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鉄の壁の章

ダマスカス鋼

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「…………」
「…………」

 風呂から上がり、俺はリリをおんぶして家路につく。
 お互い気不味いので一言も話していないのだが。
 だってさ、いくら子供とはいえ俺のマグナムにアワビを擦り付けて気持ち良くなっちゃったんだぜ?
 なんて声をかければいいのか分からんぞ。
 
 まぁたまたま当たっちゃって変な気持ちになったんだろうさ。
 相手は子供だ。忘れるとしよう。

「リリ、大丈夫か?」
「ご、ごめんね。迷惑かけちゃった」

 結構気にしてるみたいだな。
 まだ腰が抜けちゃってるみたいだし、家でゆっくり休ませるか。

「グルルルッ。ちょっと待ってくれ」

 むむ? この声は?
 振り向くとリザードマンのデュパがいるではないか。
 その手には壊れた鍬《くわ》が握られている。

「どうした?」
「いやな、手が空いたので農作業を手伝っていたのだが壊れてしまってな。そろそろ新しい農具が欲しい。すまんがまた金剛石を作ってくれんか?」

 なるほどね。そういうことか。
 現在ラベレ村では武器だけではなく農具も作っている。ダイヤを割り、刃として使っているのだ。
 ダイヤってのは世界一硬い石ではあるが、反面割れやすいという特徴もある。
 デュパの話では農具だけではなく武器もかなり傷んでいると。

「ねぇライト。あのね、そもそもダイヤで武器を作るのが間違ってると思うの」

 と背中からリリが話しかけてきた。
 彼女はひょいっと俺の背から飛び降りデュパから鍬を受けとる。
 足元はしっかりしてるな。どうやら復活したみたいだ。

「もう、そりゃダイヤは硬いけどこんな使い方は間違ってるよ」
「グルルッ。しかし我らには金剛石を使う以外の技術はないぞ」

 一応リリの他にドワーフも保護し村民にはなったが、彼らはかつて事務職をしていた者だった。
 ファンタジー小説通りの鍛冶が出来る者は今のところいないんだよなぁ。
 なので鉄の加工は出来ず、俺達は未だにダイヤの武器を使い続けている。

「こんなの簡単だよ。私なら今まで以上に強い武器が作れるよ」
「マジで?」

 とリリは薄い胸を張る。
 まさか不思議や道具だけじゃなくて武器も作れるっての?
 だが製造には頑丈な炉が必要なようで明日に武器を作ることを約束し家に戻ることにした。

 道中完全に復活したリリは笑顔で俺の手を握ってくる。

「えへへ、何を作ろうかなー」

 なんて言って笑っている。
 物作りが好きなんだなぁというレベルではないぞ。
 リリって何か俺に言っていない秘密があるはずだ。
 彼女はとても可愛い子だが時折やけに大人びた表情を見せることがある。
 
「ん? なーに?」
「いや、なんでもないよ」

 いかん、顔を見ていたのがばれたか。
 適当に誤魔化しつつ、俺達は家に戻る。

 その夜、今夜はシャニの日なのでしっかりと愛し合う。
 いつもだったらそのまま抱き合って眠るのだが、リリのことを考えていると……。

「眠れないのですか?」
「あぁ、ちょっとね」

 さすがに風呂の中で気持ち良くなっちゃったことは言えなかった。
 しかし少しリリのことを話すことに。
 そういえば俺達の中でシャニだけリリのことを未だに警戒というか受け入れていない部分があったな。
 それと含めて聞いてみるか。

「なぁ、シャニはリリのことをどう思う?」
「リリですか。エルダードワーフの知識の深さに驚いています」

「だよな。でさ、明日なんだがリリが新しい武器とか農具を作ってくれるんだってさ」
「新しい武器……。そうですか」

 一瞬だけ間があった。そしてシャニは大きな獣耳を伏せる。
 何か考えている時の仕草だな。
 だがその後は大した話をすることもなくシャニは眠ってしまった。

 その翌日、俺とリリは溜め池に向かう。
 デュパがリリの指示通りの炉を作ってくれているからだ。

「グルル、早いな」
「えへへ、楽しみで早起きしちゃった! それじゃ始めようよ! ライト、鉄を用意してくれる?」
「あ、あぁ」

 リリの指示を受け、俺は小さめの鉄壁を建てる。
 壁の根元を消すと鉄壁は支えを失い地面に倒れた。
 
「ありがと。その鉄を炉の中に入れておいて」
 
 と言ってリリは湖の方に向かう。
 現在ラベレ村の南側は湖の岸の一部を敷地内に取り込んでいる。
 
「グルル、あの娘は何をする気なのだ?」
「分からん。だがリリの力は本物みたいだからな。彼女を信じるとするさ」

 炉の中に鉄を入れ、炭を足しながら火を強くする。 
 中では鉄が真っ赤に色を変えていた。

 少し待っているとリリが戻ってくる。
 手さげが大きくなっている。何か拾ってきたな。

「それは?」
「えへへ、秘密だよー」

 なんて子犬のような瞳を輝かせている。
 エルダードワーフってのは見た目は人間とほとんど変わらないな。
 この特徴的な瞳以外は俺と同じだ。
 
 リリは手さげから石を取り出し、それを炉の中に放り込んだ。
 
 ――パシッ ピキッ

 高熱の焼かれ炉の中で石が砕ける。
 そして溶けた鉄と混ざりあっていった。
 
「うん、炉の具合もいいみたい。デュパさんって器用なんだね」
「グルル、お前には負ける」

「えへへ、誉められちゃった。あのね、鉄が完全に混ざるまで少し時間がかかるの。ちょっと待っててね」

 俺達は炉の前に座って様子を見ることに。
 時折リリは中に生木や砂を入れたりしていた。

 そして今度は湖から粘土を取ってきて鋳型を作り始める。型はナイフの形をしていた。
 なるほど、これに鉄を流し込むわけだな。冷めれば鉄のナイフの完成ってわけだ。
 でも俺の知ってる作り方とは違うな。
 素人考えだが刃物を作るには鉄を畳んだり打ったりしないと頑丈なものは作れないと聞いたことがある。
 そうすることで鉄の中の不純物を取り出して硬度の高いものに仕上げるんだっけ?
 
「うん、これでいいよ。みんな、手伝って」

 とりあえず今はリリに任せてみよう。
 彼女の指示を受け、俺達は溶けた鉄を鋳型に流し込む。
 
「はい、おしまーい。これを一気に冷ませば完成だよ」
「え? これで終わりなの?」
「グルル、ずいぶん簡単だな」
 
 デュパと二人で鋳型を持って湖に向かう。
 そして鋳型をそのまま湖に沈めると……。

 ――ジュオー ブククッ

 鋳型の周りの水は一気に沸騰。
 熱は冷め鋳型は水の中で割れる。

 そして俺達は水中から一本のナイフを取り出した。
 え? な、なんだこの模様は?
 鉄とは思えない縞模様をしている。
 木目調と言ったらよいのだろうか。
 っていうか俺はこのナイフを知ってるぞ。
 もしかしてこれって……。

「ダ、ダマスカス鋼か?」
「せいかーい。ライトって物知りなんだね。それにしてもライトの壁って本当にすごいね。すごく良質な鉄なの。こんな精度の高いダマスカス鋼のナイフを作ったのは初めてだよ」

 とリリは誉めてくれるが、すごいのは彼女の方だ。
 リリの話では鋳型を変えれば槍の穂先も矢じりも簡単に作れるとのこと。
 試しに槍を一本作ってみた。
 木目調の刃が美しい。自分達で作ったとは思えないほどだ。

「ねぇ、せっかくだし試してみない?」
「あ、あぁ。そうだな」

「ならもう一回鉄壁を建ててみて」

 ん? まさか鉄壁で切れ味を試せっての?
 ファンタジーではダマスカス鋼の刃物は最高峰の切れ味を誇ると聞いたことがある。
 でもさ、さすがに鉄を切り裂くことは……。

 しかし俺も興味はある。
 この槍が本当にダマスカス鋼ならば俺達の戦略は今まで以上のものになる。

「ねえライトー。成功したらお願いを一つ聞いてくれる? ご褒美が欲しいの」
「ご褒美? ははは、成功したらな」

「やったー! ライト、頑張ってね!」

 リリの声援を受け俺は壁を建て、槍を手にして構える。
 そして鉄壁に向かって槍を突きだす!

 ――バヒュッ スンッ……

 え? な、なんだこの手応えは?
 ほとんど抵抗を感じることなく槍はぶ厚い鉄壁をあっさりと貫いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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