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第二章 地を知る者たち
第2話 武者の悩み
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同時刻の朝。
黒瑪瑙の陰陽師が庭先の花を慈しむ頃。
「……」
遥か北へ50キロ先にある関東域検非違使衆。
そこでは、一人の武者が鍛錬用の木刀を構えていた。
武者は20代ほどと歳若く、鍛えられた良い体格を濃紺の袴姿で身を包む。
普段はオールバックにする金髪も今この時は前髪を下ろし、頸のあたりで短く一本に結ぶ。
米国由来のはっきりとした目鼻立ち。
そして、鋭く。
刃のような青き瞳。
「……っ、はぁあ!」
ここは検非違使衆の区域内にある、道場館。
ほかの検非違使たちは朝の訓練で屋外へ集合する中。
シリウスは休暇を利用し、誰もいない道場館で一人剣技の鍛錬に励んでいた。
窓から差し込む、朝の光。
道場館に満ちる、木造由来の静寂さ。
それらすべて斬り払うように、シリウスの気迫が空間を震わす。
眼前には敵。
いくら仮染めの刃とはいえ、力強く握る太刀筋がこの場を彼の戦場へと駆り立てる。
そう自身で錯覚してしまうほどに、集中を研ぎ澄ます。
だん、だ、だん。
俊敏で無駄がない、断続する踏み込みからの一振り。
返されることを見返し、刀身を流し。
振り向き様に、後ろから……、
――ここでの出来事を外部に漏らしましたら、
首を跳ねに行きますので。
ダメだ、殺られる。
あの白い軍服の女剣士に、これでは歯が立たない。
刃を振るおうとした間際に、彼の直感がそう告げた。
「……休憩しよう」
消沈していく気迫。
行き場のない木刀を下げ、シリウスは道場館の隅へと移動する。
隅には彼の青いダッフルバックが置かれ、その横に立てかけるように木刀を置く。
昂った熱を飲料水を飲みながら冷まし、次に額から伝う汗を拭おうとした時だった。
手に当たる、滑らかで質の良い肌触り。
「……あ」
指先で触れてすぐ、これがタオルでないと理解する。
けれど、シリウスはガラス細工を扱うような慎重さでバックからソレを取り出した。
「いつ見ても綺麗だな」
シルクのような柔らかい布地が、彼の血気に高まった心を落ち着かせていく。
これはあの日、桜下がシリウスへ包帯として貸し与えた頭巾。
今は包帯から形状を変え一見バンダナのように見えるが、結界整備師が使う仕事道具の一つだ。
「……どうやって返そう」
2週間が経ち、頭巾は未だ持ち主の元に届かずにいる。
彼自身、返却をしようと試みるものの、肝心の桜下の連絡先を知りえていない。
付着した血痕は綺麗に落とされ、ひらりと皺のない滑らかな黒の布地が彼の手元に残される。
「直接行って渡しても……」
シリウスはタオルで汗を拭き取ると、携帯端末を手にして操作する。
画面には緑のかぎ爪マークが映し出され、それは桜下が勤める結界整備会社『Onxy』のホームページ。
会社概要、沿革。
さらには結界整備業の細かな種類、などなど。
ただ一つ、頭巾の返却をする方法があるとするならば。
情報が掲示されたそれらの中には、会社の電話番号が記載されている。
きっと連絡をすれば、桜下に繋いでくれるはず。
「いや」
しかし、同時に思い返される白い軍服の女の言葉。
もし彼女の言葉が本当であるとすれば、自分自身の命が危ぶまれる。
当然言葉通りの意味であれば、真っ先に自分の身を案じるが。
彼は桜下やその会社に迷惑が掛かるのではないかと懸念を抱いた。
青い目がじっとOnxyの画面を見つめ、しばらくすればそっと閉じる。
「ハァ……。さく、今頃どうしてるかな……」
もう2週間も繰り返される悩みに、シリウスは道場館の高い天井を見上げた。
呟いた悩みは、道場館の静寂さに溶けて消えるのみ。
シリウスはもう一度頭巾を手に取り、悩みから逸れようと布地の全体をよく眺めていく。
夜空のような漆黒に、波打つ緑の模様が周りに施された嗜好の一品。
見れば見るほど仕事道具とは思えないほどの高級感についに疑問も募らせてしまう。
「これ何だろうな」
けれど、そんな疑問でさえ些事と思わせるほどにシリウスはある一点を常に気にかけた。
「会社のマークじゃ、ないんだよな……」
ホームページに記載されたかぎ爪のシンボルと全く違う。
円状の、四方から輪が違えたような紋様。
波打つ模様と同じく、鮮やかな緑で飾られたソレは、まるであの日見た光を彷彿させる。
陽の狭間に稀見る、魔を穿つ碧緑。
思い返される、青き目をした武者の静寂。
その静けさを打ち破るように、一本の着信音が道場館に響き渡る。
「ウン?」
首を傾げ、シリウスはダッフルバックにしまった携帯電話を取り出す。
「Hello?」
慣れた動作で携帯を操作する。
電話先の相手は、シリウスの上司である櫂だった。
『休暇日に済まないな』
「心配ノッシングですよ。それより、昨日キャプテン櫂が指示していた退魔武具を、僕が間違えて別の倉庫に入れてしまったことでの電話デショウカ?」
『おい初耳だ、聞いてないぞ』
部下の業務ミスで叱ること数分。
櫂は気を取り直して、本題へと入った。
『昨晩、お前が帰ったあと電話が入ってな。急な話だが、お前今日本部に来られるか?』
先約があるのなら無理をしなくてもいいと。
前置きを入れる櫂に、シリウスはほんの僅かに期待を募らせる。
「ウーン、今は道場館にいるので、ちょっと身支度整えてからで良ければ……」
『そうか、実はな……』
続く櫂の言葉に、彼の青い目は大きく見開いた。
◯
「ひっさしぶり、春明ィ! 元気してた!?」
バァン、と開かれた応接室の扉。
シリウスはいつも通り前髪をオールバックし、軍服姿で陽気な挨拶をする。
彼が見つめる先には、ソファーに座る緋色の髪の少年がいた。
「お前は、相変わらずだな……」
「スーパーメッチャ嬉しいなぁ、わざわざ来てくれるなんて。あ、その袴姿、最高にクールだね。色合いが涼やかで夏にマッチしてるよ!」
「そりゃどうも」
勲章や賞状が飾った厳かな一室。
しかし、厳かさとはほど遠い、嬉々とした声が室内に響く。
水色を主とした、涼やかな袴姿。
肩まで伸びた緋色の髪型。
そして、力強く見開かれて琥珀色の瞳。
シリウスは検非違使衆関東域本部にやってた少年、春明に喜びを顕にさせる。
「えぇい、貴様。坊ちゃんに近づき過ぎた、離れろ!」
そして、春明の後ろにはもう一人。
眼鏡を掛け、長い茶髪のポニーテール。和装の姿の男は主人に近づく検非違使の間に割って入る。
阻害された検非違使は、口を尖らせながら義務的に挨拶をした。
「あ、ミスター風間。グッドモーニング。エンロハルバル、オツカレサマデス」
「……はぁ、またこの能天気な顔を見る日が来るとはな」
ため息混じりに話す風間に、シリウスは首を傾げた。
「来てくれたのは嬉しいんだけどさ、二人とも何でここに来たの?」
春明殿がお前に会いたいと言っている。
櫂から電話を受け、すぐさま駆けつけたシリウスだったが、肝心の用件を把握仕切れていない。
疑問に思うシリウスを前に、風間は眼鏡を掛け直しながら答える。
「それは、櫂大尉が来てから話そう」
「フーン……。あ、春明、お茶空になっている。持ってきてあげようか?」
シリウスが視線を落とせば、空になっていた湯呑みが置かれている。
前もって春明に差し出されたもので、彼はすでにお茶を飲み干していた。
「いや、いい。茶はいらないから、ここに居てくれ」
「ウン? 分かったよ」
春明の固く言い籠る様子に、シリウスの心に疑問が降り積もる。
ただ、春明の前にあった空の湯呑みが彼の心情を物語っていた。
すると、コツコツと部屋の外から足音が聞こえてくる。
シリウスは聞き覚えのある音に感を研ぎ澄ますと、やがて一人の女性が扉を開けてやってきた。
「待たせてすまない」
早足でやってきた軍服姿の女性。
櫂は短い髪を揺らしながら、春明の向かって正面の席に着く。
「い、いや、そんな待っていない……いません」
「そうか、遥々遠くから疲れただろう」
櫂が正面のソファーに座わるのを見て、晴はさらに身を固くする。
そして、櫂が座るところ見計らいシリウスが隣に並んで座る。
二体一、そして春明の後ろには風間が並ぶ立ち位置に落ち着いたところで、
「櫂大尉、そしてシリウス殿。先日の斉天祭の護衛について、改めて感謝申し伝える」
風間は主人に代わり、検非違使の二人に深々と頭を下げる。
「我々は任務を遂行したまでだ、礼を言われるほどではない」
しかし、櫂はハッキリとした物言いをしながら否定する。
職務あっての義務であり、感謝される覚えはない。
間髪入れない櫂の言動に、風間は不愉快さを覚えてしまう。
「ああ、そうかしれませんね。本来であれば、我らも謝辞を述べるつもりはない。だが、此度は坊ちゃん自らの意志で赴いた次第だ」
風間はすぐさま、懐から一枚の人の形をした札を取り出し、宙に向かって投げる。
現れた人のカタチをした式神。
それが手に持っていた紙袋に、櫂は目を見開く。
「風間から聞きました。好物だって」
春明は式神から紙袋を受け取ると、中から取り出し差し出す。
丁寧に梱包された羊羹の箱。
櫂が受け取ると、老舗和菓子店『たつや』のロゴマークが包み紙の正面に向けられていた。
「陰陽寮の儀礼祭に検非違使衆が舞師の警護に付くのは毎年のことだが……、君の様にわざわざ礼をしに来る者は初めてだ」
表情を堅くさせる舞師の少年に、櫂は素直な気持ちを述べる。
「ありがとう、気を遣わせたな」
立場や身分に関係なく、緊張をしながら感謝を伝えようとする。
その少年の性分に、櫂は静かに笑みを溢す。
対して少年は、まだ身を固くしたまま。
慣れない年上の女性との話しに、ぎこちなくなっている。
「いや、よかったです、ハイ、迷惑とかじゃなくて」
「だが、私より他に言うべき相手がいるんじゃないのか?」
櫂はそっと視線を横にずらす。
そこには目を青々と光らせながらじっと期待に待ち続ける部下がいる。
「べっ、別にキャプテンだけズルゥい、春明から羊羹貰えていいなぁとか。思っていませんからネッ」
「やらんぞ、これは」
部下の小言を完全に無視し、櫂は羊羹を自分の横へと置く。
本気で言ったわけではないが、ちょっぴり残念。
すると春明は肩を落とすシリウスに声をかける。
「おい」
「ウン?」
「今日、お前休みなんだよな?」
「そうだよ。ファッツ? どうしたそんな改まって」
じっと向けられた真剣な春明の目に、シリウスは不思議に思う。
決心した表情を見せる少年。
彼の代弁として、後ろに控えた従者が櫂に尋ねる。
「櫂大尉。今日一日、またシリウス殿を借りて宜しいだろうか?」
風間の意外な問いかけに、櫂がほんの一瞬だけ間を置く。
シリウスもまた、驚きに目を瞬かせている。
「いいも何も、コイツは今日休みだ。いくら部下であろうと、他人のプライベートに介入しようとは思わないよ」
真顔でじっと睨む櫂に、シリウスの目は皿のようになっていく。
「まあ、要するに。コイツ次第だ」
驚く部下に発言を委ね、そうして櫂は黙する。
あとはお前たち二人で話し合えと、彼女の目が優しく訴えていた。
春明は以前、じっと真剣にシリウスを見続けている。
だが同時にほんの僅かに期待も向けられているような。
そんな錯覚になりながら、シリウスはふと呟く。
「僕、なんとなく春明がここに来た理由が分かっちゃった」
斉天祭が終わり、2週間が過ぎたこの期間。
まだ礼を言わねばならない人物がほかにいる。
シリウスと同じく、春明もまたあの日の心境を募らせる日々を送っていた。
「……じゃあ、お前の支度が整ったらすぐに向かうぞ」
相変わらずの検非違使の勘の鋭さに、春明はすぐに決心する。
立ち上がった舞師の少年は、嬉しさを隠しきれずニヤリと笑った。
「さくに、会いに行く」
黒瑪瑙の陰陽師が庭先の花を慈しむ頃。
「……」
遥か北へ50キロ先にある関東域検非違使衆。
そこでは、一人の武者が鍛錬用の木刀を構えていた。
武者は20代ほどと歳若く、鍛えられた良い体格を濃紺の袴姿で身を包む。
普段はオールバックにする金髪も今この時は前髪を下ろし、頸のあたりで短く一本に結ぶ。
米国由来のはっきりとした目鼻立ち。
そして、鋭く。
刃のような青き瞳。
「……っ、はぁあ!」
ここは検非違使衆の区域内にある、道場館。
ほかの検非違使たちは朝の訓練で屋外へ集合する中。
シリウスは休暇を利用し、誰もいない道場館で一人剣技の鍛錬に励んでいた。
窓から差し込む、朝の光。
道場館に満ちる、木造由来の静寂さ。
それらすべて斬り払うように、シリウスの気迫が空間を震わす。
眼前には敵。
いくら仮染めの刃とはいえ、力強く握る太刀筋がこの場を彼の戦場へと駆り立てる。
そう自身で錯覚してしまうほどに、集中を研ぎ澄ます。
だん、だ、だん。
俊敏で無駄がない、断続する踏み込みからの一振り。
返されることを見返し、刀身を流し。
振り向き様に、後ろから……、
――ここでの出来事を外部に漏らしましたら、
首を跳ねに行きますので。
ダメだ、殺られる。
あの白い軍服の女剣士に、これでは歯が立たない。
刃を振るおうとした間際に、彼の直感がそう告げた。
「……休憩しよう」
消沈していく気迫。
行き場のない木刀を下げ、シリウスは道場館の隅へと移動する。
隅には彼の青いダッフルバックが置かれ、その横に立てかけるように木刀を置く。
昂った熱を飲料水を飲みながら冷まし、次に額から伝う汗を拭おうとした時だった。
手に当たる、滑らかで質の良い肌触り。
「……あ」
指先で触れてすぐ、これがタオルでないと理解する。
けれど、シリウスはガラス細工を扱うような慎重さでバックからソレを取り出した。
「いつ見ても綺麗だな」
シルクのような柔らかい布地が、彼の血気に高まった心を落ち着かせていく。
これはあの日、桜下がシリウスへ包帯として貸し与えた頭巾。
今は包帯から形状を変え一見バンダナのように見えるが、結界整備師が使う仕事道具の一つだ。
「……どうやって返そう」
2週間が経ち、頭巾は未だ持ち主の元に届かずにいる。
彼自身、返却をしようと試みるものの、肝心の桜下の連絡先を知りえていない。
付着した血痕は綺麗に落とされ、ひらりと皺のない滑らかな黒の布地が彼の手元に残される。
「直接行って渡しても……」
シリウスはタオルで汗を拭き取ると、携帯端末を手にして操作する。
画面には緑のかぎ爪マークが映し出され、それは桜下が勤める結界整備会社『Onxy』のホームページ。
会社概要、沿革。
さらには結界整備業の細かな種類、などなど。
ただ一つ、頭巾の返却をする方法があるとするならば。
情報が掲示されたそれらの中には、会社の電話番号が記載されている。
きっと連絡をすれば、桜下に繋いでくれるはず。
「いや」
しかし、同時に思い返される白い軍服の女の言葉。
もし彼女の言葉が本当であるとすれば、自分自身の命が危ぶまれる。
当然言葉通りの意味であれば、真っ先に自分の身を案じるが。
彼は桜下やその会社に迷惑が掛かるのではないかと懸念を抱いた。
青い目がじっとOnxyの画面を見つめ、しばらくすればそっと閉じる。
「ハァ……。さく、今頃どうしてるかな……」
もう2週間も繰り返される悩みに、シリウスは道場館の高い天井を見上げた。
呟いた悩みは、道場館の静寂さに溶けて消えるのみ。
シリウスはもう一度頭巾を手に取り、悩みから逸れようと布地の全体をよく眺めていく。
夜空のような漆黒に、波打つ緑の模様が周りに施された嗜好の一品。
見れば見るほど仕事道具とは思えないほどの高級感についに疑問も募らせてしまう。
「これ何だろうな」
けれど、そんな疑問でさえ些事と思わせるほどにシリウスはある一点を常に気にかけた。
「会社のマークじゃ、ないんだよな……」
ホームページに記載されたかぎ爪のシンボルと全く違う。
円状の、四方から輪が違えたような紋様。
波打つ模様と同じく、鮮やかな緑で飾られたソレは、まるであの日見た光を彷彿させる。
陽の狭間に稀見る、魔を穿つ碧緑。
思い返される、青き目をした武者の静寂。
その静けさを打ち破るように、一本の着信音が道場館に響き渡る。
「ウン?」
首を傾げ、シリウスはダッフルバックにしまった携帯電話を取り出す。
「Hello?」
慣れた動作で携帯を操作する。
電話先の相手は、シリウスの上司である櫂だった。
『休暇日に済まないな』
「心配ノッシングですよ。それより、昨日キャプテン櫂が指示していた退魔武具を、僕が間違えて別の倉庫に入れてしまったことでの電話デショウカ?」
『おい初耳だ、聞いてないぞ』
部下の業務ミスで叱ること数分。
櫂は気を取り直して、本題へと入った。
『昨晩、お前が帰ったあと電話が入ってな。急な話だが、お前今日本部に来られるか?』
先約があるのなら無理をしなくてもいいと。
前置きを入れる櫂に、シリウスはほんの僅かに期待を募らせる。
「ウーン、今は道場館にいるので、ちょっと身支度整えてからで良ければ……」
『そうか、実はな……』
続く櫂の言葉に、彼の青い目は大きく見開いた。
◯
「ひっさしぶり、春明ィ! 元気してた!?」
バァン、と開かれた応接室の扉。
シリウスはいつも通り前髪をオールバックし、軍服姿で陽気な挨拶をする。
彼が見つめる先には、ソファーに座る緋色の髪の少年がいた。
「お前は、相変わらずだな……」
「スーパーメッチャ嬉しいなぁ、わざわざ来てくれるなんて。あ、その袴姿、最高にクールだね。色合いが涼やかで夏にマッチしてるよ!」
「そりゃどうも」
勲章や賞状が飾った厳かな一室。
しかし、厳かさとはほど遠い、嬉々とした声が室内に響く。
水色を主とした、涼やかな袴姿。
肩まで伸びた緋色の髪型。
そして、力強く見開かれて琥珀色の瞳。
シリウスは検非違使衆関東域本部にやってた少年、春明に喜びを顕にさせる。
「えぇい、貴様。坊ちゃんに近づき過ぎた、離れろ!」
そして、春明の後ろにはもう一人。
眼鏡を掛け、長い茶髪のポニーテール。和装の姿の男は主人に近づく検非違使の間に割って入る。
阻害された検非違使は、口を尖らせながら義務的に挨拶をした。
「あ、ミスター風間。グッドモーニング。エンロハルバル、オツカレサマデス」
「……はぁ、またこの能天気な顔を見る日が来るとはな」
ため息混じりに話す風間に、シリウスは首を傾げた。
「来てくれたのは嬉しいんだけどさ、二人とも何でここに来たの?」
春明殿がお前に会いたいと言っている。
櫂から電話を受け、すぐさま駆けつけたシリウスだったが、肝心の用件を把握仕切れていない。
疑問に思うシリウスを前に、風間は眼鏡を掛け直しながら答える。
「それは、櫂大尉が来てから話そう」
「フーン……。あ、春明、お茶空になっている。持ってきてあげようか?」
シリウスが視線を落とせば、空になっていた湯呑みが置かれている。
前もって春明に差し出されたもので、彼はすでにお茶を飲み干していた。
「いや、いい。茶はいらないから、ここに居てくれ」
「ウン? 分かったよ」
春明の固く言い籠る様子に、シリウスの心に疑問が降り積もる。
ただ、春明の前にあった空の湯呑みが彼の心情を物語っていた。
すると、コツコツと部屋の外から足音が聞こえてくる。
シリウスは聞き覚えのある音に感を研ぎ澄ますと、やがて一人の女性が扉を開けてやってきた。
「待たせてすまない」
早足でやってきた軍服姿の女性。
櫂は短い髪を揺らしながら、春明の向かって正面の席に着く。
「い、いや、そんな待っていない……いません」
「そうか、遥々遠くから疲れただろう」
櫂が正面のソファーに座わるのを見て、晴はさらに身を固くする。
そして、櫂が座るところ見計らいシリウスが隣に並んで座る。
二体一、そして春明の後ろには風間が並ぶ立ち位置に落ち着いたところで、
「櫂大尉、そしてシリウス殿。先日の斉天祭の護衛について、改めて感謝申し伝える」
風間は主人に代わり、検非違使の二人に深々と頭を下げる。
「我々は任務を遂行したまでだ、礼を言われるほどではない」
しかし、櫂はハッキリとした物言いをしながら否定する。
職務あっての義務であり、感謝される覚えはない。
間髪入れない櫂の言動に、風間は不愉快さを覚えてしまう。
「ああ、そうかしれませんね。本来であれば、我らも謝辞を述べるつもりはない。だが、此度は坊ちゃん自らの意志で赴いた次第だ」
風間はすぐさま、懐から一枚の人の形をした札を取り出し、宙に向かって投げる。
現れた人のカタチをした式神。
それが手に持っていた紙袋に、櫂は目を見開く。
「風間から聞きました。好物だって」
春明は式神から紙袋を受け取ると、中から取り出し差し出す。
丁寧に梱包された羊羹の箱。
櫂が受け取ると、老舗和菓子店『たつや』のロゴマークが包み紙の正面に向けられていた。
「陰陽寮の儀礼祭に検非違使衆が舞師の警護に付くのは毎年のことだが……、君の様にわざわざ礼をしに来る者は初めてだ」
表情を堅くさせる舞師の少年に、櫂は素直な気持ちを述べる。
「ありがとう、気を遣わせたな」
立場や身分に関係なく、緊張をしながら感謝を伝えようとする。
その少年の性分に、櫂は静かに笑みを溢す。
対して少年は、まだ身を固くしたまま。
慣れない年上の女性との話しに、ぎこちなくなっている。
「いや、よかったです、ハイ、迷惑とかじゃなくて」
「だが、私より他に言うべき相手がいるんじゃないのか?」
櫂はそっと視線を横にずらす。
そこには目を青々と光らせながらじっと期待に待ち続ける部下がいる。
「べっ、別にキャプテンだけズルゥい、春明から羊羹貰えていいなぁとか。思っていませんからネッ」
「やらんぞ、これは」
部下の小言を完全に無視し、櫂は羊羹を自分の横へと置く。
本気で言ったわけではないが、ちょっぴり残念。
すると春明は肩を落とすシリウスに声をかける。
「おい」
「ウン?」
「今日、お前休みなんだよな?」
「そうだよ。ファッツ? どうしたそんな改まって」
じっと向けられた真剣な春明の目に、シリウスは不思議に思う。
決心した表情を見せる少年。
彼の代弁として、後ろに控えた従者が櫂に尋ねる。
「櫂大尉。今日一日、またシリウス殿を借りて宜しいだろうか?」
風間の意外な問いかけに、櫂がほんの一瞬だけ間を置く。
シリウスもまた、驚きに目を瞬かせている。
「いいも何も、コイツは今日休みだ。いくら部下であろうと、他人のプライベートに介入しようとは思わないよ」
真顔でじっと睨む櫂に、シリウスの目は皿のようになっていく。
「まあ、要するに。コイツ次第だ」
驚く部下に発言を委ね、そうして櫂は黙する。
あとはお前たち二人で話し合えと、彼女の目が優しく訴えていた。
春明は以前、じっと真剣にシリウスを見続けている。
だが同時にほんの僅かに期待も向けられているような。
そんな錯覚になりながら、シリウスはふと呟く。
「僕、なんとなく春明がここに来た理由が分かっちゃった」
斉天祭が終わり、2週間が過ぎたこの期間。
まだ礼を言わねばならない人物がほかにいる。
シリウスと同じく、春明もまたあの日の心境を募らせる日々を送っていた。
「……じゃあ、お前の支度が整ったらすぐに向かうぞ」
相変わらずの検非違使の勘の鋭さに、春明はすぐに決心する。
立ち上がった舞師の少年は、嬉しさを隠しきれずニヤリと笑った。
「さくに、会いに行く」
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