくさんお金を稼げば、


 魔法をしっかり操れれば……


『次は、容赦なくこの糸を使います』


 また前のように、褒めてくれないかな。


『……逃げるくらいなら話しかけなければ良いのに』


 転がるように逃げ出す二人組を見送り、オレは再びクエストボードへと目を向けた。完全に八つ当たりが含まれていたような気がするが同じようなことが増えても困るので、良しとしよう。


『最近、なんだか魔力量増えた気がするなぁ』


 そのせいか夜までクエストを進めることが多い。ギルドも一日中開いてるから、つい時間を忘れてしまうのだ。帰りが遅くなるせいでメイドさんや門番さんたちには心配をかけている。勿論、一番煩い人間も大変口数が増えた。


『さてと。今日はどのクエストをしようかな』


 そんなオレの姿を二階から見ている人間がいたことなんて気付かず、その日も元気にギルドから駆け出して行くのだった。


『……全く、相変わらず愚かだ』





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