その日は雨が降っていた。

味海

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雨は降る、雪は積もる

プロローグ

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 深夜二時、僕は家を飛び出した。スマホと折り畳み傘を持ち、紺色の安いジャージに身を包んで。親と喧嘩をしたわけでもなく、とくになにか用事があったわけでもない。ただただ夜の街並を見たい、そう思ったのがたまたま今日だった、それだけだ。

「はッ、はッ」

 しとしとと降る雨がとても気持ちが良い。行く宛はない。ただただ土手沿いの舗装された硬い地面を踏みしめながら、走り続ける。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 しばらく走り続けて息が上がり始めた頃、雨は先程よりも強く降り川は荒れていた。そりゃそうだ。台風が接近しているんだから。

「なにしてんだろうな」

 自分に問いかける。

「なんとなく」

 自分で答える。風は強く吹き始め、雨も激しさを増しはじめるその時、水道橋の上で何かがチカチカと光った。光の輝き方的に、雷などではない、もっと人為的な……そう強いて言うのであれば鏡によって反射されたような、不気味な光だ。先程の光に続けて、またもやチカチカとついたり消えたりを繰り返している。

「ん?」

 光の方を目を凝らして覗いて見ると誰かが立っていた。茶色のコートを着た髪の長い高校生、僕くらいの……整った顔立ちの女性だった。
水道橋の街灯が彼女の顔をより白く映し出す、その姿は形容できないほどとてもきれいだ。そんな彼女は橋の下を流れる濁流を眺めていた。彼女を見ていると気がつくと僕はまた走り出していた。その間も彼女は微動だにしない。夜中というのもあり、怖いという感情もあるのだが、その美しさと好奇心には打ち勝てなかった。僕はびしょ濡れのまま彼女の隣まで走ると、折り畳み傘を取り出しながら話しかける。

「あの……」

「!」

 彼女は体を少し震わせるとこわばった顔をして僕の方をぎょろりと見る。その姿は先ほどとは違い白い肌により妖怪のように見えた。しかしそんな彼女を見て、僕は直感的にこう思った、この人は泣いていると、どうしてそう思ったのかはわからないけど、なんとなく本当になんとなくそういうふうに感じた。さて、問題はここからだ。僕はこの女性に声をかけたまではいいものの何を話せばいいのかわからないのだ。こんな夜中に持っている傘をなぜかささずに話しかける男性がいたら普通の女性であれば逃げたりするだろう、がこの人はなぜか水道橋から濁流を眺め、傘もささずに、夏の暑い気温の中でもコートをきている、この時点でもうわかるだろう、この人もふつうではないのだ。さて一体どうしたものか、何を話せばいいのか。しばし二人の間には無言の時間が流れる。その間も彼女はキョロキョロしたり、コートのポケットに手を入れたり出したりを繰り返していた。

「か、傘入ります?」

 何とか絞り出した話題はそれだった。まぁ傘持っていたし傘を話題にするのはわかるがなぜ相合い傘という話題になったのか、それは僕にもわからない、が自分では気付けないほど僕は慌てていたんだろう。彼女はその一言を聞いた瞬間、目を大きく開くとまた目を細め、優しく微笑む。

「はい、お願いします」

 長い髪を束ねながらも僕が開いた傘の中へと入ってくる。雨がまた強くなる。川の流れが速くなる。そして心臓の音も。ドクンドクンと脈を打つ音がさらに強くなる。今僕は美少女と相合い傘をしているのだ。こんなシチュエーションなんて今後もうないだろう。そう考えれば考えるほど傘を持つ手がすこし震える。

「ありがとうございます、もう大丈夫です」

 本当に少しの間彼女は傘に入るとまた傘の外へと出る。それに少し違和感を僕は覚えた、時間にしては五分もないだろう、そんな時間だけ雨に濡れなかったからといってなにか変わるわけではない。彼女はそんなふうに考える僕にペコリとお辞儀をすると僕を見据えた。

「貴方、名前はなんですか?」

 脈が速く鳴る、ドクンドクンではなくドッドッドッと。僕はできる限りの決め顔で彼女の質問に答える。

「相原匠、です」

「匠くんか、またどこかでね」

 彼女はそう言って僕に手を振る。早く帰ってほしいのだろうか、僕の目をじっと見つめる、天使のような妖精のような笑顔を浮かべて。

「あ、貴方の名前は……?」

 思わずそう聞いてしまう、今までの女子がすべて霞んでしまうほどの女子と会話したのだ、せめて名前くらいは聞いときたい、そう思った。

「……言ってなかったね、私の名前は――――」

 彼女の声を雷がそれをかき消す。一瞬の雷光、たった一瞬だが名前を聞こえなくするには十分だった。彼女は僕に名前を言うと満足そうに歩いていった。今更聞こえなかった、とは、僕は言えなかった。

 その日のその時、
 そして僕の鼓動も比例するかのように激しく
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