無敵チートで悠々自適な異世界暮らし始めました

長尾 隆生

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第19話 俺の願い

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「たしかにそうかもしれんな」

 ルブレドも軽く肩を竦めて笑う。
 どうやら気分を害してはいないようで俺は内心ホッとする。

「しかし、何もお礼をしないとあってはこの街の長として醜聞になってしまう」
「いや、俺は別にお礼を貰うために助けたわけじゃ無いですし」
「ふむ。ではこういうのはどうかな?」

 ルブレド子爵はカイゼル髭を撫でながら別の提案を口にする。

「何か一つだけ君の頼みを聞こうじゃないか。もちろん私の出来うる範囲でだがね」
「何でもですか?」
「ああ、何でもだ。君がこの街にいる間の滞在費を全部私が持ってもいいし、何か欲しいものがあったら私がそれを買ってあげてもいい。もちろん上限はつけさせて貰うが」

 子爵は笑いながら「私のポケットマネーにも限界という者はあるのでね」と付け加え。

「それで、何か望みはあるかな?」

 そう言って俺の返事を待つ姿勢になる。

「望み……うーん……お金には困ってないし……」

 俺は思わず隣に座るマーシュの顔を見る。
 だけど彼が俺の願いなんて知るわけも無い。

「わたくしに聞かれましても……アンリ様がお決めになる事ですから

 そう言ってで顔を振る彼の反応は至極当然だった。

「そういえば」

 どうしようかと考えていると、俺は一つ『この街の長』にしか頼めない事があるのを思い出す。
 それはあのスラム街の子供たちのことだ。

「昨日ひったくりの子供を追いかけたんですが」
「君は何かを盗まれたのかね?」
「いえ、俺じゃ無く品の良さそうな女性が被害者だったんですけど。それでですね――」

 俺はその後路地の奥へ子供を追いかけ、その結果この街のスラムへたどり着いたことを話した。

「この街も最近急に大きくなったのでね。そういう場所も出来ていると部下からは聞いてはいたのだが」

 ルブレド子爵がこの地に赴任してきたのは5年ほど前。

 元々は『静の森』で魔物素材を狩るために集まった冒険者たちが作り上げた街だったせいか、ラノーラ王国によって正式に領地と認められた後も雑然とした街として成長していたのだという。
 それはこの街の前の統治者が元冒険者だったからもある。
 しかし引退する彼の代わりにルブレド子爵が赴任したことで街は大きく変った。

 雑然としていた町並みはきちんと区画整理され、他の街との流通路も以前よりスムーズに行われる様になった。
 街の周囲を囲む城壁も整備され、街の出入りを兵士によって管理することで良からぬ輩の流入を抑えた。
 おかげでそれまで冒険者に混じりこんで、街で問題を起していた他から流れてきた犯罪者たちもほぼ居なくなり、冒険者以外の商売人が街で店を気軽に開くことが出来る様になったのだという。

「私が来た当時はそこら中で喧嘩があってね。それどころか殺し合いに発展することすら日常茶飯事だった」
「それをたったの5年で」
「冒険者ギルドと、後から私が召集した商業ギルドにも手伝って貰ったがな」

 なるほど、その急速な改革のおかげで俺が昨日買い物して回った表通りやその近くの賑わいがあるというわけか。
 しかし、当然急速な改革はそれだけ歪みを生む。

「街の改革のせいで彼らがあんな生活を送らなければならなくなったというなら、それこそ子爵のお力でなんとかしてあげて欲しいんです」
「ふむ……確かに部下からの報告を聞いてなんとかせねばとは思っていた」
「荷物を守った見返りとしては大きすぎますかね?」

 昨日俺が迷い込んだスラム街は決して大きなものでは無かった。
 だけどあの場所以外にもいくつか同じようなスラム街がこの街には点在しているという。
 その全てを救って欲しいというのはさすがに虫が良すぎるだろうか。

「わかった。どうせ君に言われなくてもその問題はなんとかしなければならないと考えていたところだ」
「そうですか。よかった」
「さっそく部下に命じて対処させて貰おう。しかし君も物好きだな」

 ルブレド子爵はカイゼル髭を撫でながら俺の顔を物珍しそうに見つめる。
 そんなに見つめられちゃうと照れてしまうじゃないか。

「何がです?」
「貴族から貰える報酬を他人のために使うということがだよ」
「おかしいですか?」
「おかしいね。そんな男に会ったのは初めてだよ」

 ルブレド子爵は興味津々といった表情を浮かべ。

「本当に私の部下になる気は無いかね?」

 もう一度俺に誘いの言葉を投げてくる。
 だけど俺の答えは変らない。
 例え彼がこの街を発展させた実力者であって、その下に付けば一生安泰だとしても。

「俺の返事は変りません」

 ただし、その後に俺はさっきは言わなかった言葉を付け加える。

「でもいつか旅に飽きたら、その時はお願いしにくるかもしれませんけど」
「その頃には私はもう王都に戻っているかも知れないぞ。辺境の地で実績を上げた貴族は昇爵出来るからな」
「それならそれで追いかけていきますよ。俺の老後を守って貰うためにね」
「ならそれまでランドを倒したという腕を錆びさせないことだな」

 ルブレド子爵の俺に対する報酬の話はそれで終わった。
 貴族というからとんでもなく気難しい人だと想像していただけに良い意味で拍子抜けだった。

 スラム街のことももっと嫌そうな顔をされるかと思ったが終始和やかに話を聞いてくれて。
 それどころかすぐになんとかしてくれるという確約まで貰えた。

「嫌々だったけど会って正解だったなぁ」
「それは良かったですね。私は終始ひやひやものでしたけど」

 そう苦笑いを浮かべるマーシュの顔は確かに酷く疲れ切っていて。
 俺は自分が無敵の心を持っていることに感謝しつつ馬車に揺られ宿に向かう。

「今日もまた彼奴らに飯でも持ってってやるかな」

 願いが聞き届けられれば近いうちにあの子供たちも救われる。
 その日までの間、あの子たちを飢えさせずに見守ることにしよう。

 そんなことをながら俺は流れる整備された町並みを眺めていたのだった。

 数日後。
 その『願い』のせいであんなことになるなんて思いもせずに。



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