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第十一王子と、その守護者
お怒り
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御者の席を立ち、一時的に地竜たちの糸を離す。問題はない。地竜たちは賢いから少しくらいオレの指示がなくても自分たちで安全に、かつ最速で駆けてくれるだろう。
問題はオレの方だ。
『糸を強化して、放つ……ダメだ。硬糸の術の硬さ程度じゃ。更なる強化には血がいる、赤い糸じゃ魔獣にも気付かれて避けられる。あとは距離だ、あんなに遠いところ……魔力の殆どを注ぎ込む? ダメだ、その後だって戦わなくちゃ。どうにか魔力をケチって……あそこから救出するのも、えっと……えっと、』
ブツブツと口から作戦がダダ漏れる。頭はフル回転、どうにかして口から出まかせを言ったことを本当のことにしなくちゃ。
一発勝負。残りの魔力から考えても失敗なんて許されない、絶対に……絶対にっ。
『……落ち着け、大丈夫だ。ずっと諦めていたこの魔法を、折角沢山使えるんだ。この魔法だけは……オレの今世の誇りだ』
両手を広げて掌を地面に向ける。体の周りを巡るように漂う透明な魔法の糸。それを握り締め、血を渡す。血色の糸に手を下げて合図すれば糸は忽ち地面へと潜った。
硬い土の中でも、血色の糸であれば問題ない。魔力を操りどんどん、どんどん糸を伸ばす。
『っく……』
魔力と血の消失。耐え切れずふらつく体を持ち直し、魔力操作を続ける。そして漸く目的地にオレの糸が到達した。
はぁ、と息を吐いてドクドクと鳴り響く心臓部の服を握り締めて目を閉じる。想像するんだ。必ず、当たると。
当てて……みせる、と。
『糸魔法』
思い出せ、ナルバサラさんの思いやりを。考えろ、人の命の尊さを。
もしも、成功したら。一度は投げ出そうとしたこの世界でのタタラは。少しは、誰かに褒められて……いや。いいや、違うな。
『血糸魔法 赫槍』
オレの魔法は、もう褒めてもらえたんだから。
走る竜車から見える。二人の騎士を囲む赤い繭と、その周りの魔獣が地面から生えてきた無数の赤い糸によって串刺しにされた光景が。溶解液によって繭が徐々に溶け出すが、騎士たちの身に異常はないはずだ。
ああ……、よかった。良かった、なぁ。
『い、と魔法……』
邪魔な魔獣がいなくなったため、存分に糸を放てるようになった。糸で騎士たちの体を絡めて一気にこちらに引き寄せると、騎士たちの悲鳴が上がりながらも釣り上げることに成功。怖い思いをさせて申し訳ないが、一番楽な方法なので文句は聞けない。
『地竜たち、全速力だ……頼む。森を抜ければ街が近いはずだ』
生き残った全ての騎士団を糸によって釣り上げて、地竜たちの全速力に賭ける。元気よく返事をして走り出した地竜たちに微笑みながら、力が脱ける足が言うことを聞かずに倒れ込む。
しかしここで意識を失うわけにはいかない。そんなことをすれば折角の努力も水の泡。絶対に、最後まで負けられない。
『確か、この先は……冒険者の街……トメイラ。そこそこ大きいって噂のあの、街なら対魔防御壁が……そこまで、行ければ……』
地竜たちの走りは素晴らしかった。一気に本気の速度で駆け抜け、森を抜けられると更に地面を蹴り上げて仕上げとばかりに咆哮する。
地竜たちの視線の先には、大きな門が佇んでいた。まるで危険を知らせるように何度も何度も大きな声で鳴く地竜に街の門番が気付いて魔獣に追われるオレたちにも気が付いたらしい。王家の紋章に気付いたかは不明だが、事態の深刻さに慌ただしくなる。門が開かれ、誘導するように手を振る門番。地竜たちも嬉しそうに鳴きながらそちらに駆ける。
門を潜ると同時に金色の障壁が展開され、オレたちを追って来た魔獣たちはそれに触れた瞬間体が光に侵食されて消滅していく。それを見た他の魔獣は即座に門から離れ、これ以上はムリだと判断したのかクルリと体を回して森へと帰って行った。
その光景を見送り、まるで緊張の糸がプツリと切れたようにオレの体は硬直し、竜車から真っ逆さまに落ちてしまった。最後に聞こえたのは地竜たちの悲痛そうな悲鳴に、あの王子の不機嫌そうな罵声だったが……視界は暗転し、吸い込まれるように眠りについた。
ああ。知らない天井を見て混乱する日が来るなんて、夢にも思わなかった。実際には今まで屋根すらない場所で寝てることもあったから……。
むしろ起きたら青空です、なんて日がザラだったもんなぁ。
『……ぉ、じ?』
深い緑の天井から首をずらし、辺りを見渡す。質素な部屋だが清潔で寝ているベッドもフカフカだ。ぼんやりとする頭で思考するよりも先に、ベッドのすぐ側の椅子に座っていた男性と目が合う。
真っ白な髪なふわっふわの癖毛に赤い目。まるで羊と兎を混ぜ合わせて最後にゴリラを合わせたような彼。そう、マッチョだ。
白くてふわっふわで赤い目がクリクリした美丈夫だが、大変恵まれた体をしている。思わず開いた口が塞がらないほどのインパクト。
『ああ、良かった。やっと目が覚めたのですね』
絶対に二メートルは越している巨体を丸めて、オレを覗き込む仕草に最早動揺のせいで目だけが動いている状態だ。全く言葉が出て来ないぞ。
『街の光魔導師の話では大変な魔力枯渇状態と、深刻な貧血で倒れたとのことです。楽になるまでもう少し眠っていて下さい』
ニッコリと笑う真っ白マッチョ。イケメンなのにこうも情報量が多いとかどうなってんだ。
しかし、どうにも安心するような柔らかな笑みに安心してしまい、またコクリコクリと船を漕いでしまう。
『おう、じ……』
なぁ、あのバカは大丈夫だったか? また暴走してないかな、オレはちゃんと上手く出来た?
『はる……じぉ』
『大丈夫です。貴方が倒れてしまって少々お怒りですが、怪我もありませんよ。
ハルジオン殿下は無事です。もう少し眠って下さい、タタラ様』
優しい声色に安心して、オレは無抵抗にも眠りに落ちてしまった。沢山頑張ったのだからもう少し良いか、と眠ったオレの頭を誰かが撫でた気がする。
父も母も知らず、冷たい孤児院でひっそりと生きてきた自分にその人肌はあまりにも温かくてそっと横にした体を丸めて眠る。
夢を見たんだ。
もう殆ど思い出せない、前世の記憶。いつ死んでしまったのか死因はなんだったのかすら思い出せない。だけど、幸せだったことは覚えている。自転車を引く自分と、周りにいる数人の仲間たちとワイワイ笑って喋りながら歩いている。みんな笑顔で、楽しそうで……帰る場所があって。
いいなぁ、
いいなぁ、もう、オレにはないもの。
もう手に入らないと諦めたもの。
その価値を知っている、あの日々を。
塗り替えることが出来るだろうか? こんなに危なくて冷たいこの世界で。この世界を全然知らないオレは……幸せになれるかな。誰だって幸せになりたい。誰だって愛されたい。少なくとも、俺はそうだ。
だから幸せになるために……もう少し、頑張ろう。
『んぅ?』
再び目覚めた時、最初に目に入ったのは自分の手だった。重なり合って投げ出されたオレの手はまだ少し小さくて頼りない。あまり日に焼けてはいないが真っ白というわけでもない傷だらけの見窄らしい手。ギュッと握って体を更に丸めた時、ふと上げた視線の先にはなんということでしょう。
不機嫌そうに足を組んで窓枠に肘を突き、オレを眺めるバカ王子がいた。
『!?』
え!! なに、嘘だろ? なに人の寝顔見てんだよ!
『……起きたか。許す。お前はそのまま横になっているが良い、治った体に響く』
驚きのあまり上手く動かない体をパタパタとさせればすぐに静止の声が掛かる。まだ本調子ではないので言われた通りジッとしていれば王子は静かに話を始めた。
『ふん、この僕が認めただけのことはある。お前の功績で無事にトメイラに辿り着いた……ここまで来てしまえば王都までは転移魔法ですぐだ。
……一日の魔法使用限度を超えたのだ。お前の働きがなければ、あそこで僕は死んでいただろうな』
残念なことだ。
そう最後に呟いて、王子は瞼を閉じた。オレは何を言っているのかてんで理解出来なくてずっと彼の表情を窺うことしかできない。
『あの時。
何故、お前だけが僕を助けようとしていたかわかるか? 僕もあまり深くは知らないがな。簡単な話だろう。
お前だけが、僕を助けようとしたからだ』
何を言ってるんだよ?
心底不思議そうな顔をしていたのだろう、ふとオレを見た王子は無表情のままオレを指差す。
『お前だけが……僕を護る盾であり、剣だ。お前は僕を護るに値するだけの魔導師だと確信した。だからお前は変わらず僕を護っていれば良い、ただそれだけのことだ。
いつか僕の本当の守護者が来るその日まで、お前が僕を護れ』
本当の……守護者? どういうことなんだろう。守護者は誰もいないと言っていたけど、他に本命の守護者がいるのかな。まぁ王族関係のそういう話はよくわからないから、なんでもいい。
要するに、いつか用無しだと言われるその日までこのバカ王子を護って……いつリストラされても良いように沢山お金を稼ぐんだ。
『……』
任せろ、という思いを込めて横になりながら頷けばバカ王子は少しだけ目を張って驚いたような顔をしつつ、すぐにその顔を背けてしまった。
よーし。いっぱい稼いで、いっぱい強くなって……平和で長閑な小さな街に越して静かに暮らすんだ。そのために頑張る……うん、良い目標だな!
だけど、少しだけ……寂しいのは、何故だろうな?
質の良い敷物に顔を埋めて目を閉じる。すっかり微睡んでしまっていたオレは知らずと流れた涙には気付かなかった。そして、それをみた王子が堪らずといったように立ち上がって思わずオレに向かって手を伸ばしかけては止めたことも、知らないのだった。
三度目に目覚めた時には、もうすっかり元気になってすんなり起き上がる。体のあちこちをバキバキと鳴らしながら目を擦っていれば本を読んでいた王子と目が合った。
『む? もう良いのか。暫くすれば王都だが』
『ご心配をおかけしました……私はもう大丈夫です。……ん? 王都?』
そっと王子が窓の外に目をやる。そして驚いたことにオレが今までいたのは竜車の中で、王子の向かいの椅子に寝かされていたのだ。大人が3人は座れそうな広々としたソファーで王族御用達のためかフッカフカである。
え? オレ、王族の竜車に入ったりして大丈夫なのか?
『ふぁー……!』
窓の外を食い入るように見つめる。竜車の中なのに静かだな、と思えばなるほど……竜車は道を走っているわけではなかった。そこはまるで星の海。魔力に満ちた魔法によって生み出された通路。どこまでも続くような星の海、基……魔力の海を地竜たちが進んで行く。
綺麗だなぁ。正にファンタジー、これだよ、こういうのを待ってたんだよ!
『ふん。下民の身であれば魔楼道を体感するのも初めてか。魔楼道が設置された街であれば王都まではすぐだ。これも全て我が王国による高貴なる魔力の賜物だな』
『はい! とても美しいです……、なんて綺麗な道でしょう』
超綺麗!! バカ王子の嫌味だって全然気にならないレベルの感動だ!
魔楼道の美しさに感激していたが自分の立場を思い出してすごすごと椅子に戻る。いっそのこと床の方が良いかと思ったが王子が気にした様子もないので遠慮なくふかふかの椅子を堪能した。
ケツが……まるで何も敷いてないようだ!
『僕の護衛となるお前に、現在の僕の立ち位置というものを教えておく。お前は賢そうだからな……簡単に説明すれば後は自分で立ち回れ』
『はい。ご配慮、痛み入ります』
『うむ……。
僕は第十一王子 ハルジオン・常世・バーリカリーナ。バーリカリーナ王国には現在十三人の王子と王女がいるわけだが、王を継げる者は正統なる王妃から産まれた子どもだけだ。それ以外の者はどのような才を持ってしても王位継承権はないに等しいだろう。
王位継承権を持つ者は四人だけだ。第一、第四、第九、そして……第十一王子ことこの僕。僕を産んですぐに王妃は亡くなった。この四人から次代の王が決まるわけだが……十中八九、王となるのは第一王子だろう。僕も王位には特に興味はない』
はっ、と嘲笑うように本を閉じた王子はそれを乱雑に机に放るとまた窓の向こうに目を向けた。
なるほど……第十一王子だけど、王位継承権的には重要な立ち位置にいるんだな。そりゃこんだけ我儘になったのも納得だよ。
『父上……、王にはある願いを叶えていただくために王位は望まないと宣言してある。第一王子たる兄上は立派な方だし、王も第一王子を推しているからな。
構わんさ! 僕は王位には興味がない……僕の願いさえ叶えばそれで良い。
だからお前は、正統なる血を持つこの僕を護るんだ。良いか? 僕に降り掛かる全ての厄災を打ち払い、必ず僕の願いが叶うのを見届けろ。それがお前の役目だ。報酬も勿論出してやる』
王子はまだ幼さの残る顔を顰めて、オレを見る。王子は見た目だけは本当に王子だ。キラキラした金色の髪に空を移したような澄んだ瞳……心は多分澱み切ってるけど。
拾われたのも何かの縁だし、危なくなったら逃げれば良い。そうだ。自由なのがオレの特権。
『はい。私のような若輩者で宜しければ……、殿下をお護りさせていただきます』
『そうか。よし、
では。お前の今回のことでの失敗について反省してもらおう』
……ん?
コテンと首を傾げたオレの顔面に先程まで王子が読んでいた本が投げつけられた。
いたーいっ!!
『どこの世界に護衛対象をほったらかして気絶する馬鹿がいるんだ。殺されたいのか? 魔力操作と体力向上を課題にしろ、このクズ。
次やったら賃金カットだ。覚えておけ』
『さっきは褒めていただけたのにっ……! 痛いです殿下ー、本がビックリしていますよっ』
あーやだやだ! これだからバカは!!
プリプリと怒って本を抱え、埃を払っていると本のページが何枚か折れてしまっている。なんて奴だ……本に罪はないというのに。
『……あそこで、死ぬのかと思ったのだがな』
.
問題はオレの方だ。
『糸を強化して、放つ……ダメだ。硬糸の術の硬さ程度じゃ。更なる強化には血がいる、赤い糸じゃ魔獣にも気付かれて避けられる。あとは距離だ、あんなに遠いところ……魔力の殆どを注ぎ込む? ダメだ、その後だって戦わなくちゃ。どうにか魔力をケチって……あそこから救出するのも、えっと……えっと、』
ブツブツと口から作戦がダダ漏れる。頭はフル回転、どうにかして口から出まかせを言ったことを本当のことにしなくちゃ。
一発勝負。残りの魔力から考えても失敗なんて許されない、絶対に……絶対にっ。
『……落ち着け、大丈夫だ。ずっと諦めていたこの魔法を、折角沢山使えるんだ。この魔法だけは……オレの今世の誇りだ』
両手を広げて掌を地面に向ける。体の周りを巡るように漂う透明な魔法の糸。それを握り締め、血を渡す。血色の糸に手を下げて合図すれば糸は忽ち地面へと潜った。
硬い土の中でも、血色の糸であれば問題ない。魔力を操りどんどん、どんどん糸を伸ばす。
『っく……』
魔力と血の消失。耐え切れずふらつく体を持ち直し、魔力操作を続ける。そして漸く目的地にオレの糸が到達した。
はぁ、と息を吐いてドクドクと鳴り響く心臓部の服を握り締めて目を閉じる。想像するんだ。必ず、当たると。
当てて……みせる、と。
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思い出せ、ナルバサラさんの思いやりを。考えろ、人の命の尊さを。
もしも、成功したら。一度は投げ出そうとしたこの世界でのタタラは。少しは、誰かに褒められて……いや。いいや、違うな。
『血糸魔法 赫槍』
オレの魔法は、もう褒めてもらえたんだから。
走る竜車から見える。二人の騎士を囲む赤い繭と、その周りの魔獣が地面から生えてきた無数の赤い糸によって串刺しにされた光景が。溶解液によって繭が徐々に溶け出すが、騎士たちの身に異常はないはずだ。
ああ……、よかった。良かった、なぁ。
『い、と魔法……』
邪魔な魔獣がいなくなったため、存分に糸を放てるようになった。糸で騎士たちの体を絡めて一気にこちらに引き寄せると、騎士たちの悲鳴が上がりながらも釣り上げることに成功。怖い思いをさせて申し訳ないが、一番楽な方法なので文句は聞けない。
『地竜たち、全速力だ……頼む。森を抜ければ街が近いはずだ』
生き残った全ての騎士団を糸によって釣り上げて、地竜たちの全速力に賭ける。元気よく返事をして走り出した地竜たちに微笑みながら、力が脱ける足が言うことを聞かずに倒れ込む。
しかしここで意識を失うわけにはいかない。そんなことをすれば折角の努力も水の泡。絶対に、最後まで負けられない。
『確か、この先は……冒険者の街……トメイラ。そこそこ大きいって噂のあの、街なら対魔防御壁が……そこまで、行ければ……』
地竜たちの走りは素晴らしかった。一気に本気の速度で駆け抜け、森を抜けられると更に地面を蹴り上げて仕上げとばかりに咆哮する。
地竜たちの視線の先には、大きな門が佇んでいた。まるで危険を知らせるように何度も何度も大きな声で鳴く地竜に街の門番が気付いて魔獣に追われるオレたちにも気が付いたらしい。王家の紋章に気付いたかは不明だが、事態の深刻さに慌ただしくなる。門が開かれ、誘導するように手を振る門番。地竜たちも嬉しそうに鳴きながらそちらに駆ける。
門を潜ると同時に金色の障壁が展開され、オレたちを追って来た魔獣たちはそれに触れた瞬間体が光に侵食されて消滅していく。それを見た他の魔獣は即座に門から離れ、これ以上はムリだと判断したのかクルリと体を回して森へと帰って行った。
その光景を見送り、まるで緊張の糸がプツリと切れたようにオレの体は硬直し、竜車から真っ逆さまに落ちてしまった。最後に聞こえたのは地竜たちの悲痛そうな悲鳴に、あの王子の不機嫌そうな罵声だったが……視界は暗転し、吸い込まれるように眠りについた。
ああ。知らない天井を見て混乱する日が来るなんて、夢にも思わなかった。実際には今まで屋根すらない場所で寝てることもあったから……。
むしろ起きたら青空です、なんて日がザラだったもんなぁ。
『……ぉ、じ?』
深い緑の天井から首をずらし、辺りを見渡す。質素な部屋だが清潔で寝ているベッドもフカフカだ。ぼんやりとする頭で思考するよりも先に、ベッドのすぐ側の椅子に座っていた男性と目が合う。
真っ白な髪なふわっふわの癖毛に赤い目。まるで羊と兎を混ぜ合わせて最後にゴリラを合わせたような彼。そう、マッチョだ。
白くてふわっふわで赤い目がクリクリした美丈夫だが、大変恵まれた体をしている。思わず開いた口が塞がらないほどのインパクト。
『ああ、良かった。やっと目が覚めたのですね』
絶対に二メートルは越している巨体を丸めて、オレを覗き込む仕草に最早動揺のせいで目だけが動いている状態だ。全く言葉が出て来ないぞ。
『街の光魔導師の話では大変な魔力枯渇状態と、深刻な貧血で倒れたとのことです。楽になるまでもう少し眠っていて下さい』
ニッコリと笑う真っ白マッチョ。イケメンなのにこうも情報量が多いとかどうなってんだ。
しかし、どうにも安心するような柔らかな笑みに安心してしまい、またコクリコクリと船を漕いでしまう。
『おう、じ……』
なぁ、あのバカは大丈夫だったか? また暴走してないかな、オレはちゃんと上手く出来た?
『はる……じぉ』
『大丈夫です。貴方が倒れてしまって少々お怒りですが、怪我もありませんよ。
ハルジオン殿下は無事です。もう少し眠って下さい、タタラ様』
優しい声色に安心して、オレは無抵抗にも眠りに落ちてしまった。沢山頑張ったのだからもう少し良いか、と眠ったオレの頭を誰かが撫でた気がする。
父も母も知らず、冷たい孤児院でひっそりと生きてきた自分にその人肌はあまりにも温かくてそっと横にした体を丸めて眠る。
夢を見たんだ。
もう殆ど思い出せない、前世の記憶。いつ死んでしまったのか死因はなんだったのかすら思い出せない。だけど、幸せだったことは覚えている。自転車を引く自分と、周りにいる数人の仲間たちとワイワイ笑って喋りながら歩いている。みんな笑顔で、楽しそうで……帰る場所があって。
いいなぁ、
いいなぁ、もう、オレにはないもの。
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その価値を知っている、あの日々を。
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だから幸せになるために……もう少し、頑張ろう。
『んぅ?』
再び目覚めた時、最初に目に入ったのは自分の手だった。重なり合って投げ出されたオレの手はまだ少し小さくて頼りない。あまり日に焼けてはいないが真っ白というわけでもない傷だらけの見窄らしい手。ギュッと握って体を更に丸めた時、ふと上げた視線の先にはなんということでしょう。
不機嫌そうに足を組んで窓枠に肘を突き、オレを眺めるバカ王子がいた。
『!?』
え!! なに、嘘だろ? なに人の寝顔見てんだよ!
『……起きたか。許す。お前はそのまま横になっているが良い、治った体に響く』
驚きのあまり上手く動かない体をパタパタとさせればすぐに静止の声が掛かる。まだ本調子ではないので言われた通りジッとしていれば王子は静かに話を始めた。
『ふん、この僕が認めただけのことはある。お前の功績で無事にトメイラに辿り着いた……ここまで来てしまえば王都までは転移魔法ですぐだ。
……一日の魔法使用限度を超えたのだ。お前の働きがなければ、あそこで僕は死んでいただろうな』
残念なことだ。
そう最後に呟いて、王子は瞼を閉じた。オレは何を言っているのかてんで理解出来なくてずっと彼の表情を窺うことしかできない。
『あの時。
何故、お前だけが僕を助けようとしていたかわかるか? 僕もあまり深くは知らないがな。簡単な話だろう。
お前だけが、僕を助けようとしたからだ』
何を言ってるんだよ?
心底不思議そうな顔をしていたのだろう、ふとオレを見た王子は無表情のままオレを指差す。
『お前だけが……僕を護る盾であり、剣だ。お前は僕を護るに値するだけの魔導師だと確信した。だからお前は変わらず僕を護っていれば良い、ただそれだけのことだ。
いつか僕の本当の守護者が来るその日まで、お前が僕を護れ』
本当の……守護者? どういうことなんだろう。守護者は誰もいないと言っていたけど、他に本命の守護者がいるのかな。まぁ王族関係のそういう話はよくわからないから、なんでもいい。
要するに、いつか用無しだと言われるその日までこのバカ王子を護って……いつリストラされても良いように沢山お金を稼ぐんだ。
『……』
任せろ、という思いを込めて横になりながら頷けばバカ王子は少しだけ目を張って驚いたような顔をしつつ、すぐにその顔を背けてしまった。
よーし。いっぱい稼いで、いっぱい強くなって……平和で長閑な小さな街に越して静かに暮らすんだ。そのために頑張る……うん、良い目標だな!
だけど、少しだけ……寂しいのは、何故だろうな?
質の良い敷物に顔を埋めて目を閉じる。すっかり微睡んでしまっていたオレは知らずと流れた涙には気付かなかった。そして、それをみた王子が堪らずといったように立ち上がって思わずオレに向かって手を伸ばしかけては止めたことも、知らないのだった。
三度目に目覚めた時には、もうすっかり元気になってすんなり起き上がる。体のあちこちをバキバキと鳴らしながら目を擦っていれば本を読んでいた王子と目が合った。
『む? もう良いのか。暫くすれば王都だが』
『ご心配をおかけしました……私はもう大丈夫です。……ん? 王都?』
そっと王子が窓の外に目をやる。そして驚いたことにオレが今までいたのは竜車の中で、王子の向かいの椅子に寝かされていたのだ。大人が3人は座れそうな広々としたソファーで王族御用達のためかフッカフカである。
え? オレ、王族の竜車に入ったりして大丈夫なのか?
『ふぁー……!』
窓の外を食い入るように見つめる。竜車の中なのに静かだな、と思えばなるほど……竜車は道を走っているわけではなかった。そこはまるで星の海。魔力に満ちた魔法によって生み出された通路。どこまでも続くような星の海、基……魔力の海を地竜たちが進んで行く。
綺麗だなぁ。正にファンタジー、これだよ、こういうのを待ってたんだよ!
『ふん。下民の身であれば魔楼道を体感するのも初めてか。魔楼道が設置された街であれば王都まではすぐだ。これも全て我が王国による高貴なる魔力の賜物だな』
『はい! とても美しいです……、なんて綺麗な道でしょう』
超綺麗!! バカ王子の嫌味だって全然気にならないレベルの感動だ!
魔楼道の美しさに感激していたが自分の立場を思い出してすごすごと椅子に戻る。いっそのこと床の方が良いかと思ったが王子が気にした様子もないので遠慮なくふかふかの椅子を堪能した。
ケツが……まるで何も敷いてないようだ!
『僕の護衛となるお前に、現在の僕の立ち位置というものを教えておく。お前は賢そうだからな……簡単に説明すれば後は自分で立ち回れ』
『はい。ご配慮、痛み入ります』
『うむ……。
僕は第十一王子 ハルジオン・常世・バーリカリーナ。バーリカリーナ王国には現在十三人の王子と王女がいるわけだが、王を継げる者は正統なる王妃から産まれた子どもだけだ。それ以外の者はどのような才を持ってしても王位継承権はないに等しいだろう。
王位継承権を持つ者は四人だけだ。第一、第四、第九、そして……第十一王子ことこの僕。僕を産んですぐに王妃は亡くなった。この四人から次代の王が決まるわけだが……十中八九、王となるのは第一王子だろう。僕も王位には特に興味はない』
はっ、と嘲笑うように本を閉じた王子はそれを乱雑に机に放るとまた窓の向こうに目を向けた。
なるほど……第十一王子だけど、王位継承権的には重要な立ち位置にいるんだな。そりゃこんだけ我儘になったのも納得だよ。
『父上……、王にはある願いを叶えていただくために王位は望まないと宣言してある。第一王子たる兄上は立派な方だし、王も第一王子を推しているからな。
構わんさ! 僕は王位には興味がない……僕の願いさえ叶えばそれで良い。
だからお前は、正統なる血を持つこの僕を護るんだ。良いか? 僕に降り掛かる全ての厄災を打ち払い、必ず僕の願いが叶うのを見届けろ。それがお前の役目だ。報酬も勿論出してやる』
王子はまだ幼さの残る顔を顰めて、オレを見る。王子は見た目だけは本当に王子だ。キラキラした金色の髪に空を移したような澄んだ瞳……心は多分澱み切ってるけど。
拾われたのも何かの縁だし、危なくなったら逃げれば良い。そうだ。自由なのがオレの特権。
『はい。私のような若輩者で宜しければ……、殿下をお護りさせていただきます』
『そうか。よし、
では。お前の今回のことでの失敗について反省してもらおう』
……ん?
コテンと首を傾げたオレの顔面に先程まで王子が読んでいた本が投げつけられた。
いたーいっ!!
『どこの世界に護衛対象をほったらかして気絶する馬鹿がいるんだ。殺されたいのか? 魔力操作と体力向上を課題にしろ、このクズ。
次やったら賃金カットだ。覚えておけ』
『さっきは褒めていただけたのにっ……! 痛いです殿下ー、本がビックリしていますよっ』
あーやだやだ! これだからバカは!!
プリプリと怒って本を抱え、埃を払っていると本のページが何枚か折れてしまっている。なんて奴だ……本に罪はないというのに。
『……あそこで、死ぬのかと思ったのだがな』
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「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
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