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第十一王子と、その守護者

黒の守護者

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 女性と男性が結ばれる。


 女性と女性が結ばれる。


 男性と男性が結ばれる。


 全てが有りだ。これはもう産まれた時からそんな常識だったから慣れた、そういうカップルだって街やスラムにだって普通にいたし……今更なんとも思えない。家柄や国によって違いはあると聞く。自分としてはいつか、生涯を共にしたい人が現れるなら女性でも男性でも構わないってのがオレの主観だ。


 しかし、前世の記憶持ちというものを抱えているせいかどうも……未だに世界に馴染めていないというか、感情が変に追い付かないというか。


 でも事実。オレは誰かを好きになる日なんて来ないんじゃないかと思う。世界が、産まれが、境遇が。違いすぎて途方もない。生物としては中々終わってる。


『大丈夫だって……焦ったって、こればっかりはどうしようもないもんな』


 ああ、こういうところがダメなのに……。


 思わず漏れたため息をなかったことにするように、ぶるぶると顔を振る。そっと触れた髪は、あいも変わらず真っ黒け。この髪も、目も。ここでは珍しく前世では当然だった容姿がそのままなのも悪い。


『いけね、仕事しないと……』


 そうだ、まずはバカ王子だ。


 スケジュール的にはまだこの時間はお勉強タイムのはずなのだ。しかし、何故ここにいるか? 何を隠そうあの王子、最強騎士団の団長さんに惚れていて王様に頼み込んで将来は結婚するそうだ。


 第十一王子だが、彼は正統な血筋の王子。入団前はあの街の領主の息子だった騎士団団長もこれは玉の輿である。


 だからこれは、惚れた婚約者がお仕事を終えて帰ってきたと聞いた王子が全てのスケジュールを無視して彼に会いに来たという傍迷惑な騒動なのだ。


『本当、人の仕事増やすの得意だわ……』


 流石に婚約者との時間をすぐに奪ってしまうのは可哀想だったので暫く様子見をしていたが、あのバカはまだまだ日の輪騎士団団長を離す気はない。仲良く話してるようだが明らかに王子が一方的に喋りかけて、団長殿はほぼ頷くだけだ。どんどん口数が減っている。心なしかそわそわと城の方を気にしている感じもあるので、まだ報告やら仕事が残っているのだろう。


 ちなみにウチの王子はそんな配慮はしちゃくれない、恋の熱によりいつもより更に我儘です。


『失礼します。ご歓談の最中かと思われますが、誠に申し訳ありません。

 ハルジオン殿下。そろそろお部屋にお戻り下さい。仕立て屋がお待ちですよ』


 気付けばもうお勉強の時間も終わり、次に予定していた仕立て屋が注文の面倒臭い王子の要望した服を持って来る時間ではないか。


 あんなにキャンキャンとああでもない、こうでもないと言って注文を出したのに出来上がりを見ないのはあまりに職人が可哀想だ。因みにオレはずっと隅のソファーでジュースを堪能していたので内容は知らない、ジュースが美味しかったことしか覚えていないなんてそんなことはない。


『下がっていろ、僕はまだここにいる』


 予想していた言葉だ。


 やれやれ、なんてわかりやすい奴なのか。


『では。私が代わりに受け取って来ますので、その後の予定までには必ずお戻り下さい。


 団長殿も帰ったばかりで休息も、報告も残っているかと。殿下とのご歓談の後にお仕事を早く終わらせればまたお時間が取れると思いますよ』


 だから今日は解放したって。


 ね? と、取り敢えず頷けという含みを込めて団長殿へと首を傾げれば彼は心得たとばかりに力強く頭を縦に振る。そんな婚約者の姿に少し思案しながらも、最後には渋々といったように王子も提案を呑んでくれた。


『それでは私は先に失礼します』


『あっ……! ま、待てタタラ!!』


 ガゼボから一歩も出ようとしなかった王子が突然叫ぶ。急な足音に気が付いて丁度背を向けたところだったオレは驚いて振り返る。


『仕立て屋は待たせておけ! お前は対応しなくて良い!』


『ですが……。私が検品して受け取ってしまえば宜しいのでは? 勿論、殿下の大切なお召し物ですから丁重に扱いますよ』


 ははぁん? さてはオレの管理能力を疑ってるな、この王子め。しかし城勤歴まだ浅いながらもオレの仕事にはまだミスや失敗等はないはずだ。あまりにも重要なものの管理を任されるのは困るが、預かるのは王子の部屋で王子が着る服。すぐに収納できるからなんの問題もないはずなのに。


 ちなみにもう洗濯ものやらの収納も全てオレがやってるので恥ずかしさなどない。ないのだ。まぁオレは絶対自分の服は自分で洗って仕舞うけど。
 

『そうではなく……、とにかく! お前はそのようなことをしなくて良いのだ!』

 
 どこか焦るような口調で只管受け取るなという王子に、これ以上異議を唱えるのは得策ではないと感じてすぐにオレが折れた。


『わかりました。では、もう少し城の手伝いをしてきますね。頃合いになったらお迎えに来ます』


 城のメイドさんや兵士たちとは結構仲良くやってる。特にメイドさんたちは住み込みで遠くから家族と離れて長い間ここで過ごす人も多く、子どもの身で人懐っこいオレを故郷の家族と重ねてか優しくしてくれる人が大半だ。勿論、城の警備をする兵士たちも魔導師であるオレに敬意を持って接してくれる良い人たち。


 少しでもオレの魔法で仕事が減って、またお喋りしてくれるならばと積極的に手伝うのだ。


 外を殆ど知らないオレにとって彼らから聞ける話は貴重な情報だから。


『またお前は……。僕の守護魔導師でありながら、あまり甘く見られるなよ』


『問題ありません、殿下! 常に掲示された報酬を一度は渋って相手に更なる見返りを求める! 一つより二つの菓子!!


 心得ております!!』


 はっはっは!! これが高等なる駆け引きというものだ、とっくに身に付いているとも!


 そう高らかに宣言したのに、王子は何故か顔を覆って天を仰いでいた。きっと欠伸でも我慢しているのだろう。恋する男子は大変なのだ。


『では。後は若いお二人で、失礼しました』


『お前がこの場で一番若いぞ……』


 そして暇を出されたオレは、厨房へと来ていた。というより休憩時間のために移動していたメイドさんたちに捕まってここへ連れて来られただけ。


 ちんまりと隅っこに座り、右手には搾りたての果実水。左手には包み紙に入れられた焼き菓子。あんなにも駆け引きのイロハは知っていると豪語したが……こうも簡単にお菓子を出してもらっては混乱して食も進まない。


 何故、何もしていないのにお菓子が……?


『こんな坊主が、本当に守護魔導師なのか?』


『ちっこいなー! うちの娘より小せぇよ。農具だって満足に握れなそうなほっそい腕だ!』


 夕食の仕込みをしながら、手の空いた料理人たちが物珍しそうにオレを見る。簡易的な食事を持って戻って来たメイドさんたちがニコニコしながら彼らと話をする。


『ええ! まだ城に来て間もないのですが、とても働き者なんですよ。いつも仕事を手伝ってくれて』


『あの個人魔法の使い手で、その偉大な力を使ってたくさん助けてくれるんです~』


 今まで、こんな風に堂々と魔法を使う機会に恵まれなかった。折角得られたオレの糸魔法。それなのにそれを使えば命を狙われるから普通より不便で、生きづらい生活を強いられた。


 だから。あの王子には、感謝してる。性格とか最悪だけど……例えオレのためじゃなくても。今こうして魔法を使って、しかもそれが誰かの役に立って喜んでもらえる。


 それが、どうしようもなく嬉しい。


『……本当に無邪気に笑うな。あの十一番目の初めての守護魔導師って噂にゃ聞いてたが……確かに見た目だけならあの王子の守護者だ』


 奥から出てきた強面の男。手には包丁を持ち、遠慮なくオレを睨む姿に周りの料理人たちが慌てて作業を再開する。高い位置で結ったオレンジの髪を揺らしながら近付いてくるのでメイドさんたちが庇うように立ち上がって側に来てくれた。


『ストロガン料理長!!』


『あ、あの……タタラ君はただハルジオン殿下をお守りしているだけでっ』


 犯罪者と言われても思わず納得してしまいそうな凶悪な顔を向けられ、メイドさんたちは短い悲鳴を上げながら縮こまってしまった。慌てて彼女たちの保護下から抜け出すと初めて会う料理長に頭を下げて自己紹介を始める。


 人間、第一印象は大切だからな! この人の第一印象は今のところ地に落ちてますが。


『初めまして。私はハルジオン殿下の守護魔導師、タタラと申します。いつも美味しいお料理を作っていただき、ありがとうございます!』


 そう。オレもこの城の、つまりは王子の部屋で生活する身だ。当然食事はここの厨房で作られたものを食べている。


 いつも美味しいです。一日三食最高!!


『はっ……。来年成人するオウジサマより、数週間前に守護者になった小僧の方がよっぽど人が出来てるってのは、どうなんだろうなぁ。

 俺はダンダ・ストロガン。ここの料理長だ。お前が来てからあの第十一王子の残食が明らかに減ったんだが……お前が犯人か』


 ぎっくぅ!!?


『そ、そそそんなこと、知りません、ですっ! 私は何も知りませんっ!!』


 ほぉ? と言いながらも包丁を片手にジリジリと迫って来る料理長に恐怖を覚えテーブルに置いてあったお盆を盾にして更に目を逸らす。


 あー……、それもこれもバカ王子のせいだ。


 何かと文句を付けては食事を食べない。そんな王子の側で手の付けられない食事をジッと毎回見つめていると、王子がくれるのだ。だから喜んで食べていた……だってオレは栄養不足で体も小さく、最小限の食事しか貰えなかったから。孤児院では簡単な魔法も碌に使えないと穀潰しのような認識で、働いても働いても量も質も変わらない。


 そんなオレにとって、例え王子の残飯だとしても王宮で作られた食事は大変なご馳走なのだ。


『うぅ……』


『……別に、お前が食ってることを責めてるんじゃねーよ。むしろ残さず食べられて返って来るのは料理人なら誰だって嬉しいもんだ。

 だがな。第十一王子は食わねーから知らんとして。お前は別だ。守護魔導師として、まだ成長中の子どもとして、ちゃんと食べてもらわにゃ困る。残飯食ってんのも良いが、腹減ったんならちゃんと使用人用の食堂に行くか此処に来い。

 ……なんでもキッチリ食えるみたいだしな。わかったか?』


 無骨な手が降ってきて、予想外の大きな手だったから思わず目をギュッと閉じた。しかし次に襲ってきたのは頭を撫でる手の優しさ。不器用で、少し荒っぽいが温かなそれに体が固まった。


 ああ……、そういえば。誰かに撫でられたのなんて一体いつが最後だったんだろうな。


『で? お前さんは何が好きなんだ。気が向いたら好きなもん食わしてやるぞ』


『ぁ、え……? 好きな、食べ物……あまり料理は食べたことないので、その……辛すぎなければ何でも食べます』


『ああ……料理、あんま食ったことねーのか。じゃあ色々食べてみてお前の好物を見つけるとするかね』


 野菜や果物を齧って生きてきた。風呂屋の仲の良い爺ちゃんに融通を利かせてもらって結構人のいない時間を狙って行っていた。飯屋はあまり行きたくなかった。因縁つけられたり金持ってるのがバレたりしたら面倒だし。


 あと、あまり料理が美味しくなかった……鮮度のよくない食材を、スパイスとかドバドバ使ったりしたものが多くて口に合わない。


『俺は何も言わずに俺の飯を全部食う奴が好きなんだよ』


 何度もぐりぐりと頭を撫でられ、やっとそれに慣れたオレはだんだん嬉しくなってまたえへえへ笑い始めた。妙に生温かな視線を受け止めながらも今日一番嬉しい時間を噛み締めながら、まだ見ぬ料理の数々に胸を躍らせる。


『タタラ君、ストロガン料理長と仲良くなれて良かったねぇ』


『ストロガン料理長って意外と子ども好きだったのかしらね? でもタタラ君、いつでも来て良いって言われたんだからまた休憩が重なったら一緒にご飯行きましょう!』


 ゆったりとした喋り方が特徴的なナニャと、しっかり者のお姉さんのようなシーシアと共に厨房を出る。ストロガン料理長はすぐに夕飯の支度に戻ってしまったが、あの後も絶えず何人も料理人の人たちが様子を見に来てくれたり、飲み物や軽食をくれて大いに休んでしまった。


 すっかりオレを弟のように扱うナニャは、移動の際にはすぐにオレの手を引こうとする。


 こう見えて守護魔導師なんだけどね……。


『連れて来ていただき、ありがとうございました。私だけでは命令でもない限り厨房には赴かなかったでしょうから……』


 ぶっちゃけ、この時間も休憩時間ではない。


 ……そろそろ時間潰せたか?


『もう行っちゃうんですー?』


『はい、あまり離れるわけには。こんなでも一応守護魔導師なので……隣に立っているだけでも立派なお仕事なんですから!』


 実際は勿論それだけではない。具体的には……すぐ斬首斬首言う王子の気を逸らしたり、キレた王子の後始末をしたり、掃除したり……


 めちゃくちゃ魔導師かんけーねーな!!


『ええ……マジか。オレって全然魔導師っぽくない? まぁ普通魔導師と言えばエリート的存在だし、齢十二のスラムの下民が突然それっぽくはならないよなぁ』


 二人と別れ、真っ直ぐ王子の部屋に向かう。城の豪華で掃除の行き届いた廊下を走っているがすれ違うメイドさんや兵士の人たちはオレのを見た途端に廊下の端に避ける。


 尊敬と恐怖、浮かべる顔色は様々だ。オレの頭から爪先まで纏う黒はハルジオン王子を象徴する色。容姿だけでなく服や装飾まで真っ黒だし、もうオレの年齢も城内に広まってる。新しく就任した子どもの守護魔導師なんて、そうはいない。


 、それがオレの通り名だ。



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