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帰村

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「ねぇフォル?」
『なんだ?』
「フォルがインガス村に着いた時にさ、どうしてエリキ茸の結界に気がつかなかったの?」

 壁一面に生えたエリキ茸の一部を収穫し村に戻る道すがら、ディアナがフォルディスにそう尋ねた。
 たしかに、エリキ茸が魔物避けの結界の役目を果たしているのなら、村でフォルディスがそれに気がつかないのはおかしい。
 そう思ったのだろう。

「ディアナにしては鋭いな」
「もう! アシュリーには聞いてないの!」

 フォルディスの背の上で二人がじゃれ合っていると、ゆっくり小走りで駆けているフォルディスが口を開いた。

『先ほどの崖で気がついたのだが、そのエリキ茸はどうやら収穫されると結界を張る力をすぐに失ってしまうようなのだ』
「そうなの?」
『ああ。どういう仕組みなのかわからんが、今、我の背に積んであるそれからはほとんど気配を感じぬ』

 フォルディスの背中では、ミューリが大事そうに十本ほどのエリキ茸を抱えていた。
 そのエリキ茸は、先ほど崖で見ていた物とは確かに様子が変わっており、七色の輝きがほとんど失せ、茶色に近くなっている。
 どうやらあの七色の輝きがフォルディスの言う【結界の力】だったのだろう。

「エリキ茸は、収穫してしばらくすると完全に色が茶色一色になってしまうんです」

 ミューリはそういうと一本つまみ上げ、話を続ける。

「色が残っている間に食べてしまうとお腹をこわしちゃうんですよね。だから調理するのは色が完全に変わってからなんです」

 そう話す間にも、エリキ茸の色はどんどん失われていく。
 思った以上にエリキ茸が結界の力を失うまでの時間は短いようだ。

「それに、どちらにしろ色が変わる前のエリキ茸はとんでもなく不味いので誰も食べようとはしませんけど」
「そ、そうなんだ。良かった」
「?」

 ディアナが何故か額に冷や汗を浮かべてそう呟く。

「ディアナ。あなたまさか食べようとしてたんじゃなだろうな?」
「そんな、まさか……でも、食べ物って新鮮な方が美味しいって聞いてたから、ちょっとだけ囓って見ようかなって思ってただけだよ」
「まさかもう?」
「大丈夫。まだ食べてないよ」

 そう答えるディアナの目が泳いでいる所を見るに、ミューリの話が無ければこっそりと囓るつもりだったのだろう。
 その証拠に彼女のポケットの中には、こっそりとエリキ茸が一つ入っていた。

「それに、帰ったらちゃんとエリキ茸料理を食べさせてくれるってミューリのお父さんと約束したし!」
「それはそうだけど、ディアナは食い意地が張ってるからな」
『そうだな。我よりも食い意地が張っている女は他におらぬ』
「ディアナも食べるの好きなの? 私もお菓子とか食べるの大好きー」
「お嬢様はいつも私の目を盗んでおやつを勝手に食べてますから」
「いっつもエイドリーに見つかって取り上げられちゃうの」

 ミグが頬を膨らませて不安げに答える。
 そんなたわいない話を楽しそうに語り合う一同は、まるで出会って間もないとは思えないほどであった。

『お前たち、そろそろ村に着くぞ』

 しばらくの間、わいわいきゃいきゃい騒いでいた娘たちに、フォルディスの声がかかる。
 皆が正面を向くと、木々の間に村の灯りが見え始めていた。
 まだ広場に村人が集まったままなのか、夜闇の中だというのに、その一角だけがやけに明るい。

「怒られちゃうかな?」

 それを見てミューリが心配そうにつぶやく。
 自分のせいで村の皆に迷惑をかけたと思っているのだろう。

「大丈夫だよ」

 そんなミューリの肩を優しくディアナが抱き寄せる。

「だってミューリは全然悪くないもの。悪いのはあのフォレストスパイダーだよ」
「ああ、そうだ。あんな化け物がこんな所をうろついてるなんて誰にもわからなかったんだから仕方ない」
「私達もこの辺りにあのような魔物がいるなどという情報は一切得てませんでしたわ」

 娘たちがミューリに優しく語りかける。
 そんな風景を背中に感じつつ、フォルディスは森を抜けた。

「帰ってきたぞ!」

 村にたどり着いたフォルディスの姿を見つけた村人が叫ぶ。
 そして何人かの人々が駆けてくると、フォルディスの背に乗ったミューリを見つけ歓声を上げた。

「ミューリ、無事だったか」
「良かった」
「心配したんだぞ」

 村人たちが口々にミューリに声を掛ける。
 その言葉にはミューリを攻めるような色は一切ない。

 フォルディスはゆっくりと体をふせさせると、背中の五人もゆっくりと地面におりた。
 アシュリーが村人たちにフォレストスパイダーがいた事を告げると、村人たちは一斉に顔を青ざめさせたが、フォルディスが既に倒したことを知り、あからさまにホッとした表情を浮かべる。

『あの程度の魔物など我の敵ではない』

 そう鼻を鳴らすフォルディスであったが、村人たちに次々とお礼を言われて満更でもない様子である。

「おお、ミューリ!!」

 そうこうしていると、中居に連れられ宿屋の主人が息を切らせながらやってきた。
 そして、ミューリの姿を見るとその小さな体を力いっぱい抱きしめる。

「お、お父様。ごめんなさ――」

 父親の腕の中で、少し苦しそうな表情を浮かべながらミューリはそう言いかけた。
 だが、主人はそんなミューリの言葉を遮るように――

「生きていてくれて本当に……本当に良かった……」

 そう涙声で繰り返すばかりだった。

「お父様……お父様ぁぁぁぁ。怖かった。怖かったよぉぉぉぉぉ」

 フォレストスパイダーの巣から助けられ、ここまで気丈にも涙一つ流さなかったミューリ。
 だけれど、父親に抱かれ緊張の糸が解けたのだろう。
 大声で泣き始めたミューリは、そのまま泣き疲れ眠ってしまうまで主人にすがりついたまま離れようとはしなかった。

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