その日は雨が降っていた。

味海

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雨は降る、雪は積もる

第三話「全部、嘘だよ」

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 ザワザワとした教室の中にポッカリと開いた穴、そこには彼女、白雪がいた。昨日と変わらず涼しい顔をしながら読書にふけっている。しかし、今日は昨日とは違う、何故か優しく微笑んでいるのだ。特になにかがあった訳でもない、それなのに、本を読みながら当たりを見回し、クラスメイトと目があっては微笑む。……正直不気味だ。

「……謝りに行けば?」

 そんな中彼、修はなんとも苦々しい、顔をしながら僕の肩を叩く。要はなにがあったか聞いてこい、ということなのだろう。どうやら修も彼女の豹変ぶりには恐怖を感じたらしい。

 毎回こういうめんどくさいことをさせられるのは僕だ。昨日、あんなことも言ってしまったし一体どういう顔をすればいいのか。朝のホームルームまでの時間ももうあまりない。行くしかない、どんな話をするのかはとにかく話しかけてから考えよう、当たって砕けろだ。

「白……桜さん、どんな本を読んでるの?」

 話しかけたと同時に、皆は奇っ怪なものでも見るかのように僕と彼女を鑑賞し始める。別にいいけどさ。皆が彼女の返答を待つ中、重たい口を開いた彼女は、またもや微笑みながら僕をじっと見つめた。

「好き」

 僕の頭には彼女の言った言葉がぐるぐると回っていた。好き?誰が?誰を?しかもなんで今?

 クラスメイトへ目配せしてみるが、僕と同じく混乱状態だった、ある者は素っ頓狂な声を上げ、またある者はニヤニヤしながらノートにペンを走らせ、またまたある者は未だに意味を理解できていない。現場はカオスだ。彼女は場を乱すのが得意なのか?その能天気さには思わず敬服するよ。

 さて、問題はここからだ。この空気感、きっとどんなものでも言い表せないだろう。しかし一つ言えるのは最悪であるという点だ。次の一言でこの空気感を変えなければ、おそらく僕はもっとめんどくさいことに巻き込まれるだろう。どうしたものか。

「あーえっと、何の話かな?」

「何って、匠くんのことがだよ」

 正直に言おう、とても怖い。一体どういう風の吹き回しだ?いくら女子から好きと言われているのだとしても、この人からはダメだ。昨日の出来事のインパクトがあまりにも大きすぎる。

 クラスメイトの方をまたもやチラッと見る。キョトンとした顔でこちらを眺めている、キョトンとしたいのはこっちだよ。もう一体どうしたら良いんだよ、話を変えるにしても無理やり変えたら逆に僕が後ろ指をさされる。

「……僕は、」

 やることは一つだけ、きっぱり断ること。しかしそれも簡単なことではない。少なくとも彼女のことを思うクラスメイトはいないが、他クラスの人は分からない。もし、そのことを考えずに適当な断り方をしてしまえばその際も他クラスの人から非難を受けることになる。どちらにせよ言えることはどう転んでも地獄、ということ。

「僕はね……」

 せめて痛み分けにしてやる。これが痛み分けになるかはわからないが。

「……友達からお願いできないかな?」

「……なんだ、君ってそんなにつまらないんだ」

 微笑んだ顔は一瞬にして、冷徹な表情へと戻る。涼しげでそれでいて、どこか人を見下していそうな、白雪という名では負けてしまうほどの顔をする。思わず背筋がゾクリとし、後退りをする。クラスメイトも同様に、信じられないものでも見たかのような表情をしている。

 こいつは一体何だ、何がしたい、何が目的だ。こいつは僕に何を求めている?そもそも、コイツはあの白雪なのか?あまりにも変わりすぎている。

「じゃあ、私もう帰るね、さようなら匠くん、クラスの皆」

 軽く手を降りながらスクールバッグを持ち、席を立つ。その姿はやはり、あの水道橋で見た彼女とよく似ている。しかし白雪は、彼女ではない。呆気にとられ、立ち尽くす僕と、それに対し冷ややかな目で見る白雪。

 雷が、落ちた。

「お前が大っ嫌いだよ」







「おーいタク?どうした!気にすんなよ!誰だってああするしかなかったって」

「まぁでも、なんでビンタされたの?」

「それは聞かないでくれ」

 あの後は大変だった。カバンを持ってそのまま帰っていく彼女と、突然の大きな雷に大騒ぎするクラスメイト、そして慰められる僕。直後入ってきた先生のなんともいえないような微妙な表情、先生を無視して教室を出る直前の彼女の笑った顔。

 何がしたい僕も、彼女も。

「拒絶、か」

「どしたよ、急に」

「いや、僕は今も昔も変わってないんだなって」

「本当にどうした、あれか?ビンタでなにかに目覚めたのか?」

 冗談交じりに言う彼は知らない。彼女が僕に続けて言った言葉も。

 しかし、今は気にしていてもしょうがない。やってしまったことは消えない、謝ることも、もう意味をなさない。取り返しはつかない。言葉は、刃物なのだから。

「なぁ、修」

「なに?」

「今って何の授業だっけ」

「体育祭の種目決めだけど」

 黒板には体育祭と呼ばれる、行事で行われる種目がずらずらと並べられていた。障害物競争、借り物競走、騎馬戦、玉入れ……様々な競技が並ぶ中、一際存在感のあるものがある、フォークダンス、である。フォークダンス自体は良い、別に興味はない、が全生徒参加という五文字の後に書かれているペアの配分、それを見て思わず目が点になった。

 ――――――――18ペア目 桜遥 相原匠 

 勝手に決められている。おそらくあまりもののペアで組んだのだろう、がそれはあまりにもひどすぎやしないか?一応喧嘩のようなモノをしている人間同士だぞ?

 思わず立ちそうになるのを抑えながらも、体育祭実行委員の役職のイケメン男子に顔で訴えても見るが、気づかない。声を出そうにも、クラスメイトの熱気がすごすぎてどうやっても届かない。そうこうしているうちに、イケメンは話をどんどんと進めていく。

「じゃあこれで体育祭は行きまーす!異論は認めん!質問がある方は授業の後に聞きに来てくださーい」

 体育祭をこんなにも嫌に思ったことはない、そもそも興味がないからだ。だがしかし、今年はそうもいかないのだろう。

 もう、色々とめんどくさい。全部が嘘であればいいのに。窓の外の青い空を眺めながら、春の終わりと、夏の始まりを感じる。

 今年のセミの鳴き声はうるさいのだろうか。
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