2 / 6
雨は降る、雪は積もる
プロローグ
しおりを挟む
深夜二時、僕は家を飛び出した。スマホと折り畳み傘を持ち、紺色の安いジャージに身を包んで。親と喧嘩をしたわけでもなく、とくになにか用事があったわけでもない。ただただ夜の街並を見たい、そう思ったのがたまたま今日だった、それだけだ。
「はッ、はッ」
しとしとと降る雨がとても気持ちが良い。行く宛はない。ただただ土手沿いの舗装された硬い地面を踏みしめながら、走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
しばらく走り続けて息が上がり始めた頃、雨は先程よりも強く降り川は荒れていた。そりゃそうだ。台風が接近しているんだから。
「なにしてんだろうな」
自分に問いかける。
「なんとなく」
自分で答える。風は強く吹き始め、雨も激しさを増しはじめるその時、水道橋の上で何かがチカチカと光った。光の輝き方的に、雷などではない、もっと人為的な……そう強いて言うのであれば鏡によって反射されたような、不気味な光だ。先程の光に続けて、またもやチカチカとついたり消えたりを繰り返している。
「ん?」
光の方を目を凝らして覗いて見ると誰かが立っていた。茶色のコートを着た髪の長い高校生、僕くらいの……整った顔立ちの女性だった。
水道橋の街灯が彼女の顔をより白く映し出す、その姿は形容できないほどとてもきれいだ。そんな彼女は橋の下を流れる濁流を眺めていた。彼女を見ていると気がつくと僕はまた走り出していた。その間も彼女は微動だにしない。夜中というのもあり、怖いという感情もあるのだが、その美しさと好奇心には打ち勝てなかった。僕はびしょ濡れのまま彼女の隣まで走ると、折り畳み傘を取り出しながら話しかける。
「あの……」
「!」
彼女は体を少し震わせるとこわばった顔をして僕の方をぎょろりと見る。その姿は先ほどとは違い白い肌により妖怪のように見えた。しかしそんな彼女を見て、僕は直感的にこう思った、この人は泣いていると、どうしてそう思ったのかはわからないけど、なんとなく本当になんとなくそういうふうに感じた。さて、問題はここからだ。僕はこの女性に声をかけたまではいいものの何を話せばいいのかわからないのだ。こんな夜中に持っている傘をなぜかささずに話しかける男性がいたら普通の女性であれば逃げたりするだろう、がこの人はなぜか水道橋から濁流を眺め、傘もささずに、夏の暑い気温の中でもコートをきている、この時点でもうわかるだろう、この人もふつうではないのだ。さて一体どうしたものか、何を話せばいいのか。しばし二人の間には無言の時間が流れる。その間も彼女はキョロキョロしたり、コートのポケットに手を入れたり出したりを繰り返していた。
「か、傘入ります?」
何とか絞り出した話題はそれだった。まぁ傘持っていたし傘を話題にするのはわかるがなぜ相合い傘という話題になったのか、それは僕にもわからない、が自分では気付けないほど僕は慌てていたんだろう。彼女はその一言を聞いた瞬間、目を大きく開くとまた目を細め、優しく微笑む。
「はい、お願いします」
長い髪を束ねながらも僕が開いた傘の中へと入ってくる。雨がまた強くなる。川の流れが速くなる。そして心臓の音も。ドクンドクンと脈を打つ音がさらに強くなる。今僕は美少女と相合い傘をしているのだ。こんなシチュエーションなんて今後もうないだろう。そう考えれば考えるほど傘を持つ手がすこし震える。
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
本当に少しの間彼女は傘に入るとまた傘の外へと出る。それに少し違和感を僕は覚えた、時間にしては五分もないだろう、そんな時間だけ雨に濡れなかったからといってなにか変わるわけではない。彼女はそんなふうに考える僕にペコリとお辞儀をすると僕を見据えた。
「貴方、名前はなんですか?」
脈が速く鳴る、ドクンドクンではなくドッドッドッと。僕はできる限りの決め顔で彼女の質問に答える。
「相原匠、です」
「匠くんか、またどこかでね」
彼女はそう言って僕に手を振る。早く帰ってほしいのだろうか、僕の目をじっと見つめる、天使のような妖精のような笑顔を浮かべて。
「あ、貴方の名前は……?」
思わずそう聞いてしまう、今までの女子がすべて霞んでしまうほどの女子と会話したのだ、せめて名前くらいは聞いときたい、そう思った。
「……言ってなかったね、私の名前は――――」
彼女の声を雷がそれをかき消す。一瞬の雷光、たった一瞬だが名前を聞こえなくするには十分だった。彼女は僕に名前を言うと満足そうに歩いていった。今更聞こえなかった、とは、僕は言えなかった。
その日のその時、雨はとても強く降っていた。
そして僕の鼓動も比例するかのように激しく
「はッ、はッ」
しとしとと降る雨がとても気持ちが良い。行く宛はない。ただただ土手沿いの舗装された硬い地面を踏みしめながら、走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
しばらく走り続けて息が上がり始めた頃、雨は先程よりも強く降り川は荒れていた。そりゃそうだ。台風が接近しているんだから。
「なにしてんだろうな」
自分に問いかける。
「なんとなく」
自分で答える。風は強く吹き始め、雨も激しさを増しはじめるその時、水道橋の上で何かがチカチカと光った。光の輝き方的に、雷などではない、もっと人為的な……そう強いて言うのであれば鏡によって反射されたような、不気味な光だ。先程の光に続けて、またもやチカチカとついたり消えたりを繰り返している。
「ん?」
光の方を目を凝らして覗いて見ると誰かが立っていた。茶色のコートを着た髪の長い高校生、僕くらいの……整った顔立ちの女性だった。
水道橋の街灯が彼女の顔をより白く映し出す、その姿は形容できないほどとてもきれいだ。そんな彼女は橋の下を流れる濁流を眺めていた。彼女を見ていると気がつくと僕はまた走り出していた。その間も彼女は微動だにしない。夜中というのもあり、怖いという感情もあるのだが、その美しさと好奇心には打ち勝てなかった。僕はびしょ濡れのまま彼女の隣まで走ると、折り畳み傘を取り出しながら話しかける。
「あの……」
「!」
彼女は体を少し震わせるとこわばった顔をして僕の方をぎょろりと見る。その姿は先ほどとは違い白い肌により妖怪のように見えた。しかしそんな彼女を見て、僕は直感的にこう思った、この人は泣いていると、どうしてそう思ったのかはわからないけど、なんとなく本当になんとなくそういうふうに感じた。さて、問題はここからだ。僕はこの女性に声をかけたまではいいものの何を話せばいいのかわからないのだ。こんな夜中に持っている傘をなぜかささずに話しかける男性がいたら普通の女性であれば逃げたりするだろう、がこの人はなぜか水道橋から濁流を眺め、傘もささずに、夏の暑い気温の中でもコートをきている、この時点でもうわかるだろう、この人もふつうではないのだ。さて一体どうしたものか、何を話せばいいのか。しばし二人の間には無言の時間が流れる。その間も彼女はキョロキョロしたり、コートのポケットに手を入れたり出したりを繰り返していた。
「か、傘入ります?」
何とか絞り出した話題はそれだった。まぁ傘持っていたし傘を話題にするのはわかるがなぜ相合い傘という話題になったのか、それは僕にもわからない、が自分では気付けないほど僕は慌てていたんだろう。彼女はその一言を聞いた瞬間、目を大きく開くとまた目を細め、優しく微笑む。
「はい、お願いします」
長い髪を束ねながらも僕が開いた傘の中へと入ってくる。雨がまた強くなる。川の流れが速くなる。そして心臓の音も。ドクンドクンと脈を打つ音がさらに強くなる。今僕は美少女と相合い傘をしているのだ。こんなシチュエーションなんて今後もうないだろう。そう考えれば考えるほど傘を持つ手がすこし震える。
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
本当に少しの間彼女は傘に入るとまた傘の外へと出る。それに少し違和感を僕は覚えた、時間にしては五分もないだろう、そんな時間だけ雨に濡れなかったからといってなにか変わるわけではない。彼女はそんなふうに考える僕にペコリとお辞儀をすると僕を見据えた。
「貴方、名前はなんですか?」
脈が速く鳴る、ドクンドクンではなくドッドッドッと。僕はできる限りの決め顔で彼女の質問に答える。
「相原匠、です」
「匠くんか、またどこかでね」
彼女はそう言って僕に手を振る。早く帰ってほしいのだろうか、僕の目をじっと見つめる、天使のような妖精のような笑顔を浮かべて。
「あ、貴方の名前は……?」
思わずそう聞いてしまう、今までの女子がすべて霞んでしまうほどの女子と会話したのだ、せめて名前くらいは聞いときたい、そう思った。
「……言ってなかったね、私の名前は――――」
彼女の声を雷がそれをかき消す。一瞬の雷光、たった一瞬だが名前を聞こえなくするには十分だった。彼女は僕に名前を言うと満足そうに歩いていった。今更聞こえなかった、とは、僕は言えなかった。
その日のその時、雨はとても強く降っていた。
そして僕の鼓動も比例するかのように激しく
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる