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旅立ち。
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「それじゃあもしかして私、山の主に食べてもらえないってことじゃない!」
頭を抱える私に、フォルディスは心底呆れたような声を出す。
『お主がここに来た目的は聞いたが、今更無理に命を捨てることはないだろうに』
「だって、私はこのまま死なずに帰ったら修道院に送られて死ぬよりつらい余生を送るしかないのよ!」
『帰らねばよいではないか?』
「じゃあこのままこの山の中で餓死して死ねとでもいうの? 貴方なら私を苦しまずに一瞬で食べてくれると信じてたのにっ」
『そうは言っても、今更人間を喰らう気にもなれぬのでな』
「どうしてよ!」
『人間の血肉は不味そうだからだ』
「私は多分美味しいわよ」
『少し汗臭いしな』
「さっきはそんなこと何もいってなかったじゃない!」
『それにお主の体にはあの王族の血が混じっておるからな。喰ったら腹を下すかもしれない』
そんな押し問答がしばらく続き、日の光がちょうど頂点まで達した頃だった。
ふとフォルディスの目が私ではなく、この場所に続く山道の方に向けられた。
『どうやらお主を探して人間どもがやって来たようだな』
「嘘っ、もうバレたの!? 私書き置きには馬車で隣の国に行きますって書いたのに」
『お主のようなドレスを着た目立つ女子のことなど、調べればすぐにわかるだろうよ。しかし聞こえる話し声からすると柄の悪い輩のようだが、本当に貴族が差し向けるような追っ手か?』
「柄の悪い……まさかお兄様の……早く逃げないと、このままじゃ修道院送りにされちゃう前に殺されてしまうわ」
『どこへ逃げるつもりだ?』
「どこって……山を越えて隣国にでも」
『その足で逃げ荒れるとでも思っておるのか?』
「じゃあどうすれば良いのよ! 貴方が追っ手を全員蹴散らしてくれるの?」
『我とて永き封印から解き放たれたばかりで本調子ではない。できれば人族と事を構えるのは避けたいのだ』
「そんな……」
『そこでだ、我から一つ提案があるのだが』
焦る私に、フォルディスは顔を近づけて一つの提案を口にした。
『ディアナよ。我と共に旅に出ぬか?』
「貴方と?」
『うむ。封印される以前からずっと考えていたことがある』
そう言うと、フォルディスは『むんっ』と一言気合いを入れる様に声を上げて――。
「ええっ、これって一体」
『ふむ。やはりこれが今の限界か。封印されている間にずいぶんと我も貧弱になったものだな』
私の目の前で、あれだけの偉容を誇っていた巨体がみるみる縮んで大型犬程度の大きさまでフォルディスの体が変化した。
いや、体だけではない。
その見た目も魔獣然とした恐ろしい風貌から、普通の犬にしか見えない容姿へ変わっていたのだ。
「フォルディスって犬の魔獣だったのね」
『我は我だ。同族は人にマウンテンウルフなどと呼ばれておった様だが、既に我はそれを逸脱しておるからな』
「もしかして人間の料理を食べたからなの?」
『それしか考えられぬが定かではない』
「他の魔獣も人間の料理を食べさせたら人を襲わなくなるのかしら?」
『そもそも人の食べ物を美味そうだと思う魔獣が我の他にいるとも思えん。現に我の仲間たちは我が勧めても一人もベントウを喰おうともしなかったからな。それどころかやって来た人族を喰らおうとしおった。だから我はこの地から人を喰らう魔獣どもをすべて追い払うはめになった』
フォルディスは少しだけ過去を思い出すように目を閉じた後、ディアナに向けて「奴らが来る前に急いで服を脱げ」と告げた。
「えっ」
『さっさと服を脱げと言っている』
「いやよ!」
『早くせねば追っ手がやってくるぞ』
「そもそもどうして服を脱がなきゃいけないの? やっぱり気が変わって私を食べるつもりなのね!」
『喰わぬわ!! とりあえず下着と靴以外を全部脱いで地面に置け。それを我が牙で食いちぎる』
フォルディスは渋るディアナに自分の考えた作戦を語り聞かせた。
追っ手にディアナは魔獣に襲われて死んだと思わせるために、着ている物を食いちぎってばらまくというのだ。
「そんな物でごまかせるの?」
『さぁな。しかしお主の手足をばらまくわけにも行くまい』
「痛いのは嫌だわ。わかったからこっち見ないでね」
『面倒な娘だ。それと、脱ぎ終わったら我の背に乗るが良い』
ごそごそとディアナは下着と靴以外を急いで脱ぐと、少し赤く染まった頬を隠すかのようにぼすんっとフォルディスの背中に飛び乗る。
意外にもフォルディスの毛は柔らかく、そして深い。
ディアナは体の半分をフォルディスの背中に埋まった状態で、柔らかな毛につい頬ずりしてしまいたくなる衝動を抑えるのに必死であった。
『ではやるぞ』
「どうぞ――あっ、ちょっとま――」
ディアナがの制止の声を完全に無視してフォルディスは地面に令嬢らしからぬほど散らかされた服を次々とその鋭い牙でバラバラにしていく。
その背でディアナが絶望の声を上げていたがフォルディスは次にバラバラにした衣服の周りを、さも獣が暴れ回ったかのような工作を始めた。
『これくらいで良いか』
「良くないわよ。私この格好で旅に出ろって言うの?」
『だめなのか?』
「だめに決まってるじゃない。こんな下着だけの格好で人前になんて出たら襲われちゃうか、そうじゃなくても衛兵に捕まってしまうわ」
『面倒だな。仕方が無い、一度お主の家に寄ってから旅に出るとするか』
フォルディスはそう告げると、ディアナを背負いながら森に走り込むと山を下りだした。
途中、山道を登る一団が木々の間から見えたが、多分あれが追っ手だったのだろう。
『着いたぞ、早く着替えてこい』
屋敷の裏手にあっという間にたどり着いたフォルディスは、そのままの勢いで壁を駆け上ると開けっぱなされていたディアナの部屋に飛び込んだ。
「どうしてここがわかったのよ」
『お主の匂いを辿ってきただけだ。それより早くしろ』
「匂い……やっぱり汗臭いのかしら」
ぶつぶつと独り言を呟きながらディアナは部屋の中を探すが、やはりこの部屋には服は見当たらない。
仕方なくフォルディスの力を借りて壁沿いに衣装部屋に移動すると、動きやすそうな服を見繕って部屋に戻った。
「後はお金になりそうな物を革袋に詰め込んでっと」
『金か。人族の社会ではそれが必要なのだったな』
「現金はさすがに持ってないから途中の村か町で売ってお金に換えるのよ」
ディアナはパンパンに膨らんだ革袋を叩きながらフォルディスに告げると部屋をもう一度見渡す。
物心ついてからずっと暮らしてきたこの部屋とも今日でお別れだと思うと少しだけさみしさが湧上がってくる。
『ディアナ。誰かやってくるぞ』
「わかったわ、行きましょう」
『しっかり捕まっておれよ』
革袋と着替えの入ったバッグを抱えて、ディアナがフォルディスの背中に飛び乗る。
しっかりと自分の毛でディアナが体を固定したのを確認すると、フォルディスは来た時と逆に窓から飛び出し森の中へ一瞬で寝姿を消す。
婚約破棄された元令嬢ディアナと魔獣フォルディスの旅はこの日、そうして始まったのだった。
頭を抱える私に、フォルディスは心底呆れたような声を出す。
『お主がここに来た目的は聞いたが、今更無理に命を捨てることはないだろうに』
「だって、私はこのまま死なずに帰ったら修道院に送られて死ぬよりつらい余生を送るしかないのよ!」
『帰らねばよいではないか?』
「じゃあこのままこの山の中で餓死して死ねとでもいうの? 貴方なら私を苦しまずに一瞬で食べてくれると信じてたのにっ」
『そうは言っても、今更人間を喰らう気にもなれぬのでな』
「どうしてよ!」
『人間の血肉は不味そうだからだ』
「私は多分美味しいわよ」
『少し汗臭いしな』
「さっきはそんなこと何もいってなかったじゃない!」
『それにお主の体にはあの王族の血が混じっておるからな。喰ったら腹を下すかもしれない』
そんな押し問答がしばらく続き、日の光がちょうど頂点まで達した頃だった。
ふとフォルディスの目が私ではなく、この場所に続く山道の方に向けられた。
『どうやらお主を探して人間どもがやって来たようだな』
「嘘っ、もうバレたの!? 私書き置きには馬車で隣の国に行きますって書いたのに」
『お主のようなドレスを着た目立つ女子のことなど、調べればすぐにわかるだろうよ。しかし聞こえる話し声からすると柄の悪い輩のようだが、本当に貴族が差し向けるような追っ手か?』
「柄の悪い……まさかお兄様の……早く逃げないと、このままじゃ修道院送りにされちゃう前に殺されてしまうわ」
『どこへ逃げるつもりだ?』
「どこって……山を越えて隣国にでも」
『その足で逃げ荒れるとでも思っておるのか?』
「じゃあどうすれば良いのよ! 貴方が追っ手を全員蹴散らしてくれるの?」
『我とて永き封印から解き放たれたばかりで本調子ではない。できれば人族と事を構えるのは避けたいのだ』
「そんな……」
『そこでだ、我から一つ提案があるのだが』
焦る私に、フォルディスは顔を近づけて一つの提案を口にした。
『ディアナよ。我と共に旅に出ぬか?』
「貴方と?」
『うむ。封印される以前からずっと考えていたことがある』
そう言うと、フォルディスは『むんっ』と一言気合いを入れる様に声を上げて――。
「ええっ、これって一体」
『ふむ。やはりこれが今の限界か。封印されている間にずいぶんと我も貧弱になったものだな』
私の目の前で、あれだけの偉容を誇っていた巨体がみるみる縮んで大型犬程度の大きさまでフォルディスの体が変化した。
いや、体だけではない。
その見た目も魔獣然とした恐ろしい風貌から、普通の犬にしか見えない容姿へ変わっていたのだ。
「フォルディスって犬の魔獣だったのね」
『我は我だ。同族は人にマウンテンウルフなどと呼ばれておった様だが、既に我はそれを逸脱しておるからな』
「もしかして人間の料理を食べたからなの?」
『それしか考えられぬが定かではない』
「他の魔獣も人間の料理を食べさせたら人を襲わなくなるのかしら?」
『そもそも人の食べ物を美味そうだと思う魔獣が我の他にいるとも思えん。現に我の仲間たちは我が勧めても一人もベントウを喰おうともしなかったからな。それどころかやって来た人族を喰らおうとしおった。だから我はこの地から人を喰らう魔獣どもをすべて追い払うはめになった』
フォルディスは少しだけ過去を思い出すように目を閉じた後、ディアナに向けて「奴らが来る前に急いで服を脱げ」と告げた。
「えっ」
『さっさと服を脱げと言っている』
「いやよ!」
『早くせねば追っ手がやってくるぞ』
「そもそもどうして服を脱がなきゃいけないの? やっぱり気が変わって私を食べるつもりなのね!」
『喰わぬわ!! とりあえず下着と靴以外を全部脱いで地面に置け。それを我が牙で食いちぎる』
フォルディスは渋るディアナに自分の考えた作戦を語り聞かせた。
追っ手にディアナは魔獣に襲われて死んだと思わせるために、着ている物を食いちぎってばらまくというのだ。
「そんな物でごまかせるの?」
『さぁな。しかしお主の手足をばらまくわけにも行くまい』
「痛いのは嫌だわ。わかったからこっち見ないでね」
『面倒な娘だ。それと、脱ぎ終わったら我の背に乗るが良い』
ごそごそとディアナは下着と靴以外を急いで脱ぐと、少し赤く染まった頬を隠すかのようにぼすんっとフォルディスの背中に飛び乗る。
意外にもフォルディスの毛は柔らかく、そして深い。
ディアナは体の半分をフォルディスの背中に埋まった状態で、柔らかな毛につい頬ずりしてしまいたくなる衝動を抑えるのに必死であった。
『ではやるぞ』
「どうぞ――あっ、ちょっとま――」
ディアナがの制止の声を完全に無視してフォルディスは地面に令嬢らしからぬほど散らかされた服を次々とその鋭い牙でバラバラにしていく。
その背でディアナが絶望の声を上げていたがフォルディスは次にバラバラにした衣服の周りを、さも獣が暴れ回ったかのような工作を始めた。
『これくらいで良いか』
「良くないわよ。私この格好で旅に出ろって言うの?」
『だめなのか?』
「だめに決まってるじゃない。こんな下着だけの格好で人前になんて出たら襲われちゃうか、そうじゃなくても衛兵に捕まってしまうわ」
『面倒だな。仕方が無い、一度お主の家に寄ってから旅に出るとするか』
フォルディスはそう告げると、ディアナを背負いながら森に走り込むと山を下りだした。
途中、山道を登る一団が木々の間から見えたが、多分あれが追っ手だったのだろう。
『着いたぞ、早く着替えてこい』
屋敷の裏手にあっという間にたどり着いたフォルディスは、そのままの勢いで壁を駆け上ると開けっぱなされていたディアナの部屋に飛び込んだ。
「どうしてここがわかったのよ」
『お主の匂いを辿ってきただけだ。それより早くしろ』
「匂い……やっぱり汗臭いのかしら」
ぶつぶつと独り言を呟きながらディアナは部屋の中を探すが、やはりこの部屋には服は見当たらない。
仕方なくフォルディスの力を借りて壁沿いに衣装部屋に移動すると、動きやすそうな服を見繕って部屋に戻った。
「後はお金になりそうな物を革袋に詰め込んでっと」
『金か。人族の社会ではそれが必要なのだったな』
「現金はさすがに持ってないから途中の村か町で売ってお金に換えるのよ」
ディアナはパンパンに膨らんだ革袋を叩きながらフォルディスに告げると部屋をもう一度見渡す。
物心ついてからずっと暮らしてきたこの部屋とも今日でお別れだと思うと少しだけさみしさが湧上がってくる。
『ディアナ。誰かやってくるぞ』
「わかったわ、行きましょう」
『しっかり捕まっておれよ』
革袋と着替えの入ったバッグを抱えて、ディアナがフォルディスの背中に飛び乗る。
しっかりと自分の毛でディアナが体を固定したのを確認すると、フォルディスは来た時と逆に窓から飛び出し森の中へ一瞬で寝姿を消す。
婚約破棄された元令嬢ディアナと魔獣フォルディスの旅はこの日、そうして始まったのだった。
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