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第十一王子と、その守護者

温かな痛み

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 我らが王子は、ただの我儘王子でも世間知らず王子でもなかった。頭が回るのにそれを活かす機会には恵まれなくて、もう少し……もう少しだけ外に出て色んなことに触れることが出来たら。沢山の人に触れ合うことができたなら。


 人の心の内側ばかりを見てきた彼が、それでも……オレを隣に置いてくれた。


『タタラ様? どうかされましたか?』


 心の内が見えないなんて、不安だったんじゃないだろうか。何を考えてるかわからない……それに素性もよく知らない、全くの他人だ。オレだって散々暴言吐いてたし、心にもないことを言ってしまったことだってある。


 それなのに。


 それなのに。


『……ノルエフリン、オレがいなくなっても……頼んだからな。大変になるだろうけどお願いだ、あの人を護ってくれ……』


『貴方からのご命令とあらば、喜んで』


 肩車をする男は、少しも迷うことなくそう言った。もう少し色々考えてくれても良いのにブレない。いつからこんな風に慕ってくれるようになったかもよくわからないが、オレも騎士であればノルエフリンこそが一番だと思う。


 身内贔屓も良いところだけど。


『私はこの身は殿下に捧げますが、この魂だけはタタラ様に捧げています。貴方が願うことは私が叶えてみせます。

 私も……出来るなら付いて行きたい。ですが、私にしか出来ないことがある。タタラ様は強く可愛らしい御方ですから私がいなくても歩いて行けます』


『ねぇオレ男の子って知ってる? 知ってるよな、なんで可愛い可愛い言うんだ喧嘩売ってんの?!』


 なーんだってんだ! どいつもこいつも、人のこと子どもだからって……見た目はお子様でも中身はご立派なんだからな!!


 別れる恋人みたいな発言をするノルエフリンのフワフワの頭を力の限り掻き乱してやる。しかし、いくら掻き回したところでご自慢の髪はフワフワのまま。重力にだって負けない魔法みたいな髪。


『良いなぁ。オレもこんなフワフワの髪になりたいわ』


『大変なんですよ? タタラ様のような真っ黒なサラサラの癖のない髪の方が魅力的です』


 いつだって本気なのか巫山戯ているのかわからないお世辞を言うんだ。どの口が言うのかと頬っぺたを引っ張った後でハッとしてすぐに口ごと隠す。


 やっべ……どうしよ。


『もごもご』


『……ごめん、調子乗った。本当ごめんなさい』


 還り者であるノルエフリンには、牙が生えているかもしれないんだった。普段は大口開いて豪快に笑ったりしないから全然目立たないけど……見られたくないものだったかもしれない。


 つい、悪ノリが過ぎてしまった……。


『ぷはっ。

 ……殿下ですね。ご推察の通り、立派な牙があります。この牙も、髪の白さも赤い目も巨体も貧相な魔力量も私の嫌いなものでした。

 ですが、今は少し自信があります。この容姿の甲斐あってタタラ様により早く私を覚えていただける。何より、貴方は私をもう容姿で嫌ったり怖がったりしないと知っていますから』


『お前なんて怖くないに決まってるだろ、オレは超カッコイイ個人魔法使いさんだぞ?』


 ふふん、と胸を張ってみせる。勿論そこはノルエフリンに肩車してもらっている位置なので全然格好良くないと思う。


 この幻想的な空間にノルエフリンはむしろ嵌るところにピタリと嵌ったように似合っている。優しい色合いと、彼の雰囲気はピッタリだ。オレは逆に浮いている。夢を壊すような黒がポツリとそこにあり、全ての夢を覚ましてしまうような異物。


 オレが似合うのは、ここじゃない。


『……やはり付いて行っても? 心配無用です、小さくなります! 小さくなって荷物に紛れ込むだけですので!!』


『オレを軽々持ち上げるこの体を、どーやってオレが持ち運ぶんだー!!』


 その身から飛び出して、地に足をつけた、その時だった。何の気配も無かったものの左手に迫る嫌なものだけは感じたために即座に魔力を錬る。


『糸魔法 針山峰はりせんぼん


 ピタリと止まった何者かに向けて、発動する。


『呑ます』


『古代空間魔法 奈落の奥底オールブラック


 大地から現れた針山と、謎の男の古代魔法の空間魔法がぶつかり合う。しかし明らかにこちらに部が悪い。空間魔法は初めて見たが、あまりの威力に思わず笑いが溢れてしまう。吹き飛んでしまいそうな体を固定すべく靴底と大地に糸を通して踏ん張る。


 針と化した小さな硬質化した糸に、更に糸を括り付けて操ることで針を全て真っ黒なハットに吸い込んでしまう男の空間魔法に対抗する。それを見て男は薄ら笑いを返してきたのだ。


『……続けて』


 オレの言葉に、初めて男の余裕が崩れた。


『糸魔法 七色の罠ムラサキ


 魔力によって紫へと変化する糸が、その真価を顕す。丁度良い。ムラサキはこの空間には打って付けの能力だ。


『誰です。いえ、誰であろうと構いません。殿下の腕輪に触れようとした不届き者を……タダでは帰さない』


 そして男が、を見た。


 それで罠は発動する。男がムラサキを見た瞬間に幻覚作用が発動して思考がほんの少し鈍るのがこの七色の罠シリーズ、ムラサキの力。近付く糸が男の見る速度よりも早く迫る。強く糸を引き、その体を縛り上げようとした瞬間。


『こうさーん!! 降参です、降伏です!!』


『……ちっ』


 その男のクソ長い髪に結ばれたリボンには、の文字がデカデカと刻まれていた。流石にこの場で降伏した守護者を縛り上げるのは宜しくないだろう。


 早々に判断したオレは全ての糸に対する魔力の供給を切って、ただ男を睨み付けることに努めた。薄紫の髪は一本の三つ編みにされ、そこに濃い紫色のリボンがつけられている。魔法にも使用された黒いハットを深々と被って胡散臭い笑みを浮かべた三十代くらいの切り目が特徴的な男がゆったりと歩いて来たのでその言葉を待った。


『いんやー、えげつない強さ! 魔力量! あんなに魔法を吸い込んでやったのに、更に幻覚作用まである魔法まで繰り出せるとは驚きですー!!

 アテの名前はレレン。レレン・パ・レッティ。第二王子であるメメボニー殿下に雇われた守護魔導師です。君ィ、本当に強いねーアテも空間魔法とか約束された最強魔法なんて持ってるから鼻高だったのに、見事に真っ二つになったですー』


『……第十一王子ハルジオン殿下に仕える守護魔導師、タタラです』


 テンションが高ぇ。


 ニコニコニコニコと笑いながら、何事もなかったように親しげに話して来る男に思わず態度が悪くなってしまう。だって今さっきまでコイツ、割とガチでオレをどうにかするつもりだった。


『貴殿が先程吹き飛ばしてくれたのは、私の後輩です。失礼ですがあまり近付かないで下さい。

 敗者に反論は求めませんので』


 オレとレレンの魔法がぶつかり合った瞬間、空間魔法による圧によってあの巨体のノルエフリンが吹き飛ばされてしまった。糸でどうにか彼を留めていたが、魔導師同士の戦いの余波を直に受けてしまっている。レレンに対して僅かながらの怒りを込めてプイと顔を逸らし、ノルエフリンの元に急ぐ。


 が。


『付いてこないで!! あっち行け、ストーカー!!』


『酷いですー。お近付きの印にもう少しお話を……出来ればその腕輪をもっと近くで見たいです!』


 お断りだ、バカヤロー。


 ギラギラした目にヨダレでも垂らしそうな顔で彼が見つめる先は、王子から預かった腕輪だった。ゾッとして左腕を抱きながら走り、飛ばされたノルエフリンのところへ駆ける途中。


『我が、魂にっ……』


 突然辺りが暗くなり、立ち止まった。ふと見上げた空にはファンシーな色はどこにも見えず……白と赤だけがあって。


『許可なく近付かないでいただきたい!!』


 ドン、と地面に軽いクレーターを作り、降って来た騎士。オレを背に置き、剣を構えるノルエフリン。その目には怒りが滲み……体からもどことなく湯気が出ているような。


『わー。かなり激怒してます?』


『激昂も良いところかと!! この場で先に仕掛けて来たのは貴殿です! 後ろから、同じ守護魔導師と言えど子どもを襲うなどなんと卑劣な人間か!』


 その一言に、辺りも一気にレレンを見る目が冷たくなった。同意と同情……レレンへは軽蔑。言葉はないが心の中ではみんな同じ答えに辿り着いたようで味方は多いらしい。


『ち、違うです!! アテはただ珍しい宝石が見たかっただけで』
 

『あわよくば奪おうとしましたね? そうでなければ奇襲した意味がわからない!!』


 ノルエフリン、猛犬モードである。


 真っ白な髪でフワフワな髪を逆立てそうな勢いで捲し立てる姿に、少し驚いている。いつでも紳士的で理性的な彼からはあまり想像がつかない姿だ。


『そですね、確かにあわよくば気絶でもさせて美しいと名高い黒い瞳も近くで見たいで』


『殺します』


 最後まで聞く気もなし。構えた剣を引く様子のないノルエフリンに、レレンも溜息を吐きながら静かにハットに手を伸ばした。


 一触即発。


 彼の背中を摘み上げようとした時、目にも止まらぬ速さで一人の人物が間に入った。その青い髪を見たのは結構久しぶりのことなので、思わずノルエフリンの背中を掴む。


『双方、待った。

 この場でこれ以上の乱闘は避けるように。レレン・パ・レッティ。君は自分の欲を少しは自制することを覚えるように。価値あるモノに惹かれるのはわからないでもないが、時と場合と相手を考えろ。

 タタラ殿には謝罪を。こちらの守護魔導師が大変な失礼をしでかした。後々、メメボニー殿下よりキツく指導してもらおう』


 最後の言葉を聞いた瞬間、レレンがその場から逃げ出そうとしたがシュラマがそれを逃すまいと首根っこを引っ掴んだ。


『ノルエフリン殿にも、謝罪を申し上げます。二度とこのようなことがないようにしましょう。急ぎ戦闘を止めることが出来ず、すまない』


『……日の輪騎士団長殿が謝罪する理由はありません。タタラ様がお許しになるのであれば、私はそれに従うのみですので』


 みんなの視線が、オレに集まる。


 結果的に何もされてないし腕輪も死守した。古代魔法の中でもレアな種類の空間魔法まで見れたのだから勉強にもなったし、何より自分の魔法でもそれに対抗できると証明されたわけだ。


『一昨日来やがれ、です』


 何度来ても伸してやる。そう思って不敵に笑ってやった後、奥から賑やかな声が帰って来た。そこにいた誰もが傅き、オレもノルエフリンと同じようにそうすればやっと時が来たのだ。


 儀式を終えた十三人の王子、王女が帰って来た。それぞれの者が守護者たちの輪に戻って行き、オレたちの元にも……。


『クロポルド!!』


 甘く優しい声が響く。頭を下げたまま、地に視線を落とすオレはその声を聞いて……何故か無性に胸が痛んだ。締め付けるようなそれに困惑しつつ、未だ聞こえる声にどこか耳を塞ぎたい気持ちになる。


 なんだ? これ?


『明日、大切な話があるんだ! きっとお前も喜ぶ。明日会えるのを楽しみにしているぞ!』


『はい。早くお聞きしたいですね』


 幸せそうに笑う声は、好きなものだったのに。


『お前は、僕の、僕にとってただ一つの』


 なんでだろう。


『大切な人だから』


 泣いて全てを壊したいと思うのは、なんで?


 温かくて、痛くて。だけど苦しくて吐き出してしまいたいのに絶対に出せないそれを抱えて。オレとノルエフリンは腕を組んで歩き出す二人の後ろに佇んでいた。


『やれやれ……恋は盲目とは、よく言ったものですね。急ぎ追い掛けましょう』


『……なぁ。ノルエフリン』


 見えない。


 見ない。


 何にも知らない。


『明日。神殿行って来るからお前は城で待っててくれ』


 一人でだって生きていけるよう、頑張るんだ。




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